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誰かの側を拒むのは

「ふう……」

 建てられてからどの位の月日が流れたのかは分からないが、寝転がって見上げた天井はそれほど汚れてはいない。声がした。隣の部屋にいる光一たちの声だ。うるさいと思い壁を見れば、何かをこぼしたのか染みがついていた。ふと壁に小さな穴があいているのを発見し、雪は何気なく覗いてみた。

「そうですね……ここは内陸部ですが、南に歩いていけば大きな海にでるんです。その近くにある町では、新鮮な魚がとれるんですよ。私も数えるほどしか行ったことありません」

「そこには行かないのか?」

「私たちは北に向かうので、逆方向なんですよね」

「そっか……」

「俺たちは観光に来てる訳じゃないんだ。そんながっかりするなよ」

 穴からは肩を落とす光一が見えた。視界が狭いため、他の二人を見る事はできない。

 雪は穴から目を離し、距離をあけた。手持ち無沙汰だ、と思う。一度気がつくと、小さな穴でも目についてしまう。雪は部屋の端に置かれていた小さな書き物机を動かし、それを隠した。

 それからどれほどの時が過ぎただろうか。隣の部屋から漏れる雑音が大して気にならなくなった頃、それは起きた。

 トントン、という扉を叩く音がする。

「誰?」

「俺だ。入っていいか?」

 声を聞いてすぐに分かった。その人物は雪の答えを聞かずに、扉をあけた。

「勝手に入らないでよ」

 雪は抗議するが、光一は悪い悪いと言うだけだ。彼はどんどん中に入り、雪が座るベッドに腰を下ろした。

「なんか色々あったよな。伝説の話を聞いて、ノートの新たな力が見つかり、あと……シェルファの本音が聞けて」

「本音?」

「俺たちに疑われるのが怖かったって。あいつ、意外と心配性なのかもな」

 光一は気楽に笑う。その横で、雪は優しさの欠片もない調子で答えた。

「そんなくだらない話をしにきたの? だったらでてってよ」

「……じゃあ黙ってるよ。それならいいだろ?」

 光一は大きく伸びをし、体を後ろに向けた。窓があり、そのからの風景を眺め始める。

(……全く理解できない。何なの、この人)

 雪は異質なものを見る時のような目で、光一を見た。それも一瞬で、すぐに視線を別の場所に移したのだが。

 ――川原さんって冷たいよね。ほんと、関わりたくないタイプ。

 雪は人との関わりを全力で拒絶する。そのせいか、友人はいない。それどころか彼女を苦手とするか嫌う人がほとんどだ。

 ――挨拶したのに、無視されたよ。

 最初は雪に好意を持って声をかけた者も、彼女の反応にすぐ避けようとする。

(……ほんと、何なのかしら。二週間ぐらい前の席替えで席が隣になってからは毎日だし、そうでなかった時もたまに声をかけてきて)

 それなのになぜ窓の外の風景に夢中になっている彼は自分にちょっかいを出し続けているのか……それが雪には疑問だった。自分の反応を見ても変わらず接し続けてきた相手は、光一を除けば家族と……。

 ――おはよう、雪。

 最初で最後の、雪自身が友人だと認めていた少女のみだった。

(こいつといい舞といい、なんで赤の他人の私に……)

 雪は無言で立ち上がると、部屋の入り口に向かった。音を立てないように退出し、外へ出る。いつのまにか空は曇っており、薄暗くなっていた。詳しい時間は分からないが、空腹を感じるので恐らく夕方くらいだろう。

 子供たちが三人、雪の前を走り抜けた。老人の所で伝説の話を聞いていた子供たちに似ていたが、大して興味もなかったので確定できない。

 雪は曲がり、歩き始めた。少しして後ろから駆け足が聞こえ、自分に呼びかける声がした。

「おい、散歩か? 気がついたら消えててびっくりしたよ」

 走って来る少年ーー光一は雪に追いつくと、ごく自然に彼女の隣を歩き始める。

「……ねえ」

「なんだ?」

「迷惑なのよ。なんで私に関わるわけ?」

「んー……そうだな。気になるから」

「……気になる?」

 光一の答えを雪は訝った。

「ああ。お前がどうしてそこまで人を避けるのか、何で嫌うのか……」

 光一は雪に身体を向けた。

「私は迷惑なの。私は一人でいたいのよ」

「なんでそこまで一人にこだわるんだ?」

「なんでって……誰かといたら、弱いから」

「たまに言うよな。誰かといると弱いとか、強くなれないとか。誰かといるって、弱いことなのか?」

「ええ、一人でいられないような人間は、弱者でしかないわ」

 雪は断言した。集団行動を好む人間が弱いのは、間違いではないと確信もしている。それは自分の姉がいい例だと、密かに思っていた。

 光一は雪の横で困惑した顔を見せている。

「どうしてそう思うのか教えてくれよ。俺、ばかだから、言ってくれないと分からねえよ」

 言うわけがない、雪は心底そう思っていた。しかしその一方で、彼はしつこくつきまとってくることは容易に想像できた。

 雪は考えていた。井上は自分が他人を拒む理由を知りたがっている。そのために自分に何かとくっついてくるのだろう。なら、もし疑問が解決したならば……。

 雪は立ち止まり、自分を追い抜いた光一ーー雪が立ち止まったことには気づいてないようだーーの背に呼びかけた。

「じゃあ、言うわよ」

「話してくれるのか?」

 光一の声には嬉しそうな響きが感じられた。

「ええ。そのかわり、話したら私にもうかまわないでよね」

「え、それは――」

 光一が振り向きながら見せたためらいも聞かず、雪は一方的に語り始めた。

「私には姉がいるわ。双子で、顔もそれなりに似てた。姉さんは弱かったわ」

「弱かった?」

「ええ。常に誰かといて、一人じゃ何もできないの。私は姉さんがくだらない人間に見えたわ。だって、一人じゃ何もできないのよ。そのくせ集団だと強くなった気分になって……妙にグループに固執してた」

 雪の顔が徐々に歪んでいく。

「私は姉さんみたいな人間にはなりたくないのよ。だから、一人でいるのよ……。そうすれば弱くならなくてすむから」

「でもさ、皆誰かと一緒にいるだろ? だったら、川原が誰かといても弱いなんて――」

「言われたわ」

 光一の言葉をぴしゃりと遮り、雪は続ける。ただ、あまり思い出したくない過去ではある。

「……信じられないかもしれないけど、私だって昔はある子とそれなりに親しくしてたのよ」

 光一の様子を窺うと、彼は特に驚いた顔も見せなかった。

「どんな奴だったんだ?」

「そうね。舞は集団行動を好まず、一人でいることが好きだったみたい。だからこそ、一緒にいると気が楽で、楽しかったわ」

 雪はしみじみと思い返す。友人との楽しい思い出は、たくさんある。

「舞のことは嫌いじゃなかったのか」

「嫌いなわけないでしょ」

「本当にか?」

「本当よ」

「じゃあ好きだったのか?」

「しつこいわよ。大体、今はあの子のことを話してるんじゃないわよ」

 光一はまだ聞きたげにしている。雪は強引に話を切ると、姉の話に戻した。

「……あれは中学二年のときだったわね。姉さんがいたグループで仲間はずれが起きたのよ。仲間はずれになった子は姉さんと幼稚園からの仲良しだった。けど、姉さんもその子を無視した」

「え、マジか?」

「ええ。姉さんに聞いたら、そうしないと私が仲間はずれになるですって」

「でもさ、仲間はずれにされたって子は姉さんといるんじゃないか?」

「姉さん曰く、仲間はずれにされた子も裏切るらしいわ。よく分かんないけど」



「姉さん、そんなグループにいて、楽しいわけ?」

 辞書を返してもらうために姉の部屋に行った雪は、自然と疑問を姉にぶつけていた。それに対し姉は「……楽しいよ」としばしの沈黙の後に答えた。

「トイレ行く時も一緒、持ち物も同じ、……同じ行動をしなきゃならない。そんなのの、どこがいいのよ」

「でも、そうしないと友達でいられないじゃん」

「……少し一人でいてみたら?」

「やだよ。一人じゃ無理」

 姉は頑なに否定する。

「誰かと一緒にいたいなんて、弱いわね。友達なんて、持つ必要ないわ」

 雪は冷たく言い放つ。姉は黙り込んだ……かと思うと、むっとした表情で言い返した。

「何それ。じゃあ、雪はどうなの? 神崎さんと一緒にいるじゃん」

「……舞がどうかした?」

 神崎さんとは雪がクラスで親しくしている人物で、下の名は舞だ。

「雪、神崎さんとよく一緒にいるじゃん。友達じゃないの?」

「えっと、それは……」

 問われて雪は口ごもった。舞と自分の関係は、何なのだろうか。

 最初は一緒にいるつもりはなかった。ただ入学した頃の体育で適当に二人組を作ることになったとき、余り物という理由でペアを組んだのだ。今思えば、舞が誰かとペアを作れなかったのは、「仲良しグループ」というものに入っていなかったからだろう。その頃は舞に好意を持つことはなく、むしろこれを機に相手が自分との関係を求めてくるのではないかという嫌悪があった。

 しかし彼女はそうしなかった。それどころか、やがて彼女は仲良しグループに所属したようだった。ところがしばらくして、彼女は一人に戻っていた。ある日の体育で二人組になった時、舞はグループ行動が苦手ということを語っていた。

 その頃から、雪は舞に興味を持ち始めていた。番号順で定められた舞の席が雪の後ろということもあり、何かと接する機会も増えていた。

 交流を続けるにつれ、舞との会話を楽しんでいることに雪は気がついていた。そして自分から声をかけることも増え、一緒に過ごす時間も長くなっていた。

(……舞といるのは楽しいし、一緒にいたい……え、いたい?)

 改めて考えてみて気がついたのは、雪が舞との時間を望んでいたということだった。

「私はね、友達と一緒にいたいだけなんだよ。雪は神崎さんといたいんでしょ? だったら……私を弱いと思うなら、雪だって弱いよ」

 雪は反論できずに、ただ辞書を手に部屋を出た。身体に力が入らず、紙の英和辞書を落としてしまった。運悪くそれが当たり、しばらく足に痛みが残っていた。

(舞といることは、弱いの? でも……)



「……誰かといることは、舞といることは弱いって姉さんに言われたのか」

 黙って聞いていた光一が突然口を挟み、雪はむすっとした表情で頷いた。

「それで、どうなったんだ?」

「私は考えたわよ。でも、弱いと言われても、舞と仲良くするのをやめようとは思えなかった。だって、そうでしょ? 舞は何も悪くないんだもの。ただ、タイミングが悪かった」

「……転校?」

 光一はぽつりと呟いた。

「ええ。舞が転校……って、何でそれを」

 言いかけて奇妙に思い、雪は言葉を止めた。確かに舞は転校したが、それを光一が知っているのはおかしい。

「……とりあえず、どうなったのか教えてくれよ」

 光一は曖昧な笑みを浮かべるが、それは何かをごまかそうとしているかのようだった。雪は訝るような目で彼を見た後、不服ながらも話を続けようとした時、雪は手に冷たいものを感じた。見れば水滴が手の甲を伝っている。

 雪は空を見上げた。雨、と認識するのに時間は必要なかった。しかも雨粒は徐々に増えていく。

「うわ、雨かよ。とりあえず宿に戻ろうぜ」

 光一の提案を聞いて行動した訳ではないが、雪と光一は来た道を戻り始めた。


久しぶりの更新。

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