49.「騒いで動く、前の騒動」
冒険者ってのも勝負どころをわきまえてるもんで、急遽、騎士団と冒険者闇商との連携体制が整った。
声を掛けて回ったのが大聖堂監察の神官長サマだ、さぞかし闇商会の連中も仰天したこったろう。
徹夜で戦支度を整え、迎えた六日目の未明――
「時間の無い所、無理を言って済まないな」
「それはお互い様、遅くなったことに申し訳もない」
魔盗改め方の団長室で、レイハとサフィアが堅い握手を結んだ。
「出来ればもっと早く計算を終えたかったのですが……」
「まだ時間はある。よろしく頼む」
「こちらこそ、どうぞよろしく」
俺は騎士団長の席でふんぞり返りながら、
「む、苦しゅうない」
横柄に言ってやった。
ラブリッサ商会の会員、冒険者ウィル・フォードとは世を忍ぶ仮の姿、実はこの俺が魔盗改めの騎士団長であーる――はずもなく、単に空いてるからこっちに座ってるだけだ。
「早速、説明させて頂きます。瘴気発生の場所と時間についてはもうご存知しょうか?」
テーブルを囲んで木のベンチに座ったサフィアんは、のっけから魔力ギンギンでトークに淀みがない。
「中央区の議事堂前、日暮れ時という話をウィルから聞いている。既に軍部民部、都中の全騎士団に伝達済みだ」
対するレイハも、情報に期待してか体から陽炎みてえな魔力を出している。
体のデカい二人が顔を付き合わせている様は中々壮観だ。
「今は睡竜月の中旬、日暮と言うと六っつの鐘の頃」
「昨日、日が落ちる時間を皆に確認させた。六つの鐘から鳴ってからも沈みそうで沈まんな」
「そのあたりが正にレヴィの言う逢魔が刻、物質と魔力の境が曖昧になる境界の時、瘴気が最も魔に変じやすい時刻です」
「では、鐘六つを過ぎた頃に一斉に魔物が?」
「そう単純では」
サフィアが首を振った。
「拙僧の見立てでは、魔物の出現はおよそ三段階に分けられます」
「ほう?」
「まず、レヴィの取る手段として予想されるのが、逢魔が刻の不安定な状態に膨大な瘴気を馴染ませると言うこと」
「馴染ませる……?」
「瘴気を極めて魔に変じやすい状態にする、ということです。その状態を、レヴィはリディアの結界の効力を利用して維持しようとするはず」
「するとどうなる?」
「活性化した瘴気と結界の効力がぶつかり合って軋轢が生じる。まず結界に絶大な負担が掛かりましょう。これは結界崩壊の反動を強める一環」
「魔物の方は?」
「いまの結界は魔力を吸い上げて効力を増している。始めは大して魔が湧くこともない……瘴気のほとばしりが分散し、魔物が全域に出現するでしょうが、全ては下級のモノと推定されます」
「雑魚が全域に、な……それが第一段階か」
「はい」
サフィアが頷いた。
「第一段階の魔物をあらかた片付けた頃には、結界への負担も最高に達する……時間にして翌日の鐘六つ」
「七日目の逢魔が刻か」
レイハが腕を組む。
「そうなるとレヴィは瘴気を結界の影響から解き放つ。魔に変じやすくなっていた瘴気の堰が切れ、中央区から方円状に大量の魔が出現します。瘴気の渦の中心に近ければ近いほど強力な魔が沸くことになるでしょう」
「中央区に布陣する我らの腕の見せ所だな。それが第二段階として、第三は?」
「ここまではまず間違いのない計算だと自信を持つことができます。しかし、三段階目というのは拙僧も確信を持ってのことではありません。それをご承知の上で聞いて頂きたい」
「第二段階まででも十分有用な情報だ。是非ともお聞かせ願いたい」
レイハが身を乗り出す。
「第三は、おそらくレヴィも詳細な計算を放棄しているところでしょう。なぜなら、んん……」
サフィアが口重になって首筋を手で擦った。
「忌憚なく頼む」
「……たどり着くのが非常に難しい状態だからです」
「難しい?」
「第三段階は、第二段階の瘴気の激流を乗り切った先のこと」
「凌ぐ」
レイハが空気が歪むほどの濃い魔力を漲らせた。
「魔を減らし続ける間にも、戦闘の際に流される人魔の血によって瘴気は発生し続けます。都の民の恐怖も瘴気になりうる……外に逃す術がない以上、魔に押し負ければ瘴気を自分らの手によって増やすことになりかねません」
「敗北は元より、魔を減らしても被害甚大では意味がないということか」
「厳しい戦が予想されます。しかし、それでも上首尾に運んで、半分近くまで瘴気を減らす事が出来た場合――」
「出来た場合」
レイハが身を乗り出した。
「程よく減った瘴気の残りの半分が、支配者クラスの魔物と変じる事が予想されます」
「支配者クラス?」
「一定の知能と魔力の行使する術をわきまえた、自ら瘴気をコントロールして魔を沸かせる事の出来る魔物の事です」
「かつて大陸が暗黒時代にあった頃、各都市を壊滅に追い込んだというだ……」
レイハの魔力が揺らぐ。
「『エルグラドの災厄』」
サフィアが顔を厳しくして言った。
戦時中、大量に流された人魔の血を糧に、大陸にゃ今とは比べものにならねえ強力な魔物が当たり前のように闊歩していた。
中でも魔を従えて一都市を壊滅させるほどの力を持った魔物は「エルグラドの災厄」なんて呼ばれ、特に人々から怖れられた。
「半分に減らして、エルグラドの災厄かよ……それ程のものが都に渦巻いていたというのか」
レイハが渋面で唸る。
「全ては結界を維持する我ら聖ライアリス教の落ち度……言い訳となってしまいますが、対応が間に合わぬほどにリディアの人口増加と発展が急だった。結界も街も整備も追いつかず、歪に発展を遂げたリディアの中で、人々の苦しみが瘴気となっていたのです」
サフィアが目を瞑って天を仰いだ。
「故に、手を汚したがらない大聖堂に成り代わって、ケイン・ルースがフラガラックの活動を始めた」
「……サフィア殿も、中心人物だったそうだな? ケイン・ルースとは共に修行に励んだ仲だとか」
レイハが魔力を高めて凄んで見せた。
「真に盟友と呼べた人物でした」
サフィアは歯を食いしばって、レイハに負けない濃い魔力を体から立ち上らせた。
「――ウィル、惜しいものだな」
おもむろに、レイハが俺に笑いかけてくる。
「あん? 何がよ?」
俺は頭の後ろに手を組んで、ふんぞり返りながら聞き返した。
足はレイハの机の上に組んで乗せている。
「これほどの体躯と気迫を持ち合わせた御仁が僧侶というのは、真に惜しいものではないか。サフィア殿であれば、大陸に名を轟かす兵法者になっていたことだろう」
「おー、そりゃ名案だ。サフィアん、全部片付いたら戦士の修行もしてみたらどうだ?」
「ん? ……んん」
サフィアが困った顔で首をさすった。
「話の腰を折ってしまったな。ケイン・ルースの事についてはウィルから実情を聞いている。心中お察し申す」
レイハが膝に手をついて頭を下げた。
「……先に脱線したのは俺の方です。魔物盗賊改め方の騎士団長殿に認められたとあれば、ケインも浮かばれる」
サフィアも頭を下げる。
顔を上げた頃には、二人ともまた魔力を漲らせていた。
俺ァ慣れてるから良いが、平の隊員が入ってきたら失禁しそうな気迫が室内に満ちている。
「瘴気を減らしに減らした先に支配者クラスの魔物が出る。しかし、どんな種類のどんな魔物が出るかは全く見当がつきません」
「事前に対応や作戦を練るのは難しいと言うことだな……」
レイハが苦みばしった顔で言った。
「瘴気から生じる魔物であるからには銀武器が有効でしょう。ただ、魔物の特定はレヴィにも拙僧にも、教のどんな高僧にも不可能です」
「へッ、何が出るかお楽しみってワケだ」
俺は口の端を持ち上げて笑った。
「最後は出たとこ勝負、か」
「これが、レヴィが瘴気を用いて行おうとしている一切かと」
サフィアが話を結び、懐に手を差し込んだ。
「第二段階までの規模ならば、拙僧にも詳しい推測ができます」
――ドンッ
と、書類の束が、テーブルの上に乗せられた。
「……」
レイハが口をへの字にして黙った。
「なにか?」
サフィアが首を傾げた。
「いや……」
レイハが苦笑いを浮かべる。
テーブルに、体のデカい二人の顔の高さを超える量の書類が積み重なっている。
「流石に、今からこれ全てに目を通すと言うのは……もっと、簡潔にまとまらなかったものかな」
「これ全てで一つと言うわけでは」
サフィアが書類の山の上から程よくまとまった数枚を手にとってレイハに渡した。
「ほう、これで一部? ではこれは――」
「残りは教の修道神官らに書写してもらったもの。軍部民部、都の騎士団に配るには十分な量かと」
「なんと用意の良い。こちらの手間を省いてくれたのか」
「今回の件は大聖堂の不始末、時間も無い中で無理な対応を強いてしまっています。これぐらいの用意は当然のこと」
「すまん、俺の早合点だった」
レイハが頭を下げた。
「いえ、謝るのはこちらの方です。内容から結界問題に抵触する一切を削除されてしまいました。いち教区神官が教を代表するなどおこがましいことですが、どうかお許しを」
サフィアが慚愧に耐えないといった顔で頭を下げた。
「……」
レイハが書類とサフィアを見比べて複雑そうな顔をした。
「どしたィ、妙な面して」
「む? いや、なに……」
レイハが苦笑する。
「俺はケイン・ルースの件も含め、大聖堂の不甲斐なさに怒りさえ覚えていた」
「ほーん?」
「しかし、目の前に居るサフィア殿の深謀遠慮振りはどうだ。教の僧侶とは、なんとも立派なものではないか。それがどうにも、大聖堂の腰の重さと結びつかん」
レイハが感心したようにサフィアを眺める。
「へッ、フラガラックなんつって過激派やってた男だぞ? サフィアんがちょい特殊なだけだ」
「む?」
「むしろな、お前さんが認める男を城南の外れに飛ばしちまうような組織が、大聖堂ってトコなの」
「んん……教区神官は俺が志願したことだしな……」
サフィアが首を擦って言う。
「――ってな具合でよ。てめえでひきこもろうとするのも僧侶の悪い癖だな」
「朧げながら聖ライアリス教の実態が見えてきた」
レイハが笑う。
「サフィア殿、この貴重な情報は魔物盗賊改め方が責任を持って都の騎士団に配ろう」
「何卒、よろしくお願いします」
サフィアが胸の前で手を握り合わせて祈る様に礼をした。
「都を魔物の良いようにはさせん。それは良いのだが――」
レイハが俺とサフィアを見る。
「騒動の騒動の主犯レヴィ・チャニングは、どうあっても大聖堂監察の神官長が一騎討ちで討ちとらねばならんのだろう? そちらは大丈夫か?」
「んん……」
サフィアが唸る。
「さァて――」
俺は肩に羽織ったのコートの袖をつまみ上げて笑った。
元々ボロになっちまってるが、袖口にチビレヴィがコインで開けた真新しい穴が空いている。
空中からレヴィに飛びかかる時、危うく土手っ腹に穴を開けられそうになった時についた傷だ。
やっぱ、使えるヤツだったんじゃねえか――
あの馬鹿犬もとい小賢しい鼠は、相当出来る。
「例えば俺が本気であいつとやりあったとして、だ」
「む?」
「負けるつもりはさらさらねえが、勝てるたァ自信満々に言い切れねえ」
「猫がそれほどに言うか……」
レイハが深刻な顔をになる。
「レヴィの意志が揺らがなければ彼女が死ぬ。彼女の意志が揺らがなければレヴィは死ぬ……技の優劣や戦闘の仕樣で決する勝負ではないでしょう」
サフィアが一人天井を見上げてそう言った。
「お前さんの予言は、『レヴィが死ぬ』じゃなかったか?」
「予言はあくまでも事象の予測演算だ。十割的中するなどまずありえない。特にあの二人に関しては、予言をするのが難しい」
「確かに、ありゃめんどくせえ」
俺は苦笑した。
「めんどくさい? レヴィと言う僧侶がか?」
「うんにゃ。どっちも」
レイハが俺の答えに片眉を上げた。
「……考えても詮無き事よな。書類を急ぎ配るように手配しよう」
「運ぶのを手伝いましょう」
「む? では頼もう」
サフィアの申し出を受け入れて、レイハが席を立った。
「つか、配るんなら俺が一走り行ってこようか?」
「お前には明日存分に働いてもらわねばならん。特別扱いするつもりはないが、出来ることなら体力魔力を温存しておいてくれ」
特別扱いじゃねえかよ。
休んでて良いってんなら俺は休むけど。
「では、少し待っててくれ」
「おーう」
団長を室を出ていく二人に手を振って俺は見送った。
一人団長室に残された俺は、レイハの席で踏ん反り返ってニヒルに笑う。
「大した保険のかけっぷりだな、ネズ公よォ」
結界の崩壊でリディアを吹き飛ばす。
リディアが吹き飛ばなくても、エルグラドの災厄で街を壊滅に追い込めば吹き飛ばしたのとほぼ変わらない。
これ幸いと大陸の各都市の有力者が騒ぎ出す。
どっちかが成功すりゃ、大陸の秩序は崩壊するって寸法だ。
「俺ァお前さんのこと、それなりに気に入ってたんだがな……」
都を守るのが思いのほか忙しくて、のたうちまわる最後の瞬間は見られそうもねえ。
「そいつが、ちょいと残念ではある」
そんでも、寂しいだの、辛いだの、人並みの感情は俺の中に湧かない。
あの馬鹿が選んだ道で、あの馬鹿が決断したことだ。
やりたいようにやって、生きたいように生きた結果がこんなだったってだけの話だ。
――楽しく生きろよ兄弟
一昨日の晩会ったレヴィは全身全霊だった。
余裕がなさそうだったが、その余裕の無ささえ楽しそうだった。
その結果、死ぬ事になるってんならそりゃしょうがねえ。
「ど派手に散らせその命」
俺はそういうドライな男だ。
物思いにふけってぼんやりしてると、パタパタと廊下を走ってくる音がした。
歩幅が酷く狭い。
――バンッ!
団長室の扉が乱暴に開いた。
「ウィルくん居る!?」
「入ってまーす」
突然部屋に躍り込んできた小さなシルエットに、俺はやる気無く答えてやった。
ピンクの髪を振り乱した灼眼の少女、ピンクの子虎、略してピン子。
「どした? 性欲持て余したビートに襲われかけた?」
「冗談言ってる場合かッ!」
アヤが酷く焦った様子で叫ぶ。
「いや知らんし。どんな場合か説明してくれ」
「神官長さんが居なくなっちゃった!」
「――あん?」
「ずっと戻ってこないの!」
アヤが身振り手振りで懸命に声を張った。
「大聖堂にでも行ってんじゃねえの?」
時間は未明、今日はまだ六日目だが、レヴィの宣言じゃ魔物が街に湧き始める事になっている当日だ。
大聖堂の方でもなんやらかんやら動きがあっておかしくない。
「違うの、さっき大聖堂から使いの人が来て、あたしもう心配で心配で――」
「一から頼まァ」
俺は机から足を下ろした。
「うんとね……」
アヤが胸に手を当てて一度呼吸を整えた。
「私が取引から戻ったら、彼女が居なかったの。私も大聖堂に行ってるのかなって思ったんだけど、暫くしたら『神官長はいるか?』って僧侶が訪ねて来て――」
『闇商との取引の仲立ちをしたと聞いたものですから。非常時ですので、裏取引についての言及は致しません。……ただ、任務の準備期間にある以上、くれぐれも軽率な行動は控えるように』
「――って」
するってえと、大聖堂じゃねえ――
「お前さん、商館でどれぐらい待った?」
「三時間ぐらい……かな?」
ふらりとケインの墓参りか?
それにしちゃ時間がかかりすぎだ。
団長室の壁掛け時計は午前三時を回っている。
「台所……」
アヤがポツリと言った。
「あん?」
「台所の様子がおかしかったの。洗ったカップが二つ台所に置きっぱなしで……彼女ならあんなことしない。ちゃんと食器棚に戻すもん」
カップが二つ――
「ビートは?」
「部屋で寝てたって。誰か来てたような気配はしてたって言うし、アタシ怖くなって――」
「その話、ここに来るまでに誰かに話したか?」
「ビートにだけ。あとはウィルくん」
俺はすぐさま立ち上がって考えを巡らせた。
「ウィルくん、どうしよ――」
「……」
不安気に狼狽えるアヤの言葉を手で制す。
アヤも疲れてナーバスになってる部分がある。
考え過ぎの行き違いってんならいいが、事は騒動の渦中に据えられた神官長サマだ。
そうでない可能性が十分考えられる。
なにより、機を見るのに敏なピン子の直感は馬鹿に出来ねえ。
「アヤ、戻ってからロビーは掃除したか?」
「戻って来てからは特に……でも慌ててたし、何をどう動かしたかはあんま覚えてないかも……」
動転したアヤの動きぐらいなら、想像もつくだろうし、現場を視るのに大した障害にもならねえ。
団長室のメモに「急用」とだけ書いてテーブルの上に乗せる。
「戻るぞ」
「え? あ、うん――」
戸惑うアヤを小脇に抱えて、俺は団長室を飛び出した。




