23.「真面目に仕事しろっつーの」
「おーおー、日曜日の晩だってのに、働いちゃってまァ」
木の梢から門の前に立った衛兵を見下ろして、俺は顎の下を掻いた。
「貴族議会の参議、マンフレッド・レアード邸、ねえ……」
三百坪はありそうな邸宅は、三メートル強ある塀が取り囲んでいて、等間隔で衛兵が警備についていた。
城西地区の最奥地、この辺りはリディアの先進技術を研究する魔導士やら学者やらが多く住んでる土地柄で、敷地の広い邸宅が多い。
道がチェス盤みてえになってるせいで、下町風の城南地区と違って身を隠す路地裏がない。
そんなこんなで――
「ふぁーッ……」
俺は背の高い街路樹の枝に座って欠伸をしている。
美人の神官長に依頼されていた件で辿りついた場所だ。
――ウィル、貴方には話しておきます
あん?
――恥ずかしい話だけれど、大聖堂はフラガラックの活動に助けられているのよ
ほーん?
――今のリディアの大結界には決定的な欠陥があって、瘴気を外に逃がせないでいるの。このままの状態が続けば、結界は決定的な破損をする恐れがあるわ
破損するとどうなる?
――発生する術式反動を最小で見積もったとしても……都に直下型の大地震が起きるかな
おほー!? キャリア僧侶様の予言キタコレ! 聖歴一○十四年、リディアは滅ぶ!
――破損の規模によってはそれも冗談でなくてよ。今の結界の安全を考えれば、瘴気を魔物に具現化して討伐するのが一番手っ取り早い……
するってぇと何か? 過激派の連中がやってることってなァ、都にとっちゃ最良手なのか。
――現時点ではね。だからと言って、大聖堂の修道神官らが意図的に都に魔物を沸かせるわけにも行かない。……保守派の人間は、革新派に押されながらも、過激派の活動を何処かで喜んでいるのよ。
フラガラックの活動が保守派の時間稼ぎにもなってるってワケだ。しょーもねえ話だな、そりゃ。
――まったくだわ。大聖堂監察に与えられた役目は、フラガラックの活動が行きすぎないように監視し牽制すること
本腰は入れられないって? つってもお前さん、ケイン捕まえる提案書、一度は決済したんだろ?
――それで上層部に釘を刺された。『大聖堂監察は戒律の番人、公正にして公平な立場を保っていなければならない』だ、そうよ
ごめん、ウィル良くわかんない。
――上層部の言い分は『監察は中立でしょ? フラガラックを叩くのは保守派寄りになるから気をつけなさい』……かしらね
革新派に言われたのか?
――どちらにも、よ。ケインが捕まって新結界案思想であることが露見すれば、幾ら『偽革新派だ』と言い張ったところで少数派の革新派にとっては痛手。保守派はたまり続ける瘴気の汚れ仕事に手を染めなければなくなる
監察は『手を出すな』ってこったな。
――遂に監察も結界問題から締め出しを喰らった……今、上層部でどんな話が進んでいるかが全くわからないの
ほーん……そんで? お前さんは俺に何をさせたい。
――捕縛したフラガラック同志の取り調べで、人員の半数が冒険者であることが分かっています。他は不正術士が殆ど。
過激派ってな、ハングリーな人間の集まりなもんだ。
――指導者であるケイン・ルース自身、寂れた教会を割り当てられた教区神官……とても自分らで活動資金を賄って居るとは思えない。やってほしいのはフラガラックの資金源の特定、活動を支えている背後関係の調査よ
釘を差された手前、下手に部下は動かせねえか。
――ええ。どう転んでもいいように、少しでも情報が欲しい……
そりゃ大事なこった。オーケー、自慢じゃねえが、他人の懐をまさぐるのは得意中の得意だ。
――本当に自慢にならないわね……
「と、言うわけで――」
神官長の依頼を再確認、俺は枝の上で首の骨をゴリゴリ鳴らした。
「リディアの貴族議会に属する大御所にたどり着きました、っと」
マンフレッド・レアード卿――
優しげな顔した品のいい中年絡みのおっさん、人柄は温厚、人と争う様な事もなく、リディア郊外の領地の農園での評判もすこぶる良い。
家を持たねえ冒険者を農園で受け入れて支援してるってんだから、今日日高慢になりがちなリディア貴族にしては珍しい人種だ。
なによりも――
都を騒がせている「冒険者雇用制度」を打ち立てた張本人だったりする。
冒険者雇用制度はもっぱら増税案の矢面に立たされて利用されてるが、発起人であるマンフレッドは制度実現を根強く訴えていて、冒険者の境遇の改善する活動に精力を注いでいる。
その上、治安の悪化に繋がるとは言え、大結界の危機的状況を救っているフラガラックを支援してるとくりゃ、冒険者にもリディアの民にも優しい真の好人物と言えない事もない。
冒険者雇用制度のマンフレッドと、新結界案のケイン――
「噂の真偽はどうなんざんしょ」
俺は左手にコインを呼び出して、中途半端な魔力で弾き飛ばした。
――バチィ!
塀を超えようとしたコインが、青白い光を放って消滅した。
『……?』
すぐそばにいた衛兵が、塀を見上げて首を傾げた。
お偉いさんの家らしく、強力な結界が張られている。
無理に塀を乗り越えようとすりゃ、猫の丸焼き一丁上がりだ。
「衛兵を二人ほどのすかィ」
背格好の似た一人になりすまして、気絶したもう一人を急病だと言やあ、口八丁でなんとかなる。
ただ、ちっと博打だな――
他に何か方法はねえもんかと悩んでいると、正門の衛兵に動きがあった。
『止まれ!』
正門前に近づいた男を、衛兵が槍を構えて止めている。
青いスラックスに白い修道服、夜でも目立つ銀髪に緋の瞳、腰にクレイモアを引っさげた穏やかな面立ちの少年、
お? ありゃァ確か――
「修道騎士のアリオス・ウォークです。マンフレッド・レアード卿に取り次いで貰えますか?」
前にレヴィを狙撃した英雄だ。
『修道騎士のアリオス殿? では大聖堂の――』
衛兵が即座に構えを解き、アリオスの身なりを確認した。
『しばしお待ちを』
頷いた衛兵は、正門横の小さな扉から中に入っていった。
なんだってあいつがここに――
理由は分からねえが、正式な来客なら正門が開く。
面倒をしなくても中に侵入できるチャンス到来だ。
『お待たせしました。どうぞお通りください』
戻ってきた衛兵が、鉄柵の門を開けに掛かかった。
『いらっしゃいませ。良くぞ御出でくださいました』
「いえ」
門の前に待機した使用人に出迎えられて、アリオスが敷地に足を踏み入れる。
扉がゆっくりと閉まりはじめる――
「ちょいッ、と」
俺はほんの少しだけ魔力を発揮して風を呼んだ。
――バフッ!
正門に突風が吹きつけ、衛兵らが顔の前に手を翳した。
(失礼!)
小声で呟いて枝を蹴る――
「……ん?」
遊歩道のアリオスが振り返る寸前に、俺は正門の裏の茂みに身を潜ませた。
『どうかされましたか?』
使用人が立ち止まったアリオスを訝しむ。
「あ、いえ……」
アリオスは一度庭を見渡して、首を捻りながら使用人と屋敷の中に消えた。
(ふう……)
茂みの中で小さくため息。
衛兵らは問題ねえが、アリオスの背後を駆け抜けるのにはちょいと肝が冷えた。
大聖堂の英雄か――
親父が都の騎士家を束ねる王都正規軍の将軍、母親がリディアで最もセレブレティな城北地区の教会を取りまとめる教区神官長、貴族の屋敷を顔パスってえのも納得いくが、来訪の理由がわからねえ。
『なッ――ちょっと、困りますよ! 裏に回って下さい!』
門の外で衛兵がなにやら慌てていた。
あん? 何だァ――?
「緊急なんだよ、つべこべ言ってないで通しな。せっかく巻いてきた追っ手に見つかっちまう」
えらいトゲトゲした女の声だった。
『すぐ裏に回ってください……! たったいま来客を受け付けたばかりですよ!』
衛兵が声を顰めてそう告げた。
「誰が来てるんだ?」
今度は男の声、
『大聖堂の修道騎士殿です!』
「アリオスが!?」
(なッ――)
俺は声が出そうになった口を慌てて塞いだ。
酒焼け煙草焼けした声、他の男女二人に比べて希薄な魔力――
「なにゆえアリオス・ウォークがここに!?」
こりゃレヴィじゃねえか――
『早く中に! 今後は必ず裏門からお願いしますよ!』
衛兵が苛立たしげに言って、正門から三人が入ってきた。
やべえ、やべえ、こいつァやべえ――!?
俺は魔力を極力押さえ、周りの木々と気配を同調させた。
あの馬鹿犬相手に潜伏行動するのは並大抵じゃねえ。
「……あら?」
案の定、レヴィの気配が足を止めた。
「慣れ親しんだ匂いがするような……?」
クソがッ! てめえってヤツァなんだってこう間が悪いんだ――
「英雄の魔力か?」
男が聞く。
「いや、アリオスのは真っ直ぐ屋敷に向かってる。さっき正門でも感じたんだが、これは――」
『ケインさん早く裏に回って! 人目に付きます!』
衛兵が声を荒げた。
「別邸に回るよ」
女が駆け出して、男二人も足早に俺が潜む茂みの前を横切って行った。
(ふぃぃぃぃ……)
煙にでもなりそうな濃い息が出る。
(冗談じゃねえぜ、ったくよォ……)
味方の時は対して役に立たねえくせに、敵に回すとあれほど面倒な男もいねえ。
『追っ手』とか抜かしてやがったな――
もともとレヴィは神官長とラブリっさの面々が追い立てる予定だった。早くもレヴィを探り当てたか。
(しっかし……)
良くもまァ悪いほうにばっか転げ回れるもんだ。
監察に目を付けられる破戒僧、監察の情報漏洩、監視逃亡、挙句に過激派組織の指導者の横だ。
一度本気で、「どうしてお前はそんなにアホなんだ」と問い詰めてみたい。
小一時間問い詰めたい。
(……さて)
俺は気を取り直して茂みの影から庭を伺った。
中に入っちまえば見張りの気配は殆どない。
フラガラックの連中が向かった別邸とやらも気になるが、馬鹿犬に察知される危険を考えりゃ、最初は難易度の低いアリオスを追うべきだ。
マンフレッドが直接会うだろうからな――
俺は衛兵の死角を素早く走り、屋敷の壁に取り付いた。
壁伝いに正面玄関を横切って邸宅を周り、上下左右を見渡す。
(お?)
夜も更けてきたが、ニ階の窓がまだ空いたままだ。
手頃な庭木によじ登り再度辺りを確認、この辺に警備の気配は無い。
(よッ――)
俺は枝を蹴って、静かに窓枠に飛びついた。
『おいッ!』
(うぉっとォ――!?)
浴びせられた声に、俺は窓枠にぶら下がったまま息を潜ませた。
『いくら急とは言っても、カートを押して走ってはダメだ! 折角の菓子の盛り付けが乱れてしまうだろう!』
『す、すみません』
ニ階の廊下で執事が侍女を叱りつけているようだ。
(ひゅぅ……)
息を吐いて、体の緊張を解す。
『お見えになった方は大聖堂の修道騎士殿、まだお若いが両親共に要職にある尊き血筋のお方、ゆめゆめ失礼のないように』
『は、はぃ――!』
侍女の声がかなり上ずっている。
慌ててカートを押しているところにそれじゃ、余計緊張するだろうに。
『そうだ、少し待ちなさい』
『は、はい』
『さっき別邸の方にもいつもの客が来たと衛兵から連絡を受けた。後で侍女達にも伝えて置きなさい。今日は四人だそうだ』
『わかりました』
四人――?
俺は宙ぶらりんのまま首を傾げた。
ケインと粗野な口調の女、そしてレヴィ……他にも誰か居ることになる。
援助者である貴族の屋敷の敷居を跨いでいる以上は、フラガラックの中心人物の確率が高けぇ。
『ああ、それから――』
まだあんのかよ――
『『……』』
なにやら廊下の二人が息を殺す気配がした。
(……?)
俺は体を引き上げて、窓枠からこっそり中を覗いた。
執事と侍女がマウス・トゥ・マウスしている。
(……)
こいつら廊下でなにしてんの――?
『これで、少しは緊張がほぐれたか?』
『は、はぃ……』
顔を真っ赤にした侍女が、俯いてか細く答えた。
キスは緊張をほぐす魔法か?
いいからお前ら仕事しろよ。
窓にしがみつく不審者だって仕事中なんだぞ、これ。
『怒鳴りつけてすまなかった。リボンが乱れているな』
『あ……』
侍女の頭のリボンで二人の手が重なった。
とある貴族の邸宅に奉公する執事と侍女の恋物語――
二人が愛を温めるほどカートの紅茶が冷めていく。
俺の気分も冷めていく。
『では、しっかりな』
『はい』
二人は即座に仕事モードに戻って別れを済ませた。
スねばいいのに――
恋する二人に「死ね」は言い過ぎなので、少しぼかしをかけてやる。
なにはともあれ、俺は中へと滑り込み、頭を後ろ手に組んで侍女の後をつけた。
しっかり気配は殺しているし、前後の警戒も怠ってない。
――ガタンッ!
不意に絨毯の段差でカートが小さく跳ね、
『あっ……』
ティースプーンが一本転げ落ちた。
おっとと――
俺は小指の爪の先程度の魔力で風を操り、スプーンをカートの上に戻してやった。
『え……?』
スプーンの物理法則に反した動きに侍女が固まる。
俺は臙脂色の絨毯を蹴って、音もなく飛び上がった。
『……?』
振り返って首を傾げる侍女の様子を、天井と壁のコーナーに張り付きながら見下ろす。
身の軽さにゃあ自信がある。
『……気のせい?』
妙な動きを見せたスプーンに一人呟き、侍女が前進を再開した。
スプーンを戻してやったのは、彼女がわざわざ替えを取りに戻るかもしれねえからだ。
俺は音を消して床に降り、また後をついて回った。
貴族の邸宅らしく、臙脂色の絨毯はフワフワでチリ一つ落ちてねえ。
豪華なのは良いが足音を消すのが楽チンすぎる。
防犯にゃあ向いてねえ。
廊下を真っ直ぐ進み、侍女は突き当たりを左に曲がった。
俺は廊下の角に一端身を潜め、侍女の背中を見送った。
侍女が少し先にの大きな扉の前でカートを止めた。
『御主人様、お茶の用意が整いました』
『――ああ、頼む』
中から穏やかな声が返って来た。
あそこか――
『失礼致します』
侍女が中へと入り、扉が閉まるのを見届けてから廊下をダッシュ。
大きな扉の部屋を通り越して隣の部屋の扉に張り付いた。
中に人の気配はなし――
ドアノブに手を掛けると、流石に鍵がかかっていた。
豪華な装飾の入ったシリンダー錠、構造が複雑な値の張るシロモノだ。
(甘い甘い――)
俺は皮のリストバンドから細い金属の棒の束を出した。
鍵の構造に合わせた二本を選び、両手で差し込む。
一本は固定、もう一本で優しく出し入れを繰り返しながら、シリンダーの凹凸具合を確かめる。
(大丈夫、先っぽだけ、先っぽだけだから――)
舌なめずりをしながら、人工物の穴に興奮する俺の図。
――カ、キキッ……
中をかき回していた方が反発の一番弱い場所を探り当て、固定していた一本が僅かに奥へと進む。
(ここか、ここがええのんか?)
シリンダーの腰が浮いた。
(ここだな――)
そのまま両手を固定して、棒二本を同時に回す。
――カキッ
『失礼致しました』
侍女が隣から出てくるのと、俺が部屋に踊り込むのがほぼ同時だった。
(ひゅぅ……)
溜飲を下げておいて、静かに内側から鍵を閉める。
暗い室内には古い本の匂いが立ち込め、窓際に豪奢な机が「でん」と置いてある。
どうやらここは書斎のようだ。
「へッ――」
俺はニヒルに口の端を持ち上げた。
腹の下あたりがスリルにヒクつく。
「タマが疼くぜ」
男の危機察知能力、「タマひゅん率」が急上昇中だ。




