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エルグラドの冒険者(推敲及び改訂中)  作者: 井伊嘉彦
第一幕 女神のコイン
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45.「猫の巡回」



 同時に大聖堂の時報の鐘が遠くから聞こえて来る。



 ――ガラーン、ガラーン、ガラーン……



「朝です!」



 俺はソファーからガバリと身を起した。


 鳴り方からして鐘は正午、しかし、俺が目を覚ましたからには世界の夜明けだ。



「そう、俺は明けの明星……」



 寝ぼけた頭で適当な事を口走ってみる。


 今日はちゃんと平均睡眠時間で目が覚めた。


 昨日はまだ眠り足りなかったのか、レヴィにアレ(・・)されたビートを運び込んだ瞬間また寝ちまった。



「んぐッ、くぅー……ッ!」



 大きく伸びをして体を解せば、体調は良好、魔力絶大、未だかつてない絶好調をマーク中。



 そんだけのコンディションが必要になるってえことかィ――



 ロビーで一人、俺はニヒルに笑った。



「今日は何がどうなってんだー、おい」



 商館内は無人のよううに恐ろしく静かだった。


 ロビーのテーブルには書類の束が乗っていて、小さなカードが一枚添えてあった。



「おうおう、まーた作ってくれたのか」



 今日は神官長の字の書類に混じって、アヤの字らしいものもある。



「……事態を重く見た大聖堂はレアード卿に事情を説明、レアード卿はリディア王の勅令と言う形で都の全域に避難命令を発布……? 公式には『魔物の当たり年につき、大発生が予想される』と発表された――」



 奇想天外過ぎてさっぱり実感分かねえが――



「大聖堂は結界問題をとことんひた隠しかィ」



 行間に隠れた俗っぽい事実が、それとなく内容の真実味を醸し出していた。



「寝てたのが三日ってな間違いねえか……」



 今日が四日目、大陸を征した銀の都リディアの壊滅予定まで残すところ三日だ。



「毎度毎度の事ながら、異世界にでもすっ飛ばされた気分だぜ」



 ガッツリ寝て目を覚ますと、周りの様子がガラリと変わっていたりする。


 何がどうなってんだか俺にゃさっぱりわからん。


 面白れえから良いけど。


 ビートは自室で眠っているようで、神官長が治療に必要な医薬品をサフィアの教会に取りに行っているようだ。


 アヤは商売の交渉中――



「で、俺にゃ何をして欲しいって?」



 報告書に混じったアヤの依頼書を左手に移し、指示を目で追う。



「……ほーん?」



 読み終えた書類はコートのマジックバッグに、添えてあったカードは胸ポケットに差し込んで、俺は商館の外に出た。




     ○


 魔物騒動でてんやわんやだった街は、より一層重苦しい雰囲気に包まれていた。


 店舗は漏れ無く営業見合わせ、グッツウェイ露店通りは、店はおろか人っこ一人見当たらない。



「おーおー、すっかりゴーストタウンになってらァ」



 閑散としたメインストリートを北へと上り、俺はリディアの庁舎が集中する中央区に向かった。



『止まれ!』

「あん?」



 街の様子に目をやりながらブラブラしていると、見回り警備をしているツーマンセルの騎士に呼び止められた。



『お前は冒険者か?』

『いやぁ、すいませんねえ。ごめんなさいちょっといいですか?』



 若いのが威々猛々に、中年の方が丁寧に応対する。


 片方が反感を集めて片方が理解を得る、職質の基本だな。



『失礼ですが、今の都の状況はご存知ですかね?』

「ここずっと寝っぱなしでよ。ぶっちゃけようわらかん」



 俺は肩を竦めて言った。


 神官長は信用に足る人物だが、俺は人の言葉を鵜呑みにしない。


 三日後に世界は滅びますなんて起き抜けに言われてみ?


 知り合いがチビっ子化してて魔法ギンギンってどんだけファンタジー? 


 んな異世界設定まずは疑ってかかるっつーの。



『寝ていただと?』

『ほう……』



 騎士二人が顔を見合わせて訝しげに俺を見る。



「どんな状況だ?」

『リディア王の勅で総員避難の令が出ている。リディアの民も冒険者も、特別な理由がない限り滞在していてはならん』

『いやいや……すみませんねえ、なにぶん王の勅令での事なもんで、みんなピリピリしてるんです』

「ほーん……」



 俺は首を巡らして付近の建物を見渡した。


 民家のカーテンから、外を覗く住民の姿がチラチラと目に付く。



「まだ、大分残ってるみてえだな」

『彼らは避難準備中だ。冒険者が街を彷徨いていると、盗賊の容疑をかけられることになるぞ』



 若い騎士が少し無理をして俺を睨んだ。


 横柄な口調に、言葉づかいの丁寧さが合ってない。


 もともとは気の優しい男らしい。



「避難勧告で空家になった区画の警邏か。おたくらも大変だァね」



 俺は胸ポケットから例のカードを取り出して、騎士二人に見せてやった。



『勅令外特別滞在許可証……ウィル・フォード!?』



 受け取った中年の騎士が目を丸くしてカードの文字を読み上げた。


 神官長が取得しといてくれた「今の都」の滞在に必要な証明証だそうだ。



『え? 滞在許可証が出てるんですか? 冒険者がどうして……』



 若いのが職務を忘れて地を出した。



『もしや……』



 中年が伺うような目つきになった。



『魔盗改めの猫殿では?』

「昔な」



 俺はざっくり返してやった。



『そうでしたか! いやいや、お会い出来て光栄です』



 中年が許可証を返しながら敬礼する。



『え? あ……』



 当惑気味の若いのも慌てて敬礼した。



「住民の退去の状況は?」

『『……』』



 モノのついでにと聞いてみたが、騎士らは一瞬目を合わせて後は黙った。



「ま、簡単にゃ話せねえわな」

『職務に関わる事ですので』



 中年がやんわりと言った。



「こっちァ情報が足りなくってよォ」



 マジで四日寝てたし。


 騎士二人がまた目を合わせて黙る。



「へッ」



 俺は顎の下を猫手で掻きながら笑った。



 黙るならただ黙れってえの――



 目で会話している時点で隙が見え見えだ。



「俺ァこれから魔盗改めに顔出す予定でよ。どの道そっちでも話ァ聞けるだろうから、無理にたァ言わねえ」

『おお、ではご復帰に?』



 中年がパッと顔を輝かせた。



「手が足りてねえってんなら、期間限定で帰参ってこともあらァな。事前に情報がありゃ、そういう話も早く済む」



 本当にするかどうかは分からねえが、魔物が湧くなら討伐はする。



『そういうことでしたら』



 中年の騎士があっさりとだんまりの禁を解いた。



 よっぽどの人手不足と見た――



 中年が目くばせをし、若い騎士が剣の柄を握って一歩前に出た。



『各地区とも四割の住民がリディア近郊に避難しましたが、六割は未だ都に留まっているのが現状です』

「六割? 王の勅令だって割にゃ、随分残ってんな」



 つっても昨日の今日で四割ならかなり避難した方だ。



『残りの六割は様子見……勅令と言うのが民の不安を煽る結果になってしまったようで』



 中年の騎士が渋面になった。



『今はケイン・ルースの乱が収まったばかり、家財を心配した者らが都を離れようとせんのです』

「なある……」



 中年の騎士は不安を煽る形になったと言ったが、公式の発表はあくまでも「魔物が都に湧くから逃げろ」だ。


 都が明日にも吹っ飛ぶ可能性があるだなんて話を真っ正直に発表すりゃァ、不安を煽るどころか住民や冒険者がパニックを起こして暴徒化する。


 報告書にあった秩序崩壊なんてご大層な大風呂敷も、なかなかどうして冗談になってねえ。



『リディアの民の言い分は「王を残して自分らばかりが逃げる事など出来ない」ですけどね』



 若いのが溜息混じりに言った。



『大聖堂の発表では、近々ケイン・ルースの乱を遥かに超える魔物騒動が起こるそうで』



 中年が大聖堂の「公表」を語った。



『今は都の機能が停止してしまって物資の調達もままならない状態です。戦時でもないのに徴発をするわけにも行きませんし……』



 若いのが騎士団の内情をポロリと漏らす。


 騎士団の台所事情はカツカツらしい。



「僧侶連中との連携は? 大聖堂なら銀だの薬剤だの、たんまり溜め込んでだろ」

『先の乱で連絡体制が整いつつありますが……大聖堂と騎士団、双方の話が全く噛み合わないんだとか』



 中年も溜息をつく。


 結界が一触即発の状態なのを知るのは、大聖堂上層部と貴族議会のひと握り、後は俺たちラブリッサ商会の面々だけだ。


 結界の崩壊をひた隠しにして対応する大聖堂と都の魔物騒動をあてがわれている騎士団じゃ、話がズレるのもしょうがねえ。



「残った六割の住民にゃどう対応する」

『王の勅令に背く事にはなりますが……もしもの時は各地区各町内で決まった緊急避難所に集まるようにと、このビラを』



 若い騎士が懐から折りたたまれた紙を取り出した。



 ――リディアを想う民たちよ、命を粗末にするなかれ



 語呂良いコピーが書かれた紙を広げると、災害時の避難場所が載った地図になった。


 裏には緊急時の対応と騎士団の連絡体勢が書き連ねられている。



「……こんなんじゃ避難所の防衛で手一杯だろ。魔物討伐どころじゃねえな」



 この地図は中央区だけのもののようだが、避難所が二十数カ所存在する。



『騎士団は軍部も民部も街と避難所の防衛に回る予定です。魔物を駆逐討伐して回る役は、治安維持隊の魔盗改め頼みと言うことに……』



 中年の騎士が上目遣いに俺を見た。



「ほーん」



 軍部ってなそのまま軍隊、将軍直轄の王都正規軍のことで、民部ってな街の治安を維持する警察組織のことだ。



 本格的な魔物駆逐は魔盗改めに丸なげかよ――



 俺が所属していた魔物盗賊改め方――通称「魔盗改め」は、魔物の被害や盗賊を取締り重犯罪なんかを専門に扱う部隊で、一隊四十人前後、全十二隊編成、総員五百人弱に満たない少数精鋭だ。


 四十万人が住む広い都の魔物討伐を請け負うにゃ数が少なすぎる。



『魔物発生の規模がハッキリしませんからね。護る事に重点を置いた計画しか立てられんのです』

「そりゃそうだ」



 俺は適当に相槌を打って、貰った地図をコートの裏に差し込んだ。



「忙しいところ悪かったな。参考になる話をあんがとよ」

『いえ、とんでも有りません』



 敬礼で見送る二人に手を振りながら、俺はまた往来を歩き出した。


 その後、俺はプラプラ街を練り歩き、所々で職質してくる騎士らから情報を集めて回ったが、話がダブり出していい加減面倒になり、途中から騎士団の馬車に乗せてもらった。



 行き先は城東地区、魔物盗賊改め方の屯所――



 リディアの城東地区は騎士屋敷や騎士団関連の施設が多い。


 有事の際に活躍する騎士剣士が集まる地区なもんで、店を開けてる気合の入った武器屋やポーション屋がちらほらあった。



『お気をつけて』

「おーう、あんがとさーん」



 巡回ルートを逸れてまで送ってくれた馬車の衛兵に手を振って、俺は魔物盗賊改め方の屯所前に降り立った。


 二階建ての質素な屯所は低めの塀に囲まれていて、中を覗くと銀の胸当て姿の隊員達が練武を行なっていた。



「おーおー、やってらァな」



 俺はポケットに手を突っ込んで敷地の中に足を踏み入れた。


 屯所の前に見張りの衛兵が居ない。



「……無用心すぎだろ」



 一人呟いていると、



 ――ジリッ



 砂利を擦る音が鳴った。



「――っと」



 考えるより先に足が地面を蹴る。



 ――ピッ!



 鋭い風切り音が鳴る。


 着地をしながら後ろを振り返ると、逞しい筋骨をした精悍な騎士が、厚重ねの刀を構えて立っていた。



「最近の騎士ってなァ、歯牙無い冒険者を後ろから襲うのかィ」

「歯牙無い冒険者が、魔盗改めの屯所前に立つとは珍しい」



 パチリと刀を収めながら男が笑う。


 色の濃い山吹色の髪は程よく刈り込まれ、意思の強さを思わせる濃いめの眉の下に、兵法者らしい引き絞られた琥珀色の瞳、一文字に引き結ばれた大きな口が、苦味ばしった笑みを浮かべていた。



「にしたって抜くか、普通」

「調子の良さそうな背中だったんで、ついな」



 袖のない赤い戦袍から、みっちり筋肉のついた肩と腕がもろび出ている。



「何が『つい』だ馬鹿野郎。お前さん、ちょいと本気入れただろ?」

「それならば音など立てん」



 騎士が石畳を足で擦り、砂利のなる音を出して見せた。



「また一段と見違えたな、ウィル。尋常のものとは思えん魔力だ」

「へッ、四日も寝ちまってよ」

「例の癖が出たのか……」



 騎士は太い眉を顰めて目を厳しくした。



「よぉおし、各自休憩! しっかり水分補給しておけ! ただし、摂り過ぎるなよ!」



 ――はッ!



 庭で各自バラバラに訓練をしていた隊員達全員が、見事に声をそろえて答えた。



「このタイミングでの来訪だ。当然、助力は期待していいんだろうな? 元七番隊隊長」

「単刀直入ぶりは変わらねえな、レイハ騎士団長殿よォ」



 俺は口の端を持ち上げて、かつての上司、レイハ・シレンに笑いかけた。


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