42.「在りし日々」
当時のレヴィは、アヤと同じぐらいの身長で……今の彼は姿までも当時のものに戻ってしまってる。
根はアヤと同じ、妖脈の影響で容姿が成長しない体質なの。
……え? うーん……実験によって不安定になった中枢が影響しての事でしょうから、再現は難しいと思うけど……
いつだったかな――
「納得できない!」
「レヴィ、少し落ち着けって」
教導室に呼ばれた私は、腕を振るって抗議するレヴィと、それを止めるケインの姿に出くわした。
相手は古代術式担当の教導司祭で、普段からレヴィを問題児として扱っていた頭の硬い人。
「どうして僕達のレポートがやり直しだ! 何処に矛盾が存在する!」
『これはまるっきりの空論だ。矛盾などない。誰も歩んでいない所に好き勝手に道を引いているだけのものだからな』
「空論だと!?」
『お前らの発想は――いや、レヴィ、お前の発想そのものが間違いだと言っているんだ』
「ならば実践してみれば良いだけのことだ! そのレポートには僕らなりに実証して記録したデータも記載してある! 己らで試さず、なにゆえ僕の発想を間違いだと決め付ける!?」
『……あのな、レヴィ修道士』
教導司祭は気の毒そうな顔でレヴィを見ていた。
『戦友紋章の術は、古代術式の中でも永く謎とされてきた秘術中の秘術だ。それがこんなチャチな術であるはずがないだろう?』
「チャチだと!? 言うに事欠いてチャチだと!?」
「よせってレヴィ!」
教導司祭に掴みかかろうとするレヴィを、ケインが抱きかかえて押さえてた。
『事実と仮説を強引に結びつけるデータ取り、内容は酷く断定的。お前はどうしてそう自信満々なものかな』
「なにをッ!?」
ケインに抱かれながら、レヴィは手足をばたつかせて噛み付かんばかりに吠えた。
『大した屁理屈の塊だった。それだけは認めよう』
教導司祭がレポートをレヴィに放って突き返した。
「何が言いたい! ハッキリ言ってみろ!」
目上のものに対する言葉遣いをしないレヴィに、教導司祭も酷く気分を害した様子でね――
『お前がレポートで証明した術式というのは、いわば糸と紙コップで出来た玩具だ。子供でも組み立てられる工作を、ゴテゴテと理論理屈で飾っておいて、そんなものが何百年も前に失伝した秘術だなどと一体誰が認める』
「おのれッ! おのれは……ッ!」
レヴィが魔力を漲らせて教導室の大気を揺るがせ始めた。
「まずいってレヴィ! そりゃまずいって――」
『貴様、ここは教導室だぞ!?』
教導司祭とケインが真っ青になった。
信じられないかも知れないけど、もともとレヴィは潜在魔力の高い方でね。
だからこそ、魔力を安定させることが出来ない特徴は致命的な欠陥だった……当時のレヴィは怒ると手がつけられなくなって、何をしでかすか分からない、何を起こすか分からない所があったから。
「レヴィ、何をしているの?」
たまらず私が声をかけると、レヴィが魔力の発揮を止めた。
「ひめゆり……」
昔、彼にそう呼ばれていたのよ。
んー……あまり深く聞かないで。
『あ、ああ、君は確か、司祭端の……』
溜飲を落とした様子で教導司祭が私を見た。
「君からも言ってやってくれひめゆり」
「何を?」
「この間の戦友紋章の術だ。古代術式の教導司祭様にしてみれば、僕の理論は子供の工作なのだそうだ」
『……』
流石に教導司祭も言いすぎだったと思ったのでしょうね。苦々しい顔つきで私から目を逸した。
「ならば問う古代術式担当教導、戦友紋章の術とは如何なるものか?」
『だからそれは――』
「永く謎とされてきた秘術だから違うでは筋が通らん。古代術式の教導が、いち修行僧の理屈を糸と紙コップの玩具だとのたまう、その根拠を聞いている。己の中にぼんやりとでも仮説があるのだろう?」
子供のような体に見合ったボーイソプラノが、教導室中に響き渡った。
『……』
教導室にいる司祭や、修行僧ら全員の注目を浴びて教導司祭が押し黙った。
レヴィは修行僧でも、教導司祭の方は古代術式担当教導と言う立場があるから、注目された中で秘術に対する問答に対して発言するのは難しかったでしょうね。
「何もないままに、子供の工作ごときチャチだから受け付けないと言うのか! そんな暴論を修行僧に対して押し通すのが教導司祭の勤めか!」
「レヴィ落ち着けって、お前一人で話進めてんじゃんかよ」
「公衆の面前で論じる事も出来ない程度の根拠に、僕の理論は子供の工作と罵られたのだぞ!? ケイン、君はどっちの味方だ!?」
「いや、敵味方とかって話じゃなくてさあ……」
ケインが困ったように笑った。
『レヴィ・チャニング……』
教導司祭は自分の席に向き直ってレヴィから顔を背けた。
「なにか」
『お前達のレポート提出はなしでいい。免除だ』
「……なに?」
レヴィは口の端を持ち上げて目を怒らせた。
『もういい、免除だ。教室に戻れ』
「もういいとはどういうことだ!? 己れ、逃げるのかッ!」
『免除だ。戻れ』
教導司祭が苛立たしげに吐き捨てて自分の仕事に戻った。
「結局はそれだ! それが己ら大多数派のやり方だ! 論じることなく僕のような少数派を封じこめようとする! 取り合わないのが一番だと断じる!」
レヴィがまた魔力を乱して喚き散らした。
「それが押し通るこの世界のどこが平等か! これが女神の教えに言う平等か!? 世界が歪んでいるのか! それとも僕が歪んでいるのか!」
「レヴィ、もういいって……レポート免除貰ったんだから、儲けもんじゃねえかよ」
「冗談じゃない、冗談ではない! 女神の教えを説く教導の立場にありながら――むごぉぉッ!」
「そんじゃ、俺たちはこれで」
ケインがレヴィの口を押さえてそそくさと立ち去った。
「――むぐぁああ! はなせケイン! こんな無道が許されていいものか! 君まで僕を否定するのか!?」
「いや否定とか肯定とかじゃなくてさあ……」
教導室を出る最後まで声を張り上げながら、レヴィはケインに抱えられて出て行った。
『ワイズ・グレーとは良く言ったものだな……』
教導司祭が忌々しげに呟いた。
ワイズ・グレーというのは、修行僧時代のレヴィのあだ名ね。
下位の僧侶である巡礼神官の神父服を好んで身につける変わり者、魔法術式が扱えず修行はサボりがち、出席しても寝てばかりの落ちこぼれ……にも関わらず口を開けば教導司祭さえやり込める弁達者な様から、そう呼ばれていたのよ。
「そんなに可笑しかったですか? レヴィの戦友紋章のレポート」
内容や実践の経緯を知っていた私は、教導司祭に聞いた。
『おかしいというか、呆れたと言うかな』
教導司祭は苦笑いで言った。
『かつて弱兵で有名であったリディアの軍を、五倍十倍にも強化したと言われる伝説の秘術だぞ? それがあんな――』
「子供の工作ですか?」
『流石に言いすぎた……彼の態度に呑まれてしまった未熟は、私も反省せねばならんな』
「……」
それでも教導司祭は、レヴィの理論を認めるつもりは無かったみたいでね。
『私は、戦友紋章の秘術は結界術に近い複雑な術式だと思っている。集団の能力を高める戦闘領域を作り上げて、味方と認識する全ての兵に能力を向上させる強力な祝福を与えるのだな』
「術を結ぶのに相当な労力を必要としますね。文献によっては、瞬間的に発動させたと言う記録も見受けられます。息を吸うように力を顕現させたという例も――」
『戦友紋章を取り扱った記録の全てが、同じ術を扱っているとは限らないだろう? 大聖堂に秘蔵されているレベルの法具であれば、あるいは瞬間発揮も可能となるだろう』
「でも、レヴィの理論なら記録の全てを説明出来きませんか?」
『おいおい』
教導司祭が笑って私に向き直った。
『まさか君は、彼の戦友紋章の理論を支持しているのか? 彼がレポートで示していたのは、言ってしまえばただの伝心術だ。大陸に古来から伝わっている、ただお互いに心の中でコミュニケーションを取り合うだけの、魔法の初等教育に用いられるような単純な代物のな』
「伝心術は各地方や諸流によって改編されて、様々な効果の付与とともに複雑化してしまっています。術者同士の意識混濁すら起こしかねないほどに術が掘り下げられ、扱う者を限定してしまっている」
『それだけ魔法術式が発展していると言うことだ。だが彼は、古代術式で有ると言う事実を良いことに、自分に都合良く簡略化した。魔法の得意不得意に関わらず兵の全員で伝心術を張り、連携力によって戦力を五倍十倍に引き上げるなどと……』
「屁理屈ですか?」
『実践データの下りは中々傑作だったな。体育祭の棒倒し、彼の戦友紋章の術で司祭端が優勝したそうだじゃないか。君のクラスなんだって?』
「はい」
『使う魔力は小指の爪の先程の、なんの付属効果のない浅い伝心術……そんなものが、数百年前に失伝した伝説の秘術であるはずがないだろう』
「……そうでしょうか?」
『修行僧レベルでの研究でなら完成しているかもしれないな。体育祭で成果を挙げられる程度に』
教導司祭が少しムキになった調子で言葉を続けた。
『小さくまとまってしまっては何ごとも発展しない。扱える魔法が少ない狭い視野で術式の解明を行なっても、不毛だと言っているんだ』
「……」
『君のような才女ならば研究と言うのも分かるが、彼ではな』
「部を立ち上げたのはレヴィです」
『……そうだった』
素行の悪さに定評があって教導司祭に受けの悪かったレヴィは、部長の立場を嫌がって私に押し付けていたのだけれど。
『下手の横好きを否定するつもりはないが、魔法を満足に扱えない彼の発想は破綻している。向いていないと言うことを、なんとか気づかせてあげられないものかな……』
「私はそうは思いません」
『魂とは女神に与えられた世界を照らす灯明だ。それぞれの魂には特徴があり、それぞれにふさわしい領分と言うものがある。出来ることを一所懸命にすべきだと私は思う。彼にもきっと、彼の魂に見合った領分があるはずなのだ』
「それは、下手の横好きを否定していることになりませんか?」
『……君は大分彼に毒されているようだ』
教導司祭は苦笑して、また仕事に戻った。
『彼の暴走を止めてくれた事に礼を言おう。彼の部に君がいることにも感謝せねばならん。だがあまり、ワイズ・グレーの言葉を間に受けないことだ』
私はだまって教導司祭に会釈をしてその場を後にした。
レヴィに対する教導司祭達の評価は大体がこんな感じだった。
彼は必ずと言って良いほど人と違う意見や理論を口にしたがったし、必ずセオリーにない方法を選びたがった。
いつでも人の意表をついて、いつでも斜め上を行く考え方をしてみせていた。
でも、わざとじゃないのよ? それが彼にとって当たり前の事で、彼が考える「普通」だったの。
「あの教導は、君に何を語った?」
教導室を出ると、表でケインに抱きかかえられたレヴィが目を座らせて待ち構えていた。
「どうせ僕の歪な魔力中枢をして、部の研究をおこがましいだの、大聖堂の恥だのと言ったのだろう? そうだろ」
「だからさお前、なんだってそう決めてかかるんだよ。いいじゃねえか、人が何言たって」
「つまりそれは認めたと言うことかケイン? あの石頭が僕を恥だと言ったことを、いま君は認めたのかケイン」
「違う違う、あーもう……」
ケインが困った様に笑っていた。
「レヴィ、貴方が自分の理論を正しいと思うように、司祭様には司祭様なりの理論があるのよ。どうしたって、交わらない事はあるわ」
「ならばどうしてそれを僕に示して見せない? どうしてお互い納得の行くまで語り合おうとしない? 僕に語らずたまたま居合わせた君に語るなど、全くの了見違いじゃないか」
「休み時間中に、貴方は納得しきったかしら」
「あの石頭の理屈など、いくらでも論破してくれる」
レヴィは自分の気に入らないものにはとにかく牙を剥いて、どこまでも反論し続ける事で有名だった。
「教導司祭様には他にやらなくてはならない職務が沢山ある。次の修行の準備に、他の修行僧らのレポートの確認……貴方との問答で、それら全てをないがしろにするわけにも行かないでしょう?」
「……」
「お、案外正論で黙るんだな?」
「うるさいぞ歯並びの悪い猪。いつまで僕を抱きかかえている気だ」
レヴィがケインの両腕を抱え込むように手を回して、両肘の内側の筋を親指で突いた。
「しび――痺れッ!?」
「ふん」
廊下に降り立ったレヴィは、左手をポケットに入れて、右手でコインを弾き出した。
コインを弾くのは彼の癖で、弾いている時は常に何かを考えているのだけど……昔は弾きっぱなしだったかな。
「あのレポートが君やサフィアの手のものだったなら、同じ理論でも少しは耳も傾けられただろうに。残念ながら僕にはそのステータスとやらが備わってない」
「……」
私は黙ってレヴィのコイン弾きを眺めた。
「ひがみすぎだって。誰が出したって多少態度が変わるだけで、あの石頭は認めなかったと思うぜ」
ケインが笑いながらレヴィをなだめた。
……ケインは修行時代からとても気の回る僧侶だった。
いつもトゲトゲして周りと衝突ばかりしていたレヴィが、気を許していた数少ない同期。
彼が笑って何かを言うと、皆が自然と笑顔になったわ。
そういう、素敵な笑顔の持ち主だった……
「――ふんッ、子供の工作などという暴言がない程度か?」
「根に持つよなあ、お前……」
「ケイン、人の記憶と言うものは脳に一度刻まれると二度と消えはしないんだ。本人が認識できなくなるだけで、脳細胞が破損しない限りは消えることがないんだよ」
「へーへー、シワは増え続けるもんですよ。婆ちゃんの顔みたいに」
「確かに体のシワも歳を経て増え続けていくものだな? いや、しかし……年寄りのシワというのは代謝の低下によって弛んだ皮膚が起こす現象だ。脳のそれと掛かけるのに的確なものかな……?」
「真面目に考えることか?」
不機嫌でいるかと思えば、次の瞬間には別のものに興味を移して忘れてしまう。
記憶力があるから固執的、でも移り気も激しくてすぐ別のことを考え始める……彼はそんな変わり者だった。
うん? ……うん、考えていることは大体口に出してたかな。
「そろそろ鐘がなるな。レヴィ、教室に戻るぞ」
「ああ、僕に気にせず君は戻れ」
「は?」
「僕はサボる」
「またかよ……」
ケインが呆れた。
「レヴィ」
私が咎めるように呼ぶと、彼はコインを弾くのを止めて髪をかき揚げた。
「……次はあの石頭の修行なんだよ、ひめゆり。出たところで僕はかの教導司祭様の修行の妨害しかしない。それほどに『子供の工作』発言に腹を立ててるんだ」
「んー……」
私は特に止めなかった。
我慢すべきことだとは思ったけれど、教導の発言が気に入らないというレヴィの気持ちも分かったしね。
無理に出させたところで、言葉通りなにか問題を起こすのが目に見えていたから。
「なんとか認めさせる法はないものか、少し考えてみる」
「あんまり過激なこと思いつくなよー」
「ケイン、僕達は大聖堂学び舎の体制と闘っている。人に過激と言われる事ぐらいなんだ」
「俺も入ってるのかよ……」
ケインはレヴィと同じ祓魔端のクラスの修行僧でね。
いつも一緒と言うわけでもなかったけど、何かの度にレヴィの面倒を見ていたのがケインだった。
「レヴィ、何処に行くの?」
立ち去ろうとする彼の背中に私は聞いた。
「修行を抜け出すのに、場所を告げるというのもおかしな話だ」
「レヴィ」
「……公園か運河、表に飽きたら部室にいるよ。君も一緒にどう?」
「そのうち」
「痺れるね」
クスッと笑ってレヴィは瞬間移動で姿を消した。
瞬間移動はレヴィが部活動で解明した古い魔法の一つで、空間の魔力の流れに自分の魔力を同調させて飛ぶ術。
感覚過敏で、一瞬の魔力出力に偏ったレヴィならではの技術ね。
おかげで学び舎を抜け出す彼を捕まえられる教導司祭はいなかったわ。
「体制と闘ってる、か……スゲーこと言うよな、あいつ」
残されたケインが、私にそう話しかけてきた。
「ただの危険思想ではなくて?」
「ただの、ね……ははは……」
ケインが困ったような顔で笑った。
修行を真面目に受けなければならない、試験でいい点を取らなければならない、教導の言うことは聞かなければならない――
そういう、誰しもが普通に守る規則や戒律を極端に嫌う、反骨心の塊みたいな修行僧だったかな。




