光
青年は森を歩いていた。
この先にある町に向かうためであるが、この森は木々が深く生い茂っており、太陽の光が射さない。
不気味な感じがする、ということで、青年は早足で向かっていたわけだが、道しるべの文字すら見ることができず、もう3日も歩き回っていた。
ようやく町の門が見えたとき、もう夜になってしまっていた。
こんな時間によそ者が町を訪ねることは、本来なら非常識なことである。しかし、目的を達成するために青年は町を訪ねることにした。
門を開けると、そこは真っ暗だった。
あの太陽も射さない森よりも、だ。
町の中だというのに、街灯の一つもなく、というか、街灯があることすらも確認できない。
ここは本当に町で、家々が立ち並んでいるのだろうか。そんな錯覚も覚えさせるほど、この町は異常だった。
ようやく慣れてきた目をこすり、何とかやはりここは目的の町なのだという確信を得た。
よく見ると、空に届くほど高い壁が、町を囲んでいる。あれが光を遮っているのだろう。
「…なんだ?このあまりに暗い町は…」
青年はつぶやいた。目が慣れたといっても、暗闇に違いはない。
そんな青年のつぶやきを聞きつけたのか、男が一人歩み寄ってきた。とはいえ、男の顔も見えないし、歩いてきた、というのも音でそう判断しただけなのだが。
「あんた、旅の人だね? この国の人はそんなこと言わないもんなあ」
「ええ。僕は各地のいいところや歴史を調べたく、旅をしています…が、この町はどうしたというんですか?こんなに真っ暗な町を、僕は見たことがありません。」
「そりゃそうだろうな。俺たちだってこれが一般的だなんて思っちゃいないさ。けれど、それこそあんたの目的の歴史があるわけだ。その歴史の結果、この町は暗い町になったんだよ」
男は続けて、この町の歴史について語りだした。
「この町は、ネオンや電化製品が発達していて、とても明るい町だった。とはいえ、もう20年も前のことさ。俺だって物心ついてなかったんじゃねえかな。町の奴らは夜遅くまで遊び、電気をたらふく使った。ここまではよかったさ。」
「そうですね、発達している町は、おのずと心が豊かになってくるものですから。」
「でも、俺たちは気づいていなかったのさ。電気は永遠に続くものではないということを。何にでも限りがあるということを、さ。」
男は悲しみを帯びた目をしながらそう言った。
「…電気がなくなったのですか?」
「そうさ。俺も専門ではないからな。どんな発電方法をしていたかは定かじゃないが…何かしらの燃料が付きて、カービンが空回りしてしまったと。もう町中パニックだったよ。発電所は壊滅。勤務していた人間のほとんどが死んださ。」
「…それは、酷い事故だったのですね…」
「ああ。そこで当時の町長は、この町での一切の電気の使用を禁じた。もう2度とあんな大惨事を起こさないために。」
「…なるほど。お話はよくわかりました。しかし、電気の使用を禁じただけならば、蝋燭やランプの使用は禁じられていないのではないですか?それならば、ここまで真っ暗にする必要もないのでは?」
「…その疑問はもっともだと思うさ。俺だって、いやこの町の奴は皆思ったことあるんじゃねえかな。でも、凄惨な事件から遠ざかりたいと思うのは、人間の摂理じゃないかい?」
「… おっしゃることは理解できます。」
「ま、俺らもこのくらい生活に慣れたよ。今では手すりなしで町中歩き回れる。」
男は説明したいことは全て説明したようで、立ち去ろうとした。が、青年はそれを阻む。
「あの、すみません。」
「ん?」
「あの、この町から外へ出られることはあるのですか?」
「ああ…そういやないな。夜だけなら森へ行くこともあるんだが… あ、昼間だとわずかな光も入れるな、ということで門は閉まってるからな。あんたも夜についてよかったんじゃねえの?」
「そうですか…ありがとうございます。」
「あ!」
男が大声を出した。何か言い残したことでもあるのだろうか。
「そういえばちょうど先週、この町の若者が文化交流会があるということで外に出て行ったぜ。もっとも、まだ帰ってきちゃあいないがな。」
「……」
「話はそれだけだな?じゃあこの町を楽しんでいてくれ。」
男は今度こそ立ち去ろうとするが、青年がまたも引き止める。
「待ってください。」
「? なんだよ、まだ何かあるのか?」
「この本を、差し上げます。雑誌なのですが、ある事故の記事が載っています。この町の皆さんに読んでいただきたいと思います。」
「はは、旅の人、面白いことを言うなあ。こんな暗がりで本や雑誌が読めるわけないだろ? 俺たちはもう何年も本の類を読んではいないんだ。」
「…… 僕は町の内情に口を出すつもりはありません、が、この記事は読んでもらいたい…そう思います。」
「? まあ意味は分からないが受け取っておこう。この先電気が解禁になったら読ませてもらうとするさ。」
「……」
青年が町を出た後、一人の男が町に入った。
男は目を押さえ、苦しんでいるようにも見える。
どうしたことかと町の重役が出てきて、その男の顔を確認した。
その男は、交流会に出たはずの若者であった。
「お前、昨日出たはずだろう。なぜまだここにいるんだ。どこか具合でも悪いのか?」
そう町長が尋ねると、男は呻きながらもなんとか答えた。
「い、痛い!目が痛いんだ! 町に戻りたくても真っ暗で何も見えなかった!どうしたんだ!?俺の目は。ずっと、ずっと目の前が真っ暗だ!!」
少しの沈黙ののち、騒ぎを聞きつけ集まった群衆は大笑いした。町長も笑っている。
「な、何が面白い!! 真っ暗だ! 何も見えないんだ!!」
町長はバカにしたような笑いを崩さず、こう答えた。
「当たり前じゃないか。ここは真っ暗な町なんだから。」
笑っている群衆の中には、青年と話した男もいた。
青年にもらった「鉱山事故の恐怖」の雑誌をもったまま。
青年が町を出てしばらくして。
行列が自分の方へ向かってきていることに気が付いた。
20人はいるだろうか。これから何かなさんとする覚悟の顔は、戦争でも起こすのか、と思わせるほどである。
距離が近づくにつれ、集団も青年に気が付いたようで、それぞれが目を見合わせている。
青年は自らに敵意がないことを示すため、両手を振った。
それを見た集団は安心した顔をし、歩みを進める。
「あんた、あの町の人間ではないみたいだな」
「そうですが、よくわかりましたね」
「あの町の人間はめったなことでは城壁の外には出ない。イカれたやつらさ」
どうやら戦争、という考えも的を得ていたか、と青年は思った。彼らはあの真っ暗な国に対して並々ならぬ敵意を抱いているようだからだ。
「みなさん、あの町に行かれるのですか?」
「ああ。俺たちはあの町の西にある町の青年団だ。今日という今日はやってやるんだ! 俺たちをなめてるとどうなるか思い知らせてやる!」
「あの町になにか原因が?」
「おおありさ。俺たちの町は農業で自給自足の生活をしている。それなのに、あいつらが20年前にあの馬鹿高い城壁をつくった!太陽の光が入ってこなくなってから、不作だ!!」
男たちはもう限界ならないようだ。
確かにあの高い壁は、近隣の町々にとっては迷惑以外の何物でもないだろう。
「どうだった旅人さん?あの町は。 無駄にキラキラしていて、目がチカチカしただろ」
先ほどとは別の男が青年に問うた。
「…え?」
「あの町は昔からああなんだ!電気だらけで明るすぎる、いや、電気の一人占めさ!20年前に壁ができたとき、おかしくなったと思ったんだ!きっと太陽を独り占めして、電気を発電しようとしているに違いない!」
男たちは息をまいて憤慨しているが、青年は何と声をかけていいのか迷った。なぜなら彼らは勘違いをしているからである。
「あの…」
「それで、今からあの壁をぶっ壊しに行くんだ! この森も、もともと木が多すぎるから手分けして伐採しているところだ!これでようやく光が入ってくるぞ!」
「すみません…」
「お?勘違いしないでほしいな旅人さん! 俺たちが横暴な行為をしようとしていると考えているんだろう!?違うぞそれは! 俺たちは何度もあの町に赴いた。しかし奴らは一度たりとも入れてくれなかった!話ができないならと手紙も出したが、何の反応もなかった!この十数年、俺たちはもう限界なんだよ!」
男たちの苦悩はわかる青年は、何も言えなかった。
そうして青年団を見送った青年は、ひとことポツリと呟いた。
「…内情には干渉しない、か…」
いやあ、終わりましたねえ…いろいろ。