表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
2/19

目覚めたら見知らぬ土地

 起きてください、という声がした。しかし瞼を開こうにも身体は言うことをきかない。妙に身体がだるい。

 起きてください、とまた呼ばれた。雪はうるささを感じつつ、やっとの思いで目を開けた。

「……ん」

「おはようございます」

「何?」

 最初に目に映ったのは、見知らぬ女性だった。緩やかなウェーブのかかった金色の髪が胸元まで伸びている。

「よかった。大丈夫ですか?」

 女性は安堵したように微笑むと、優しく雪に触れてきた。

 雪は上半身を起こすと、顔をあちこちに動かした。上を見ると大量の葉が見え、後ろを見ると木の幹が目に入った。少し歩いて確認すると、それは大木だった。先ほどは気がつかなかったが、光一と健一も木を背に眠っていた。自分が立っている辺りまですっかりと陰に覆われた足下は草が生えている。その草が遠くまで続いているのを雪は呆然と眺めていた。

「ここどこ?」

「マルウェ草原です。この木、すごいですよね。始まりはいつもこの大木なんです。何百年間もここでこの草原を見守っている……この大木は色々なものを見ているんでしょうね」

「……いつの間に」

 気がついたら女性が雪の横に立ち、大木を感慨深げに見つめていた。相手は二十歳前後だろうか、少なくとも雪よりは年上に見える。彼女は黒い花のような模様が裾の左下についたワンピースを着ていた。

「あなた誰? ここどこ?」

「あ、紹介が遅れました。私はシェルファです。ここはさっきも言いましたが、マルウェ草原……」

「草原の名前なんてどうでもいいわ。私、さっきまで教室にいたのよ! おかしいじゃない、こんな場所学校の側にもなかったわ」

「おかしくないですよ。だって……」

 シェルファと名乗る女性はさも当たり前であるかのように話す。

「ここはあなたがいた世界とは別の世界ですから。あなたは召喚されたんですよ。いえ、あなただけではなく彼らも」

 シェルファは大木にもたれ寝ている少年――光一たちを一瞥する。彼らはまだ眠りについていて、起きる気配がない。

「異世界? 召喚? 何よそれ」

「あとできちんとお話します」

「あとでじゃなくて今すぐ話しなさい」

 雪はシェルファに詰め寄る。そして鋭い目を相手に向けた。しかしシェルファは全くひるまない。

「彼らが目を覚ましたらお話しますから、焦らないでください」

「だったらさっさと起こしなさい。早く話を聞かせなさいよ」

「……でも、気持ち良さそうに寝てますし」

「あなた、私を起こそうとしたわよね? あいつらは起こさないの?」

「何度も声をかけましたよ、あなたにも彼らにも。しかしあなたしか起きなかったんですよね」

 シェルファはくすくすと笑っている。

 雪はすぐさま光一たちに近づいた。そして声をかけるが、彼らは目覚めない。そこで次は光一の肩をはたいた。しかし起きない。雪が何度も肩を叩くたび、その力は強くなる。

「ん……なんだ?」

 光一がきょろきょろしながら目を覚ました途端、彼は絶叫した。

「な、なんだ? 何だよこれ!」

「私が知りたいわ。それよりさっさとその人起こしなさいよ」

 驚きをあらわにする光一に、雪は口を尖らせて健一を指差した。

 光一はすぐに健一の肩をつかんだ。

「おい、起きろ。すげえ、すげえんだよ!」

「なんだよ……静かにしろよ。おい、落ち着けよ!」

 光一が激しく健一の体を揺さぶり、彼は目を覚ました。健一は大木に触れるやぎょっとし、目を見開いた。

「な。なんだ? こんな木、学校にないよな?」

「三人とも起きてくれて、よかったです」

 健一が慌てふためいている中、落ち着いた様子のシェルファが近寄ってきた。雪は冷たい目でシェルファをちらりと見ると、吐き捨てるように言った。

「早く話して」

「はい。皆さん初めまして。シェルファといいます」

 シェルファにいち早く反応したのは光一だ。彼は立ち上がり、彼女に手を差し出した。

「川原の知り合いか? 俺、井上光一。川原とは同じクラスで、友人だ。よろしくな」

「いつ、誰が、どこで、友人になったのよ。変な嘘口にしないで」

 雪は聞き捨てならないといった風に反論する。それに対し光一は気にするなと笑い、それが一層雪の苛立ちを増幅させる。

「……俺は葉山健一。ここはどこだ?」

「ここは皆さんがいた世界とは別の世界。異世界とでも呼んでおきましょうか」

「い、異世界?」

「はい」

 顔を引きつらせ健一が言い返すと、シェルファは頷いた。彼は頭を抑え、唸っている。

「皆さんに頼みがあって、召喚させてもらいました」

「用? 何よそれ」

「この世界を救ってほしいんです」

「……は?」

 雪は耳を疑った。健一は相変わらず頭を抑えていて、光一は……。

「世界を救う? なんかゲームみたいだな!」

 一人興奮している。すごいよな、と雪や健一に同意を求めているが、二人とも答えない。

「ゲームのような娯楽ではありません。現実です」

 シェルファがまじめな面持ちで言う。風が吹き、大木の葉をざわざわと揺らし始める。風が強いせいか、葉擦れの音は大きい。

「……話が理解できない。世界を救うって何? どうしてそんなことしなきゃいけないの?」

「皆さんがこの世界を救う役目をもって召喚されたからです」

「どうして俺たちが……」

 雪に加え健一も現状に納得がいかないらしい。

 不服な二人をよそに光一が突然大声をあげた。

「きっと俺たちが選ばれた存在だからだ!」

「……光一、いきなり叫ぶなよ」

 健一は耳を手で塞ぎ、光一は少し声量を落とす。

「俺たちが選ばれた存在だから、呼ばれたんだよな? よくあるだろ、特別な存在……」

「確かに皆さんは選ばれました」

「やっぱり! すごいことだな」

 光一は拳を握りしめた。

 非常に興奮している彼をよそにシェルファは淡々と話を続ける。

「しかし特別な存在だとかそういう話ではありません。異世界の人間を召喚する魔法を使ったところ、たまたまあなた達が呼ばれた。ただの偶然です」

「……そうなのか」

 光一は冷水を浴びたかのように静かになった。

 光一になど目もくれず、雪は疑問をシェルファにぶつけた。

「世界を救うってどういうこと?」

「……現在、この世界は大変なことになっています。このままでは滅んでしまうので、それを阻止してほしいんです」

「うわ……ますますゲームみたいな展開だな」

「だからそんな娯楽の言い方をしないでください」

 シェルファは眉を潜める。

「誰でもいいんだろ? だったら他を当たってくれ。俺には無理だ」

「そうよ。私には関係ないことよ。早く帰して」

 健一と雪が言うと、シェルファはかぶりを振った。

「無理です。一度召喚された以上、元の世界に戻る方法はただ一つ。この世界を救うことだけなんです」

「何よそれ。じゃあ帰れないの?」

「いいえ。世界を救ってくれれば嫌でも帰れます」

 それからしばらく誰も口を開かなかった。雪はずっとシェルファを睨みつけている。健一は何か考え込んでいるようだ。光一も考え事をしているようだが、健一と異なり気楽に見えた。

 長い沈黙を光一が明るい調子で破る。

「いいんじゃないか? だったら世界を救って帰ろうぜ」

「おい、何言ってんだ? 本気か?」

 突然の言葉に健一は驚愕した。雪はあり得ないと言った目つきで光一を振り向く。

「だってそれしか方法はないんだろ?」

「はい。それしか方法はありません」

 安堵した様子でシェルファが頷く。

「諦めろって。分からないことだらけだし、とりあえずシェルファについていくのもいいんじゃないか?」

「でも……」

 光一に言われ、健一は黙ってしまった。他の人は何も言わず、静かに健一の答えを待っているらしい。

 しばらくして再度口を開いた健一は、諦めた表情をしていた。

「分かったよ。とりあえずはな」

「……川原は?」

 光一に話を振られ、雪は考えた。確かにシェルファ以外にこの世界を知るものはいない。しかしこの相手を信用していいのかという疑問が雪の中にはあった。いきなり人を呼び、世界を救えだなんて納得のいく話ではない。

 しかし他にどうしようもない。

「分かった。とりあえずは世界を救うなんて馬鹿げた話に乗ってあげる。でも、もし帰る方法が見つかったら、そのときは帰るわ」

 雪は断言した。この言葉に偽りなど一切ない。

「悪いが俺も川原に賛成だ。他に方法があるなら、それに超したことはない」

 健一も彼女に同意する。

「本気か? 世界を救うなんて滅多にできることじゃないだろ。なんかもったいないと思うけどな。いいのか、シェルファ?」

 光一は意外そうな顔をしていた。

「世界を救う以外に戻る方法はありませんから、そう思っていても構いません」

 シェルファはため息をついたものの、不快には感じていないらしい。

「それでは世界を救う皆さんに渡すものがありますので、ちょっと待っていてください。すぐに持ってきます」

 シェルファは一言残し、駆けていった。その先は例の大木。彼女は大木の陰に消え、次に姿を見せたときには何かを抱えていた。彼女がこちらへ戻ってくるにつれ、抱えられた「何か」が見えてきた。どうやらそれは銀色の箱らしいが、中身までは分からない。

「お待たせしました」

 雪たちの視線は地面に置かれた箱に集中する。

「これは世界を救うのに必要不可欠な道具です。伝説の道具、といっても過言ではありません。事実、この世界に一つしかありませんし」

「伝説の道具?」

 光一は声を張り上げ、瞳を輝かせて箱に手を伸ばした。そして勢いよく箱を開き、中を覗き込むと同時に固まった。雪は目をこすり、再度目に映ったものを凝視した後に、疑惑の眼差しをシェルファに向けた。

 箱の中に入っていたものは雪たちもよく知っているもの――文房具だった。鉛筆、ノート、定規の三種がそろっている。色はどれも白だった。

「……これ何?」

「伝説の道具ですよ」

「……これが?」

「はい」

「嘘だろ! どこが伝説なんだよ!」

 雪とシェルファのやりとりに光一が乱入する。彼は箱の側面を思い切り叩き、中に入っている文房具が音を立てた。

「シェルファ、ふざけてるのか? なんでこんな……」

 健一も困惑した表情を浮かべ、箱の中に腕をいれた。その数秒後、健一は震える手で文房具の一つである銀色の定規を取り出し、説明を求めるようにシェルファに顔を向ける。

「あら、定規そんな色だったかしら?」

 雪は首を傾げ、箱を覗き込む。中には鉛筆とノートが残っていて、定規は既にない。しかし奇妙な話である。健一が手にした定規は銀色であるが、箱の中には確かに白色の定規があったはずなのだ。しかし箱に白い定規は入っていない。

「健一が触ったので色が銀色に変わったんですよ。銀色に変わることから、銀色の文房具と呼ぶ人もいますね。持ち主が決まると、白から銀に変わるんです」

「じゃあ俺が触ったら……」

「はい、銀色に変わります」

 シェルファに促され、光一も箱に腕を突っ込んだ。数秒後に箱から取り出されたものは銀色のノートであった。彼が開いたノートの中身は白であった。「まあページまで銀色だと奇妙だよな」とは呟いていたものの、彼はどこかつまらなそうである。

「雪もどうぞ。もう鉛筆しかありませんが」

 シェルファは雪に箱を近づけた。彼女は中を確認する。一本の鉛筆だけが入っている。

(これ、取るべきなの?)

 雪はためらった。どうもシェルファは信用できなかった。雪は顔をあげ、シェルファを見た。彼女は微笑しているだけで、何も言わない。

 雪は渋々箱に手をいれた。徐々に指と鉛筆の距離が近づく。あと少しで触れる。そして触れた。すぐに持ち上げようとしたが、箱にくっついてしまったかのように鉛筆は離れない。しかしそれもほんの数秒のことで、すぐに箱から取り出すことができるようになった。

「……変わってる」

 箱から取り出したそれは銀色へと姿を変えていた。

「これで皆、伝説の道具を手にしましたね」

 シェルファが満足げに頷いた。

「これのどこが伝説なんだ? 色が変わったのはちょっとびっくりしたが……それ以外は普通にしか見えないぞ」

 健一は定規を指ではじきながらシェルファに問う。

 雪は健一の定規を改めて確認し、違和感を覚えた。何がおかしいのか分からなかったが、定規全体を見て気がついた。どこにも目盛りがついていないのだ。これでは長さを測るという役目は果たせないのではないか、シェルファに聞くより早く彼女は話し始めた。

「これはある伝説の道具の封印を強化するのに必要なんです」

「伝説?」

 光一がシェルファの話に食いついた。

「はい。とても危険な、世界を破壊するほどの力を秘めた恐ろしい道具です」

「……伝説の、道具」

 雪は嫌な予感がしていた。シェルファの語る「伝説の道具」が恐ろしい力を秘めているというのは理由の一つだがそれだけではない。雪は鉛筆をぎゅっと握りしめ、続きを待つ。

「どんなものなんだ? 恐ろしい力っていうぐらいだから、剣や杖か?」

 光一は話の続きが聞きたくてたまらないといった風に続きを急かす。シェルファはなかなか言わない。光一はしつこく聞き続ける。シェルファは口ごもっている。

「うるさい。静かにして」

 雪は光一に命令するが、彼には聞こえていないようだ。

「……その恐ろしい道具には、名前があります」

 やがて重々しくシェルファが口を開いた。その様子に光一は口を閉じ、聞く態度を見せる。健一はずっと黙っている。

「その名前は……黄金の消しゴムです」

 シェルファの答えを聞き、嫌な予感は間違っていなかったと雪は感じた。伝説、という単語を聞いた時からまともなものではないと思っていたのだ。

「ええ! け、け、消しゴム?」

 光一は驚愕し、思い切り後ずさる。びっくりだよな、と雪や健一に話しかけまくる。健一は呆れ、雪はため息をついていた。

「はい。黄金の消しゴムです」

 光一の動揺する姿を気にする風でもなく、シェルファはごく当たり前のように頷いた。そして空を見上げ、じっと見つめている。

「もう夕方ですね。でもここから町は遠くて、暗くなる前に着ければいいのですが……」


評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
このランキングタグは表示できません。
ランキングタグに使用できない文字列が含まれるため、非表示にしています。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ