46.「渦中のラブリッサ」
「知ってる事を洗いざらい吐いて貰おうか」
こじんまりとした団長室、木のテーブル木の椅子の質素な席で、レイハが「ずいっ」と身を乗り出した。
「取り調べかっつーの。まずは茶出せ茶ァ」
俺は手をヒラヒラ振って顔を顰めてやった。
「牛乳でなくていいのか?」
「牛乳が良い」
「――ふッ、お前こそ変わらん」
レイハが短く笑った。
『失礼します』
トレイを持った衛兵が登場し、レイハに緑茶、俺に牛乳の入ったマグカップを配って出て行った。
「四日寝たと言ったな。都の状況は把握できてるのか?」
「警邏してる騎士から大体の事ァ聞いて来た。魔物の駆逐を丸投げされてるらしいじゃねえか」
「なに、軍部と民部が街の防衛を請け負ってくれる」
レイハがカラカラと笑った。
「小難しい事などない。こっちはやりたい放題暴れるだけだ」
「んな言葉並べたって、簡単にゃ釣られてやんねえぞ?」
「――ちッ、ダメか」
レイハの笑顔が苦いものに変わる。
顔に色濃い疲労が見て取れた。
「……無理してるみてえだな?」
「ケイン・ルースの乱で、魔物だ盗賊だに引っ張り回されてな。ようやく収まったかと思えば今度は当たり年と来たもんだ。正直、猫の手こそ借りたいところだ」
レイハが溜息をつく。
「復帰するかどうかは分からねえが力にゃなる。魔物の当たり年って以上に色々と面倒な事になっててよ」
「む……」
レイハが顎に手を当て無精髭をしごいた。
「それはアレか? 結界が崩壊して都が消し飛ぶと言った類の話か」
「なーんでえ、知ってんのかィ」
茶を飲んだところに聞かせて、吹き出させてやろうと思ったのに。
「ケイン・ルースの件については個人的に興味があってな。情報を入手出来たのはほんの偶然だ。そこまで詳しくはない」
レイハが琥珀色の眼光を強めた。
「お前の居るラブリッサ商会は、教の監察と取引してるそうだな? 大聖堂で何が起こっている」
詰め寄るレイハに、俺は牛乳を飲んで首を竦めた。
「言っちまえば大したこっちゃねえ。ケインの同期にプッツン来ちまってる僧侶がいて、そいつが都をぶち壊そうとしてんだよ」
「ふむ……」
「事のついでに都に魔物をわんさか湧かしたいらしい」
「ついで?」
「魔物発生の原因になる瘴気ってのが溜まったままだと、術式反動ってえのが中和されちまうとかなんとか――魔物の発生は結界を崩壊させる必要課程なんだと」
これは神官長の報告書の受け売りだ。
実際俺にゃよう分からん。
「そもそもの動機は? ケイン・ルースの仇討か」
レイハが引き絞られた琥珀の瞳をさらに細める。
「どうだかなァ……単にあいつが阿呆なだけじゃねえかと思うが」
「あいつ?」
「ああ、プッツン僧侶はうちの会員だ」
「ぶッ!?」
レイハが茶を吹き出した。
いえーい、精鋭騎士団長にドッキリ成功。
「おまッ――それ……なにを――!?」
むせ込みながらレイハが言葉を繋げる。
「外に漏らすなよ? 今漏らされると俺たち全員都を追ん出されかねねえ」
「追い出される出されないの問題か……? 下手をすれば全員晒し首だろう」
レイハが頬をヒクつかせて半端に笑った。
「そりゃ大丈夫。身を護る程度のコネはそれなりに作ってあっから」
「ほお?」
「えーっとな」
指を折りながら商会の立場を整理してみる。
「大聖堂監察の美人神官長がウチに寝泊りしてんだろ? その美人にお熱な大聖堂の英雄――ほれ、ランディスんとこのボンだ。後ァ城西地区の騎士団にゃ魔物の襲撃受けたときに恩を売ってあっし、旧市街地区の筋もんなんざ不正術士解放の仲介した縁でマブダチよ」
どこで手の平返されるか分かったもんじゃねえが、どれもこれもそう簡単に縁が切れるほど浅い付き合いじゃない。
「綱渡りしているようにしか聞こえんだが……」
「お蔭さんで、ここ一ヶ月の儲けは上々」
渋面のレイハに、俺は肩を竦めて見せた。
一ヶ月前は、ようやく筋もんのゴルフェーザから小さな依頼が取れたぐらいだったんだが。
「ほんでまあ、最後がここ、魔盗改めってワケだ」
俺は立てっぱなしだった小指を折って俺はニヒルに笑った。
「アテにされても、こっちはこっちで手一杯だぞ?」
レイハが溜息混じりに言う。
「だーれが後ろ盾をアテにしに来たってんだよ。言ったろうが? 俺ァ力になりに来たの。ってか、言わば仕事の交渉?」
「ほお? 猫の商談とは興味深いな」
レイハが琥珀色の瞳をキラリと輝かせた。
「うちの会長副会長は職人商人コンビでな。城南の工房街と冒険者のキャラバンに顔が利く。もし良かったら、武具だなんだ物資の調達を請け負う」
「……それが可能だと?」
「来る途中、騎士団はどこも火の車だって聞いたぜ?」
「金はある」
言葉とは裏腹に、レイハが苦みばしった顔を一層苦くした。
「議会からかなりの予算を回された――が、同時に物価が上がって手が出ない。戦支度をしようにも全く物が揃わなくてな」
俺はコートからテーブルにあった報告書を取り出し、一枚をレイハに渡した。
「これは――」
「工房街で生産中の武具防具リストだ。避難令なんざガン無視で、トンカンやってるみたいよ」
リストにざっと目を通したレイハの顔つきが変わる。
「なぜこれほどの生産量が? 城南の仕事が早いのは知っているが……魔物の当たり年発表で銀の値が急騰したばかりだぞ?」
「ケイン・ルースの乱が収まってすぐ、気の早い商人が焦って銀を手放そうとしてな。そん時、城南の工房街が銀を買い占めたんだ」
俺が眠った日、機微を読んだアヤが工房街の職人らを説得、押し売りに来てた銀を全て引き取ると言う豪腕をかましたらしい。
「元々は大聖堂監察への納入を予定してたもんだが、リストを見てわかる通り生産量が半端じゃねえ。銀製品が欲しいってんならお安くしとくぜ」
「良質と評判の城南の銀装備――!」
レイハが興奮気味に立ち上がった。
「ほんで、こっちが冒険者のキャラバン連中から仕入れ可能な回復剤と食料品、その他諸々の見積もり書だ」
また報告書を一枚差し出す。これもアヤが纏めたもんだ。
「冒険者の商隊!」
レイハが唸った。
「どうでえ魔盗改めの旦那。冒険者の闇商と取引する覚悟はあるか」
俺は頭の後ろで手を組んでニヒルに笑った。
「おお! 都の危機を救うのに冒険者も都民もない。乗った!」
レイハが覇気を体に漲らせて快諾した。
「交渉成立、だな」
「身動きが取れんこの時期に、何かと思えばこの朗報……猫の御利益様々だ」
すっかり機嫌を良くしてレイハが笑った。
「拝むんならうちの会長副会長にしとけ。俺ァ起き抜けの散歩がてら話を持って来ただけだ」
俺は肩を竦めて牛乳を飲んだ。
「そのリストは置いてくから、必要なもん見積もったら使いを出してくれ」
「――いや、すまないがちょっと待っててくれ。早速事務方と話をして最低限必要なものをすぐまとめさせる」
「あいよ」
レイハが席を立って足早に騎士団長室を出て行った。
「……ウォーミングアップにしちゃ、ちょいと温めの仕事だな」
首を骨を鳴らして、俺は背もたれに寄りかかった。
取り敢えず、これでアヤの依頼は達成だ。
○
城南地区の城門前――
辺りは様々な物品を抱えた冒険者達でひしめき合っていた。
青果乾物を一杯に積んだ馬車を引く東方人、大振りのマジックバッグをラクダに背負わせた西方人、中には海を渡って来たらしい船乗りらしい南方人、狩人らしい格好をした北方人は木材や魔獣の皮を束ねて担いで歩いている。
世界の珍品名品が集まると言われている、グッツウェイ露店通りの賑わいも霞んで見えるほどだった。
「冒険者が、こんなに……」
私は各国の文化をごった煮にした異様な熱気に圧倒された。
『おう、こんなぁリディアの僧侶じゃの?』
「え? ええ――」
不意に背後から話しかけられて後ろを振り返り、私はそこで固まった。
「あれ……?」
モノがぎっしりと詰まったリュックが目の前にある。
『聞きたい事があるんじゃが』
リュックが喋ってる。
しかも訛りが酷い。
これは確か、西の砂漠のを超えた先の、サンドリック地方の言葉だった気がする。
「ええと……」
『下じゃ下』
「あ」
視線を下げると、ようやく話すべき相手を見つけられた。
茶色いボロの旅装束、大きなリュックにぎっしり物を詰め込んだ小柄な男商人――小さいながらもお腹や顔は丸々と肥えていて、むしろ大柄なスライムプルのようだった。
『最近、リディアの大聖堂と取引しとるちび虎探しとんのじゃが、なんぞ知らんか?』
「ちび虎……」
私はまっさきにアヤを思い浮かべた。
大聖堂と――という枕詞がつく以上は、彼女でしかない。
「アヤのことね」
『知っとるんか』
商人の顔が綻んだ。
口ひげを生やしているが、丸い顔はまるで子供だ。
『何処におるか分かるか?』
「いえ私も丁度探している所なのだけど――」
「あああ――!」
と、背後で鼻にかかった声が上がった。
「プル親父! アンタも来てたの!?」
人ゴミをかき分けてアヤが駆け寄ってきた。
『おう、おったおった。誰がプル親父じゃあ』
「どっからどう見たってプルじゃないのよ」
名簿を片手にアヤが笑う。
いつもの野良着のスカートで、腕には「商管」と書かれた緑の腕章をしている。
「またエライ大荷物ねえ。いい加減マジッグバッグ新調しなよ」
『いけん。運が逃げる』
「なんでやねん」
アヤもアヤで、ニヴァーナ訛りで応じた。
「――そいで親父、今日は何よ? 何持ってきたん?」
『サンドリックの火の結晶。都まで難儀じゃったど……』
アヤにプル親父と呼ばれる商人が、ポケットから真っ赤な鉱石を取り出した。
「火の結晶」は、火の気の魔力が石英と結びついて結晶化したもので、火にくべると高熱を発する燃料補助材だ。
「よっしゃ、言い値で買うたゥ!」
アヤがズビシッとプル親父さんのリュックを指差した。
二ヴァーナ訛りで、しかもラ行が滑ってる。
『ホンマか?』
プル親父さんが目を白黒とさせた。
『言う値とは豪気じゃあ』
「工房がどんだけ回ゥかが肝だかァね。親父最高、アンタ最高!」
アヤが名簿に何やら記入し、懐から紙を取り出した。
「そしたァさ、この紙に今日の日付と、品物の量、値段書いて城門近くにおゥ商人に渡して。そこで取引できゥかァ」
『こんなぁいつも話が早くてええのう』
プル親父さんはホクホク顔で笑った。
「時は金なィ」
アヤが「にぱっ」と営業スマイルを浮かべた。
『ようけえ働いとるようじゃが、儲けとるんか?』
「ぼちぼちやな。ゆっくりサンドリックの話とか聞きたいんやけど――」
『おう、忙しいとこすまんな。ほいじゃ、わしもさっさと取引してくるわい』
「あい、毎度〜!」
アヤの笑顔に見送られ、プル親父さんは城門の方へと歩いて行った。
「……」
あっという間に済んだ商談。
私は口を挟むタイミングも掴めなかった。
ふと、アヤと目が合う。
「むぅ」
アヤが俯き加減で私に抱きついてきた。
「うん?」
私は首を傾げた。
「無視した訳じゃないからね」
「分かってるわよ」
「むぅ」
アヤが私のお腹辺りにぐしぐしと顔を押し付けた。
可愛いけど――
「アヤ?」
「ごめん、ちょっと休憩。ちょっとだけ……」
私の聖職胴衣を掴む、アヤの拳に力が入る。
アヤの体に満ちる魔力が、急にしぼまった。
「……」
私はアヤの頭をそっと撫でた。
各国、各都市は今、リディアがどう転ぶか虎視眈々で交易を見合わせた状態にある。
都の経済は完全に凍結、にもかかわらず住民が避難を渋っていると言うこともあって、物価が急騰してしまった。
そんな中、今日を生き抜くために必死の冒険者が、絶好の商機と見てリディアの城壁前に続々と集まりつつある。
集まったは良いが、難民群なだけに公的機関に取引するツテがない。
今、キャラバンの事情に明るいアヤが親交ある闇商らと結託し、都の商家や大聖堂監察との取引を仲介をしているのだ。
集結する冒険者らの規模を鑑みるに、まだまだ取引枠には余裕があるようで、アヤは更なる納品先の開拓としてウィルに依頼書を出した。
「ビートの容態は安定してる。安静にしてれば、すぐに良くなるわ」
私はアヤの頭を撫でながら、そう伝えた。
「……うん」
消え入りそうな声でアヤが頷く。
昨晩、昏睡状態で運び込まれたビートを見ても、アヤは一切取り乱さなかった。
治療の間、ビートに寄り添う事もなく、気丈にも机に向かって冒険者との取引の段取りを組みにかかった。
日も登らない未明に、そのまま他の闇商のところに交渉しに行った。
彼女は不眠不休で仕事をしている――
現在待機中の私は、皆が忙しく動き回っている中で何もする事が出来ないでいる。
何もしないことを命じられている――
仕事を手伝おうかとアヤに申し出たのだけれど、それも断られてしまった。
「ぷはぁ!」
アヤが息継ぎをするかのように顔を上げた。
「休憩終ィ!」
ピンクの髪にルビーレッドの瞳、幼い顔は精力に満ち満ちている。
「アヤ……」
私は素直に笑顔を返す事が出来なかった。
レヴィがビートを傷つけた理由は、多分私にある。
彼の意図する所に激しい怒りがある。
でもそれ以上に、巻き込んでしまったビートとアヤに対する申し訳無さがある。
口に出してしまえば、それはただの自己満足だ――
私はグッと唇を噛み締めた。
「さあ、ばっしばっし捌くでえ!」
アヤの体からは、いつも以上の魔力が陽炎のように立ちのぼっている。激しく、燃えるように。
「がっつィ稼いだゥ!」
普段の彼女なら、慣れしたしんだ二ヴァーナ訛りでラ行は滑らせない。
彼女は今、無理をしている。
○
「待たせたな」
「はええよ。ちっとも待ってねえ」
一息ついたかつかないかで戻ってきたレイハに俺は苦笑を返した。
ものの五分と経ってない。
「事件の核心に近い人間が来てるんだ。一分一秒も無駄に出来るか」
レイハがどっかりと椅子に座った。
「つっても俺ァ寝っぱなしで、情報に裏付けがねえからなァ」
視線を宙に投げ出して、俺はしばし考えた。
「……レイハなら問題ねえか」
「む?」
俺はコートの裏に手を差し込んで、報告書の残りを取り出した。
商会の内情や、俺に対する指示書、特に見せる必要のない報告書を省いてレイハに渡す。
「大聖堂監察の長、手ずからのものか」
レイハが眉を顰めて報告書を目で追った。
一枚、また一枚とテーブルに報告書が重なる様を、俺は牛乳を飲んで黙って眺めた。
レイハの体に漲る魔力が、報告書の内容に影響されてちょいちょい剣呑な雰囲気を醸し出す。
「……」
「――とまあ、俺が持ってる情報ってなそんな所さ。手がけた神官長はなかなか人物でよ。信用に足る情報だってな保証する」
「ケイン・ルースが、世に言われるような逆賊でないことは薄々感づいていた……」
レイハが溜息をついて最後の報告書をテーブルに置いた。
「盗賊らを扇動していたと公表されているが、賊をいくら洗ってもフラガラックとの繋がりを見つける事が出来なかったからな」
報告書にゃ、大聖堂におけるケイン・ルースの件のその後の取り扱いも記載があった。
「ケイン・ルースの一件もそうだが、後手後手ではないか。大聖堂の連中は」
レイハががなる。
「教を大陸の聖典にすることにかまけすぎて、肝心のボディがお留守だったって話だな」
「事実を伏せたまま、薄ら氷の上で騎士らに剣を振るわせるつもりか? 魔物から都を守れたとて、結界が崩壊してはなんの意味もない」
「つったって、事実を公表すりゃ都は大パニックだ。結界崩壊を防げても、魔物から都を守れなけりゃ結局大陸が乱れる」
「あと三日では、各都市からの応援も得られまいな……」
レイハが疲れた様子で首を振った。
「ラブリッサの会員だというこの僧侶は、どういう頭をしてるんだ」
「なんてえのか、究極に間の悪い男でよ」
俺は喉を鳴らして笑った。
犬はそれでも遠慮しがちだった。
細心に周りを伺いながら、考えすぎて大ポカやらかす馬鹿だった。
体が縮んで魔力ギンギンの鼠の方は全身全霊だ。
思いっきりガチで秩序崩壊なんて阿呆をやらかそうとしている。
間の悪さは変わってねえ――
「それだきゃァ、天下一品と言って良い」
笑いの納まらない俺に、レイハも腕を組んで苦笑した。
「『笑いごとではない』と咎める気にもならん。ここまで来ると、もう笑うしかないな」
「流石は魔盗改めの団長殿だ」
俺は笑うのやめて、少し真面目な顔をした。
「詳しい事が分かったらすぐに知らせる。そんかし――」
「ああ。魔盗改めはもとより、騎士団の情報をなるべく正確に伝えよう」
「頼まァ。魔物の駆逐に専念出来るようなら、俺も手伝う」
「アテにするなと言っておいてなんだが、こっちはアテにしてるぞ、幸運の猫」
「――へッ」
レイハが口にした古いあだ名に、俺はニヒルに笑ってやった。




