灰色の前途
「申し遅れた。私は生徒会長の明浄冷夏だ。以後お見知り置きを」
「さも何事もなかったかのように振舞っているが、さっきまで素っ裸だったことを忘れるんじゃないぞ」
やっと生徒会長に、いや、明浄に服を着せることができた。
今は学校指定のセーラー服に
身を包み、会長席に深く腰掛けている。
「ふん、私に強制着衣をさせた者など
お前が初めてだぞ」
「何だその新しいワードは」
強制着衣。
これほど安心感のある言葉も珍しい。
俺は先程まで、激しく抵抗する明浄に対して必死に服を着せていた。
端から見れば、嫌がる女の子を無理やり脱がせているようにしか見えなかっただろうが…
セーラー服とスカートを着せることには成功したものの、あの状況ではさすがに下着までは着させられなかった。
しかしノーパンノーブラとはいえ、
さっきまでの露出狂ぶりは
何かの冗談だったかのように
現在の着衣した明浄はすごい優等生オーラを放ちながら凛とした雰囲気を醸している。
そして、その容姿の美しさが
さらに引き立っている。
と、そんなことは置いといて
本題を切り出すとしよう。
「明浄、俺がここに来たのは何もお前の裸を見るためじゃない。役員の志願に来たんだ。
詳しくは知らないけど手続とかあるんだろう?選考をするならその日時を知りたい。今日はそういうことを聞きに来たんだ」
そう。俺の本来の目的はこれだ。役員の選考について先生に質問したら、生徒会役員の選考についての一切の事項は生徒会が取り仕切っており、教員といえどもそれには関与できず、情報も公開されていないのだという。
つまり役員になりたい奴はとりあえず生徒会室に行けとのことだった。
というわけで生徒会を訪れ今に至るという訳だが、果たして選考はどのような手順なのだろうか…
「ふむ、つまりは役員志願者という訳か?」
「ああ、そうだ」
「不合格」
「……は?」
「不合格だと言っている」
何故か明浄は、俺を門前払いにするスタンスを取り始めたようだ。
え、どういうことコレ?
「な、なんで…
まだ何もしていないじゃないか」
「先程から話している限り
お前が合格点に達していないことは
ほぼ確実だと判断できる」
合格点?
いや、訳がわからんのだが…
「なぜ俺が合格点に届かないんだ。
採点基準を教えろ」
「採点基準はズバリ私のフィーリングだ。
私はお前に対して何も特別なものを感じない。それが不合格の理由だ」
「いやいやちょっと待て。俺は役員に立候補するにあたりちゃんと規則を読んできたが、
いくらなんでもそんな 会長の一存では役員の選任についての決定は下せないはずだ」
そうだ、
俺は一応、前準備をしてきた。
ここに来る前、俺は先生に頼んでこの学園の生徒会の……なんだっけな、確か生徒会…運営規則…だったか。その全条文が載っている冊子を借りてそれを軽く読んできた。
生徒会の規則、つまり生徒会の決まりを知らないことには、生徒会の人間と交渉するとき困るだろうと思ったからだ。
その生徒会運営規則の…確か12条だ。
生徒会運営規則第12条
『役員の選任および解任は生徒会決議に依らなければならず生徒会役員の過半数が出席しその3分の2以上の同意をもって決する』
会長の一存で志望者を不合格にすることなど
できるはずがないのだ。
「12条の規定がある以上、副会長、書記もしくは平役員も交えて決議しないといけないはずだろう」
「何を言っている?12条の要件ならゃんと満たしているぞ」
何言ってんだこいつ。
「アホかお前は。12条をよく読んでみろ。お前はそもそも生徒会決議を開いていないし、
役員の過半数の出席も無ければ3分の2の同意も無いだろうが」
「アホはお前だ。要件なら満たしていると
言っているだろう。生徒会役員は現在、
その全員が生徒会決議に出席しているし、役員全員がお前の不採用に同意している」
「はあ?何を言ってるんだ」
今生徒会室には俺と生徒会長である明浄しか
いないのは明白だ。
なのに役員全員出席だと?
一体どういう……
「役員は現在、生徒会長である私1人だけだからな。私が決議を開こうと思えばそこが生徒会決議の場になるし、私1人が出席して同意すればそれで議案は採用される。何ならちゃんと議事録もとっているぞ、ホレ」
言って明浄は机の上のメモ帳を一枚破り、俺に突きつけた。メモ用紙には『第1回生徒会決議』と題がつけられており、明浄冷夏という署名もある。その下には『第一号議案 役員選任の件』と書かれている。第一号議案の決議内容は簡潔だった。たった3文字、『不合格』とだけ記されている。
こんなのいつの間に書いたんだよ。速記か?
それにしてもこいつ、とんでもないことを口走りやがったな。
役員が生徒会長1人だけって…
「まあそういう訳で、お前はこの生徒会には不要な人間だと判断された。退室願おう」
「なっ……」
明浄は俺に
鋭い視線をぶつける。
早く出ていかないと
八つ裂きにされそうな、
強烈な目力。
俺はその迫力に気圧されそうになりながらもどうにか言い返す。
「いくら正式に決議が成立しているとはいえ、そんないい加減な理由で役員になるのを諦めろってのか。納得いかねえよ」
「生徒会長は私だ。そして今のところは他の役員もいない。つまり私の生徒会に関する決定は絶対だ。何者もこれを揺るがすことは出来ないのだ」
「クソ…」
ここで食い下がっても
徒労に終わる可能性が高い。
「わかった。今日のところは帰る。
でもまた来るからな」
そうだ。いくら可能性が低かろうが
俺は役員になることを諦めない。
何度でも来てやるさ。
「ふん、まあ訪ねて来るのは自由だ。まあ何度来ようが結果は同じだがな」
明浄の手厳しい言葉を背に、俺は生徒会室を後にするのだった。