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エルグラドの冒険者(推敲及び改訂中)  作者: 井伊嘉彦
第一幕 女神のコイン
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38.「デート強制フラグ」



「よくここに、僕の答えに辿り付いたな」



 レヴィが笑う。



「……」



 茶髪茶眼の寡黙な僧侶サフィア・ヴォードが、街灯の下に姿を現した。



「しかし、今の銀の散弾(ショットシェル)は頂けない。彼女に当たったらどうしてくれる」

「ワイズ・グレーならば、俺程度の銀の散弾(ショットシェル)など問題ではないと思った」



 私は何の言葉をかけていいものか、何を考えていいものかも分からず、優しさの消えた厳しい顔のサフィアを見つめた。


 いつもの穏やかな彼ではない。


 魔力は私よりも劣るものの、彼には私やレヴィとは比べようもない体の強さが備わっている。


 魔力を放出する馬力の桁が違う。



「まったく気軽に言ってくれる。複雑思考のお前がする精密射撃を散らすのは、中々骨が折れる作業なのだぞ」

「青年だろうが少年だろうが、レヴィは俺を認めてるんだな」



 サフィアはニコリともせず、一歩一歩、油断なく距離を詰めた。



「当然だ。大聖堂で僕の思考を理解出来るのは、お前かひめゆりぐらいなものだ。猪が命を投げうってようやく獅子が脚光を浴びるなど、大聖堂の連中は相も変わらず節穴ぞろいだな」



 レヴィが嘲笑う。



「レヴィ、彼女を離しては貰えないか?」



 サフィアは馬鹿正直にそう言った。



「……ふん」



 ワイズ・グレーは鼻で笑い、私の頬に頬を合わせた。



「嗚呼、ひめゆり……夢にまで見た。僕は君を夢にまで見たんだよ」

「……」



 私は抵抗する気も、彼の気持ちを受け入れる判断力も無いまま、彼が摺り寄せる肌のくすぐったい感触に目を細めていた。


 ただ、彼の私に対する想いの必死さを、なんとなく、ぼんやりと感じていた。



「レヴィ……ッ!」



 サフィアが語気を荒げる。



「丁重に扱え」



 レヴィは静かにそう言った。



「……?」



 私はその言葉が理解できずに彼を見た。



「君の疑問を訴える瞳は、相変わらずチャーミングだね」



 レヴィが私を強く抱きしめる。



「結ぶ祈り、汝を癒さん――治療(ヒーリング)!」



 彼の全身から魔力がほとばしり、体から傷の痛みが薄れていく。


 レヴィは複雑な魔法を扱えない分、銀の弾丸(シルバー・ブリット)治癒(ヒーリング)といった初歩の完成度が異様に高い。


 私の体は一瞬のうちに回復した。



「え……?」



 意識がはっきりとし、私の疑問はさらに強まった。



 どういうこと――?



 レヴィが一足飛びで私から身を離す。



「名残惜しいが、今日のところはこのぐらいにしておこう。余り欲張り過ぎると、折角読みきった答え(ライン)自分で台無しにしてしまいそうだからな」



 血に汚れた神父服で、彼はすっきりとした満面の笑みを浮かべた。


 石畳にヘタリこんだ私をかばう様に、サフィアが前に立つ。



「サフィア……どうして?」

「レヴィが俺の教会に来た時、お前の指示書に目を通した。だがレヴィは――」



 ――一体誰が、何のためにこんな……なんで俺だけ……?



「指示書に記されてあるお前のサインも、監察神官長の花押さえ読み取る事が出来なかった。お前に関わる一切を認識出来ないでいた」

「え……?」

「忘れているのではない、記憶の喪失ではない――ずっと嫌な予感がしていた」



 サフィアが拳を握りしめてレヴィを睨んだ。



「眠れる獅子の思考のコインは、しっかり()を追えていたと言うわけだ。人間、貧ずれば鈍ずると言うが、中々どうして複雑思考に衰えが見られない。大したものだな」



 レヴィが嬉しそうに笑った。



「レヴィ、お前が言う答え(ライン)とやらの通過点を教えてくれ」

「ああ、いいぞサフィア。僕はコールショットが大好きだ。お前が導き出した数多の答え(ライン)、その答え合わせといこうじゃないか」



 レヴィが一度コインを弾く。



「七日――」

「七日?」



 サフィアが片眉を上げる。



「既に僕は彼女の魔力中枢を解して結界を崩壊させるための接続を開始した。今すぐにでも結界は崩壊させられる――が」



 レヴィが右手で金髪をかき揚げる。



「ブレイクショットでパーフェクトエースというのはな……そんな刹那的なトリックショットで、五年我慢した僕の欲求は満たされない」



 青い瞳がギラリと眼光を強めた。



「結界崩壊の術式反動を臨界まで高めるのに七日はかかる。一週間の後、リディアの聖地は前代未聞の崩壊事故によって、永年に草木も生えない不毛の大地と化す」



 クスクス、と彼が笑う。



「――が、それだけの期間があれば、君たちが何らかの対策を講じる事が出来るかもしれないわけだ」

「可能な限りお前の答え(ライン)を潰す算段を用意しろと、ワイズ・グレーを止めて見せろと、そういうことか?」

「僕を止められる者がいるとすれば彼女だけだ。彼女以外の介入は認めない。これはそういう答え(ライン)なんだよサフィア」



 私は俯いて彼から目を逸した。



「僕が彼女以外の者に求めているのは『無駄な足掻き』と言うやつさ。生への欲求に駆られ、浅ましく踊り狂うさまを僕に見せて欲しい」

「無駄な足掻き?」



 サフィアが問う。



「術式反動を最大限に大地に伝えるためには、まず瘴気を全て解放しなければならない。結界が動作不慮を起こすほどに溜まり続けた瘴気が、都中に溢れかえったなら……一体どうなってしまうんだろうね?」



 レヴィが屈託ない微笑みを浮かべる。


 結界を維持する為の最低限の瘴気開放ですら、都は大いに荒れた。



 瘴気の全開放――



 どんな魔物が現れて、どれほどの規模の被害になるのかが俄かに計算出来ない。



 脳が上手く働かない――



 私は著しく機能低下を起こしつつある頭を振った。


 横のサフィアが、そんな私をチラリと気にしながら、レヴィとの対話を続ける。



「……命を賭してまですることか?」

「なに?」



 サフィアの言葉に、コインを弾き続けていたレヴィの右手が止まった。



「ケインが命を賭して守ったリディアを、お前は命を賭して消し去ろうと言うのか? ……そう聞いている」

「ふッ」



 彼が口の端を持ち上げて残忍に笑った。



「それを問う資格がお前にあるのか?」

「……」

「殉職などという馬鹿げた猪の我が儘に付き従い、いまなおのうのうと息をしている獅子が、どの面下げて彼のことなど口にする? お前の口からケインの名を聞かされるなど、不愉快の極みだ」



 サフィアのチャコールの瞳は、怒れることもなくじっとレヴィを見据えていた。



「都の為に尽力した猪が逆賊となりえるなど、人の世はまったくもって救えない」



 ギラリと青い双眸が輝く。



「僕はこの下らない世界に飽き飽きしている。もちろん死は厭わないが――それは本願を達成した時、僕のシュートで絶望の絶頂に達した彼女に捧げる、最後の一打(ラストショット)だ。彼女以外にくれてやるつもりはない」

「ぜつ、ぼう……?」



 私はうわごとのように呟いた。



「そう、絶望だよ、ひめゆり。人は誰しもその快楽に身を委ねんと欲する卑しい心を持っている。男も、女も」



 快楽――



 絶望とは快楽だと彼は言う。


 全ての光明の尽きるその瞬間を、快楽に例える彼の思考は何処にあるのだろう。



 わからない――



「ほら、それだ。すぐこれだ。人と言うのはどうしてそう助平なものか」



 私の思考を読んでか、レヴィが忌々しげに舌打ちをした。



「ふッ、ふふふ……と言って、君たちの世界から見れば、僕が一番助平に見えているのだろうね。あはははははははは――」



 ――ドシンッ



 レヴィの高笑いを遮って、サフィアが足を踏み鳴らした。


 音と共にサフィアの巨躯が奔り、一瞬にしてレヴィの眼前に迫る。



「ふんッ!」



 豪腕が見せるコンパクトなショートアッパー、



 ――ドッ!



 衝撃と共にレヴィの小さな体が派手に打ち上がった。



「く――ッ!」



 両腕でサフィアの一撃を防いだレヴィの小さな体が、



 ――シュンッ!



 魔力の発揮と共に宙で掻き消えた。


 既に教では失伝扱いになっている古代術式、短距離を空間転移する瞬間移動(テレポート)だ。



「ひゅッ――」



 地面に現れたレヴィの姿が、短い息吹を残し再度消える。



 ――シュンッ!



 現れたのはサフィアの斜め後方、



「ふんッ!」



 サフィアが振り返りもせずに裏拳を振った。



「ぐ、ふ――ッ」



 サフィアの一撃を喰らって吹き飛んだレヴィがまた消える。



 ――シュンッ!



「ご、ほ……ッ!」



 距離を取った場所に降り立ったレヴィが、腹部をさすりながらチロリと小さな舌を出した。



「やはり接近戦(インファイト)では勝負にならないか」

「ふぅぅぅぅ……ッ」



 サフィアが拳を構えて深く息をついた。



「良く、僕の飛ぶ位置が追えたな?」

瞬間移動(テレポート)は空間に走る妖脈、エーテルの流れに乗って飛ぶ技法。目に見える情報に惑わされなければ、位置は世界が教えてくれる」

「……体術までもが結界術理論で組み立られている。まったく、君ってやつは眠れる獅子だよ」



 レヴィが髪をかきあげて、左手をポケットに突っ込んだ。



「だがサフィア、拳に殺気がない。どういうつもりだ?」



 サフィアが苦渋に歪む顔でレヴィを睨む。



「まさかに、僕を殺さずに捕らえようなどと甘い考えを抱いているんじゃないだろうね?」



 彼が屈託ない笑みを浮かべ、対するサフィアは何も答えなかった。



「……盛り上がらないことだ。獅子が半分眠りかけな上に、当の彼女がその調子ではな……僕としても興が冷める」



 彼はため息混じりにそう言って、



 ――シュンッ!



 姿を消した。


 サフィアの視線が公園の端の木の梢に向いている。



「本気になるのに時間が要るならそれも良し。だが猶予は七日だよ」



 木の枝に立ったワイズ・グレーが、私たちを見下ろす。



「ひめゆり」



 彼に呼ばれ、私は体を強ばらせた。



「一週間後、八つの鐘が鳴る頃に、僕は『あの場所』で君を待つ。最後を迎えるリディアの夜景を眺めながら、時代の変わる日に君とデートがしたい。受けてくれるね?」



 歌うようなボーイソプラノだった。



「レヴィ……」



 名を口にしても、感情と思考が上手くまとまらない。


 目が上げられない。



 多分私は今、パニックを引き起こしている――



 起きてしまった事実に理解が追いつかない。


 何を考えて良いのかが分からない。


 何を思って良いのかが分からない。



 分からない――



「七日の後、リディアの民が生んだ悪意をひとまとめに街に返してくれる。絶望と希望の狭間でせいぜい惑うといい」



 ――シュンッ!



 彼の姿が木の上から消え、公園から気配そのものが消えた。



「……ん、むッ」



 サフィアが小さく呻き、腹部を押さえて膝をついた。



「サフィア!?」



 背中に貫通した弾痕から血が吹き出している。



「そんな、いつ……?」

「初手の踏み込みの時だな。震脚に合わせられた」



 自己治療(セルフヒーリング)をしながら、サフィアが重苦しい溜息をついた。



「……助かったわ、サフィア」



 酷く処理速度の落ちた頭で、私はぼんやり礼を言った。


 公園の地面に落ちた視線を、上げることが出来ない。



 立ち上がる事が出来ない――



「いや……」



 傷の回復を終え、サフィアが首をヒタヒタと叩いた。



「ワイズ・グレーの、もともとの予定だったろうからな」

「ええ……ええ、そうね……」



 私は鈍い相槌を打った。


 受けた衝撃があまりにも大き過ぎて、頭がふわふわとしている。


 思考のコインが一向に情報の整理を始めようとしない。



「……」



 そんな私を、サフィアのチャコールの瞳が心配そうに見つめていた。



 しっかりしろ――



 目を瞑って情報を制限し、思考のコインを無理矢理弾く。



 五年前、寝たきりだった彼が姿を消した、

 再開した彼は、過去の記憶を失っていた。

 私のことなど忘れてしまっていたけれど、

 それでも徐々に徐々に打ち解け合って――



 ――君の全てを、陵辱してくれる



 全ては彼の手の平の上の出来事だった――



 ――ギリィッ



 口の中で音がなり、端から血が滴り落ちた。


 目をゆっくりと見開く。



「あー……んん」



 サフィアが明後日の方を向いて、中途半端な切り出し方をした。


 魔力の出力が収まって、いつもの口重な彼に戻っている。



「大丈夫よサフィア。私は大丈夫……」



 思考がようやくいつもの速度を取り戻した。



 驚いてなんかいられない――



「んん……」



 サフィアが腕を組んで、考え事に目を伏せた。



「何か言いたいことがあるの?」



 彼の魔力が熟考する気配を見せている。



「レヴィは……本気でお前を捕まえる気だぞ」



 サフィアが伺うような目で私を見た。



「……」



 私は煙が出そうなぐらい力の入った気息集気法をして、体に魔力を漲らせた。



「私が彼を捕まえるのよ、サフィア」



 ――ギチギチギチッ



 握り締めた、拳が鳴る。



「ん? んん……」

「……?」



 サフィアが何を言わんとしているのかがどうしても読み取ることが出来ず、私は首を傾げた。

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