桃色の委託
俺が生徒会室を訪れてから
丸一日経って、今は翌日の放課後。
俺は再び生徒会室のドアの前で
屹立している。
しかし今の俺は
24時間前の俺とは少し違う。
昨日…
全裸の明浄と遭遇し、さらには奴の気分で
門前払いにされた俺は途方に暮れていた。
役員が明浄しかいない以上、
あいつの一存で不採用にされるのは
俺にはどうしようもない。
そこで俺は、
生徒会運営規則や校則といった
生徒会関連法を見直した。
そうする内に俺はある事に気が付き、
それをもとにある策を練った。
そう、練ったは練ったのだが……
あまり自信はない。
かなり運任せの策だ。
だがまあ、
俺は何としても生徒会役員に
ならなければならない。
「やるしかねえな」
俺は覚悟を決めた。
大きく息を吸い込み、吐き出す。
「よしっ」
自分の頬をパンと叩いて
気合いを入れる。
そして俺は威勢良くドアノブを掴み
手首を捻ってノブを回す。
ガチャリという音と同時に
勢い良くドアを押し開ける。
ドアは開放され、
目の前には昨日と同じ生徒会室。
同じ生徒会室。
同じ……
いや、全然違うぞこれは。
ドアの正面、長机の向こう側には
昨日はカーテンで閉ざされていた大きい窓。
今はカーテンが掛けられておらず、
外の景色も露わになっている。
壁一面の大窓から覗くのは
校舎に囲まれた中庭だ。
その光景のあまりの凄さを目の当たりにし、
俺はドア前で立ち尽くしてしまった。
ちょっとした公園ほどの広さのそれは
レンガ風のタイルで
一面綺麗に舗装されている。
そして中央には
中世ヨーロッパのお屋敷を思わせる
豪奢な純白の噴水が鎮座している。
優雅に水を噴き上げ、飛沫を散らす
その様は流麗と言って過言ではない。
これだけではない。
その噴水を取り囲むように
円形の花壇が設置されている。
土を覆い隠すように
色とりどりの花々が花壇いっぱいに並ぶ。
俺は花の名前など殆どわからないが、
そんな知識は不要だとばかりに
花壇の花々は自身の鮮やかな身体を
俺に見せ付ける。
花を見て感動を覚えるのは
俺の人生で初めての経験だ。
さすがは
受験生用パンフレットの表紙を飾る
ファーツ・シーヴァ学園自慢の中庭だ。
俺も入学前の学園見学の時に
一度中庭に入ったことはあったが、
生徒会室の大窓から眺めるのはまた格別だ。
気軽にセレブ気分を味わえる。
この景色を一望できるのは
校舎の立地構造から考えて、
この生徒会室だけだろう。
明浄の奴、
こんな素晴らしい景色を独り占めとは。
ずっと中庭を眺めていたいが、
そういう訳にもいかない。
今日は役員の件でここに来たのだ。
俺はなくなく中庭から視線をはずして、
生徒会室の敷居を跨ぐ。
入室して、俺は話を切り出す。
「明浄、昨日の話の続きなんだが
俺なりに色々考え……」
と、その時。
明浄が鎮座しているであろう会長席に
視線を向けようとして
俺はふと自分の足元に目が止まった。
セーラー服とスカートが
床に転がっている。
学園指定の女子制服が
ドア前からは死角になっていた位置に
雑然と脱ぎ捨てられているのだ。
そのすぐ横には女性が着用するであろう
下着が上下共に転がっている。
いわゆるブラジャー&パンティーである。
純白のそれらには
レースの刺繍があしらわれ、
いかにも値が張りそうな一品である。
そう、俺は自分の策のことばかりに
頭を働かせていて
うっかり失念していたのだ。
奴の特殊性癖を…
「なんだ早速来たのか。しかしまったくお前という奴はこれ以上ないタイミングに訪問してきてくれるものだな。つい先程全ての衣類を脱ぎ終えたところだ。あと数分早く来られていたら服を着ているところだったぞ。あんな訳のわからない布きれは早いとこ捨て去ってしまうに限るな」
会長席に腰掛けながらご高説を垂れる
この女子生徒はもちろん、
生徒会長であるところの明浄冷夏である。
相変わらず一糸も纏わずに
およそ日本で生まれ育ったとは思えない
発言をしている。
いやこいつが本当に日本で
生まれ育ったかは知らないが。
「お前の価値観は裸族と同じなのか」
「私を裸族のような生温い連中と同列に並べてもらっては困るな。奴らは大事なところを葉っぱで隠してしまっているだろう。まったく奴らには露出狂としての自覚はないのか」
「裸族の方々は露出狂じゃねえ!あれはれっきとした文化なんだよ。いいか、ここは日本だ。自分の裸を他人に見せつけるやつは
公権力によって連行されるシステムを採用しているぞ」
「そんなことは承知している。だからこうして生徒会室の中だけでしか全裸を披露できないのではないか。まったく露出狂には生きにくい世の中だ。まあこれも仕方のないことなのかもしれんな。露出が許される時代はもう終わりを告げてしまったのだから……」
「全裸で出歩くのが許された時代なんて
近代日本の歴史にはには存在しねぇよ!」
全裸を披露する自由が保障されない
現代の世を嘆く女子高生の姿が
そこにはあった。
なんとそいつは生徒会長である。
「そうだそれが問題なのだ。というのも私は以前から日本人の露出に対する倫理観について異議を唱えたいと感じていたのだ。
どうだろう、この際じっくりと『露出者保護法』の本格的な整備に向けて私と熱い議論を交わさないか?」
「露出狂が保護される時代なんて未来永劫訪れねえよ!アホなこと言ってねえで
さっさと服を着ろ!」
だいたい何だよ露出者保護法って。
「むう、生きにくい世の中だな」
言いながら明浄は着衣を開始した。
衣擦れ音を響かせ、
俺の背後で明浄は服を着ていく。
それにしても驚いた。
明浄が全裸だったのもそうだが、
奴は全裸で起立しているにも関わらず
本当に大事な部分は隠し通していた。
露出狂としての
最低限の配慮だろうか。
『そろそろ下着は装着し終えたかな』なんて
俺がうっかり妄想していると、
後ろから質問が飛んできた。
「そういえばお前の名前を聞いていなかったな一般生徒よ。何年何組の誰なのだ?」
明浄が俺の身分を尋ねてきた。
そういえばまだ自己紹介すらしていなかった。まあ全裸に次ぐ全裸でそれどころではなかったのだが。
「1年1組の城山悠一だ」
「城山か…ふむ、覚えておいてやろう」
そういえば俺の方も
明浄ことは名前以外は何も知らない。
このタイミングで聞いておこう。
「お前の方は何年何組なんだ?」
ここで俺ははっとした。
もしやこいつは先輩なのでは?
いや普通に考えて先輩だ。
まだ入学ほやほやの1年生が
生徒会長になれるはずがない。
初対面があれだったので
成り行きでタメ口を
きいてしまっていたな……。
俺は今更ながら少し後悔する。
先輩に対して失礼なことをしてしまった。
「私は1年1組だ」
「なんだ同じクラスだったのか。
それならそうと早く言えよー」
「うむ、すまなかったな」
「まったくよー、お前みたいな奴が
同じクラスにいたのに全く気付かなかった
なんて俺もどうかしてるなあ……
っていやいやいや!違うだろ俺!」
自分で自分にツッコみつつ、
俺は驚きのあまり明浄の方に
振り向いてしまっていた。
しかし幸い明浄は着衣を終えていた。
「なんだどうした。情緒不安定なのか?」
「誰が情緒不安定だ。いやいやそれより…
質問したいことが結構かあるんだが」
そうだ、俺の脳内では
疑問のハリケーンが巻き起こっている。
俺は出来るだけ落ち着いて
順序立てて質問しようとする。
「まず一つ、お前が1組の生徒って
どういうことだよ。
お前みたいなやつがいたら
気が付かないはずがないだろう」
「お前が教室で私を見かけないのは
至極当然のことだぞ城山よ。
なぜならこの学園に入学して以来
私はこの生徒会室以外の部屋には
立ち入ったことがないからな」
「……はい?」
思わずアホな返しをしてしまった。
入学して間もないとは言え、学校生活を送る上で一つの部屋しか使わないというのは事実上不可能だろ。その唯一使用する部屋が生徒会室というなら尚更である。
「まあつまりだ、私は手続上仕方なく
1年1組に籍を置いてはいるが
生徒会室に来れば普通に出席したのと
同じ扱いになるのだ」
「いや訳がわからん」
「まだわからんのか。まあ一言で言えば私は
学園でただ1人『生徒会室登校』を許可されている特別待遇者なのだ。私は人嫌いなのでな」
生徒会室登校。
保健室登校ならまだわかるが…
生徒会室登校というのは些か特別待遇が過ぎるのではないだろうか。
「何でそんな無茶が通るんだよ。というかなぜ生徒会室を選んだ?」
人付き合いが苦手という理由で別教室に登校するというのなら、生徒会室ではなく保健室でもいいはずである。
「簡単なこと。私は人嫌いであると同時に生徒会長にもなりたかった。だから登校教室に生徒会室を指定したのだ。この学園の理事長も私の熱意に感銘を受けたらしく、最後には快諾してくれたぞ」
「理事長に直談判したのか…」
いったいお前はどこのお偉いさんだ。
まあ親がすごい資産家とか社長とか、
そんなところのなのだろうが…
それにしても…
「人付き合いが苦手で本来は保健室登校をするはずなんだけど、私は生徒会長になりたいので、どうせなら生徒会室登校をさせて」
なんて我儘が通るなんてな。
金持ちの道楽みたいなもんなんだろうが
いったいいくら金を積んだのだろう。
まあそこはいくら想像しても仕方ないな。
「まあそういう訳で私はこの素晴らしい生活を手に入れたのだ。めでたしめでたし」
「まあかなり疑問は残るが一応は
納得してやるよ」
これ以上謎を解き明かしても
格差社会を実感するだけである。
「それにしても明浄、
この生徒会室でのスクールライフは
そんなにも素晴らしいのか?」
「もちろんだ城山。ここは世界一素晴らしい場所だぞ。ずっと1人でいられるし、さらに誰もこの部屋には入って来ないし、何より誰とも話をしなくて済むからな」
「見事なまでの社会不適合者だな」
極度の人嫌いっぷりだ。
しかしこれは…
俺にとってかなり都合がいいな。
ここで俺は自らの策を決行することにした。
「じゃあ明浄、お前どうするつもりだ?このままじゃこの生活…脆くも崩れ去るんじゃないか?」
「なっ……何を言っているのだ城山。この快適なスクールライフは私が卒業するまで決して途切れることはないぞ…」
「本当にそうか? 俺の計算ではあと5日で
終焉を迎えそうなんだが?」
「な、何のことよ。
適当なこと言わないでよね」
「焦りすぎてツンデレ化しているぞ」
「しまった!」
思わぬリアクションをしてしまった明浄は、ゴホンと咳払いをして体制を立て直す。
よし、いけそうだ。
「……それで城山よ、お前の言っていることの根拠は何なのだ、言ってみよ」
「ファーツ・シーヴァ学園規則第4条」
俺のこの一言に明浄は、驚きの表情を浮かべた後、ガクッと項垂れた。
勝負ありだ。
「やはり…そこに気付いていたか」
「ああ。
校則は生徒会運営規則に優先するってことがわかったらあとは簡単だったよ」
校則の第4条にはこう記されている。
『生徒会発足から40日以内に生徒会役員の全員が選任されない場合、生徒会は解散する』
明浄が入学と同時に生徒会長に就任
したのだとすれば、
生徒会発足日は入学式が開かれた
4月7日のはずだ。
そして今日は5月12日。
役員充足期限は5月18日の午前0時までだから
期限まであと約5日というわけだ。
つまり明浄はあと5日以内に
役員を集めなければいけないわけだな。
それが出来なければ生徒会は解散し、
新たな生徒会長の再選がされ、
その新会長が役員を揃えてしまえば
明浄はこの生徒会室を追放される。
極度の人嫌いである明浄からすれば、
これは死活問題だろう。
ここを利用しない手はない。
俺はついさっきまで
明浄がこんなピンチだとは知らなかった。
だから『役員探しお手伝いしますよー』と下手に出て、どうにかおこぼれで役員のポストをもらえたらラッキー、
ぐらいの予定だった。
だがこいつの様子からして、
役員候補の当てもないのだろう。
故に俺は強気の態度に出ることにした。
「お前やばいんじゃね?」
「そんなことはわかっている」
冷静に返答してはいるが
今こいつは生きるか死ぬかの瀬戸際であり
既にほぼ死にかけている。
「確か生徒会運営規則の規定では、
役員の選考は生徒会長の委託に
依らなければならないんだったよな?」
昨日、俺は校則と生徒会運営規則を
かなり読み込んだので
主要条文は頭に入っている。
「そうだ。私が委託しなければならない」
「でも…それが出来ないから
困り果てていると言う訳か」
「まあ……そうだな」
それもそのはず、この社会不適合者が
まともに委託なんてできるはずがないし、
何より人と接するのが嫌なのだろう。
「じゃあ何で昨日、
俺を門前払いにしたんだ。
志願者がやって来るなんて
またとないチャンスじゃないか」
そう、この点だけは
その理由がわからなかった。
いくら人嫌いとは言え、
既に後がない状況なのだ。
自ら誘いを掛けることなく
志願者の方から勝手に訪問して来るなんて
またとないチャンスだったろうに。
「……志願者の訪問は度々あったのだ。
城山、お前が来る前からな」
「は?じゃあ何で…」
その志願者たちを役員にしなかった?
そう俺が口にする前に
明浄が言葉をかぶせる。
「私は奴らに笑い者にされたのだ!」
明浄は俺に対して必死に訴える。
気のせいか、明浄の藍色の瞳は
涙で滲んでいるように見える。
「どういうことだよ」
俺は明浄に説明を求める。
まあ何があったのか
何となくわかる気がするけどな。
「私が生徒会長に就任して間もなく
五名の役員志願者が訪れた。男2女3の割合だ。聞けばそやつらは一組の生徒で、生徒会室に登校している私のことを何処からか聞き付けてやって来たそうだ」
俺より先に明浄の生徒会室登校を
知っていた奴らがいたのか。
しかも俺と同じ一組の連中とは。
俺の関心をよそに
明浄は泣きそうになりながら
回想を続ける。
「奴らは言った。
『1人で淋しくないの?』
『私達が役員になってあげようか』と。
役員をどう集めるか頭を悩ませていた私に
とって、それは正に神の救いだったのだ」
神の救いとはまた大袈裟だな。
まあ明浄は生徒会長に就任した当初から
役員のことで苦悩していたわけだ。
「先程話した通り、役員の選任には形式上どうしても生徒会長、つまり私の委託が必須条件になる。その時は時間がなかったから、委託は放課後に持ち越しとなった」
なるほど。
だいたい話の流れは読めた。
「放課後、私は約束通り屋上に行ったのだ。それなのに奴らはいつまで経っても現れない。結局6時まで待ち続けたがついに誰も屋上に来ることはなかった」
ほらな。
熱弁している明浄には悪いが
オチは俺が言ってしまおう。
「そいつらは初めから役員になる気なんか
さらさら無くて、ただお前をからかいたかっただけだった」
「なぜ城山がそれを知っているのだ⁉」
「やっぱりな……」
まあ話の初めに
『笑い者にされたのだ!』
って言っていたし。
そもそも、明浄の生徒会室登校を知った上で
『自分達が役員になってあげよう』
なんて言ってのけるような
ボランティア精神溢れる高校生は
現代日本には存在しない。
普通の高校生なら
『生徒会室登校?ふざけんな死ね!』
となるだろう。
まあ俺のように
どうしても生徒会に入らなければならない
事情があるなら別だ。
生徒会の解散を阻止するため、
嫌でも明浄に協力しなければならない。
「それで役員志願者が信用できなくなって
俺の志願もあんな風に蹴ったのか」
俺は改めて明浄に確認する。
「そういうことだ。
何も全校生徒があんなクズ共と同じだとは
言わない。だが私は決めたのだ。私が傷つく可能性があることはもうしないとな。
つまり私自身はもう役員集めはしない」
こいつ……
しれっと爆弾発言をしやがった。
でもそれじゃあ……
「それじゃあお前、今の生徒会は
解散しちまうぞ」
そう、それが当然の帰結だ。
「私の生徒会は解散させん。当たり前だ。
なに、また理事長に打診すればよいのだ」
……こいつ今何つった?
「別に役員はこの学園の生徒である必要はないからな。理事長に頼んで、学外から常識を弁えた大人を引っ張ってきてもらえば
問題は解決する」
こいつ……予想以上だ。
「理事長が私の味方でいる限り生徒会長の座が揺らぐことはないのだ」
こいつは……
予想以上のお子ちゃまだ。
そして驚愕の甘ちゃんぶりだ。
どんな風に甘やかされたらこうなるんだ。
生まれた時からダメ人間な奴はいない。
恐らくこいつも親の教育が悪かったか何かで
こんな風になってしまったのだろう。
まあしかし、
自ら生徒会長になろうとする点を考えると
ただのアホではないのだろう。
外見だけで判断すれば
美人でセレブ(予想)の生徒会長だし。
正直なところ、
こいつの大甘な考え方は放置しておいて、
自分が役員になることだけに専念したい。
俺にものっぴきならない事情があるし、
今こいつを変に刺激すると
どんなご乱心を起こすかわからない。
もしかすると
退学するとか言い出すかもしれない。
しかしどうやら、
俺の中に眠っていたお節介スキルが
今目覚めようとしているようだ。
ああもう限界だ。
という訳で、説教しまーす。
「てめえなんか生徒会長辞めちまえ‼」
本心は明浄に生徒会長を辞められたら
俺は非常に困る。
でもまあ説教なので。
「えっ…城山、何…」
動揺する明浄。
こいつが困惑するのを見るのは
意外と初めてかもしれない。
しかしそんなことは気にしない。
尚も俺は明浄を責め立てる。
「ちょっとからかわれたぐらいで
卑屈になりすぎだろ!
もう高校生だろお前は。
それに何だ?
理事長に頼みめば問題は解決だあ?
どこまで他人に甘える気だよ!
もうお前はありえないくらい
特別待遇を受けているだろうが」
全くその通りだ。
自分の説教に自分で納得した。
明浄の話を聞いている時
俺は説教してやりたくて堪らなかったのだ。
だがしかし、
俺が一番言ってやりたかったのは……
「少しはは自分の力で何とかしろや!」
ふう、スッキリした。
しかし、つい熱くなってしまい、
罵声のコンボを浴びせてしまった。
だが今のこいつには
これくらいが丁度いいだろう。
そう思った時だった……。
「ひっく…うえ、ひっ…」
「あっ、しまっ…」
なんと明浄が泣き出した。
高校生のガチ泣きである。
どうやらやり過ぎだったようだ。
いや泣かす気はなかったんだ、ホント。
相手は仮にも高校生の女の子だ。
男から本気で怒鳴られれば
我慢できずに泣くのも仕方ないだろう。
これは甘ちゃんとかお子ちゃまとかとは
また別のことである。
「うう、ご、ごめ、ひっく…なさいぃ…」
しかし泣くのは仕方ないとしても
泣き方が幼すぎてちょっと引くな…
小学生の頃を思い出す。
「悪かった。言い過ぎたよ。
だから泣くなって、な?」
少し慰めてやろうと
俺がゆっくりと会長席に近づいたその時、
明浄が突如泣き止んだ。
「ひっく……ぐすん。
わかった城山。お前の言う通りに
私は自分の力でなんとかしよう」
言って、明浄は着ているセーラー服を
自ら巻くし上げた。
そう、巻くし上げたのだ。
つまり服を脱ごうとしている。
…っておいおいおい!
「そう何度も脱がせてなるものか!」
俺は会長机の上を飛び越え、
椅子に座る明浄の眼前に躍り出る。
そして動きを抑えるため、
明浄のか細い両手首を掴み拘束。
明浄はこれに必死の抵抗を見せる。
「離せ離せ!
これでは全裸になれんだろうが!」
また訳のわからんことを。
「何で今全裸になるんだよ!」
「だって、だって……」
明浄の腕から段々と力が抜けて
ついに完全に抵抗が消えた。
それに伴い、
おれも明浄の手首から手を離す。
そして明浄は
うなだれながら語り始める。
「ここで脱がないと
城山に頼ってしまうから……っ」
意味不明だ。
「つまり脱いだら
俺に頼らずに済むってことか?
どういう理屈だよ」
「全裸の私に興奮し、レイプ魔と化した城山なら、どうにか嫌いになれる。城山を嫌いになれば城山には頼らない」
「興奮はするがレイプ魔とは化さねえよ」
どんな思考回路してんだよこいつは。
頼りたくないからって
犯されようとするなんて……。
自己犠牲も甚だしい。
「だって城山が『自分の力で』って…」
まったくこいつは……。
とことん呆れたやつだ。
「1人孤独にやれって意味じゃねえよ。
俺が気に入らなかったのは
理事長に頼って特別待遇を
受けようとしていたところだ。
お前自身が誰かと共に
生徒会を形成していくのは
全く問題ないだろうが」
そう。誰かに頼りっきりになることと、
誰かと協力して物事を成すことは
全く違うことである。
「だから俺も協力してやるさ。
お前の役員探しをよ」
そうだ、俺が協力すればいい。
「城山……」
「お前が人付き合いが苦手で普通の生徒と同じ生活ができないのは事実だし、恐らく生徒会長への熱意も本物だ。そうじゃなけりゃ、とっくに生徒会長なんか辞めちまって保健室登校にでも移行してるだろ」
誰にだって弱点はあるし、
それをすぐに直せるほど
人間は良くできていない。
「その代わりと言っちゃなんだが
俺も生徒会役員の一員にしろよな。
昨日から言ってるが俺にもちょっと
のっぴきならない事情があるんだ」
気がつくと俺の手は
明浄の両肩の上に乗っていた。
とても真剣な話だから
明浄の目をしっかり見ながら
返答を待つ。
明浄の方もぼーっと俺の顔を見上げている。
こいつ…思ったより身長高くないな。
せいぜい160cmがいいとこだ。
俺の推測では170cmを越えていたのだが。
態度のでかさが
身長を水増ししていたらしい。
そんなことを考えているうちに
結構時間が経ったのだが、
明浄が俺の顔を見上げたまま
なかなか喋り出さない。
痺れを切らして、俺の方から話し掛ける。
「おい、結局どうすんだよ。
俺を役員にしてくれるのか」
「あっ、ああ、するとも!
お前には私、生徒会長の右腕たる
生徒会副会長になってもらう!」
思わぬ快諾。
そして思わぬ重要ポストへの指名である。
「えっ、いいのか、
そんな重要ポストをもらっちまって…
俺は別に役員ならなんでもいいぞ。
それこそ平役員で十分だ」
「私がお前に副会長になって
もらいたいのだ。
城山は世界一頼れる男だからな」
「いや…言い過ぎだろ」
ちょっと叱ったり励ましたりしただけで
世界一とは….
本当にこいつ、中身は子どもだな。
だからああも簡単に裸になれるのか?
まあそこは謎だな。
「では城山、委託の儀を執り行うぞ」
「あ、ああそうだったな」
形式上の委託が
どのような形で行われるのかは
条文には載っていなかった。
おそらくその方法は
生徒会長の裁量に委ねられるのだろう。
一体どんな形式なのか。
「城山、私と目線の高さを合わせろ」
「ん、目線?
…よっと….…こうか?」
俺は膝を曲げて少し屈み、
顔の高さを明浄と合わせる。
もちろん、お互いの視線はぶつかる。
顔面同士の距離が近いもんだから
さすがに少し照れるな。
しかしこれが形式的委託か?
どうやら口頭で委託するだけでは
ダメなようだ。
「では行くぞ。
心の準備はいいか?」
「ああ」
ん、心の準備だと?
どういうことだ。
と、その瞬間。
「ちゅー」
「んんんっ⁈」
なんとキスをされた……。
えっ、どういうこと⁈
これが委託なのか⁈
混乱して身体が硬直してしまう俺。
いろんな思考
頭の中をぐるぐる回る。
何を考えたらいいのか全然わからない。
しかし、今一番感じることは…
明浄の唇はとても柔らかく、暖かい。
数秒間の口づけの後、
明浄は上目遣いで俺を見つめる。
しばし見つめ合う俺たち。
明浄の頬が
どんどん紅潮していく。
そして次の瞬間……。
「悠一っ!」
明浄は俺に抱きついた。
俺の胸に顔をうずめて、
すごく幸せそうな表情をしている。
「お、おいちょっと…離れろって」
「やだ!私は悠一とこうしていたいのだ」
「何でいきなり下の名前で……」
全然剥がれる気配が無いので
少しだけこのままでいることにした。
「ったく、しょうがねえな」
まあ…そこまで悪いもんじゃないしな…
明浄は俺の懐でモゾモゾしながら
何かブツブツ言ってる。
(ふふ、これが惚れるという感覚か…)
「ん、今何か言ったか」
「な、何でもない!悠一は余計なことは考えずに、ただただ私のおっぱいの感触に
宇宙を感じていればいいのだ」
「う、うるせえ黙れ!」
くっ、否定できないのが悔しい……
明浄のボディスペックは
そこら辺の女子高生のそれとは
全く比べ物にならない。
そんな奴に抱きつかれて
宇宙を感じない男は
この世に存在しないだろう。
そして明浄は最後に一言付け足した。
「ふふ、これでお前は私の物だぞ。悠一」
明浄の俺への呼称が変化したのと同時に、
彼女が俺に対して向ける表情が
少しばかり柔らかく、
そして無邪気になったことは
おそらく俺しか知らない事実だろう。