五話 当日
僕は目の前の状況を整理していた。
僕を囲むのは青い体色と、二本の角を生やした男たち。それはまるで二本の昔話なんかで出てくる、「鬼」と同じ姿をしていた。
僕はゆるく腰の刀の柄に手を添えた。
この程度の鬼では僕には太刀打ちはできないだろうけれど、少しの気の緩みで命は消え去るものだ。
あの兄貴のように。
刀に向けていた目を前にむけ、もう一度状況を確認する。
そこそこ広い山道、その山肌側に僕は追い詰められていた。状況はひどい。僕対十数名の大人のようなものだ。
しかし、全く怖くはなかった。刀に力を込める。
「爆ぜろ」
下級魔法。「ボム」。基本中の基本の魔法。しかし、あくまで僕はそれを使う。頭の中で構築することによって、魔法陣などの過程をすべてすっ飛ばして、一言で詠唱する。
爆発させる先は、目についた一人の鬼の真下の地面。鬼が吹き飛ぶ。
動揺した鬼を、そのまままとめてたたっ斬る。
上を向くと鬼が飛びかかってきていたが、これも斬る。
「これで全部かな……」
僕の周りには、屍の山ができていた。
「なんか今日やたら数が多かったな……」
いつもなら十数匹というところだが、今日はかなり数がいた気がした。
「まあ、いっか、今までどおり」
刀を、腰に収めた。
その時だった。
――ザシュッ
僕が殺気を感じ避ける。
僕の真横を何かが通り過ぎ、そのまま後ろの木にそれがぶつかり、木が倒れる。
「……だれだ」
見たところ切断系の魔法だろうか。
ついに、この鬼どもを創りだしたやつなのか、
兄貴を殺したやつなのか。
しかし、予想とは反し、出てきた男はそのいずれにも当てはまらなかった。
「宮地博臣……」
転校した時、俺が一番早く声を掛けた人物でもある。
「おまえ……なにものだ?」
あれは明らかに魔法だ。切断された木にはなんのあとも残っておらず、物理的に切断したものとはとてもじゃないけど思えない。超能力なんてものを扱える人間でもない限り、あんな超常現象なんて起きない。
「うっせえよ……よくも……」
彼はそう言うと、右手にあるナイフを俺に向けた。
「はいはーい!私抜きで話、始めないでねー」
突然そんな声が聞こえたかと思うと、彼の真後ろからどこからともなく女が出てきた。
あれは、あの男にいつもひっついてる女じゃないのか……
「塔子、しかしあれは……」
「博臣がご立腹なのはわかるけど、見てよ! 今さっきの超常現象! すごいよ! 地面が爆ぜたよ!」
「いや……重要なのはそこじゃあないだろ……」
「いやいや! あれは物理法則を無視しているよ! やばいよ! 私が使えないのが悲しくてたまらない!」
「別にお前使えなくても問題ないだろ……」
「ええい、お前らは何者なんだ!」
僕がしびれを切らして、あいつらに炎極大魔法を放つ。
炎が奴らを包む。どっちにしろ見られてしまった時点で、僕はこいつらをこすしか無いのだ。それが速いか遅いかの違いしか無い。
「最近村で超常現象が起きてるって言われててな」
「なにっ」
オレンジ色の光が消え、あろうことか無傷のアイツらが出てきた。
「朝塀がいきなり壊れていたり、盆栽が割れてたり、納屋が土砂崩れでぺしゃんこだったり」
「それ全部、博臣んちの話しじゃん」
「うるさい塔子」
「ごめん! でも博臣、納屋程度で」
「うるさい」
「……ごめんなさい」
「で、原因のお前を探していたわけだ」
「なっ、何で僕が」
わけがわからない。むしろ、鬼を退治してあげているんだから感謝して欲しいぐらいだ。
「30日前。これが、お前の初確認。朝麓にあったヨネさんの畑が土の下敷きに。22日前。次は田中さんとこの畑がたくさんの穴だらけに、爆発したような後を何箇所か確認――」
「ちょっと待ってよ! それは化物を退治するのに必要なことだったんだ!」
おかしいよねこの状況!
「うるせえんだよ……食べ物の恨み……思い知れ」
さっきと同じように何かが飛んでくる。僕はそれをまた間一髪で避ける。
「くっ!」
こうなったらアイツを殺すしか無い。そうだ……殺してしまえば全て解決する……
「ボム」
博臣の真下の地面が爆発する。しかし、そこで不可解なことが起こった。
「よっと」
博臣は吹っ飛んだが、飛んでいる合間に博臣の落下地点に魔法陣が現れたかと思うと、博臣はその上にポスンと着地した。
「クソッ」
今度もおそらく同じ手で避けられてしまうと思った。ボムが効かないとなるとだいたい手は限られる。僕は真後ろに氷の槍を数本作り博臣に向け魔法で飛ばす。
「効かねえっつうの」
博臣が左手を前に構えると同時にその手のひらから魔法陣が飛び出し、槍は全てその魔法陣に阻まれた。
「きゃー! カッコいー!」
「塔子うるさい」
「……」
……そうか……どうせあの女も殺すんなら……
「血しぶきをあげ跡形もなく消えろ!」
「へ?」
「何っ!」
同じ攻撃をあの女にもする。違うのはその槍の本数。十数本の槍がその女に迫る。
「塔子っ!」
あの男が左手を前に向けるがもう遅い。
その女の腹に槍が全て突き刺さる。
「うっ!」
その女が血しぶきを上げながら後ろに飛ばされる。
「さて……僕と君だけだよ……」
あれ?奴の姿が見えない
――ドカッ
そんな鈍い音とともに、僕はそのままグーパンチを食らった。
「うーん……」
「だ、大丈夫か……」
「……? 私、刺されてなかったっけ?」
「……気のせいだ」
「?」
薄れ行く意識の中でそんな会話を聞いた気がする。