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エルグラドの冒険者(推敲及び改訂中)  作者: 井伊嘉彦
第一幕 女神のコイン
43/86

39.「ひめゆりの意志」



「リディアの危機は去ってない!?」



 アヤが素っ頓狂な声を上げた。



「……」



 私は淹れてもらった紅茶のカップを抱えて黙った。


 正面のソファーでは、ウィルが八重歯を剥いた童顔で大いびきをかいている。



「彼は、どうしたの?」



 体から殆ど微弱な魔力しか感じらない。



「あまり気にせず。ウィルは突然眠くなる癖があると言うか」



 いつもレヴィが寄りかかるウィルのソファーの背もたれに、今はビートが腰掛けている。



「ここ最近ずっと眠たそうにしてたけど、こんな風に何しても起きなくなるのはよっぽどよねえ」



 アヤが深刻な顔で言った。



「んん……」



 ウィルの手を取って霊視していたサフィアが感心したように唸る。



「妖脈が閉じきっているのに中枢は酷く活発だな」

「大丈夫なの?」

「いわゆる超回復に近い状態で眠っている。これは――」



 サフィアがウィルのコートや剣に手を触れて、眉を顰めた。



「どうしたの?」

「……いや」



 サフィアがウィルの手を戻して首を振った。



「心配はいらんだろう。そのうち目を覚ます」



 ここ最近ウィルにはずっと頼りきりだった。


 疲れが出ているのかもしれない。



「――それで、何があったんです?」



 ビートが背中越しに私を振り返った。



「何から話せば……何をどう説明していいものかしらね……」



 私は紅茶を飲んで静かにそう言った。


 張り詰めていたものを断ち切られ、まだ頭がふわふわしている。



 現実感に乏しく、言葉が何も浮かんでこない――



「――うぅんんッ」



 サフィアが咳払いをして一同の視線を集めた。


「……レヴィと彼女、そして俺は、大聖堂の修行僧だった頃の同期でな。かつて『古式術式研究部』と言う部を立ち上げていた」



 ビートとアヤが目を合わせる。



「当時レヴィは、魔法が上手く扱えない自分の魔力中枢を研究し、自分にも使える術がないかと古い術式の解明に熱意を燃やしていてな」

「レヴィさんが研究熱心な修行僧だったなんて、なんか上手く想像出来ないけど……」



 アヤが私を見る。



「学び舎での修行には出席しないことが多かった。出席しても殆ど眠りっぱなしで、教導司祭に良く怒られていたわ。大聖堂きっての劣等生なんて呼ばれててね」

「あー、うん……それなら納得」



 アヤが頷く。



「研究に没頭すると、周りが見えなくなる質だった」

「『何かに取り憑かれたかのように』ですな」



 ビートがぼんやりとした無表情で相槌を打った。



「修行時代に、何かあったの?」



 アヤが伺うようにサフィアを見る。



「レヴィがある実験を強行した。部室に結界術を張ってな」

「ある実験って……」



 アヤが恐る恐る尋ねる。



「自分の魔力中枢を分解し、再構築する術式」



 私はサフィアに目を向けた。



「少なくとも、俺はそう理解している」

「……そう」



 私は目を横に流して静かに答えた。



 そうなのかな――



 五年前、レヴィが部室に結界術を張った件に対するサフィアの理解は、私が思い描いてきた彼の思考とは違う。


 ――でも、サフィアの言葉を否定するほどの自信が私にはない。



「それって、うーんと……つまり、どゆこと?」



 アヤが首を捻る。



「魔力中枢は体で言い表せば心臓にあたる。自分の心臓にメスを入れる術式を行なったのだな」

「はぁッ!?」



 アヤがソファーから腰を浮かせた。



「……危なくないですか?」



 ビートが眉間に皺を寄せて聞く。



「当然危険が伴う。無茶な術式ではあるが……レヴィにはそれを行うだけの中枢と妖脈に対する知識が備わっていた」



 サフィアが重々しい調子で言った。



「それほど、魔法が使えるようになりたかったってことですかね」



 ビートがのんびりと聞く。



「……かもしれん」



 サフィアの奥歯にものが挟まった物言いに、ビートとアヤの視線が私に向いた。


 私は拳を握りしめて目を伏せた。


 すべてが自分のせいだと思い込むほど私は傲慢じゃない。


 でも、五年前も今日も、私が彼の心を乱す一要因になったことは間違いない。



「んん、なんと言うのかな……」



 サフィアが首をさすりながらまた語りだした。



「レヴィは魔力中枢の研究を掘り下げ過ぎて、自己を世界から隔絶してしまったんだ」

「サフィアん! もっと分かりやすくッ!」



 アヤが焦れる様に拳を上下させた。



「さ、サフィアん?」



 突然の愛称にサフィアが戸惑う。



「んん……魔法術式の扱いが極端に苦手なあいつは、大聖堂の中でも特異な存在だった。魔法を当たり前の様に扱える俺たちとは、術への理解や研究へのアプローチの仕方、何から何までもが違っていてな」



 サフィアの詠唱焼けした声に耳を傾けて、私は静かに目を瞑った。



「奇をてらった考え方が好きな変わり者、ルールに逆らわなければ気が済まない天邪鬼、大聖堂きっての劣等生……修行僧らにも教導司祭にも白い目で見られがちで、批判の対象になることが多かった」



 彼は必ずと言って良いほど人と違う意見や理論を口にした。


 必ずセオリーにない方法を選びたがった。


 いつでも人の意表をついて、いつでも斜め上を行く考え方をしてみせた。


 でもそれは、狙ってやっているわけでも、わざとそうしていたわけじゃない。


 自然に思いつくことが、普通だと感じる事が、人の常識と噛み合わなかっただけの事だ。



「レヴィの理論は無茶なものも多かったが、教導司祭さえ目を見張る古代術式の解明があったのも事実だ。俺の結界術理論も、レヴィの思考展開の影響を受けた所が多い」



 それでも、人が彼を認める事はほとんどなかった。



 魔力中枢が歪な生来の変わり者――



「周りから批判を受ければ受けるほど、レヴィは意固地になって我が道を走って見せた。だが一方で、人と違う自分の異常性にずっと悩んでもいた。レヴィは自分の中枢の歪みを必死になって研究し続けた」



 自分の魔力中枢を詳細に調べ、他人のものと比べる――



 それは、他者との距離を広げるばかりの研究だったとも言える。


 魔力中枢の特徴は人それぞれだ。


 レヴィでなくとも、掘り下げていけば違いが浮き彫りになっていく。



「研究に没頭したレヴィは、やがて人が変だと思う以上に、自分を異常な存在だと思い始めてしまった」

「自意識過剰ですかねえ」



 ビートが首を傾げる。



「……そう言うことになるだろうな」



 サフィアが暗い声で呟いた。


 ただの自意識過剰なら良かった。


 でもレヴィには、大聖堂監察の監視すら感じ取ってしまう過敏な感覚が備わっている。


 敏感な五感によって膨大な情報を認識し記憶し続ける彼が、その全てを自己に対する否定だと思い込んでしまったなら、それは幻覚や幻聴を休み無く与えられ続けているに等しい。



 獣じみた知覚能力で人の社会に身を置く苦しみ――



「研究を重ねに重ね、あいつは最終的に、自分を間違った存在だと結論づけてしまったんだ」

「間違ってるって、何に対して?」



 アヤが問う。



「自分以外の全てだ」



 サフィアの言葉に、ロビーが水を張ったように静まり返った。



「……レヴィの実験を俺たちに知らせてくれたのは、ケインだった」



 声を調子を変えて、サフィアが話を続けた。



「フラガラックのケイン・ルース?」



 ビートの問いにサフィアが頷く。



「レヴィの様子がおかしいと感じたケインは、深夜に寮を抜け出すあいつの後を追って、部室で結界術を仕上げる場面に出くわした」

「じゃ、じゃあ……七不思議に登場する友達って――」

「アヤ」



 何か口走るアヤを、ビートが遮った。



 七不思議……?



「術によって部室が消えるのを目の当たりにしたケインは、まず当直を担当していた教導司祭に事の詳細を告げた。だが司祭は結界術のせいで古代術式研究部の部室はおろか、レヴィの事さえも認識できなくなってしまっていた」



 アヤとビートの魔力が揺らいだ。



「ケインは俺達にも話を知らせてくれたが、俺も彼女もレヴィの事が認識できなかった。ケインの話を信じるのに五日、結界の解除に二日かかった」

「い、一週間も!?」



 アヤが驚く。



「それほどに、結界術というのは影響力がある。術が結ばれる瞬間に立ち会ったケインだけが、レヴィの事を覚えていたんだな」



 サフィアが重苦しい溜息を吐いた。



「……レヴィが計算を重ね、幾重にも張り巡らせ部室の結界は今も完全に解除出来てはいない。酷く不安定な状態で、空間の狭間、人の意識の狭間に存在している」

「なるほどねえ……」



 ビートが呟く。



 なるほど――?



「俺達は結界術をなんとか突破してレヴィの実験を中断させることに成功した。だがその影響で、レヴィは昏睡状態に陥った」

「眠ったままだった……ってこと?」



 アヤの問いにサフィアが頷く。



「そして幾日た経ったある日、大聖堂のベッドからレヴィの姿が忽然と消えた」



 厳しいサフィアの声が、苦々しいものになった。



「大聖堂監察は、ずっと彼の足取りを追っていた――」



 静かに目を開いて、私はサフィアの話に割り込んだ。



「「なんで――」」



 アヤとビートの声が被った。


 ビートが手を差し出してアヤに言葉を譲った。



「なんで、レヴィさんを追う必要があったの?」

「実験後、レヴィの体は暫く異常な状態が続いて、前例のない容態を見せていたんだ。教の高僧達がレヴィのその後の状態を『機密』という扱いで監察に監視させた」



 サフィアが答えた。



「機密……」



 ビートがシルバーグレーの瞳を私に向けた。


 どこをどことも定めて見ない、熱い鉄を冷ややかに見据える、職人の目をしている。



「神官長である私が、ラブリッサ(ここ)で直接レヴィの監視についたのも、半分はそれが理由です」



 私はぼんやりとしたビートの瞳を受け止めながら、そんな風に話を逸した。


 レヴィがどんな機密であるかは、大聖堂監察の長として、どうしても口にする事が出来ない。



「……内緒にしてて、ごめんなさい」

「そんな全然――」



 アヤが手を振ってフォローをしてくれる。



「不謹慎かもだけど、おかげでうちは大繁盛だったし」

「大聖堂監察の仕事の受注から、お得意様が増えたからねえ」



 ビートが続いた。



「……」



 ゴメンナサイ――



 私はもう一度、胸の内で二人に謝った。


 例え神官長の身に無かったとしても、レヴィについて本当の事を話すつもりはない。


 信頼するラブリッサの皆にも、語ることは出来ない。



「それで、レヴィさんは、その……どうなっちゃってるワケなの?」



 アヤが不安そうに私を見る。



「再会した彼には、記憶の欠如と不安定な精神状態が見られた」



 私の説明に、アヤとビートが顔を見合わせた。



「過度のストレスが原因だと思うのだけど……」



 私は自分の唇に手を当てた。



 ――あーあ、裏返ってしまったよ



 ギリィ……と、奥歯が鳴ってしまう。



「え、えっと……」



 アヤが私を気遣うように上目遣いをする。



「……今の彼は、五年前に実験を強行したかつてのレヴィに立ち戻りつつある。記憶に欠如のあったラブリッサの遊び人とは、ほぼ別人と言っていい」

「別人、ねえ」



 ビートがぼんやりと私の言葉を反芻する。



「大聖堂の修行僧レヴィ・チャニングは、過敏な感覚にストレスを与え続ける世界を激しく憎んでいる。自らの再構築を阻害した私達を……特に私を憎悪している」

「そんな、どうして……」



 アヤが心配そうな顔になる。



「レヴィは何をするつもりなんです?」



 ビートの方は、相変わらずののんびり調子で、それでも話の本題に切り込んできた。



 ――君の全てを、陵辱してくれる



 私は今一度目を瞑って、気持ちと魔力を整えた。



「大結界を崩壊させて、術式反動で都を吹き飛ばそうとしているわ。戦後間もない大陸の秩序を消滅させるつもりだそうよ」

「都を……吹き飛ばすだぁ!?」



 アヤが尻上がりに驚く。



「ノーボーダーなんだお」



 ビートが「しかしか」と頷きながら言う。



「アンタ何言ってんの?」



 アヤがつっこむ。



「……」



 私はチラリとビートの惚けた美顔を盗み見た。


 彼はいつもどおり表情薄く、何を考えているのかが良く分からない。



 無境(ノーボーダー)――



 あてずっぽうの冗談の様に聞こえて、ビートの言葉は、レヴィの本質を良く見抜いているような気がした。



「結界に関しては、ここ最近ずっと大聖堂でもすったもんだしてたもんですよね。崩壊だとか、簡単にできるんですか?」



 ビートが問う。



「レヴィなら出来るでしょうね……この計画に五年の歳月を費やしたそうだから」

「……ふうむ」



 アヤが腕を組んで唸った。


 私は、ふと首を傾げた。



「あまり、驚かないのね?」

「ふえ?」



 アヤがパッチリと目を見開く。



「ウィルが突然眠ると、大体こうなりますから」



 ビートが私に背中を向けながら、のんびり調子で言った。


 そういうものなのか……


 ソファーで眠ったウィルは、平和な寝顔で高いびきをかいている。



「同期のお二人さんは、どうするおつもりで?」



 ビートがサフィアに目を向けて聞いた。



「当然、止める」



 サフィアが拳を握ってハッキリと口にする。


 一同の視線が、私に集まった。



 ――君の答えを聞かせておくれ



「……」



 レヴィは私の魔力中枢を介して、結界の全権限を掌握している。


 結界術に長けたサフィアでも、権限を取り返すのが難しい。


 彼は今この瞬間にでさえ、大結界を崩壊させられる。


 崩壊を止めるには、彼を殺すしか方法がない。



 だけど――



「……ッ!」



 五年の歳月の記憶が駆け巡り、瞳が涙を浮かべたがった。



 誰が泣くか――



 涙を堪える感情を、めい一杯に膨らませて燃やす。


 あいつの望む答えを返してなんかやるもんか、

 あいつの思い通りにさせてたまるか、



 誰が、絶望なんてするもんか――



「私は彼を、赦さない」



 白手を嵌めた手が、ギチギチと音を鳴らした。


 結界も、大聖堂も、都も大陸も全部忘れて、私が我が儘に答えを出すのなら、



 赦さない――



 それが絶対に揺るぐことのない、私の答えだ。



「うん!」



 アヤが頷いて私の手を取った。



「詳しい事は分かんないけど、ラブリッサはこれまで通り神官長の味方だかんね! どんな依頼もドンと来いってなもんよ!」

「会長は俺だお」



 ビートが割り込む。



「あによぅ、文句あんの?」



 アヤがジロリとルビーレッドの視線を送る。



「神官長に協力することに反対はしないよ。文句は今言った通り」



 ビートは表情の薄い顔で、ソファーの背もたれから腰を上げた。



「ウィルくんだって、答えは同じなんだから。ね?」

「んがァ……」



 アヤの問いかけに、ウィルのいびきが一瞬止まった。



「ほら!」

「なにがやねん」



 ビートがアヤのニヴァーナ訛りのお株を奪ってツッコミを入れる。



「……ありがとう」



 私はアヤの手を握り返して心の底から礼を言った。


 王都に住まう招かれざる客、冒険者の彼らは、それぞれが身につけた独自の技術をもって、気ままに、強かに、今日を生きている。


 同門からも疎まれる大聖堂監察の仕事の中で、ラブリッサとの出会いは本当に救いだった。



 私は負けない――



 大事なのはその意志だ。


 答えは私が「どうしたいか」、「どうするか」はこれから考えて行けば良い。



 みんなで考えて行けば良い――



「結界の状態も含めて、詳しい話をして行こう」



 魔力の篭った野太い声で、サフィアが厳然と言った。


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