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エルグラドの冒険者(推敲及び改訂中)  作者: 井伊嘉彦
第一幕 女神のコイン
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56.「忘れないで」



「どうぞ」



 彼は笑って隣の椅子を引いた。


 部室内には甘いキュアベリーの甘い香りが充満し、床に香りの原因と見られるマジックポーションのビンが散乱している。



「君が来るんじゃないかと思ってた。実は途方にくれててね」



 レヴィが照れたように笑って頭を掻いた。頬は痩け、目の下にはクマが溜まり、見るからにやつれている。



「今日は、何曜日だろう?」

「木曜日よ」

「――か」



 レヴィが深い溜息をついた。



「おかしいな。俺の記憶じゃ、最後に君を見たのが木曜だったはずなんだが」

「ええ、木曜日で間違いないわ」

「……何がなんだか、さっぱりだな」



 レヴィが頭を抱えてテーブルに肘を突いた。



「あともう一つ、いいかな?」

「なに?」



 彼は、顔を上げてぼんやりとこう言った。



「俺は、誰だろう?」

「……」



 私は扉を閉め、彼の引いた椅子に座った。


 レヴィのサファイアブルーの瞳が、前髪の奥でこちらを伺っている。



「貴方の名前はレヴィ・チャニング。大聖堂学び舎での専攻は司祭端。トップクラスの成績で入学するも、成績は在学中に下の下へ転落。祓魔端へと修行過程を中途変更、学び舎でも例のない事だっただけに、大聖堂きっての劣等生なんて呼ばれて注目されていた」

「なるほど……それはまた、新しい情報が増えたな」



 レヴィは喉の奥で笑った。



「しかし……俺がレヴィ・チャニングであると言うことは、あながち間違いでもないらしい」



 彼は頭を掻きながら椅子の背もたれに寄りかかった。



 彼の意識が、自身の記憶から遠い――



 自身の事すら、「らしい」でしか認識出来ていない。


 体から立ち上る魔力は希薄で、魔力中枢が完全に閉じきっている。



「貴方は本当に、ラブリッサのレヴィなのね」

「ラブリッサの、レヴィ……」



 レヴィが言葉を鸚鵡返しにして私を見る。



「貴方、食事は?」



 私は声を調子を変え、アヤのバスケットをテーブルの上に置いた。



「どうだろ……」



 彼が虚ろげに笑う。



「空いているのかどうなのか、食べたのか食べてないのか、自分でもよく分からない」

「欲求が消えているのね」

「『それは悟りでもなんでもない』と、留置所でケインに涙された――記憶がある」

「そう、ケインが……」



 私は相槌を打ちながら、懐からアヤのバスケットを取り出した。



「それは?」

「アヤが作ってくれたサンドウィッチ。アヤの事は分かる?」

「アヤ・クレセント、十代女性、冒険者の商人、愛称はピンクの子虎。それなりに親しかったような気もするんだが――」



 レヴィがぼんやりとした表情で首を傾げた。



「なに?」

「どんな風に親しかったのか、彼女に対し何をどう思っていたのかが、良く分からない」

「そう……」



 私はバスケットからサンドウィッチの入った箱を取り出し、一つをレヴィに差し出した。



「……」



 レヴィがサンドウィッチの箱をじっと見つめる。



「どうしたの? サンドウィッチが何かも分からない?」

「……いや」



 レヴィは前髪を手で乱して溜息をついた。



「手が震えてる」



 サンドウィッチの箱を持つ、私の手の事だ。


 どうしても、どうやっても、その震えは抑えることが出来なかった。



 「ワイズ・グレー」が「シューティングドッグ」と呼んでいた人格の、成れの果て――



 自分を自分だと言い切れないほど精神が摩耗し、記憶と意識に障害が見られる。


 それでも仕草や言動には、辛うじて一ヶ月苦楽を共にした彼の彼らしさが残されていた。



「……何でも無い。早く受け取って」



 私は押し付けるようにレヴィにサンドウィッチの箱を渡した。



 このぐらいのこと、覚悟して来たはずじゃないか――



 箱の蓋を開けると、エッグサンドにハムサンド、カツサンドと種類豊富で、端にフルーツを組み合わせて作った可愛い虎の顔が添えてあった。



「はははッ! なるほど、これは確かにアヤ・クレセントらしい。俺も中々乙女な想像をする」



 同じく箱を開けていたレヴィが声を上げて笑う。



「夢じゃないのよ、レヴィ」



 私は白手を外して、バスケットのおしぼりで手を拭いた。



「夢だろう」



 レヴィがおもむろにカツサンドにかぶりつく。


 私はレモネードをコップに注ぎ、彼の前に置いた。



「――ゴホッ! ぐふっッ!?」



 レヴィが激しくむせ返り、すかさずコップを手にとった。


 しばらく飲まず食わずでパンを口にすれば当然こうなる。



「ふう……」



 レヴィは一息ついて、またカツサンドを口に押し込み出した。


 私も念願のサンドウィッチに手をつける。


 パンは僅かに火が通っていて表面が香ばしい。


 野菜はみずみずしくドレッシングの酸味が利いていて、僅かに振られた塩胡椒の風味が食欲をそそる。



 やっぱりおいしい――



 余りの美味しさに、軟口蓋の両端が引きつって痛み出した。



 そういえば、私も久々の食事だった――



 慌ててレモネードに口をつける。



「……ふッ」



 私の様子を横目にレヴィが笑った。



「君にも、そう言う所があるんだな」

「……ごほッ!」



 私は小さく咳払いをして、またサンドウィッチを口に含んだ。



「いや、夢だとすれば、これあ俺の想像か」



 レヴィがまたぼんやりと呟く。



「でもじゃあ、何が現実だったのだろう……」

「……ッ、……ッ」



 口元を手で覆い、咀嚼しながら首を振る。


 サンドウィッチが中々飲み込めない。



「だって君には名前がない。俺の記憶には、君の『神官長』という肩書きしか情報がない」



 レヴィが自嘲気味に笑った。



「名前を知らないのに、俺はこんなにも君が好きだ」

「――ッ」



 飲み込もうとした矢先の言葉に、胸がうねって食道が悲鳴を上げる。



「……大丈夫か?」



 レヴィが私のコップに二杯目のレモネードを注いでくれた。


 顔を背けてそれを飲む。



「君というのが既に俺の作った幻だ。破戒にかまけておかしくなっていた俺が、思い描いた光の女神という理想の女性、夢の存在だ」

「こっちはこっちで、酷い事を言うなー」



 私は顔を背けながら小さく呟いた。


 再会してから、私は私なりに一生懸命で、それなりに苦労をしてきたつもりだ。



 それが全部、貴方の中では夢なのか――



「……こっち?」

「いい、続けて」



 私は新しいサンドウィッチを手にとった。



「俺はどこかで罰せられる事を望んでいた。君が俺を罰するのに使うのは俺が作ったもので……なんの事はない、全部が全部夢なのさ」

「夢かどうか、確かめてみる?」



 ――ゴトリ……



 私は杖を取り出してテーブルの上に置いた。



「打たれて痛かったとしても、どうせ夢だよ」



 呟きながら、レヴィが最後のサンドウィッチを一口で頬張る。



「こんふぁふぃおふが、めぇんふぃふえあっふぇ、あふぁうふぁ」

「……」



 咀嚼中だった私は、手で口を隠して首を激しく振った。



「『口に物をいれたまま喋るな』と言うんだろ? 因みに俺は『こんな記憶が現実であってたまるか』と言った」

「……」



 首を振るのをやめて、私はレモネードを飲んだ。



「何かの度に意識が途切れる。時間すら曖昧で、目を瞑れば覚えのない記憶が溢れかえる……」

「覚えのない記憶?」



 私は最後のサンドウィッチを持つ手を止めた。



「俺はこの部室で、幾度となく君やサフィアと対話していた。古代術式研究部なんてご大層な名前の部活に所属してな」

「……それは多分、現実の記憶なんじゃないかな」



 私は独り言のように言った。



「君は……君は何を言っているんだ?」



 レヴィが前髪を乱して目を隠した。



「俺には全く覚えがない。俺は大聖堂学び舎にあったころ確かに劣等生だった。故に部などに籍は置いていない。寮と学び舎を行き来するだけの毎日で――」



 これは「シューティングドッグ」が、たどり着けない記憶領域を補完するために作った思い込みだ(・・・・・)



「その毎日の記憶は?」

「いや……特に記憶に残るようなことはなかったが……」

「でも、ここで私達と活動した記憶はあるのではなくて?」

「……」



 彼は常人に比べて作動記憶――一時的に何かを覚えておくことを酷く苦手としている。


 頭にメモ書きしたものをすぐに忘れてしまうが、一瞬に偏った魔力出力と過敏な感覚が、認識力と判断力を肥大化させて日常生活動作を健常に保っている。


 対して長期記憶――自己の体験や術式の知識と言ったものは非常に明瞭に覚える事が出来る。


 明瞭であるが故に、記憶と想像の境が曖昧で、ストレスによる忘却や記憶の改竄と言った弊害が激しい。



 魔力中枢が歪な、生来の変わり者――



 彼のような人間が過去に存在した記録が数多の経典に残されている。


 その殆どは、対象者の異常性と不幸を記したものである場合が多い。



 特殊であっても、特別なことではない―― 



「俺には全く覚えがないんだ。俺は帰宅部で、それなのに、なぜか古代術式研究部で君と――」



 レヴィが震える手でレモネードを飲んだ。



「思い出したのでしょう」

「違う、俺の記憶にそんなものは無かった。俺じゃない誰かの――誰かの、記憶、で……」



 レヴィの希薄な魔力が乱れて途切れがちになる。



「――寝るな、 クソッ、逃げるな!」



 彼は頭を振って自分を叱責した。


 顔が白く、目の焦点があっていない。



「……レヴィ?」



 私は彼の左手を握った。


 体温が異常に低い。


 私はサンドウィッチの箱とバスケットを手早く片付け、彼の前にクッキーを広げた。



「誰かって、だれ、だ……?」



 レヴィがぼんやりと呟く。



「レモネードを口に含んで、クッキーをゆっくりと食べなさい」

「誰かって、だ、れ――」

「――ッ」


 私はマジックポーションの封をきってレヴィの口元に当てた。



「ゆっくり、口の中で転がすようにして、少しずつ飲んで」

「な、に、が?」

「言うとおりにして」

「……」



 レヴィが顔を顰めながら瓶に口を付けた。


 マジックポーションは、キュアベリーという滋養強壮効果を持つ果実を熟成させて精製されるため、果糖が多く含まれる。


 床に散乱するポーション瓶を見る限り、ワイズ・グレーはずっとマジックポーションだけでカロリーを維持して居たようだ。


 顔を顰めたレヴィが私の肩を叩く。


 私は手の甲を返した裏ピースを作ってレヴィの目の前に翳した。



「この指は何本?」

「精力絶倫のサイン」



 私はポーション瓶をレヴィの前に置いて隣の椅子に戻った。



「おかえりなさい」



 裏ピースは悪魔崇拝者に置ける「精力」を現す象徴――



 問いに普通の答えを返えしたがらないのは、いつもの彼である証拠だ。



「何が、どうなってるんだか……」



 レヴィが頭を振って笑った。



「クッキーをゆっくり食べなさい。意識が遠くなったら、またマジックポーションを少し飲んで」

「ふむ……」



 レヴィがクッキーをつまみ上げて裏表を確認し、口の中に放り込んだ。


 暗い夜の部室内に、クッキーを噛み砕く音が響く。



「これは……何処のクッキーだ? クオリティが半端じゃないな」



 レヴィが訝し気な顔でクッキーを頬張り続けた。



「とある貴族邸宅から拝借してきたものよ」

「拝借って、一体何をして来たんだ?」

「座敷牢に入ってた」

「いや、うん……いいさ。もう何でも来いだ」



 レヴィが苦笑する。



 嘘じゃないのに――



 ふと、レヴィがクッキーをつまむ手を止めた。



「俺は君と出会って、ラブリッサの商館で素敵な一ヶ月を過ごしていた」

「……うん」

「辛かった記憶が先行するんだが、思い返せば……楽しかったな。君と一緒にいられたんだから」



 レヴィがくすぐったそうに笑った。



「ケインとアイリアが幸せになる、そんな悲しい夢を見た」



 口調はしっかりとしているし、表情も自然なものだった。



「わんわん泣いた後で、君を口説いてキスをするなんて、恥ずかしい夢も見た」

「ふぅん」



 私はクッキーを頬張りながら相槌を打った。



「君の体にブリットを打ち込む、酷い夢も見た」

「……」



 夢、か――



「監察神官を何十人も手玉にとったり、ケインの墓参りがてらビートにキスをしたり――ついさっきは、魔導士の腕を嬉々として引きちぎる夢なんかを見てた」

「そう……」



 レヴィの瞳から、涙が流れ落ちていた。



「全部、夢さ」



 彼は泣きながら笑っていた。



「こんなことが、現実であってたまるか――」



 笑いながら泣いていた。



「レヴィ、残りのマジックポーションを飲んで」



 私は最後のクッキーを食べ終り、マジックポーションを煽った。


 酷く粘性のあるポーションを飲み下し、レモネードで口直しをする。


 彼も私に倣ってポーションを飲んだ。



「今から私が言う言葉を、そのまま繰り返して」

「……」



 レヴィが前髪の奥の、涙に濡れる瞳で私を見た。



「ス」

「ス……?」

「テ」

「テ……」

「ラ」

「ラ……」



 私は一度目を瞑って、呼吸を整えた。



「今の三文字を、繋げて言ってごらんなさい」

「え――」



 途端に、レヴィの呼吸が乱れ始めた。



「なん、で……?」

「繋げて言って。それが私の名前だから」

「なん――」



 レヴィが自分の胸を鷲掴んで(うずくま)る。



「お願い、レヴィ」



 私は目を瞑り、唇を震わせた。



「口に出して」

「ぐ、ぅ――」



 レヴィの魔力の濃度の振れ幅が、徐々に激しくなっていく。



 貴方はそんなに――



「ぐ、あ、ぁ――」



 苦しみにのたうつ彼の声に、私は閉じた目から涙をこぼした。



 まだ、そんなに――



 レヴィの右手に魔力が灯り、女神のコインを呼び出した。



「ス、テ、ラ――!」



 大きく弾いたコインの回転と共に、彼が私の名前を口にした。



 そう、私はステラ――



 レヴィの魔力から強烈な魔力が生じ、発光と共に大気が揺れた。



 忘れないでね――



 レヴィのシルエットが小さく収束する。



 もう、忘れないでね――



 袖の余った灰色の神父服に装備が換装されていく。


 小さな体に見合った幼子のような顔、



「ご機嫌よう、ひめゆり」



 シューティングドッグが弾いたコインを、ワイズ・グレーがキャッチした。



「……特に機嫌は良くないわ」



 私は涙を拭って呼吸を整えた。



「どうして? シューティングドッグと楽しいおしゃべりをしてたじゃないか。中々絵になるごっこ(・・)だったと思うけど?」



 子供のような屈託のなさと、底知れない残忍さの同居する微笑み。



「まさか低血糖を起こされるなんて思いもしなかった。今更言っても仕様が無いけれど、自分の体ぐらい自分で世話なさい」

「あはははッ! それは確かに今更で、言っても仕様がないことだ」



 レヴィが髪をかきあげて椅子を飛び降りた。



「マジックポーションと塩と水、そのぐらいで僕は事足りてしまうものだから。固形物を口にするなど、ゾッともしない」

「それが情緒不安定を助長する事ぐらい、分かっているでしょう?」

「はッ! 冗談ではない。規則正しい生活をしてどうなる? 僕の欲求が一層健全に増長するばかりだ」



 レヴィが部室の窓を開けて、窓枠に腰掛けた。



「僕の欲求は五年前から揺るがないノーの排除だ。それは世界の秩序崩壊を君にシュートすることであり、君を殺す事で世界の秩序を崩壊せしめること」



 彼の口の端が下卑た嗤いを浮かべる。



「本懐を遂げずして、情緒の安定など得られるものか」

「大した口説き文句ね」



 私は白手を両手に嵌めながら溜息をついた。



「殺し文句――いや、殺す文句(・・・・)かな? まあどっちでもいいや」



 レヴィが笑いながら右手にクラップを構えた。



 ――パチンッ



 指の音と共に、窓の外の景色が一変した。


 暗闇の中に、絵の具をぐちゃぐちゃにしたかのような極彩色の幾何学模様が花火の様に広がっている。



「どう?」

「サイケデリックとしか言いようがない」

「見てて飽きないだろ? 僕は日がな一日中見てられる」



 レヴィがうっとりとした顔で空を見上げた。



「目を力一杯閉じたり、瞼の上から眼球を押すと、こんな景色が見えるんだよ。僕は子供の頃からこの遊びが大好きでね。毎晩毎晩寝る前に繰り返して、視力を失いかけたほどだよ」



 レヴィが窓枠を越えて外に飛び降りる。


 古代術式研究部の部室は二階にあるはずなのに、彼の体は胸元まで窓枠の上に出ていた。



「さあひめゆり、僕のひめゆり、待ちに待った答え合わせの時間だよ」



 狂ったような幾何学模様を背に、無邪気な笑みでレヴィが手を差し出す。


 私は杖を手にとって、窓に歩み寄った。


 窓の外には灰色の地面が延々と広がっている。



「今から君が足を着けるのは、僕の自意識と言うやつだ」

「広がる闇は無意識、明滅する光が貴方の記憶ね」

「嗚呼、君ってやつは――」

「もう言わせない」



 私は彼の手に引かれて窓枠を越えた。


 大聖堂学び舎の部室――


 世界を隔絶した彼の意識の奥の奥へと、私達は足を進めた。



「……ここにたどりついたのは、君が初めてなんだ」



 歩きながら、レヴィがぽりつとそう言った。



「自分で引っ張り込んだくせに」

「そうだね」



 背中越しに彼が笑う。



「僕が君を捕らえた。でもここは、君だから辿りついた場所なんだ。君だからたどり着けた場所なんだよ」



 レヴィの足が止まる。



「今、僕と君は大聖堂の結界を通して繋がっている。だから僕達は、ここで都の全てを見ることが出来る」


 

 彼が手を差し上げると、記憶が明滅するサイケデリックな空に、魔物と騎士達が戦いを繰り広げる都の様子が浮かび上がった。



「ふッ、流石は魔盗改めだ。被害を最小限に留めているね」



 来た時とは比べ物にならない強力な魔物が湧き始めている。



「いつまでもつかな?」

「瘴気が尽きるまでよ」

「どうだろうね」



 クスクスッ、とレヴィが体を揺すって笑った。



「……構えなさい、レヴィ」



 私は杖を振ってコインの鎖を出した。



「いいとも」



 レヴィがゆっくりと振り返って、右足を前に出して体重を偏らせ、左手をポケットに、右手でコインを弾き出した。



「人は、自らが生んだ悪意を越えられるのだろうか? 絶望の誘惑に耐えることが出来るだろうか――」



 歌うようなボーイソプラノが途切れ、口が小さくすぼまった。



 ――すぅぅぅぅぅぅぅッ



 私とレヴィの気息集気法が重なる。


 射抜くような視線、底光りする眼光、全てを嘲笑するかのような口の端の笑み、



「君の全てを陵辱してくれる」

「私は貴方を赦さない」



 ――ゴォーン、ゴォーン、ゴォーン……



 異界然とした極彩色の景色の中で、八時の鐘が鳴り響いた。


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