22.「姫百合の策動」
城西地区、魔物が出現した騎士団屯所の敷地内――
私は歯噛みをしながら鞭を奮っていた。
「――遅い!」
取り囲んだ動く死者三体の体が千切れて飛ぶ。
「銀の散弾!」
一塊となった敵に、魔法銀の散弾を浴びせて吹き飛ばす。
敷地内には、リビングデッドの他に骸骨兵、浮幽霊といった魔物がひしめき合っている。
瘴気から湧いた魔物なだけに不死者や悪魔とっいった闇の気に寄った者達が多い。
『ガァアアアア!』
「……ッ!?」
地を揺るがす咆哮、角の生えた獅子、猛る魔獣が敷地の奥から突進して来る。
「銀の連弾!」
コインの一斉射を浴びせるも、猛牛獅子の突進は衰えを見せなかった。
山岳に居る野生のものより、攻撃本能に特化している。
『ガアアアアアア!』
「――ッ!」
回避が間に合わない――
「おおおおおおおッ!」
猛獣に負けない雄叫びを上げ、私の横からビートが飛び出した。
細身の身体に見合っていない、両手持ちの大斧――
――ドゴォ!
すんでの所でモーライオンが竿立ちになり、ビートの斧が地面に突き立った。
それでもビートは動きを止めない。
「おぁ――ッ!」
地面に刺さった斧首をそのままに、ビートが魔獣の腹部にショルダータックルを当てた。
『ゴゥウウウ――!?』
立ち上がって不安定になっていたモーライオンの巨体が、地面にもんどり返る。
華奢な身体に見合わない、強烈な一撃だった。
「おお――!」
さらにビートは体を回し、地面に突き立った斧首を引き抜いた。
「鍛冶根性ッ!」
ビートの叫びと共に、大斧が二倍近い大きさに膨れ上がる。
鍛冶屋根性――
鍛冶職人が武器を鍛造する時に用いる魔法、魔力と精神力によって工具を巨大化させる技術だ。
――ズドォ!
馬車一台潰しかねない大きさの斧首が、モーライオンの胴体を両断した。
「……ッ」
倒さなければならない敵なのは分かっていても、魔獣の断末魔の瞬間に嫌なものがこみ上げる。
『グゥルルルル……』
不穏な唸り声に目を走らせると、別のモーライオンが四足を踏ん張って魔力を漲らせていた。
吹雪の息吹――
ビートの動きに囚われた一瞬の隙だった。
「燃える直球ッ!」
――ビュンッ
締りのない必殺技コールと共に、私の横を剛速球が通り抜ける。
唸りを上げて宙を滑る直球は、開きけかけていたモーライオンの口の中に飛び込んだ。
『ゴヒュコ――ッ!?』
吸ったような吐いたような呼吸で、球を飲まされたモーライオンが怯む。
「連結ッ!」
ビートがホルスターから手斧を抜いて、モーライオンに投じた。
光る鎖の尾を引いて、手斧が魔獣の前脚に絡みつく。
これも鍛冶職人の魔法、燃え滾った炉に工具や武具を落とすのを防ぐための作業補助技術だ。
ビートが無造作に鎖を引いて、モーライオンの巨体を軽々と崩す怪力を見せる。
「……気の進まない!」
私は横髪を手の甲で掬って、右足を踏み鳴らした。
「加速ッ!」
音が鈍くなって景色が変わる。
緩慢となった時間の中で、私は一足飛びにモーライオンに殺到した。
魔法銀の鞭を、剣に変える――
「せッ!」
体勢を崩していた魔獣の首に一撃、大きな顔面が激しく縦に揺れた。
『グゥゥ……ガァァアアアアッ!』
魔獣の眼にはまだ光がある。
しぶとい――
歯噛みをして剣を顔の横に引きつけた瞬間、
――ドボッ!
『ゴゥゥウッ!?』
くぐもった破裂音が鳴り、モーライオンが四足を伸ばしてビョンッと跳ねた。
「えッ?」
いま、体が少し膨らんだような――
「……なにを飲ませたの?」
私は後ろを振り返り、堂に入った投球フォームを流すアヤに聞いた。
「アヤちんお手製の爆弾やでー」
真紅の瞳を蕩かせながらアヤが言う。
モーライオンが口から煙を吹いて、足を伸ばしたままの姿勢で地面に倒れ込んだ。
……爆弾?
体の中で爆発物が炸裂した獣に憐憫の情が尽きない。
「もうちょっと火薬の量を増やしてもいいかな。派手にドッカーンっていかないと、燃える直球じゃないわ」
「動物好きの神官長が泣いちゃうお」
羽付き帽子を押さえてビートが言う。
「むぅ……行き過ぎた力は人を不幸にするのね」
アヤが自分の魔力にうっとりしながら「ニタリ」と笑った。
彼女はたぶん――いや、間違いなく肉食だ。
「ひとまず落ち着いたかな」
ビートが斧を担いで辺りを見回した。
広い敷地内には、私たちが倒した二匹の他に騎士らとの交戦で力尽きた二体のモーライオンの亡骸が転がっている。
辺りではいまだひしめく魔物を相手に、騎士たちが剣を振るっていた。
「あ! スライムプル!」
アヤが声を上げて見る先に目をやると、楕円の体をしたゼリー状のモンスターが地面を飛び跳ねていた。
体と言うべきなのか顔と言うべきなのかは分からないけれど、飛び跳ねる楕円の魔物には古代文字で顔が描かれている。
『( ´∀`)〜♪』
スライムプルが呑気な顔文字を浮かべて戦場を横切る。
可愛い――
大陸中に生息する水属性の魔物で、リディア郊外なら川べりや草原で多く見かける事ができる。
水の精霊の一種と言われていて、本来ならば人を襲うようなこともない。
子供が木の棒で倒せる程度の魔物だ。
瘴気から生まれた子である以上は、倒さなければならない決まりになっているのだけれど――
「燃える直球ッ!」
アヤが豪快なオーバースローで球を放った。
「えッ!?」
『Σ(゜д゜;)』
私とスライムプルの気持ちがシンクロした。
――ドボォ!
くぐもった音と共に、ゼリー状の体にアヤの球がめり込んだ。
「ふッ……あえて割らないように球威を抑えてあげたわ」
アヤが真紅の瞳をうっとりとさせてまた「ニタリ」と笑う。
「お前は既に、死んでいゥ!」
『((((;゜Д゜))))』
スライムプルが人の言葉を理解したという事例は聞いたことがないけれど、顔文字が如実に恐れの感情を表していた。
アヤの体から立ち上った邪悪な魔力に、何か感じるものがあったのかもしれない。
かわい――
「爆発!」
――ボブンッ!
アヤの一喝と共に、スライムプルが四散して飛沫を飛ばした。
「ええ感じや」
「……」
ちっとも良くない――
満足げなアヤに対し、私は酷く寂寞とした気分になった。
「もうおっきいのっていないのかな?」
アヤが肩を回しながらビートを見た。
「取り敢えず見当たらないな」
「半端に肩が温まると気持ち悪いのよねえ……せめて八十球は投げないと」
「言うじゃない」
ビートがいつもの無表情でアヤを労う。
「……レヴィの他にケインも捕まっているという話だったわね」
杖の魔法銀状態を解除し、私は今一度敷地内を見渡たした。
魔物を討伐するフリをして、戦闘する騎士にわざと体を接触させたり、前を横切ったりと攪乱行動をとっている冒険者が目に付く。
「フラガラックの人間が混じってる」
「わかるの?」
「ええ」
アヤの質問に短く答えておいて、私はそれと分かる冒険者の数を数えた。
三、四……目に見える範囲だけでも五人――
「――うぉッ!? 鍛冶屋根性!」
突然ビートが魔力を発揮し、逆さまにした斧を私達の前に構えた。
斧首が大盾の様に巨大化する。
――ギギギンッ!
鋭い金属音と共に宙を舞う何か。
闇夜に黒光りするボウガンの矢――
「すげー強弓。がつんと来たぜ」
ビートが矢の威力の程に舌打ちをした。
「あ――あれ!」
「顔出すな」
斧から顔を覗かせたアヤを、ビートが襟首を掴んで引き戻す。
私は斧から僅かに顔を出して、アヤが指差した方を見た。
ボウガンを構えた女と、ボロのローブを被った妖しい男二人――
ローブ越しにもわかる背格好と姿勢、男の片方はたぶんレヴィだ。
彼が女のボウガンに取り付いて何やら揉めている。
「結ぶ祈り、禍い退く兜たれかし――」
私は体に魔力を溜めて、即座に呪文を詠唱した。
「矢とて石とて寄せつけぬ、戦女神の七光り、我が身を包む加護ならん――避来矢」
金色の光が発生し、全員の体を取り巻いてすぐに消えた。
物理的な間接攻撃を反らす教の中伝の魔法術式、飛来物を退ける効果がある。
「五分は保つけれど、敵の矢の威力が術式の効力を上回る可能性があります。魔法攻撃に近いコインは反らすことができないから、あまり過信をしないでね」
揉み合うのをやめて逃げる三人組を見据えて、私は淡々と言った。
「追うって事でいいんですか?」
「モーライオンさえ駆逐すれば、後はここにいる騎士達だけでもなんとかなるのではなくて?」
「まあねえ……」
ビートが斧を通常サイズに戻した。
フラガラックの人間の策動もあって、騎士たちは未だに騒然としている。
強力な魔物はもう見当たらない。
「予定通り、レヴィを追い込みましょう」
私は務めて静かにそう言った。




