表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
エルグラドの冒険者(推敲及び改訂中)  作者: 井伊嘉彦
第一幕 女神のコイン
44/86

40.「ワイズ・グレー」



 何度も何度もひたすらコインを弾いていた。

 無くしたものがどうしても見つからない。

 何千何万回と弾いても答えが合わない。

 足りないものが何なのか分からない。

 テーブルに突っ伏して考えていた。


 考え、続けていた――



「精を得た卵は、命という爆発力で細胞を生み人体を形成する……次元の爆発によって生まれた世界のように……」



 生を得たエーテルは、命という爆発力で欲求を生み魂を形成する。


 放射状に広がり続ける宇宙のように。



「人体の本質は細胞、魂の本質は欲求……ならばそれらを生む『命』の本質は……」



 宇宙という四次元空間を、光の疾さで押し広げる爆発力の本質とはなにか?



「全てに共通するのは、すすむ(・・・)、と、言うこと……」



 世界が、魂が、細胞が、全てが進み続けている。

 森羅万象、形を変えぬものなど存在しない。

 進まぬものなど、この世に存在しない。

 爆発力が全ての物を進ませている。


 「進む力」こそが命の本質――



「そ、う、か……」



 進む力を計るために、人は時と言う概念を生み出したのか。


 時は止まらず時は戻らず、時は答えを示し続けている。



 ――森羅万象すべからく、「進む」と言う理に有る



「そ、う、か……」



 普遍の物が存在しない有限世界にあって、最も普遍に近いものが命の理。



 それは世界共通の、「進む」という理――



「あ……れ……?」



 じゃあなぜ、僕の魂は動こうとしない?


 ならばなぜ、僕の体は動こうとしない?



「……?」



 魂が冷めて欲求の発生が止まりつつある。


 体が冷えて細胞の生成が止まりつつある。



「ど、う、し……て……」



 世界の命に抱かれながら、僕の進みが止まりつつある。


 それでも世界は進むがゆえに、僕の命が消えつつある。



「な、ん、で……?」



 僕が体を維持する為に、僕が魂を維持するために、僕が命を維持するために――


 やっぱりだ、僕の中には何かが足りない。


 僕は何を無くしてしまった?


 一体何を失った?


 わからない――



「レヴィ……! 部室の中に居るのね!? ここに存在(いる)のでしょう!?レヴィ、私の声が聞こえる!? 結界を解いて! レヴィ!!」

「ひめ、ゆ、り……?」



 ああ、やっぱり――



 君ってやつは、今日も最高だ。

 ブロンドヘアーはいつも綺麗で。

 サファイアブルーの瞳は涼やかで。

 誰も入ってこれないようにしたのに、

 結界術で認識できないようにしたのに、



「レヴィ……開けて! 結界を開いて! お願いよ、レヴィッ!!」

「ひ、め、ゆ……」



 聞いてくれよ、僕は生まれて初めて苦手な魔法術式を、結界術と言うやつを使ってみたんだ。


 間違いを正すために、間違えないようにするために、人に迷惑をかけないために。


 一つ一つ、苦労して、頑張って頑張って、結んでみたんだ。


 もうどうやっても開けられないんだ。


 自分で鍵をかけたんだ。



「レヴィ……!」

「ひ……め……」



 君の事だったはずなんだ、

 僕は何かを考えていて、

 一生懸命考えていて、

 何かを考え続けて、


 僕は君との――



「どうなっている!」

「サフィア!? 教導司祭様は!?」

「ダメだ! 術式が入り組みすぎててここを認識出来ていない! 部室に入れるのは一層目を突破した俺とお前だけだ!」

「結界の解析をお願い! レヴィの魔力がもう――」

「今やっている!」



 何かが足りなくなったんだ。


 何かを忘れてしまったんだ。


 それが何か分からないんだ。



「レヴィ……レヴィ……! ごめんなさい……ごめんなさい……!」



 謝らないでくれ。


 いつだって君が正しいんだ。


 君が謝るなら、間違えているのは僕だ。


 三次元世界の中で、唯一信じているのは君だった。



 ――君だけだった



 嗚呼、そうか、ああ、だから――


 答えに辿りついた瞬間、ノーが頭を埋め尽くす。



「レヴィ!」

「……?」



 ()の名を、呼んでいるのは誰だろう……?



     ○


「ぐ――ッ!?」



 目に差し込んだ陽の光に刺激されて、意識が急速に覚醒する。


 脳裏を駆け巡った記憶のフラッシュバックに、僕は首を振った。



「……相変わらず安定しない中枢だ」



 鼻を鳴らし、自分が右手に握っているものに気がつく。



「やあ失礼――僕は確か君と話していたんだな。なんだったっけ?」

「う、ぐ……ふっ……」



 血だらけになった監察神官の顔面――



 僕は彼の顎をさらに強く握り、目の高さまで持ち上げた。



「ああ、そうだそうだ――」



 通常回転に戻った頭に、ようやく言葉が浮かび出す。



「『まったくもって馬鹿馬鹿しい限りだよ』だ。どうして自分の頭で計算してみようと思わない」

「け、結界への――ッ! 接続点を――!」



 因みに相手の両手両足はコインで打ち抜いてある。暴れられる心配はない。



「だから、君が口にするであろう問いに答えを言った。自分で計算してみろと言っている。僕から接続権限を奪う努力をしろ」



 僕は目を座らせて男を睨みつけた。


 白い胴衣に青い縁どり、彼女が長を務める監察方の神官であることは間違いない。


 ――が、彼女の手の者ではない。


 彼女の頭を一つ飛び越えた人間が、監察神官を勝手に動かして差し向けた追っ手のようだ。



 ――大結界の術式権限を掌握された



 それは結界の管理を担当する僧侶から、既に大聖堂で議題に挙げられたことだろう。


 名だたる教父共の前に引き出された彼女が、どんな目で見られどんな言葉を浴びせられ、何を口にしたかを想像するだけで体の芯から震えがくる。


 なにせ結界に残された接続の痕跡は、彼女の魔力なのだから。



 嗚呼ひめゆり、僕のひめゆり、君は苦しい思いをしていないかい?


 辛い想いをしていないかい?


 君はそのか弱き乙女心を、どれほどの意思の強さで、いかほどの理性の鎖でもって、縛り上げているのだろうか?



 それに比べて俗人の、俗物の、この僕の、なんと浅ましいきことかな――



「まったくもって不快だよ。己らで醜悪に拡大した結界の、全権を乗っ取っとられてなお大聖堂の出した答えがこれか?」



 僕は旧市街地区に佇む、廃屋の広いフロアを見渡した。


 そこら中に監察神官が転がっている。



「僕を生かして捕えて来い。もしくは、殺しても構わないから結界への接続点を突き止めてこい――そんな指示を受けているのだろ?」

「……」



 監察神官が目を逸す。



「大陸の秩序が今この瞬間にも吹き飛ぼうという時に、大聖堂の教父どもは生き急い引っ張って派閥争いの再燃か? まったくもって馬鹿馬鹿しい」



 結界を掌握する僕を抱き込んで巻き返しを狙う保守派、教に置ける台頭を狙う革新派――



 対立の図式は、およそこんな所だろう。


 僕は苛立つ心に任せ、監察神官の顔面をギリギリと締め上げた。



「あ、が、が――」



 自慢じゃないがこんな子供のような体躯でも、気息集気法で強化した握力なら大理石ぐらいケーキのスポンジのようにえぐり取れる。



「大体、君らは僕のひめゆりの忠実なる下僕だろう。なにゆえご主人様の言う事を聞かない? 僕のひめゆりに逆らうなよ」

「あ、がッ、タ、スケ――」



 両手両足をだらりと下げながらも、監察神官は必死に生きようともがいた。



「うふっ、ふふふふふ……」



 そうか、君はそうまでして生きたいか――



 どんな姿になっても消えない、人の生の希求に感動がある。


 どうあっても消えることのない人の我執に、失望がある。 



 回転し、変転し続ける思考のコイン――

 


「僕らは同じ光の女神に仕える兄弟じゃないか。殺しなどしない」



 僕は顔面を拘束する手を離し、男をその場に座らせた。



「誰がお前らなど手に掛けてやるものか」



 目を座らせて睨みつける。



「僕が殺したいのはこの世でただ一人、ただの一人だけなんだ兄弟」

「……」

「魔法が使えないのは術式を阻害する僕の魔力のせいだ。そう長く効果が続くものではないから安心しろ」



 僕は教の神聖魔法の中伝、俗一般に「中級魔法」に分類される複雑な魔法を上手く扱う事ができない。


 ゆえに、単純な魔力の使用で相手を圧倒する法を研鑽し続けてきた。


 術式阻害(ジャミング)もその一手で、僕の微細動する魔力を帯びた攻撃を浴び続けると、魔力を生み出す中枢のコンディションが低下し、魔力の法のコントロールが困難になる。


 相手を僕と同じ土俵に引きずり込む技術と言うわけだ。


 先日、彼女にはこの術式阻害(ジャミング)を直接体内に送り込んでやった。



 「シューティングドッグ」がした口づけの瞬間に――



「うふっ、うふふふふふふ……」



 彼女の柔らかい唇の感触を思い出し、僕は一人笑った。


 狂おしいほどの感情が、小さな体を焦がして止まない。



「狂人が……!」



 廃屋に座り込んだ監察神官が、吐き捨てるように言った。



「ならば問う。その狂人に助け乞う己の中に沸いたものはなんだ? 狂人を取り込まんとする浅ましき大聖堂上層部の思惑の根源にあるものはなんだ? 魂の本質とは――なんだ?」



 僕は男に歩み寄り、手についた彼の血を彼の白い胴衣で拭った。



「……」



 男は答えなかった。



「僕を狂人たらしめているものと、君に問うたものは同じだ。しかし君らは僕を狂人と呼ぶ。……では何が違う? 何がいけない? この破戒僧の間違いを教えておくれ、大聖堂監察のエリート様」

「間違い……?」

「そうだ、君達から見て僕は間違っているのだろう? 僕が思い描くこと、頭を駆け巡る思考、湧いて出る言葉のことごとくはどうして君たちにとって間違いになる? 僕のどこに狂いが生じているのか教えて欲しい」

「……」



 男はやはり答えなかった。



「ふ、黙して語らぬも問答の形か? 下らない」

「神官長殿が――」

「うん?」



 踵を返しかけていた僕を、男の口から出た彼女の名前が止める。



「彼女が、なんだ?」

「伝言を預かっている」

「ほう」



 男の頭上に右手を翳す。



「結ぶ祈り、汝を癒さん――治療(ヒーリング)



 男の体の傷が一瞬にして癒える。



「彼女はなんだって?」



 僕はにっこりと彼に笑いかけた。



「……」



 監察神官は、少し体の具合を確かめてから僕に視線を戻した。



「『絶望なんてするもんか』……だ、そうだ」

「――うふっ」



 男の口にした言葉は、僕の頭の中で彼女の声に変換された。



「うふふふふっ、あはははははは!」



 僕は額に手を当てて大いに笑った。



 ああ、やっぱりだ、やっぱり君って奴は――



「『そうすれば、レヴィは高笑ってきっとこう言う』」



 男が彼女の伝言を続けた。


 僕は彼女が間違いなく僕の思考を読み取っている事に歓喜を覚え、彼女が読みきった答え(ライン)をなぞらずにはいられなかった。



「君って奴は最高だ!」

「『そう言ったら、こう伝えて欲しい』」

「『笑えるうちに笑っていなさい。目にもの見せてあげるから』か? 両手を腰に当てて、小首を僅かに傾けて」



 監察神官は目を白黒とさせた。


 正解なのだ。


 僕が彼女を間違うはずがない。



「うふっ、うふふっ! あははははははッ!」


 僕は笑った。


 笑いながらも僕の目からは涙が溢れ出た。



「そうか、そうなんだな、ひめゆり……君はまだ僕を追えるのか、僕はまだ君を追えるのか! そうだ、そうでなくちゃダメなんだ! そんな君が――そんな君だから、僕はこんなにも憎い!」



 君を憎くむ、僕は間違っている――



 すぐさま浮かぶ強烈な否定に、僕は笑いながら泣いた。


 泣きながら笑った。



「ワイズ・グレー」

「……なにか?」



 不意に男に名を呼ばれ、僕は涙を拭って目をやった。



「教の内部は、お前の言うように派閥争いが再燃し、お前を生かすか殺すかで意見が分かれている」

「そうだろうとも。馬鹿馬鹿しい限りだ」

「神官長殿はまだ若輩の身、大司教位にあるとはいえ、やはり年来の大司教や教父共の圧力には抵抗しきれていない」

「……何が言いたい?」



 僕は訝しげに目を細めた。


 記憶に雛形(テンプレート)のない初見の男の思考を読み取るのは難しい。



「我々とて彼女の命なくしてお前を追うのは本意ではない。彼女は、それも分かった上で部下である監察神官らの暴走を黙認している。我々の立場を理解した上で、この伝言を託したということだ」

「それがなんだ」

「それだけだ……彼女の思考を読み取るお前に、彼女が思考を読み取るお前に、それを教えたかった」

「お前たち監察の人間が置かれている状況など、どうでもいい」

「違う、そうじゃない、俺が言いたいのは――」

「彼女の伝言以外に興味はない。お前の主張など、僕に対するお前の否定など、不愉快以外の何ものでもない」

「……」



 男が黙る。



「それぞれ声を掛けられた者は違うかろうが、もとは同じ監察だろ? お前が介抱して連れて帰れ」



 僕はそう言ってポケットに手を突っ込み、足元に転がる有象無象をひょいひょいまたいで廃屋の出口へと向かった。



「ワイズ・グレー」



 再度呼び止める男に、僕は興の乗らない目を投げかけた。



「彼女を苦しめたいのなら、彼女に悪夢を見せたいのなら、なぜ俺たちを殺さない」

「……もう僕の言葉を忘れたのか?」



 右手で頭を掻きながら、僕は鬱陶しげに溜息を吐いた。



「僕が殺したいのはこの世でただ一人、彼女だけだ。それ以外の者の命など、彼女以外の散り際など、欲しくもないし知りたくもない。乱れ狂った世界で勝手に死ねばいい。気ままに生き永らえればいい」

「お前は本当にリディアを消し去るつもりか? そうまでして大陸の秩序を崩壊させたいのか? お前とて、我々と同じ光の女神の教え受けた人間だろう!」

「ああ、したいね」



 僕は振り返って淡々と返した。



「欲求の開放、理性の破壊、人の秩序の崩壊は僕の悲願と言える」

「なぜ……!?」

「僕のそれが、既に崩壊しているからだ」



 男はそれきり何も言わなかった。


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ