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森の中

「……もう、どこよここは」

 雪は一人で森を歩いていた。見上げても葉が多く茂っているため、空はほとんど見えない。また葉のせいで太陽の光が遮られているので、とても薄暗い場所である。

 雪は何気なく足下に目をやった。昨日はあまり汚れていなかった靴に、今は湿った土がついている。それを不快に思いつつ、彼女は前方を目指す。

 森に入ってからどれだけの時が経つだろうか。どこを見ても木や土だらけの中で、雪は苛立ち始めていた。がむしゃらに進んでも、森から出れる気配はない。

「元はと言えばあの化け物のせいよね。もう、最悪!」

 雪はぶつぶつと呟いている。

 雪は最初から一人でいたわけではない。元々光一、健一、シェルファの三人とともに森を歩いていた。しかし途中で深緑色をした魔物が三体も現れ、目の色を変えて雪たちを追ってきたのだ。光一はノートを魔物に投げつけたが、浮かび上がった文章の通りに雪が図形をかく余裕はなかった。そのため一度魔物から隠れようと話になったのだが、逃げている途中で雪だけはぐれてしまい、今に至る。

「ほんと、早く帰りたい……」

 雪は足が痛くなっていた。もう長いこと休憩もせずに歩き続けていたのだ。雪は辺りを見回し、木の太い根に腰掛けた。ふう、と息を吐き、空を見上げる。葉の間から少量の日が入ってくるが、それでもここは薄暗い。

 雪は肩をびくつかせた。どこからか鳴き声が聞こえたのだ。それは光一たちとはぐれるきっかけを作った魔物のものに聞こえた。

 雪は急いで木の後ろに隠れた。そしてどこからか聞こえる鳴き声に耳を傾け、警戒した。しかし魔物が姿を現す気配はない。雪は木の根に戻る。先程は異なり、魔物の声が聞こえた方角――それは雪がいずれ進むであろう方角である――を向いて座った。

 すると後方から声がした。魔物のものではない、叫び声だった。

(……井上?)

 その声は光一のものと思われた。雪は眉をひそめつつ声の方角を振り向いた。しかし光一の姿はない。

「川原、どこだ!」

 彼はまだ叫んでいる。

(……私を捜してるのね。てことはシェルファとあいつも……? すぐに来るのかしら)

 雪は光一以外の二人の顔を思い浮かべたが、すぐに消してしまった。

 ふと肩をつかまれ、雪は顔をしかめた。

「何よ、触らないで」

 しかしその手は離れない。

「誰?」

 自分を掴んでいるであろう相手の名を一度思い浮かべたが、すぐ雪は頭を振った。井上はこっちから歩いてくるんだから、後ろから来るわけがない。そこまで考え、雪は疑問を感じた。井上じゃないなら、誰……?

 雪は右肩に目を向け、硬直した。目に映ったのは五本の指を持つ手だったが、それは人の肌の色ではなかった。深緑色をしたそれは、今も雪の肩をしっかりと掴み続けている。深緑色の肌が雪を恐怖させた。それは森で出会った魔物と同じ色だったからだ。

「……何よ!」

 雪はその手を思い切りぶった。深緑色の手が跳ね、肩から外れる。その隙に雪は離れ、振り向いた。そこにいたのは、確かに森で遭遇したのと同じ魔物だった。魔物は雪が休憩していた木の隣に、怒ったような顔で立っていた。

 雪はすぐさま駆け出した。しかし途中で足を掴まれた感覚がすると同時に、そのまま転んでしまう。

「……何?」

 雪はすぐさま足を確認し、目を見開いた。深緑色の手がしっかりと自分の足を掴んでいる。魔物は先程の場所から動いていないようだ――今も木の隣にいる。そこから腕だけがゴムのようにのび、雪の足を掴んでいるらしい。

 地面に伏していると、いきなりその身体が後ろへと引きずられた。魔物がひっぱっているらしい。雪は土を掴もうとするが、掴めない。今度は地面から小さく顔を出した石を掴むが、地面から出てしまい握りしめたまま雪はひきずられる。

 雪は膝や手首に痛みを感じる。どうにか手首に目線を向けると、擦れて血が出ていた。 

「嫌! 離して!」

「川原!」

 いきなり人の声がして、雪は腕を掴まれた。

「……井上?」

 顔を上げると、そこには息を切らした光一がいた。彼は両手で雪の手をしっかりと握っている。

「もう平気だから、あと少しだけ我慢してくれ」

「……どうしてここに。きゃ……」

 雪は自らの左脚――今、魔物に掴まれている方の脚だ――が上下に動くのを感じた。何事かと困惑していると、最後は脚が地について終わった。その際強く打ち、雪は痛みのあまり顔をしかめた。

「大丈夫か?」

「問題ないわ」

 光一が心配そうに問い、雪は素っ気なく返す。身体を起こすと全身に目をやり、土がびっしりとついた制服にため息をつく。それをはたくのだが、こびりついた土はなかなかとれない。

「いや、怪我してるし問題あるだろ」

 光一は心配そうに雪の身体を眺めている。

「問題ないってば」

「……無理はするなよ」

「光一! もう無理だ……」

 後方から声が聞こえ、雪たちは振り向いた。健一が伸ばした定規で魔物と打ち合っている。

「川原、ノートに浮かんだ文字を日本語に直しといたから、頼む」

「え、倒すの? 逃げた方がいいわよ!」

「他の魔物にも遭遇してるんだ。正直、一匹ずつでも数を減らさないと……シェルファも言ってた。余裕があるときに魔物を減らした方がいいって!」

 光一はそれだけ言い残し、魔物に向かった。雪は納得しないながらもノートに目をやる。確かに日本語で表記された文章に目を通し、鉛筆を握りしめる。

「全く……青色の芯で一辺六センチの正三角形を書き……ねえ!」

 いきなり長さを測る必要ができ、雪は定規を持っている彼を呼ぼうとした。

「ねえ! 定規持ってる……持ってる人! 早く来なさいよ!」

「名前呼べよ。ややこしいだろ」

 しばしの間を置いて、健一が相変わらず魔物を相手にしながら返事をした。

「そんなこと言われても困るわ。だって名前分からないもの」

「何だよそれ。俺は葉山健一だ。光一やシェルファが俺の名を呼ぶし、自己紹介だってーー」

「そんなのどうでもいいからさっさと来て。正三角形を書くから!」

「ったく……」

 健一が隙を見て魔物から離れ、不服な顔で雪の横に座った。

「正三角形って定規だけで書けるか? 六、六、六ってやっても、どこかでずれるだろ。確か授業だとコンパスで……」

「どうにかなるから、とりあえず横に六センチの線をひいて」

「引くのはお前だろ。鉛筆あるんだから」

「ごちゃごちゃうるさいわよ。どこからどこまでが六センチなの?」

「……ここからここまで」

 雪は念じて芯を青色にすると、彼の言う通りに線を引いた。

「この線の真ん中――つまりちょうど三センチになるのはどこ?」

「三センチなんてどこにも書いてないだろ」

「正三角形書くんだから、黙って教えなさいよ」

 健一は露骨に嫌な顔をしているが、雪は構わず話を続ける。すると彼は大きくため息をついた後、ある一点を指差した。

「ここね。まっすぐ上に線を引きたいから、定規お願い」

「……これでいいか」

「ええ」

 雪は定規にそって上まで線を引く。大体このくらいだろうという辺りで手を止め、雪はさらに命令する。

「今度は線の端から、今引いた線に向かって六センチになるようにして」

 健一は定規のある部分――恐らくそこがゼロ目盛りなのだろう――を線の端につけた。そして真中の線に向かって定規を斜めにする。

「おい」

「何」

「一番上までやったら八センチで長過ぎるぞ」

「だったらちょうど六センチになる場所で止めればいいでしょ。一番上まで使う必要はないから」

「……ああ、ずれる。こうして、あれ?」

 定規が細かく動いている。下に引いた線と雪が新たに加えた線の距離が六センチになるように調節しているのだろう。

「しつけえぞ! どっか行け!」

 光一の大声が聞こえる。時々痛そうな声がするのだが、それを気にするわけでもなく雪は定規の動きを見守る。

「大丈夫かよ、あいつ」

 健一が光一を振り向き、手を止めた。一ミリも動かない定規。

「これでいいの? 六センチになった?」

「おい、大丈夫か?」

 雪が問うが、健一は光一に向かって叫んでいた。雪も視線を向けると、手を好きなように伸ばせる魔物から必死で逃げている光一がいた。石や枝を投げながら、どんどん雪たちから離れていく。

「おい、無理すんなよ!」

「ねえ。これでいいわけ?」

「うるせえよ。静かにしろ」

 健一は苛立った風に答える。

「あなたにしか目盛りは見えないのよ。やるべきこと果たしてよ」

 雪は定規を手に取り、健一に押し付けた。

「お前な、光一が心配じゃないのかよ。あいつ、敵を引きつけてーー」

「心配するならやるべきことを果たしてからにしなさいよ。こんなんじゃいつまでたっても完成しないわ」

「お前って……最悪だな」

 健一はぶつぶつ言いながら、再び定規を調節し始めた。やがて調節が終わると、雪はその通りに線を引く。次に健一はすでに引かれた二本の線の端と端をあわせ、雪はそれらをつないだ。

「なあ、真中の線どうする気だ?」

「シェルファが言ってたでしょ。この鉛筆の芯は白にもなるって。それが消しゴム代わりになるって」

 雪が当然のように告げるが、健一はぴんときていないようだ。

「言ってたのよ」

 雪は目を閉じた。芯の色を白に変えようと努める。白くなった鉛筆の姿を頭に思い浮かべていくと、目を閉じているのにもかかわらず芯の色が変わったのを感じた。目を開いてみれば、やはり白い芯が視界に映る。

 雪は真中の線を消した。その後も健一と色々言い合いながら、文章に従って手を動かし続ける。それを続けていくと、ようやく図形が完成した。

「あとはこれ……なんだ?」

 健一が魔物を向こうとした瞬間、光一の悲鳴が聞こえた。

 健一は素早く、雪はゆっくりと魔物がいる方向に目を向けた。目に映ったのは、ちょうど光一が魔物に飛ばされる光景だった。

「おい、光一!」

 健一は走り出した。手にしていた紙を地に落として……。

 雪は彼の後ろ姿を睨みつけ、紙を拾い、魔物に投げつける。そして彼女は、無数の粒となったそれが紙に吸い込まれていくのをじっと見つめていた。


やっと8話……まだ先は長いです。雪、光一、健一、シェルファの旅はどうなるんでしょうね?

見てくれてありがとうございました。

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