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不明の文字

 話が終わった瞬間、雪は立ち上がった。

「雪、どこに行くんですか?」

 シェルファがいち早く雪に声をかける。

「外。少し外を見たいの」

「そうですね。まだ時間もありますし」

 シェルファは窓を見る。外はまだ明るく、天気も晴れている。

「光一、健一はどうですか? 昼食を食べてすぐここに来てしまい、まだ町の中見ていないでしょう? 少し案内しますよ」

「そうだな。せっかく来たんだし、少しは見ないとな」

 光一は非常に乗り気なようで、すぐに腰をあげた。

「俺は少し休みたい」

 健一はその場に横になった。

「では少し休憩してから……雪?」

 シェルファが再び雪に目を向ける少し前、彼女は扉に向かって歩き出した。それをシェルファが不思議に思ったのだろう。

「どうしたんですか?」

「外に出たいって言ったでしょ」

「少し休みましょうよ。健一も疲れてるみたいですし」

「私は一人になりたいの。だから待つ必要ないでしょ」

 雪はそれだけ吐き捨てると、扉に手をかけた。そのまま開き、部屋の外へと出る。中からは引き止めようとするシェルファや光一の声、文句を口にする健一の声が聞こえてきた。しかしそれらには一切耳を貸さず、雪は宿屋の外へ向けて進み続けた。


 地面はタイルが敷き詰められていて、周りの建物はほとんどがレンガで造られている。人通りが多く、地を踏む音が絶え間なく続く。目の前に続く道は、一定間隔で木が植えられていた。その木の一つに鳥の巣があり、一匹の鳥がその巣に帰っている。

 雪は自分が出てきた建物ーー宿屋を見上げた。扉の上に看板があり、その文字を確認する。

「あら、あれ……」

 だが雪の目に映ったのは日本語ではなかった。アルファベットに似ているが、英語とも違うようだ。字体からして光一のノートに書かれていたものと同じ言語と思われる。

 解読しようと試みはしたものの、宿屋の看板なのだから宿屋を示す言葉であるということしか彼女には推測できなかった。

 文字が読めなくても問題はない、雪はさっさと歩き出した。目的地などない、ただ足を動かし適当にふらつくだけだ。

「やっぱり楽だわ……」

 一人でいるのは、と続けようとした矢先、雪の目の前に見知らぬ女性が現れた。相手は黒いワンピースを着ていて、その裾に白い花のような模様がついていた。髪の毛は黒く、ストレートパーマをかけたのかと思われるほど真っすぐだった。相手の瞳はじっと雪を見つめている。

「何……?」

 雪が不審がっていると、相手は口を動かした。しかし何の言葉も発せられない。

「何? 用があるなら……」

「雪!」

 言いなさい、と言おうとしたが自分を呼ぶ声が聞こえたのでやめた。代わりに後ろを振り返り、その声の主を確認する。目に映った人物を見てまず思ったのは、最悪だということだった。

「雪!」

 自分の名を呼ぶ声、それは自分を追いかけてくるシェルファから発せられた声だった。その声に周囲の人間の目が彼女に注がれる。

「待ってください! 一緒に行きましょう」

 シェルファの姿を確認するや否や、雪は駆け出した。途中で町の者と思われる人間とぶつかり、相手に気をつけろとののしられたが、雪は意に介せず走り続ける。途中で足が痛くなり、その辺の建物にもたれかかる。息を整える間も、シェルファが来ないかと建物の影から見張っていた。

「……来ないわよね? ……あの人」

 雪は身体を軽くはたき、再び歩き始めた。行く宛てなどなく、人ごみの中に紛れる。まだ日がでているからなのか、随分とにぎやかな町中だった。

 歩いているうちに雪は見たことのある場所に出た。先程まで歩いていたタイルで舗装された道ではなく、草が生えた道。右には看板があり、何か文字が書かれている。

「ここは」

 目の前にはどこまでも続きそうなほど広い草原。振り返れば町の中。ここは草原と町の境目である出入り口だった。雪たちもこの入り口を使い町を訪れた。

「でてきちゃったのね……別の場所へ行こう。……またあなたなの?」

 町へ戻ることにした雪が振り返ると、先程振り返った時にはいなかったはずの女性ーーシェルファの声が聞こえる前に自分の前に現れた黒い髪の女性が立っていた。

「何? 用があるなら言いなさいよ」

 相手は何も言わず、雪の手に触れた。そして雪の瞳をじっと見つめている。相手は唇を動かしているが、何の言葉も発せられない。何かを訴えているようだったが、その内容は明らかにならない。

「ねえ、何? 言いたいならはっきり言いなさいよ」

 雪が命令口調で言っても、彼女は声を出さない。やがて相手は人差し指で自身の唇に触れ、その後両手の人差し指をバツの形に交差させる。

「……声がでないの?」

 雪が半信半疑で問えば、女性は悔しそうに頷いた。そして今度はメモ帳を取り出し、何かをかき始めた。それを破り、雪に握らせる。

「何?」

 紙を握る雪の手を、女性は両手で包み込んだ。そしてまた声なしで口だけを動かし始める。雪は未だに相手の真意が理解できなかった。だからいらいらするし、気になって仕方がない。

 雪が相手の意図を掴むのに苦労している中、女性は最後にもう一度雪の瞳をしっかりと見据えた。そして出入り口を超えてしまった。少し歩いたところで彼女は振り返り、再び雪に顔を向けた。悲しそうな表情を見せ、彼女は再び歩き始めた。

 その光景を雪はただ見ていることしかできなかった。

「何だったのかしら。あの人」

 雪は首を傾げ、女性について考えた。しかし考えても考えても答えなど見つかるはずもない、

(シェルファなら知ってるのかしら?)

 そんな考えが頭をよぎったが、聞かないことに決めた。できる限り他人と関わりたくなかったからだ。今日のことは忘れよう、そう決心する。

(あ……これ)

 手を握りしめた雪は、相手に紙を渡されたことを思い出す。手のひらサイズの紙を開き、雪はため息をついた。かかれていたものはやはりこの世界の文字だった。

 読めないことが悔しかったが、今はどうしようもない。雪は四つ折りにしたそれを制服の胸ポケットにしまいこんだ。

 雪はしばらくその場に立ち尽くしていた。風が強く吹き、雪の身体を冷やす。宿屋に戻りたくはないが、ここにいても寒いだけだ。雪は仕方なく宿屋に戻ることにし、記憶を頼りに町を歩き始めた。

 しかし適当にふらついていたせいか、周りにある建物と記憶が結びつかない。自分の同じ方向を歩く人、すれ違う人、色々な人間が町を行き交っているが、彼女は誰かに聞こうとは微塵にも思わない。いつか到着できると言い聞かせ、歩を進める。

 しばらく町中を歩き、雪は広い場所に出た。そこは円形の形をした広場らしい。円周に沿って露店が開かれている。おいしそうなパンの匂いが漂ってくる。別の場所では野菜が積まれている。

 円の中心には時計台があり、雪が時計版に目を向けたときちょうど針が動いた。雪たちの本来いるべき世界と同じように時間が計られている、とシェルファが言っていたが、その通りならば現在の時刻は午後三時十五分らしい。

(ここどこよ)

宿屋から町の出入り口に着くまで、このような広場を通った記憶がない。道を間違えたのかと悩んでいると、後ろから肩を叩かれた。むっとして振り返ると、そこにはシェルファが立っていた。

「やっと見つけました! どこにいたんですか?」

「どこでもいいでしょ?」

「一度戻りましょう。一人では危険です」

「一人で帰れるから。先に行けば」

 雪は肩をはたきながらつんとしている。

「一人で帰れる? でも、宿屋にはこの道を通る必要はありませんよ」

「……町を一通り見たから、これから帰るつもりだったのよ」

「とにかく行きましょう。寒くなってきましたから。宿屋でおいしいお茶でも飲みながら、お話ししましょうよ」

 ね、とシェルファに同意を求められたのには気づかないふりをし、雪は仕方なくシェルファの後を追った。帰る途中も彼女は雪に声をかけてきたが、その間に雪が発した言葉は「うるさい」の一言だけだった。


作者から見ても、雪って勝手な性格に見えてしまいますね。

まあ、嫌な奴に見えるかもしれませんが優しく見守ってほしいな、なんて……。

話も少しずつ進んでいきます(^_^)

読んでいただきありがとうございました!


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