終わりの塔
「つきました」
ある場所で足をとめ、シェルファは真剣な面持ちで雪たちを振り向いた。彼女の背後に、黒く汚れた塔がそびえ立っている。
「すげーでけえな! うわ、こんなん見たことねえよ!」
「おい、勝手に動くなよ!」
光一が大はしゃぎして塔の裏へと駆け出し、それを健一が諫めながら追いかける。一度シェルファたちを振り返ったその顔は、困惑と申し訳なさでいっぱいだった。
「かなり汚れてる」
外見からして内部も汚れてるのではないかと思い、雪は眉を潜める。光一たちのことなど頭にはなかった。
「中はそうでもないですよ。確かに埃ぐらいはありますが、それくらいです」
「それくらいって……」
聞きたくもない情報を入手してしまい、雪は嫌悪を顕にした。
シェルファは苦笑する。
「やっぱり嫌ですか? いつだったか他の人が見た時も、嫌がってました」
「それって……私達みたいにこの世界に来た人のこと?」
「ええ」
シェルファは塔を見上げている、何かを懐かしんでいるかのような表情をして。
「別世界から人間を呼ぶことって、そんなに多いの?」
「そうですね……封印が解ける前に呼ばなければならないんです。ですが頻繁に呼ぶわけにもいかないので、だいたい六十とか七十年に一度くらいですね」
「……え?」
雪は眉を潜め、シェルファの横顔に問いかける。
「あなたは私達以外にも、この世界を救えって頼んだことがあるのよね?」
「はい」
「……待って。あなたいくつ?」
シェルファは自分たちを呼ぶ前にも、異世界の人間を召喚したことがあるし会ったことがあると言っている。そして彼女の話を信じるなら、異世界の人間を呼ぶペースは数十年に一度だ。しかしシェルファは二十代前半の女性に見える。
シェルファは視線をあちこちさまよわせるだけで、答えようとはしなかった。もしかしたら、自身の発言を後悔しているのかもしれない。
雪はまじまじとシェルファの姿を見つめる。肌は綺麗だし、動きも落ち着いてはいるが素早く動くこともできる。どうみても若者の部類である。
「なあ、ここに黄金の消しゴムがあるんだろ?」
二人の沈黙を破るかのように、光一が塔を指しながらシェルファに向かって駆け戻ってきた。その後ろでは息切れを起こしたらしい健一がぜえぜえと肩で息をしている。
「はい」
シェルファは助かったとばかりに光一に反応する。
「早く入ろうぜ。それで世界を救うんだ!」
元々人の表情は大して気にしないのか、それともラストダンジョンということで興奮しているのか、光一はシェルファの様子を気にとめず宣言する。
「よろしくおねがいします」
「ちょっーー」
「雪も、よろしくおねがいしますね」
シェルファはにっこりとしているが、その顔はどこかひきつっている。普段見せる心からの笑顔というより、何かを拒むかのような笑顔である。
「質問に答えなさいよ」
しかしそんなの関係ないとばかりに、雪は強めの口調で問う。
「どうしたんだよ」
健一が二人を見て怪訝そうな表情を見せた。それに対しシェルファは、安堵したように息を履くと、小さく首を振る。
「いえ、なんでもありませんよ。行きましょう」
「ちょっと」
「おい、どうしたんだよ。相変わらずだな」
健一は雪を忌々しげに見ると、ため息をつく。
「うるさいわね。あなたには関係ないわ」
「お前な……」
「二人とも喧嘩するなって。最後くらい仲良くしろって。なあ?」
「はい、それが理想ですね」
光一がシェルファに同意を求めれば、シェルファはいつもどおりの表情で応じる。その、何もなかったかのようにしているシェルファが、雪には気に入らなかった。
中は薄暗かった。幸い窓から差し込む光のお陰で物は見えているが、夜になったら真っ暗になりそうだ。
雪は壁に触れてみた。ひんやりと冷たい。手を見れば、埃のせいか黒くなっていた。そして埃がとれた部分が手の形となって壁に残っている。
雪は喉に違和感を覚え、咳き込んだ。思い切り埃を吸い込んでしまったらしい。何度も咳をし、収まるのを待つ。
「大丈夫ですか? 雪」
シェルファが鞄から水を取り出し、雪に手渡す。それを苦しみながら雪は受け取ると、一気に喉に流し込んだ。そのおかげで咳は止まり、雪はため息をついた。
後ろでは大きなくしゃみが聞こえた。それは光一のもので、何度も繰り返している。シェルファはちり紙を光一に渡している。
「ごめんなさい。結構埃すごいですね」
シェルファの言うとおり、埃はすごい。しかしよくみてみると、埃のある場所とない場所があった。正確にいえば足あとのようなものがあり、その部分だけ埃が消えているのである、先程雪が壁に触った際に、手のひらの形をした跡が残ったように。
足跡らしきものの形は、人間が履くような靴に見えた。サイズは雪より多少大きいが、人間のものだと言われても違和感はない程度だ。
もしかしたら井上や葉山と同じくらいかもしれない、と雪は何となく思い彼らの足元をちら見した。ピタリと合わせたわけではないので正確には分からないが、彼らよりも足跡は大きいような気もする。
「ねえ、この塔って最近人でも入ったの?」
最近のものと思われる足跡を見下ろし、雪は聞いてみた。
「いいえ。昔は盗賊とかが訪れることもありましたが、もうずっと誰も入っていないはずです」
「じゃあ……これは?」
雪が足あとを足で示すと、シェルファは思い出したかのように焦りだした。
「あ、そうです。忘れてました! 実はこの塔……」
「おい! まずいぞ! 魔物が!」
シェルファの言葉をかき消すように、健一が大声をあげた。そのまま左右ときょろきょろとしだした様子は、逃げ場所を探しているようだった。
雪が後ろを見れば、どこから現れたのか二足歩行の魔物が数匹近づいてきていた。足には何も履いていないが、靴の形に見える。これの足跡だったのか、と雪は顔を歪める。
「この塔には魔物がいっぱいいるんです。だからとにかく上を目指しましょう!」
「おい、上って前にいけばいいのか?」
健一は多少引き気味になっていた。
「ええ。もう少し行けば階段がありますから!」
早く急いで、とシェルファは急き立てる。
「おい、倒さなくて平気なのか?」
「外とは比べ物にならないくらい、多いんです。だから、きりがありません!」
「そういう大事なことは早く言いなさいよ!」
四人は前へ向かって走りだす。光に反射した埃がきらきらとする中、とにかく駆け続けると階段が見え始めた。それを見た光一が途端に瞳を輝かせ、ガッツポーズをした。
久しぶりの更新。
リハビリも兼ねて最近は短編ばかりでしたが、また少しずつ執筆を再開できそうです。