09.「虎の中継ぎ」
「あー、牛乳のみてー……」
間の悪い馬鹿犬を見捨てマンションを脱出した俺は、気の向くままにリディアの街をぶらついた。
レヴィの阿呆が美人神官長にシバかれる様はとっくり見てたい気もするが、それでとばっちり受けるのも馬鹿らしい。
大聖堂の英雄とかいう若えのが出てきた時点で既に雲行きが妖しい。
聖ライアリス教の人間ってな頭の中にハート浮かべてなきゃ生きてられねえのか。
そういう宗旨なのか。
特に何にも考えず足の向くままに任せていると、バッタリ知った顔と行き合った。
「あれ? ウィルくん」
ピンクの髪に真紅の灼眼、ぶかぶかのスカートに赤リボンという人形みてえな格好で恥ずかしげもなく街を闊歩できるうちの副会長だ。
「やふー」
羽付き帽子にブーツカットジーンズ、先の膨れたドタ鼻靴、田舎の鍛冶職人であることをファッショナブルに誇って街を練り歩く会長が隣に立っている。
なんでえ、グッツウェイまできちまってたのか――
俺は左手を猫手にして顎の下を掻いた。
日も傾きかけた大通り、周りは露店に群がる男女に流し見する老人、万引きするタイミングを伺う阿呆など、多種多様な人間がひしめき合っている。
「レヴィは一緒じゃないの?」
ビートがぼんやりした顔で聞いた。
「あー、レヴィ太くんならあれだ、シズカな監察の彼女と感動のご対面。デキ過ぎな若けえのとトライアングル状態で、絶賛エスエムプレイ中じゃねえかな」
彼女が鞭っぽいものを振り回すのが最後にチラリと目の端に映った。あれがレヴィの言っていた魔法銀の鞭ってのだろう。
「ウィルえもん、もう少しわかりやすく説明して」
所持した商館はトイレバス別テラス付き、ビート・スウェインことスウェちゃまが前髪を横に流しながら言った。
超古代の古文書に、俺とビートがやり取りしたような登場自分物で話が進む「猫神様の叙事詩」がある。
「なになに!? トライアングルってなに!?」
恋バナの気配を察してかピンクの子虎ががっついてくる。
こいつにゃ栄えあるピン子の名をくれてやろう。叙事詩より引用。
「説明すんのがめんどくせえ……なんにせよ、光る女神とかいう目に悪そうな神サマを信仰してるヤツらは、毎日毎日幸せそうですよってこった」
「商館に帰ったら、詳しく聞かせてもらうかんね」
おっほほー、この子まるで俺の話聞いてない――
ギラつくアヤの視線を外し、俺はビートに目を向けた。
「あー、そうだビート」
「ん?」
「レヴィのヤツが手配喰らった」
「……手配?」
ビートの眉間に皺がよる。
「あいつが昨日巻いたって言う美人、実は大聖堂監察のトップでよ。翌日手配ってのも、無理がねえっちゃ無理がねえんだが」
「その話、今初めて聞いたんだが……どういうこと?」
「あんたレヴィさんがデートの話してる時、ロビーにいなかったもんね」
アヤが笑う。
そういやそうだと俺も思い出した。
依頼の件は「無事完了、犬は明日へと旅立った」としか報告してねえ。
「デートって?」
「正しくは護送だな。レヴィがてめえ捕まえに来た監察の神官長を口説いてデートに誘ったんだよ。そしたら彼女がオーケーして、市中引き回しをデートと言い張ったらしい」
「シズカちゃんやり手だお」
ビートが「ほほう」と言う顔つきで感心した。
「結局やつァ逃げてきてるんだけどな。護送中魔物に襲われて戦闘、あの馬鹿犬は首輪が外れたとたんトンズラって話」
俺は肩を竦めた。
「それシズカちゃんが監察のトップじゃなくても指名手配確定コースじゃない?」
ビートの眉間の皺が深くなる。
「あいつァ今日そんな状態でサフィアの教会に顔出して、優雅に紅茶すすって『カフェの紅茶よりクオリティ高い』と上機嫌だった。遊び人ってなァホント凄い馬鹿だよね」
人生の奈落に向かって全力で転げ落ちていける奴はそうそう居ない。大したもんだといつも感心している。
「じゃあ、今シズカちゃんと再開したのは――」
「通報したなァ十中八九サフィんだろ。彼真面目だし」
彼はサフィアん聖職者。これも叙事詩から引用。
「うーん……」
腕を組んでビートが唸る。
「ちょっと真面目に対策考えたほうが良さそうだねえ」
「レヴィが持ち込む火種で火傷したくねえなら、その方がいいな」
露店通りの雑踏でなんだが、とりあえずここ二日の経緯は会長に伝わった。
あとはこの二人が考えそうなこと、言いそうな事に当りをつけておいて、すぐ対応できるようあの手この手を用意しときゃいい。
それで俺のライフスタイルは守られる。
「どうせあの犬のこった、今日も尻尾まいて逃げ帰って来んだろうからよ。明日ロビーでその辺り話し合おうや」
「厄介だなあ……」
ビートが溜息まじりに呟いた。
「なーに言ってんの」
アヤが片目を瞑ってビートを見上げた。
「会員のレヴィさんが大変だって言うなら、それをなんとかするのが会長副会長であるアタシたちの務めじゃない。ピンチはチャンスでもあるのよ? これが飛躍の第一歩!」
「本音は?」
ビートが聞く。
「なんか儲け話にならないかな? 最悪レヴィさんを売り渡すとか、賞金せびるとかさ!」
アヤが灼眼を輝かせて言った。
さすがピン子だ。金に汚い。
んなやり取りを二人がする中で、俺は雑踏の気配に違和感を感じて露天通りの先に目を向けた。
「……あん?」
「どしたの?」
アヤが俺の様子に気付いて首を捻る。
妙な気配がしやがる――
『魔物だ、魔物がでたぞぉッ!!』
『うわぁぁあああああ!』
雑踏から悲鳴が上がり、露店通りにひしめき合っていた人ごみが一斉にパニックを引き起こした。
『ゴァァァァァァッ!!』
『ガァァァァァァッ!!』
聞き覚えのあるがなり声、露店の先に上半身をもろび出した馬鹿でかい体、遠目にも分かる赤焼けた皮膚、額に盛り上がった角――
ついこないだ行きつけバーを潰した魔物、鬼人がのっしのっしと露天通りを闊歩している。
「あれオーガじゃねえ?」
「オーガだねえ」
「お買い物かしら……」
アヤがきっちり話を下げた。
横に目をやると露店商人が呆然となっていた。
白昼堂々魔物出現じゃ無理もねえ。
「ほらァ、ちゃんと対応しとかねえから。次から『身長三メートル以上の方はご遠慮下さい』って看板立てとけ。な?」
『そ、そうします……』
和ませようと思って言ってやった冗談なのに、追い込まれた人間ってな素直なもんだ。
『グァァァァァァッ!!』
『ガァァァァァァッ!!』
オーガの数がどんどん増え、群れとなって露天の物品を蹴散らし始める。
俺たち三人は特に焦ることもなく、ぼーっとオーガの凶行を眺めていた。
「うーん……めぼしい冒険者がいないみたいだねえ」
ビートが羽付き帽子に手を当てて言う。
大体こういう騒動が起こると、魔物討伐の褒賞に飢えた冒険者が「ひゃっはー! お肉だァ!」ってな感じで襲いかかったりするもんだが、誰一人立ち向かおうとする人間がいない。
通報を受けた騎士が到着するのに十分はかかるだろう。
「行ったほうがいいか?」
俺はやる気無くビートに聞いた。
オーガはこの間戦ったばかりで、正直なところ気乗りがしない。
「俺の方は今日、大きいのを持ってなくてねえ」
ビートはいつも大斧を得物としてぶん回しているが、どうも今日は持ち歩いてねえようだ。
まァ、デートに持ち歩くもんでもねえ。
「しゃーねえなァ……ちょっくら都の治安回復に貢献してくるかィ」
俺は左右のポケットに手を突っ込んで、逃げまどう人をヒョイヒョイ交わしながら前に出た。
人があらかた逃げ切った前線で、オーガが露天を破壊して商品をぶちまけている。
「おーおー派手に散らかしちゃってまァ」
俺は猫背に体をかがませてオーガを見上げた。
ただ闘うんじゃ張り合いがねえ、「ポケットから手を出さない」と自分ルールを定めてみる。
『グォアアアッ!』
俺に気づいた一匹が拳を振り上げた。
「へッ――」
打ち下ろしのストレートを躱して懐に入り、オーガの膝を踏み台に跳ぶ。
「ほいッ」
――ガッ!
顎を跳ね上げる飛び膝、そのまま風を制御して縦の胴回し蹴りに繋げる。
「さッ!」
――ゴボッ!
踵がオーガの脳天を直撃し、首が体にめり込んだ。
「カルシュウムが足りてね――うぉッ!?」
風に乗ってゆっくり重力に引かれていた俺に、別のオーガがら巻き込み型のロングフックを振った。
宙で後方宙返りをして回避――
俺の着地と同時に襲いかかってくる三体のオーガ、
考える間もなく足が勝手にステップを刻む。
「おっほほーッ!?」
繰り出される三つの拳をかいくぐり、俺は一番奥のオーガの前に立った。
「ちょいッ!」
――ドキュッ!
ステップの勢いのまま縦回転のローキック、
派手な骨折音が辺りに響き渡った。
『グヤァア――』
「やかましい」
膝を突いて悶えるオーガの顔面に、そのまま体を回してソバットを叩き込む。
間髪入れずに左右から降り注ぐオーガの拳、
交差した二体のオーガの腕を踏み台に飛んで、俺はそれぞれの顔面に向かって足を大きく開脚した。
「せッ!」
――ゴッ、ガッ!
左右の足が二体のオーガの顎を砕き、折れた牙が石畳に転がった。
「……ふッ、見たかウィル様の猫キックを」
俺は着地と同時にニヒルに笑い、足を内股に擦り寄せた。
ご開帳しすぎて股間節のスジが痛てえ。
『ガァァアアアアッ!』
『ゴォアアアアアッ!』
仲間意識があるんだかないだか、残ったオーガが一斉に咆哮を上げる。
「騒ぐな騒ぐな」
俺はポケットに手を突っ込んだまま笑った。
「吼えるばっかで芸がねえ。もっと工夫して来い工夫して――」
ステップを刻みながらの科白の途中、後頭部の辺りに何かが飛んできた。
――ゴッ!
「ぎゃはおッ!?」
脳天直撃の衝撃に目ん玉が飛び出したかと思った。
頭を抱えてうずくまると、目の前の石畳にイガイガした形の果物が転がっている。
イガイガといっても刺があるわけじゃねえ表面がボコボコしてるだけだ。
「おっかしいわねえ……」
鼻に掛かった"ほにゃほにゃ"声が背後で聞こえる。
「ピン子てめえ……!」
「誰のことかしら」
犯人はヤツだ。
すぐ横にイガイガの果物がテンコ盛りになった籠があるし。
『ガァァァァァアアッ!』
「――おおっとォ!?」
前から振り下ろされた拳を後方宙返りで回避、
――ドゴォッ!
立っていた場所の石畳が陥没してクレーター化した。
体がデカいだけあって攻撃力だけは馬鹿に高い。
「ふにゅおぅッ!」
気の抜けるようなアヤの気合が響き、
――ドボォッ!
魔力を帯びたイガイガの果物がオーガの腹にめり込んだ。
案外効いた様子でオーガがニ〜三歩後ろによろめく。
「っかしいわねえ……急所を狙ってゥつもィなのに……はぁッ……はぁッ……」
魔力をみなぎらせるアヤの顔が赤い。
目がとろんとして息も荒い。
やだあの子、自分の魔力でエスカレーションしようとしてる――
「アヤ、お前さんにゃまだ早え! ここは退くんだ!」
リディアの風紀を規制するナントカ条例の為に。
「もうちょっとで、コントォーゥ……定まィ、そうなんやけど……」
もう普通の部分ですら呂律が回ってない。
――ドボッ、ドボッ、ドボォ!
アヤが目まぐるしくピッチングをし、オーガの一体を後退させた。
投げてるもんが果物の割にゃ見上げた威力だった。
「なぁぁぁぁあんで……!? なぁんで急所に、あたらへんのぉぉぉぉ……!?」
パッと見十五〜六以下アヤが、眉間に皺を寄せてクタクタになりながら虚ろに叫ぶ。
呂律どころか口調がおかしいし、目の焦点もあってない。
口から涎が出とる。
『お嬢、膝や。コントロールが定まらへんのは膝やないか?』
アヤの隣で、片膝立てて果物を構えた中年がメガネを押し上げながら言った。
誰だこいつ。
「ひざァ……?」
自分の魔力でうっとり顔のアヤが、隣のメガネの男に目を向ける。
『せや、お嬢のフォームはスタンスを広くとって強烈に軸足を踏みしめる。球に体重の乗せたええ直球や。せやけど後ろに残した蹴り足に芯がない。だぶだぶのスカートでよう分からんけど、蹴り足の膝ガクガク言わしとるんちゃうか?』
「おぉ……地面についたりつかなかったりしとった……」
アヤがドシンと足を開いてフォーム確認する。
『それや。蹴り足で生んだ力を軸足に体重移動する、そんとき蹴り足がガクガク言うとったらバランスなんか取られへん。コントロールが定まらんのはそのせいや。蹴り足意識残して、もっぺん投げてみぃ』
メガネの中年がヒョイっとアヤに果物を渡す。
だから、誰だよお前――
「前足はそのままで……後ろの足もしっかり伸ばす……」
アヤがうわ言のようにブツブツ呟きながら、しっかしフォーム確認をする。
イントネーションが既にいつもの喋りと違う。
『ウガァアアアアアアッ!』
アヤに果物をぶつけられたオーガが、俺からアヤに標的を変えた。
「にゅぅおおおお――」
俺の類まれなる猫的能力を誇る眼、通称"ニャ眼"が吼えるアヤの一連の動きを捉えた。
蹴り足激しく、軸足をドカンと地面に突き立て、柔らかな上体からしなる腕へと力が伝達、二本揃えた人差し指と中指がイガイガでボコボコの果物に強烈なバックスピンを加え――
「りゃぁああああッ!」
――ドバァンッ!
腹に響く音と共にオーガが派手にブッ飛んだ。
イガイガのボコボコがオーガの股間にクリティカルヒットして、粉みじんに弾けた瞬間を俺のニャ眼は見逃さなかった。
『……ッ! ……ッ!』
オーガが股間を押さえて地面を転がり、最後はうつぶせになってビクビクと体を震わせた。
そら魔物でもそうなるわ。
『ええでぇ、お嬢! それや! それがニヴァーナの守護神の剛球『熱える直球』や!』
「はぁッ……はぁッ……おっちゃん、おっちゃんもウチとおんなじ、ニヴァーナ商人か……?」
ハァハァするアヤが、メガネの中年を見る。
『こない訛っとるリディア商人が何処におんねん。ワイは一目見てわかったで? お嬢の体は血が燃えとる。ニヴァーナ商人が持つ商人魂が、お嬢の血を熱く滾らせとんのや』
中年がメガネをキラリと輝かせて笑った。
ニヴァーナはリディアの遥か西にある交易で発展した商業都市だ。
規模はリディアとトントンだが、商業に関しては断然ニヴァーナの方が上だろう。
アヤは国籍のない冒険者だが、死んだ父親がニヴァーナ商人を自称していたとかなんとか。
「ふッ……会得したわ! アタシの必殺――ブェイズ・ボーゥ!」
アヤが拳を握りしめてガッツポーズをとった。
必殺技なのに言えてねえ。
『まだや、まだまだ完成には程遠いでお嬢! ホンマもんはあないに沈まん、もっと浮き上がるような球になる。忘れんウチにどんどんいったれィ!』
「おおっしゃッ! まだまだいくでぇおっちゃん!」
砕けた果実の甘ったるい香りの中で、アヤがさらに魔力を漲らせた。
フォームの欠陥以前に両足の膝がガクガクしている。
「んぁああああああああッ!」
――ドバァンッ!
鼻にかかった雄々しい声を挙げながら、うっとり加減でオーガをノックアウトしていくアヤの活躍に、いつしか周りに人だかりができ始めていた。
『戦後五十年、今のエルグラドでこないにハングリーな商人はそうそうおらん……この娘なら、西大陸リーグ一位までしか行かれへんかったワイの夢叶えてくれる――』
眼鏡の中年がごちゃごちゃよく分からねえことを並べ立てる。
なんのリーグだよ。
「にゅぉおおおおおおおりゃッ!」
――ズバァンッ!
俺は急所で果実を弾けさせるという不幸に見舞われるオーガ達に同情の目を向けながら、経緯を見守るビートのところまで下がった。
「彼女、何か掴んだって」
「うーん……」
ビートが腕を組んで難しい顔をしていた。
「あの体で大したもんなんじゃねえの? 投げるもん吟味すりゃ、コイン一発よりは威力でるだろ」
つっても実戦レベルにゃ程遠い。
魔力の扱いも一球一球まちまちだし、ネタ技の域は出ないシロモンだ。
オーガもなかなか手強い魔物のうちに入るが、いかんせん頭が悪すぎる。
「んぁああああああんッ!」
アヤがピンクの髪を振り乱し、自分の魔力に悶えながら腕を振る。
「アヤはスタミナに難があるからねえ。少し鍛えないと」
ビートが腕を組んでのんびりと言った。
「ほーん……」
俺は猫手にした左手で顎の下を掻いた。
無表情ながらもビートの燻し銀の眼が妖しく輝いている。
何をどう鍛えるつもりなんだか――




