47.「春の風物詩」
五日目の昼――
鏡の前で横髪を掬い、襟足で青いリボンを結う。
髪は魔力を強く帯びる。
表に露出した妖脈とも言われているため、法術で編まれたリボンでまとめれば様々な魔法効果を得ることが出来る。
青いリボンには妖脈を浄化する作用があり、喉の裏あたりに結ぶと特に効果が強い。
気休めだ――
こんなものでレヴィの魔力が持つ術式阻害の効果を防ぐ事などできはしない。
一昨日担ぎ込まれてきたビートの容態からも、それが良く分かっている。
「……」
鏡のすぐ横のテーブルに目を移すと、所狭しと霊験あらたかな品々が並んでいた。
リディア滅亡の危機に瀕し、大聖堂上層部は宝物庫の武具法具の持ち出し許可を私に与えた。
魔力が増大する由緒ある聖書、振るうだけで治療効果のある伝説の杖、魔法攻撃に反応して魔力防壁が発動するローブ、身体能力を増大させるイヤリング――
私が選ぶまでもなく、ありとあらゆる門外不出の品を押し付けるように手渡された。
誰しも名を耳にしたことがあるような垂涎ものの名品を、私は寒々しい思いで眺めた。
――どうあっても殺せ
そんな上層部の願いが込められた、神聖な道具なのだ。
私はテーブルの真ん中に置いてある、いつもの装備に手を伸ばした。
愛用の杖と、女神のコインが入った袋、ボロボロになってしまった一冊のノート――
当日になろうとも、これら以外の与えられた道具に手を触れるつもりはない。
いつも通りでいい――
私は客室を出て商館のロビーへと向かった。
「よ、悪くねえリボンだな」
「ありがとう」
ロビーに出るなり、ソファーに身を沈めたウィルに褒められた。
「レモネードを飲もうと思うのだけど、貴方は牛乳?」
「おう、アイスでたのまァ。今日は暑いからな」
春の昼下がり、ロビーの中は比較的涼しいけど、外はまるっきりの夏日だった。
「例年の気温より五度は高いそうよ」
「どおりで」
勝手知りたる商館の台所、私は自分のレモネードとウィルの牛乳瓶を持ってロビーに戻った。
「ビートの様子はどうだ?」
「え? ええ……」
ウィルに牛乳瓶を渡し、正面のソファーに腰掛ける。
「治療はバッチリだったんだろ?」
「命に別状はない。ただ、中枢が酷く消耗してる。二〜三日は安静が必要でしょうね」
「無事ならいいさ。神官長様々だァ」
「……」
私は黙ってレモネードのコップを手に取った。
ストローを刺すのを忘れてしまったのでそのまま口を付ける事にする。
「なーに考えこんでんだ?」
「え?」
「イメージトレーニングでもしてるってんなら話ァ別だが、そんな様子でもねえしな」
ウィルが「にゃっ」と八重歯を見せた。
「考えなきゃならねえことでもあんのか?」
「いえ、特に……」
レヴィとの決戦に向けて、大聖堂監察の仕事は一時的に免除されている。
今日を含めてあと二日は準備期間だ。
「レヴィの事か?」
「いいえ」
私は強い語調で答えを返した。
「彼のことで悩みはしない」
「ほーん?」
「考えているのはアヤのことよ」
ビートの名を聞くと、私の頭の中にはすぐにアヤの姿が現れる。
「朝一番に、魔盗改めから依頼書が届いちまったからなァ」
アヤは昨日に引き続き、ほとんど寝ずに仕事をこなし続けていた。
朝早くから商館を出て、物資の取引交渉やらビートの受け持ちだった武具の納品準備に街を駈け回っている。
冒険者のキャラバンが、工房街から近い城南城門にキャンプを張っているのが不幸中の幸いだ。
今朝も仕事の手伝いを申し出てみたけど、
――決戦に備えて休まなきゃ!
そんな風に断られてしまった。
「ビートの側に居たかっただろうなって……」
「ほーん? あのマネーの子虎がね」
「二日後にはリディアがなくなるかも知れないのよ?」
術式反動に巻き込まれれば、生存の可能性は極めて低い。
「そうならねえようにするんだろ。自信ねえってんならヅラ被って代わってやらァ」
私はブロンドのウィッグを被ったウィルの姿を想像した。
「確実に世界の秩序が崩壊するでしょうね」
「冗談が通じなそうだったからな。あの野郎」
ウィルが牛乳瓶片手に笑う。
「……貴方はどんな時でも調子が変わらないのね」
「なんでえ、取り乱した俺が見てえのか?」
私はレモネードを飲みながら上目遣いにウィルを見た。
「ちょっと興味はあるかも」
「へッ」
彼は頭の後ろに手を組んで笑った。
「これでも一昨日の夜は大慌てだったぜ」
「レヴィと交戦した時?」
「うんにゃ。寝る前にシャワー浴びようと思った時。ボイラーに火が入ってなくて頭から水かぶっちまってよ。悲鳴上げるとこだった」
水に驚いて飛び上がる黒猫の姿を想像してしまった。
「ふふッ……」
手の甲で口を隠す。
「そんなこと?」
「ばっきゃろう、心臓が口から飛び出るかと思ったんだぜ? 旅生活じゃ冬の川で水浴びってのもザラだったが、もうすっかり都会っ子よ」
「シティボーイなんていまどき言わない」
「ンじゃなんてえんだ? リディアーナ?」
彼がおどけて肩を竦める。
「貴方は本当にマイペースね」
「これでもそれなりに人に合わせて生きてらァ。てめえの自由守るためによ」
隙だらけのようで隙がない。
常に自然体で物事に動じない。
おちゃらけていて気まぐれ、自由を勝ち取るだけの高い能力――
彼は本当に猫のようだ。
「結界崩壊だなんてそんなこと絶対にさせない。でも……人は『もしも』を考える」
絶望を望む、卑しい心――
「最悪を想定しとくのは大事なこったな」
ウィルが軽い調子で相槌を打つ。
「リディアが消えてなくなるかも知れない。自分たちが死んでしまうかもしれない……そんな時、残された時間を大好きな人と過ごしたいと思うのが人情ではなくて?」
「ほーん? お前さんはそう考えるのか」
「アヤの事よ」
「人ってなァ、自分の中にあるもんでしか人を測れないもんだ」
「んー……」
ウィルの早い切り返しに、私は拳を口元に構えて目を伏せた。
「そういう気持ちがある事を否定はしないけれど……特にアヤは、そんな気持ちが強いんじゃないかなって」
「しっかり仕事してんだろ」
「だからよ」
「だから?」
私は拳を構えたまま黙った。
死ぬかも知れない大事を前に、好きな人と一緒に居たい気持ちを押さえ込んで仕事をしてまわる。
仕事に打ち込んで、頭がどうにかなってしまいそうな感情を、忘れようとする――
「ほーん?」
何も言っていないのに、ウィルが納得したように呟いた。
「アヤの話よ」
「わーってるって」
ウィルは苦笑しながら顎の下を掻いた。
「何も言ってないだろ?」なんてレヴィ辺りがしそうな皮肉を彼は言わない。
「……」
私はじっと彼を見た。
「なんでえ?」
「貴方が大聖堂の人間だったなら、さぞかし名のある僧侶になっていたでしょうね」
「なんで?」
「気遣い上手だから、かな」
「お前さんの周りに、気の利かねえ連中が多いだけだ」
「そう?」
「サフィアんとかありゃあ酷過ぎだろ? ヤツは俺の中で空気を読めないヤツ認定された」
「ええ? どうして?」
サフィアは物事を複雑に捉えて、繊細に扱う優しい人間だ。
細やかな気遣いの出来る人間だと思うのだけど。
「ビートを運び込んだ晩、散々だったじゃねえか。俺ァあえてビートとレヴィのマウス・トゥー・マウスを伏せてやったんだぜ?」
「あー……」
ビートがかつぎ込まれて来た時、ウィルはただ、
――レヴィにやられた
とだけ言った。
対するサフィアが、
――レヴィが口づけによる粘液交換で中枢に負荷をかけた
きっちり説明してくれた。
顔を真っ赤にして泣きそうになっていたアヤの姿が瞼の裏に焼き付いている。
以来彼女は一心不乱に仕事をしているのだけれど――
もしかしたら、二人はまだだったのかもしれない。
「あれは、んー……うん。でも、うん……んー」
何が原因かがわかれば治療はしやすい。
ビートの体調を考えれば説明は必要だけど、確かにアヤの前で堂々と言うべきことでもない。
「サフィアは商会の人間関係を詳しく知らなかったと思うし」
「何度かここに足運んでんだろ。人間関係かぐらい見抜いとけっつーの。僧侶ってなアレか? 考えてる事は読めても空気読めない生きモンなのか」
「んー……」
サフィアのキス報告に関しては、返す言葉がない。
「ま、何にせよ大聖堂のキャリアがお墨付きくれるたァ鼻が高え。街中に説法しまくってやろうかィ。ええ、大いにローリング説法と言ってもらってかまいませんよ」
「そんなつもり無いでしょう?」
「まったくな」
ウィルがやる気の無い目になって牛乳瓶を傾け、私もそれにならってレモネードを飲んだ。
「「……」」
会話が途切れ、ロビーがしんと静まり返る。
「……時間をもらえるのはありがたいのだけど、なにもないと逆に苦痛ね」
「英気を養えってことなんだろ? 寝られるだけ寝てりゃァいいじゃねえか」
「一度気を抜くと、私は立ち上がることが出来なくなるほどダメになる……」
私は真剣に言った。
「わかった。世界のためにあと二日は我慢しろ」
私の本気が通じたのか、彼も真顔で応じてくれた。
「やっぱり無理にでもアヤの仕事を手伝うんだったなー……」
私は思わず漏れてしまう独り言を言った。
「大聖堂監察の神官長が、リディア滅亡の危機に闇商の下働きか? そりゃ傑作だな」
「レヴィは――」
私は言いかけて言葉を止めた。
「ヤツがどした」
ウィルが牛乳を飲みながら、何の気ない風で会話の流れを繋げた。
「……彼は、どのぐらい商会の仕事をしていたの?」
考えるまでもなく、質問が口をついて出る。
「あん? あー、ここに住み始めたなァアイツが男の中じゃ一番遅かった。アヤと同時期ぐらいだから……二年ちょいだな」
「二年……」
「城壁修復の人足やら郊外農村の出稼ぎやら、魔物討伐に露店の売り子、鍛冶場の雑用――それなりに何でも出来るやつだったし、案外重宝はしてたな」
「そう……」
「仕事中、何かに行き詰まると鈍くなる妙な癖はあったが」
書類の散らばった床で、頭を掻こうとして固まった彼の姿が思い浮かんだ。
「……ふぅん」
レヴィの姿が脳裏にちらつくと頭が上手く働かない。
思考のコインが回転の速度を低下させていく。
ふと目を上げると、ウィルのやる気のない碧眼がこちらを見つめていた。
「……?」
私は訝しげな顔をして見せた。
「急に考え込んだなァお前さんだ」
「え? ええ、……そうね、ごめ――」
口から飛び出しかけた単語が、胸で詰まる。
言葉が上手く出てこない。
私は小さく咳払いをしてから呼吸を整えた。
「ごめんなさい」
私をじっと見つめていたウィルが、目を閉じて笑った。
「……しゃーねえなァ、そりゃ」
「え?」
ウィルが牛乳を飲み干し、音を立てて瓶を置いた。
「何が?」
「うんにゃ」
頭の後ろで手を組んで、ウィルがソファーに身を沈ませる。
「明後日な」
「うん」
「存分に暴れて来い。都の魔物は気にすんな。俺が請け負う」
「え? ええ……」
私は戸惑いがちに頷いた。
「都は俺に任せろ」だなんて凄い事を言う。
でも、なんでそんな話になったのかが良く分からない。
「どうしたの? 急に」
「急ってこたァねえだろ。なんせ明後日の話だ」
ウィルが手をヒラヒラと振るってそう言った。
「んー……?」
なおも釈然としないまま首をひねっていると、背後で客室廊下の扉が開いた。
「ビートたんインしたお」
スリッパ、パジャマ、真新しい寝癖、と寝起き三拍子揃えたビートだった。
「ビート……まだ横になっていなきゃダメよ」
「今日は確か、監察の銀装備納品日でしたよね?」
私の言葉に構わず、ビートがロビーを横切って重役机に散らばった書類に目を走らせた。
「貴方はまだ動き回れる状態じゃないわ。トイレに立つぐらいならいいけれど……」
「納品作業ぐらないなら問題ないんじゃないかと」
「ダメよ」
損傷した妖脈は全て治療が済んでいるけど、ダメージを負った魔力中枢の回復には時間がかかる。
「専門家の言うことは聞いとくもんだ」
ウィルが私の肩を持ってくれる。
「じっとしていられない気持ちはわかるけれど……」
私だってそうだ。
ウィルは朝から旧市街地区のドン・ゴルフェーザの元に赴き、緊急時の冒険者や荒くれ者たちの制御を交渉し、午後は魔盗改めの屯所で魔物討伐の詳しい作戦会議を行う予定だ。
大事の前だと言うのに、私は何もしていない――
私は拳を握って静かにビートを睨んだ。
「安静にしていれば明後日までには魔力も回復する可能性がある。いま無理をしては元も子もないわ」
「うーん……稼ぎ時にただ寝てるってのもねえ」
書類を手に取りながら、ビートが無表情で唸った。
無理にでも部屋に戻そう思ってソファーを立つと、正面玄関の扉が開いた。
――カランラカランカランッ……
「ただいまーッ!」
額に汗の玉を浮かべたアヤだった。
「おう、おけーりィ――」
「――ッ! アンタなに起き上がってんのッ!?」
出迎えたウィルを無視して、アヤがビートに怒鳴り声を上げた。
「もう大分良くなったから」
ビートの答えに、アヤが私に目を向ける。
私は首を振ってビートの状態をアヤに伝えた。
「アンタは絶対安静でしょ!? 折角治してもァったのに、人の善意を無駄にすゥ気かッ!」
アヤが目を怒らせてビートに詰め寄った。
「工房から大聖堂への納品はどう?」
「午前中に済ませたわよ! 魔盗改めへの納品分もまとめた! 物資の取引だって全部済んでゥんだかァ!」
「全部? 納品はともかく、キャラバン連中との取引は現在進行じゃないの?」
「……ッ! ま、魔盗改めに回す分の取引が終わったって意味よ。夕方には大体カタがつくことになってんのッ!」
「魔盗改めの依頼、下限はあっても上限が設定されてないね。他の騎士団にも物資を配るつもりかねえ?」
ビートが話の途中でウィルに顔を向けた。
「あん? あー、どこの騎士団も物資が手に入らなくて部隊編成できてねえんだ。取引に余裕があるなら、可能な限り仕入れて欲しいんだと」
「魔盗改めが補給の窓口やってんのか」
「他の騎士団もちょろちょろ他の闇商に取引委託し始めてるらしいんだがな。冒険者との連携なんざ初めてだってんで、上手いこと回ってねえのさ」
「ほうほう」
ウィルの説明に、ビートが頷く。
アヤとビートの説得によって成し得た銀の買い占めが噂となって、工房街や他の闇商はラブリッサ商会に絶大の信頼を寄せている。
噂が噂を呼び、ラブリッサの活躍はキャラバンの冒険者達にも伝わって、アヤが臨時で設立し指揮を取る「商隊取引管理組合」に取引話が集中している状態だ。
今日もアヤの腕には、緑色の「商管」の腕章が付いている。
「零細は手柄を独り占めしようと躍起だろうからねえ……俺は他の闇商の連中にも組合に参加するよう呼びかけて来るから、アヤは要領の説明と振り分けを頼む」
「アンタは病人なのッ!」
「怪我人じゃないかねえ?」
「どっちだっておんなじよぉッ!!」
アヤが鼻に掛かった怒声を上げた。
「休めったら休め馬鹿ァ! なによ! 普段は工房で鍛造ばっかしたがゥくせにさ! こんなときだけいいカッコしようとすんじゃないわよッ!」
「効率の問題だお。話して回るだけなら体力使わないし」
「いいかァ寝てォ! 寝てォ! 寝てォ!」
足を踏み鳴らすアヤの目尻には、涙が浮かんでいる。
「うるせえなあ……」
ビートがボソリと呟いて、「ちッ」と舌打ちをした。
あまりの言い草にカチンと来たけれど、私は黙って成り行きを見守った。
「お願いだかァ、ちゃんと休んでよぅ……無理せんといてよぅ……」
案の定、アヤが顔をグシャグシャにして泣き出した。
「あーあ……」
と私は呟いた。
「泣ーかせた」
とウィルが続く。
「ちゃんと、ちゃんと休んどって――アタシ、がんばゥから、仕事出来ゥかァ、お願いだかァ……!」
もはや懇願する呈で訴えるアヤを、ビートは眉を顰めて見下ろした。
「情緒不安定になるぐらいやられとるじゃないか。お前が少し休め」
「おね、がぃ、だかァ……!」
「……」
涙目のアヤに見上げられて、ビートが困ったように私に顔を向けてきた。
「どうするの?」
私は腰に手を当てて首を傾げた。
彼女の気持ちが分らない無神経な朴念仁に、助け舟なんか出してやらない。
「うーん……」
ビートがウィルにも目を向けたが、私はそれを先回りをしてウィルを睨んでいた。
ウィルが首を竦めて無言を貫く。
「……仕方がねえなあ」
ビートがアヤの襟首を掴んで、片手でヒョイっと持ち上げた。
「なに、よぅ……?」
呼吸をしゃくりあげながら、アヤが聞く。
「ベッドに戻るお。ちゃんと休むからもう泣くな」
「ほんとぅ?」
鼻を啜り上げてアヤが目を擦った。
ビートが目を瞑って溜息をつく。
そして、
「んむぅぅぅぅぅッ!?」
ビートがアヤを抱き竦めてキスをした。
……あれ?
予想外の展開に、私は思わず目が点になった。
子虎が手足をバタつかせて暴れるも、弱っているとは言え鍛冶職を生業にする狼の腕力には叶わない。
「んぐ、むぅッ……ぐぅむ……!」
徐々にアヤの抵抗が弱くなり、やがてぐったりしてしまった。
長い――
完全にアヤの手足がだらりとなったころで、ビートがようやく開放した。
「俺も休むから、お前もちゃんと休憩しろ」
「ひゃ、ひぃッ……」
顔を真っ赤にのぼせ上がったアヤが、しゃっくりをするように答えた。
ビートが無表情の顔をこちらに向ける。
「ウィル、出来れば闇商への声掛けやってもらえないかな」
「おーう、魔盗改めに行く前に済ませたらァ」
「その仕事、私に任せて貰えないかしら」
私はすかさず申し出た。
アヤがぐったりしている今がチャンスだ。
「神官長が? 闇商との裏取引を増やそうって話ですよ?」
「都の警察組織である騎士団までもが冒険者と取引をし始めた。これは闇商の存在を公然としたものにする絶好の機会ではなくて? 冒険者の立場がきっと変わる」
「決戦前の待機令だろ。いいのか?」
ウィルが横合いから口を挟む。
「話して回るだけなら、体力は使わないのではなくて?」
「へッ」
「うーん……」
ウィルが肩を竦めてビートが首を傾けた。
「つーことだ会長、俺ァ予定通り真っ直ぐ魔盗改めに出向くことにすらァ。大聖堂監察の神官長サマが出向いた方が、闇商の連中も張り合い出んだろ」
「神官長が良いって言うんならお任せしますけどね。親交のある闇商のリストはアヤに言えば出して貰えると思うんで」
ビートが猫の子の様にアヤを差し出して来た。
正確には虎の子?
「あ、う、ぁ……」
完全に惚けるアヤを、抱きかかえるように受け取る。
「どいつもこいつもチュッチュチュッチュしやがって。これだから春ってなァたまんねえぜ」
ウィルがやる気のない顔で手を上げた。
「お前さん方がそんなんだから、大陸の秩序吹き飛ばそうとかいう変態が出んでしょー?」
「春の風物詩だから仕方がない」
ビートがパジャマのポケットに手を突っ込んで言う。
変態を春の風物詩に数えるのはどうなんだろう。
「じゃあ寝るお」
ため息を残してビートが立ち去ろうとする。
「び、ビート……!」
俯いたアヤが呼び止めた。
「ん?」
「な、なんで……?」
抱きかかえているアヤの体が震えている。
「これ以上間に変なの挟むのも嫌だしねえ」
ビートはそう言ってさっさと客室の方へと行ってしまった。
(もともと貴女とはキスする予定だったみたいね)
そっと耳打ちを送ると、俯いたアヤの耳が真っ赤になった。
良かったね――
胸の内でアヤに呟く。
スリッパジャマで寝癖じゃなかったらなー、と、思わなくもないけれど。




