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宿屋にて

「お帰り、楽しかったか?」

 シェルファとともに宿屋に戻った雪は、部屋に入るとすぐ光一に手を振られた。

「……勝手な行動するなよ」

 健一は雪を見ようともせず、非難する。

「川原、どこ行ってたんだ?」

「どこでもいいでしょ」

「雪……二人も心配してたんですよ」

 シェルファが苦笑しながら、ベッドに腰掛けた。雪は三人から離れ、壁に寄りかかる。

 光一がいつものように話しかけてきた。

「川原、なんか面白いものあったか?」

「ない」

「じゃあうまそうなもの!」

「知らない」

「……じゃあ何があったんだ?」

「何もないわよ」

「皆さん、聞いてください」

 突然シェルファが手を叩いた。雪たちの視線が彼女に集中すると、話を切り出す。

「私たちが向かうのは終わりの塔です。ここからだと……一週間ほどで着きますね」

「結構近いんだな」

「はい。そこで黄金の消しゴムの封印を強くすれば、目的は達成です」

「でもさ……それってそんな上手くいくもんなのか? 俺たち、初めてだぞ」

 健一が不安そうに呟いた。

「大丈夫だって。だって大丈夫だから、呼ばれてるんだろ?」

 健一とは対照的に光一から心配は感じられなかった。

「大丈夫です。やり方は分かってますし、いつも初めての方がやってますから。皆さんにもできます」

 シェルファが断言する。

 それから数分後、雪を除く三人は会話をはずませていた。

「へえ、光一は一人っ子なんですか」

「ああ。だから兄貴と喧嘩したとかいう話とは無縁だ」

「そういやシェルファは? 確か妹がいるって言ってたよな」

「そうですね。昔は仲良かったんですが……今はちょっと」

「喧嘩したのか?」

 光一の疑問にシェルファは曖昧な笑みを浮かべるだけで、答えなかった。

 時々光一やシェルファは雪に話を振るのだが、彼女はそっけなく返すのみ。健一は声をかけすらしない。

 やがて雪は扉に手をかけ、開いた。

「どこ行くんだ?」

「どこへ行くんです?」

 扉の音に気がついたのだろう、光一とシェルファの言葉が重なった。それに対し雪はうっとうしげな目を向ける。

「部屋に戻るの。隣の部屋でしょ?」 

「じゃあ私も戻ります。光一、健一、また夕食の時に」

「あなたはここにいればいいじゃない。まだ話もあるんじゃない?」

「雪……」

 シェルファはまだ何か言おうとしていたが、雪は気にせず扉の外へ出た。そして隣の部屋に入る。

 雪は二つ並んだベッドから手前を選び、横になった。何の変哲もない天井を見上げ、雪は黒い髪の女性のことを思い出していた。何かを必死に訴えようとしていたあの顔、しかし相手は声が出ないので何も伝えられなかった。

 雪は胸ポケットに手を入れた。そこから布とは違う質感のものを取り出し、それを開いた。この世界特有の文字の列がそこにはあった。

(あの人は何を言いたかったのかしら)

 この紙に書かれた内容が、恐らく相手の伝えようとしたことなのだろう。だがこの世界の言葉が理解できない雪には何の意味も持たない。

 雪は身体を起こすと、ベッドの傍らにある小さな机に置かれた本に気がついた。何気なく手を伸ばし、本に触れる。本は全てのページがヒモで閉じられていた。表紙の端には折れたのを無理矢理戻したのか、痕がついている。またヒモを通すためにあけられた穴は、内側に向かって少し破れていた。ヒモもぼろぼろで、下手したら切れてしまいそうな部分がある。適当にページをめくれば、理解できない言葉が綴られている。

 本を元の場所に戻そうかと考えながらページを見ていると、ある場所で手が止まった。そのページにあったのは、文字ではなく絵だった。

「これ……鉛筆?」

 雪の目を捉えたのは、鉛筆のように見える絵だった。ページの上半分に絵があり、下には文章が書かれている。絵に関する内容なのだろうと推測し、彼女はさらにページをめくる。今度は細長いものがかかれていて、見ようと思えば定規に見えた。さらに別のページにはノートの絵。これらも鉛筆のとき同様、上半分に絵があり下半分から次のページにかけて文章がのっている。

 どうして文房具の絵があるのかと疑問に思ったが、すぐに直感した。これはただの文房具ではなく、伝説の道具について書かれているのだろうと。本のページを進めたり戻したりするうちに、消しゴムのページにたどり着く。

「絵があっても……内容が分からないんじゃ意味ないじゃない」

 雪は本を凝視し、不満を漏らす。

 扉の開く音が聞こえ、雪はそちらに目をやった。そこにはシェルファが立っていた。

「ごめんなさい、遅くなって。あと少しで夕飯……」

 穏やかな表情をしていたシェルファだったが、雪の手元に視線を向けるや否やその顔が歪んだ。そして早足で近づいてきたかと思うと、いきなりその本を取り上げた。そして怒鳴った。

「何してるんですか!」

「何って……見てただけじゃない」

 予想外の展開に戸惑いつつ、雪はむっとした。

「これは大切なものなんです。汚れたりしたら大変じゃないですか」

「だったら肌身離さず持ってなさいよ」

「……あれ、雪。その手……」

「あなたのせいよ。何なの? 少し見ただけでそんなに怒るなんておかしいわよ」

 本を取り上げられた際、紙が雪の親指と人差し指の間の皮を滑り、切り傷ができてしまった。その傷からはうっすらと血がにじんでいる。

「……ごめんなさい。すごく重要なことが書かれているので、つい」

「すごくぼろぼろで、汚れてるどころじゃないわよね」

「はい、昔からあるので。だからこれ以上ぼろぼろにしたくないんです。本当にごめんなさい」

 シェルファは絆創膏を取り出し、雪の傷に貼ろうとした。雪はいらないと断ったが、彼女は貼るべきだと主張する。だから仕方なく雪は受け取り、自分で絆創膏を傷に貼付けた。

「もういいわよ……それって伝説の文房具について書かれているの?」

 雪は何となく聞いただけなのだが、その際シェルファの顔がわずかに歪んだ。それを奇妙に思いつつ、雪は返事を待つ。

「はい……書かれています」

「……そう。私には読めないけど」

 雪は表紙に書かれた解読不可の言葉を見ていた。するとシェルファは小さく笑う。

「そうでしたね。この世界の文字が読めないんでしたね、雪たちには」

(……何で笑うの?)

「あと少しで夕飯ですよ。おいしいスープを作ってくれると宿屋の主人が言ってました」

 シェルファはベッドに腰を下ろした。本を取り上げたときからは想像できないくらい、その様子は穏やかだった。

(何……? 何なの?)

 斜め前に座るシェルファを、疑いの目で雪は見ていた。


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