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エルグラドの冒険者(推敲及び改訂中)  作者: 井伊嘉彦
第一幕 女神のコイン
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04.「彼女としたい」



「どうせなら、人の少ないところに行きませんか」

「敬語じゃなんだか盛り上がらないわね。これは貴方の十年を懸けたデートなのではなくて?」

「お願いします、人気の無いところに連れて行ってください」



 俺はうなだれて懇願した。


 すれ違うリディア都民が一斉に好奇の視線を向けてくる。


 あからさまに不審がられたりもする。


 旧市街地区からホームタウンである城南地区へと戻り、俺は彼女と二人で大通りを歩いていた。



 グッツウェイ露天通り――



 大陸各国の珍品名品を取り扱う露店商がズラリ連なる様からその名を冠された、リディア有数のショッピングモールである。


 昼夜を問わず人通りが絶えることはまずないと言っていい。


 俺は「がおー、鬼人(オーガ)だぞー」といった具合に首と両手を枷に拘束され、伸びた縄を彼女に引かれている。


 当然、顔を覆うこともできない。


 俺たちを見た露天に群がる老若男女が口をあんぐりとさせて動きを止める。


 土埃だらけの男が枷に繋がれ縄で引かれる様などは、どこからどうみても罪人の市中引き回しでしかない。



「監察神官殿、どうか人気の少ない場所へ……」

「貴方さっきからそればかり口にするのね。いかがわしいことでも考えているの?」

「わざと言ってるんですよね、それ。わざとやってるんだよな、これは」

「そうよ」

「……」



 肯定されると二の句が告げられない。


 しかし、なんの文句を言ういわれもないのである。


 ツケにツケを重ねていた俺の不道徳の取立てに、女神の怒りを世に知らしめる監察神官が万を持してやってきたというだけの話である。



 人だかりを左右に割ってどよめきを伝播させる奇跡を顕現させながら、俺たちの足はようやく閑静な住宅街へと差し掛かった。


 俺達僧侶が籍を置くリディア大聖堂は、リディアでもセレブ街で知られる城北地区に存在する。


 今いる場所から庁舎が集中する中央地区を縦断し、お洒落でセレブレティな城北地区を通り抜けて奥の奥まで行かねばならない。



 先が長すぎる――



「どう? 夢は見れたかしら」

「寝るのが恐くなるぐらい」



 まだまだ序盤だが、既に夢でうなされそうなトラウマを負いつつある俺だ。



 しかし――



 リディアの民の視線に身悶えしながらも、俺はずっと考え続けていた。


 俺と言うのはこれでなかなか記憶力がいい。


 頭の端にちょい書きでメモしたことはサラリと忘れてしまうのだが、興味を持ったものに関しては決して忘れない。


 とりわけ恋に落ちた女性のこと、はたまた街で見かけた美女美少女の声や香りというのは鮮明に思い出すことが出来る。


 この遊び人が身に余る記憶力をどのように活用して生きているのかはさて置いて、こんな美声のこんな美人を覚えてないということがありえるだろうか?



 ――ようやく見つけた


 ――覚えてないの……?



 どれだけ記憶を遡っても全く該当する女性を思い出す事が出来ない。



「……つかぬことをお伺い致しますが」

「なに?」

「ご尊名をお伺いしてもよろしいでしょうか」



 銀の連弾(オート・ブリット)威力増しの効果があった問いだけに、俺はまず質問していいかを質問した。


 規則正しく石畳を叩いていた折り返しブーツの音に乱れが生じる。



「――、――。」



 彼女が背中越しに何事かを口にした――



 ……ような気がする。



「え?」



 俺は聞き返した。



「――、――よ」



 やはり彼女が何かを口にした気配があるのだが、まるで聞き取れない。



 ――ヒュンッ!



 ほんの一瞬、稲光のような何かが体の中を駆け巡った。



「……ッ!」



 俺は体に走った違和感に足を止めた。


 呼吸さえ乱れてしまいそうなほどの悪寒がする。


 体中から汗が吹き出し、体が震えて枷がカタカタと音を鳴らした。



「貴方、いま……!」



 彼女が思いのほか急なターンでこちらを振り返った。



「その枷は、拘束する者の魔力の使用を中枢から阻害する呪力を持っている」



 彼女のサファイアブルーの瞳が険しい。



「え……?」



 唐突に切り出された話が理解できず、俺は前髪の下で目を細めた。



 悪寒が止まない――



「いま貴方の体から一瞬だけ魔力の発揮を確認した。どうやったの?」

「は?」

「何をしたのか聞いているのよ」



 完全に詰問口調となった彼女に、俺は曖昧な笑みを浮かべた。


 今もなお止まずに駆け巡っているのは、魔力というより純然たる悪寒だ。


 感覚過敏な俺の体が、魔力を生み出す魔法中枢が、何かの危機を感じ取って身を震わせている。



「嫌な気配がしたのさ。いや、今もしてると言うべきか――」



 俺は警戒するように辺りに目をやった。



「嫌な気配?」



 と、口にしながら彼女もハッとなった。



 ――ズ……ズズ……ズズズ……



 何かが石畳を這いずり回る不気味な音、


 千鳥足で近づいてくる人影の群れ――



『ヴヴ……ヴヴッ……』



 声と言うよりもはや音。


 光量の落ちた魔法街灯の光の下に、服も体もボロボロになったそれ(・・)が姿現わした。



動く死体(リビングデッド)……!?」



 彼女が凛々しい瞳をキッと細めた。


 リビングデッド、俗っぽい言い方をするならばゾンビ、魂を失った死者の体に雜霊や瘴気が取り付き、体の本能行動に従って獲物を求め彷徨い歩く不死者アンデッドな魔物である。



『ヴヴヴ……グァヴッ!』



 最寄りのリビングデッドが、自分の腕に噛み付いて骨が見えるほどに腐肉を食いちぎった。


 本能行動というのはつまるところ「食事」だ。


 食欲を満たし、満足した彼らが息絶えた女性に対し「おイタ」を致したなんて例も文献に残っている。


 死してなお体に染み付いた欲求というのは消えないようで、人間という生き物が背負う業の深さには呆れるばかりだ。



「ね? 嫌な予感がしてたんですよ」



 俺は近づいてくる腐乱死体達に目をやりながら笑った。


 彼女が敵を見据える目つきのままに俺を睨む。



「……どういうこと?」

「いや、どういうことと聞かれても……大聖堂が受け持っている、結界の動作不良ではないかと言うのがもっぱらの世論なわけで」



 石畳を這うもの、細い路地から木箱を蹴っ飛ばして転がり出てくるもの、住宅街の一角に動き回る腐乱死体が溢れかえった。



「いくらなんでも多すぎやしないだろうか……?」



 俺は彼女の方に後じさりながら、場を満たしつつある腐敗臭に顔を顰めた。



「なんて瘴気……魔が湧く勢いが激しすぎる……!」



 そう呟いて、彼女はサファイアブルーの瞳を天に向けた。



「さっきまでは何も感じられなかった。リディアの結界は問題なく作動しているのに、なぜ……!?」



 と、彼女がまたも俺に厳しい目をくれる。



「だからどうして俺を睨むかな。俺は君より先に気づいただけだ。君ってヤツは、実は相当の負けず嫌いだな」

「否定はしないわ」



 彼女はブロンドの髪をなびかせて、ぷいっとそっぽを向いてしまった。



「可愛い」



 二十代前半、落ち着きを備えつつある女性が垣間見せた幼い一面に口元が緩む。



「――で、俺たちが通りかかったと同時に大量発生と言うのはタイミング良すぎるわけだが。狙われる心当たりは?」

「枚挙にいとまがないけれど――」



 背中合わせになった彼女が、僅かに振り向く気配がした。



「中でも強烈に思い当たるのが、一件だけあるわ」

「同門から疎まれる仕事ですからね。気苦労推して知るべし、だな」

「……」



 彼女が押し黙った。



『グヴヴ……』



 リビングデッドが遠巻きにながらも俺たちを囲み始める。


 本能行動にかまける彼らには連帯感など存在しようもないが、「生者が妬ましい」と言う点では全員に共有感覚があるようだ。 



「まったく、なんてこと――ッ! 杖も聖書も持っていないこんな時に限って」



 彼女が小さく舌打ちをした。



「おや、監察の人間にしてはお珍しい」



 大聖堂が教徒に配る銀の杖と聖書は、外出時必ず携帯することが戒律で定められてる。


 もちろん俺は持ってない。



「会議の途中だったのよ」



 鈴鳴りの声が苦々しげに言った。



「何処かの誰かさんが網に掛かった報を急に受けたものだから。転送魔法なんて使用報告が手間なだけなのに、まったく――」

「ああ、それで」



 彼女のボヤキに、俺は地下墓地で魔力の香りをロストした原因に思い至った。


 廃教会の地下墓地で、彼女は石棺があった辺りに突然現れた。


 石棺の裏辺りに距離を無視して移動することができる転移魔法の陣を敷いていたのだろう。


 転移魔法というものは、一度体を魔力分解して転送する仕組みのため、体に雑多な霊などを取り込んでしまわないよう必ず付近の空気を浄化するステップを踏む。



「文字通り飛んで来てくれたわけか――男冥利につきるな」

「勘違いをしないでね。仕事なだけなんだから」

「痺れるね」



 ツンデレお約束の枕詞に口元が更にだらしなく緩む。



『ヴガァッ!』



 痺れを切らしたリビングデッド一体が、腕を振り上げて彼女に襲いかかった。



 ――ダラララララララッ!



 すかさず彼女の手からコインの速射が迸しる。



『グァヴッ!』



 俺には横合いから一体、



「おっと!」



 躍りかかってきた敵を横蹴りで突き放しての後ろ回し蹴り、



『グワッ!?』



 とリビングデッドの首が明後日を向いたのも一瞬、



『グゥヴゥ……?』



 彼の顔面はすぐさま今日に戻って来た。



「今晩は」



 渾身の打撃にも全く動じない相手に、とりあえず愛想笑いを浮かべてみる。


 枷によって魔力を封じられている状態ではどうしようもない。



「伏せなさい」



 右手で銀の連弾(オート・ブリット)を斉射していた彼女が、握りこんだ左拳をこちらに向けた。


 複数枚のコインが拳の前に浮いている。



「ちょッ――!?」


 ――ズダァンッ!!



 彼女の左手の五指が魔法銀の散弾を弾き出し、挨拶したばかりのリビングデッドの上半身を吹き飛ばした。



「おやすみなさーい……」



 ゆっくり倒れ込む下半身に、そんな挨拶をしてあげる。



 ――ダラララララララッ! ズダァンッ! ズダァンッ!



 右の連弾と左の散弾を振るって、彼女が群がる敵をバタバタとなぎ倒した。



「魔法が使えないのが痛い」



 圧倒的な火力を披露しながらも、彼女は忌々しげに呟いた。


 いわゆる魔法術式と呼ばれる技術は、一部の初歩魔法を除いて術式を補助する法具を必要とする。


 彼女が持っていないと口にした聖書や杖がこれに当たるわけだ。



 ――ジャキッ



 彼女の両拳の上に複数枚のコインが浮かんだ。



「はッ!」


 ――ズダァンッ!



 左右同時の銀の散弾(ショットシェル)に、リビングデッドが複数体が粉になる。


 彼女の圧倒的な魔力と技量に感心しながらも、俺は辺りにひしめく敵をざっと数えた。


 コインの射程範囲にたむろしているだけでも四十近くにはなる。



「監察神官殿、一つ提案が――」

「却下よ」



 案を提するより先に取り下げを食らった。


 もちろん提案と言うのは、俺の体と魔力の自由を奪っている枷の開放だ。



「といって、この瘴気の様子だとまだまだ湧くぞ? 俺たちとの交戦でコインも大分減ってるんじゃない――のッ! ――かッ!」



 躍りかかってくる敵を俺が蹴りで突き放し、



 ――ズダァンッ! ズダァンッ!



 彼女が止めを刺す。


 辺り一面に漂う禍々しい魔力、魔物の発生の原因となるじっとりとした瘴気の気配、敵は増え続ける一方だ。



「……」



 心中の懊悩を反映してか、彼女の魔力が大いに揺らぐ。


 コインの数に余裕がないのは図星しだったようだ。



「レヴィ」

「なんだい」



 名前を呼ばれ俺は口元を緩めた。



「今の私の気持ちが貴方にわかって?」

「男の助けを素直に受け入れられない乙女の葛藤――ぉわぁっ!?」


 ――ズダァンッ!



 俺の頭の上を薙いで彼女が今一度散弾を放った。



「馬鹿な犬のリードを手放す思い」

「言い過ぎですよね」



 あまりの暴言に思わず涎を吹きかけた。


 俺の十年を懸けて申し入れたデートは、実のところ枷で拘束された市中引き回しの刑であり、途中で魔物に襲われる憂き目に遭って、挙句に犬の散歩呼ばわりだ。



「結ぶ祈り、禁じられし封を解かん――」



 彼女が俺に向かって手を翳した。



開錠(ロックアウト)



 杖がなくても扱える初伝中の初伝、封印を紐解く魔法によって、ウィルが言うところのガッツポーツ強制ギブスがガラリと外れた。



「ふう」



 と一息つけたのも束の間、



『グワァァウッ!』



 枷の落ちる音に反応して、リビングデッドが飛びかかる。



「――むッ」



 俺は右手に魔力を灯し、光る拳を振りかぶった。


 元々死体なだけに相手の足取りはガタガタ、


 踏み込む相手の重心が、最も不安定になった瞬間に拳打を合わせる。



 ――ガッ



『グギャァァァッ!?』



 リビングデッドが派手に宙で回転し、体を石畳に打ち付けた。


 拳から伝わった神聖な魔力に、腐った顔面が半壊して煙を吹いている。


 これも教の初伝、体を神聖な魔力で覆い打撃に乗せる「聖なる拳(ホーリーブロウ)」という技だ。


 因みに蹴りでもブロウと言う。



「ああ、自由最高」



 俺は両手首を振って、人権とは何であるかを考えた。



「杖と聖書の代わりくらいは役に立ってね」



 彼女が静かに言う。



「いちいち毒づかないとやってられないの?」

「ええ」



 なんの躊躇もなく肯定する彼女に苦笑しておいて、俺は懐に手を差し込んだ。



 煙草と一緒に取り出した一本の長い棒――



 彼女が懐から枷を取り出したように、俺の懐にも道具を収納するマジックバッグが仕込んである。



「はい、これ。開錠(ロックアウト)のお礼」



 俺は彼女に棒を差し出した。



「……ビリヤードキュー?」



 ――タタン! タタン! タタン!



 目の前、横、彼女の正面の敵にコインを打ち込んでおいて、俺は煙草に火を着けた。


 余談だが俺の銀の弾丸(シルバー・ブリット)は威力も精度もそこそこ高い。


 リビングデッド程度の敵ならばものの四〜五発でカタがつく。


 と言って、使える技術が少ないから練度が高いだけのことで、不死系や悪魔系と言った闇の気を帯びる敵を相手にするなら、魔法術式を使った方が断然効率が良い。



「ふんッ!」


 ――ズダァン! ズダァン! ズダァン!



 俺がせっせと単発のコインを重ねる傍らで、彼女が左右の散弾で敵を一掃する。


 練度が高いと言っても、彼女のように魔力の質が高い人間には得意のコイン技でもあっさり上を行かれてしまうし、左右それぞれの手で散弾を弾き出すなど俺には逆立ちしたって出来っこない。


 大聖堂の修道神官から選りすぐられる監察神官とはいえ、彼女のスペックの高さは異常だ。



「それで、このキューは?」



 あらかた周りを片付けた所で、彼女が振り返った。



「魔力をそれとなく含むキュア・ベリーの樹木の芯材で出来てるんだ。弾の温存にどうぞって事」

「遊び人が持ち歩いてそうな道具ね……ないよりマシの木の棒か」

「ただの棒じゃあ、ないんだな」

「……?」



 彼女は一瞬だけ訝しげな目を向けて来たが、すぐにまた敵に向き直って前に出た。



「ふっ!」



 躊躇なく振りかざされるビリヤードキュー、



 ――バキャァッ!



「貴方の棒が折れたわよ」

「あのな……」



 彼女の言い草に思わず口から煙が漏れた。



「これ――」



 と、彼女が動きを止めて折れたキューに目をやった。


 彼女が握る「俺の棒」の柄の部分から、銀の鎖がジャラリと地面に垂れ下がっている。



「女神のコイン……を、繋ぎ合わせているの?」

「剥けば中身は立派な銀だ。君が優しさを込めれば、立派にそそり立つこと請け合い」



 横合いから襲いかかってくる敵をいなしながら説明を加える。


 魔力の出力が安定しない俺でも瞬間的に物に魔力を込めることは出来る。


 特に慣れ親しんだ女神のコインとは相性がいい。


 キューの残骸から伸びる銀の鎖は、鍛冶職人のビートに頼み込んでコインを特別に鍛造して貰い、さらにそれを繋げたものだ。



「ふぅん……破戒僧でも、こういう閃きは衰えないものなのね」

「ヒット商品にならないかしら」



 柄から魔力を注ぎ込めば魔法銀(ミスリル)の剣になる。


 彼女の体に一層強い魔力がみなぎり、淡いブロンドの髪が宙を揺らめいた。



「ふにゃふにゃのままよ」

「おふっ……」



 彼女が呟いた言葉に俺は思わずコインを外した。



「固くならないじゃない」



 振り返ると、髪や胴衣を魔力で揺らめかせた彼女が、冷ややかな、憐れむような、酷く残念そうな目で俺を見つめている。



「……」



 彼女が握ったコインの鎖は、確かにしっかり魔法銀化はしていたものの、剣の形にならずくたくたのふにゃふにゃだった。



「貴女……どんだけ魔力の濃い人ですか」

「私のせいなの?」



 魔法銀の分子運動が活発になりすぎて剣の形状を保ていない。


 彼女の濃い魔力による安定出力がことの原因と見られる。



「直列に魔力の出力を維持し続けるとそうなるのね……もともと交流出力しか出来ない俺用の物だしなあ」



 俺はくたびれてしまったコインの剣をみやって頭を掻いた。



『グァァヴッ!』



 会話の左中に、彼女の背後からリビングデッドが襲いかかった。



「ふッ!」



 彼女がする振り向きざまの右頂肘、



「よっ――」



 俺が援護射撃で敵を仰け反らせる、



「は――ッ!」



 裂帛の気合と共に、彼女は右手の光る「ふにゃふにゃ」を一閃させた。



 ――シパァンッ!



 軽妙な破裂音と共に、リビングデッドの胴体が斜めに千切れ飛ぶ。


 固形化しない魔法銀の威力の高さに俺は思わず呟いた、



「げ」

「……」



 彼女は取り囲む敵をぐるりと見渡し、今一度右手を振るった。



 ――シパァンッ!


『ギャィィアッ!?』



 遠間から魔法銀の一撃を受けたリビングデッドが、またしても真っ二つに裂ける。



「うふっ……ふふふふふッ……!」



 彼女の肩が小さく震え出した。



 ――タタン! タタン!



 俺は前後左右に牽制射をしながら俯く彼女を見た。


 斜め後ろからなので表情は分からないが、口の端が持ち上がっている。



「あっははは――ッ!」



 響き渡る高笑いと共に彼女の魔力が膨れ上がった。


 魔法が使えない分、持て余していたものが吹き出たのだろう。


 身から立ち上る魔力の威圧だけで、彼女の周りのリビングデッドが怯んでいる。



「レヴィ、ねえレヴィ・チャニング――」



 目下絶大な魔力を発揮する彼女が、高らかに、歌い上げるように俺を呼んだ。



「はい」



 彼女を避けて俺に寄ってくる敵を相手どりながらも、極めて折り目正しく返事をする。



「今の私の気持ちが、貴方に分かって?」



 ――シパァンッ! シパァンッ!



 光る「ふにゃふにゃ」を見事に使いこなしながら彼女が問う。


 ざっと周りを片付けて、俺は彼女と背中合わせになった。



「コールミークイーン」

「私はそこまで傲慢じゃない」



 静かな声ではあったが、吐息がいたく興奮気味である。



「ふふ……ふふふ……ッ!」



 こらえきれないといった様子で彼女が笑う。



「『おあつらえ向き』」



 彼女がピシャリと言った。



「うん?」

「今の私の気分を言葉にするなら『おあつらえ向き』よ、レヴィ」

「おあつらえ向き、ね……」



 俺は曖昧に笑って相槌を打った。



「ふふふ……ッ」



 コインを繋げた光る「ふにゃふにゃ」――つまり鞭のようにしなる魔法銀を、彼女が「びぃんっ」と音を立てて張った。



「コールミークイーン、ですよね?」

「いいえ」



 彼女が俺の背中に後頭部をコツンと当てた。



「おあつらえ向きではなくて?」

「なにが?」

「節操のない獣を教育するのに」



 目の前のスプラッターな腐乱死体より、それを鞭の一撃で粉砕する女性を怖いと感じるのは、無理からぬ話ではないだろうか。


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