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「伝説の道具」の伝説

「やっと着いたな」

 森を抜け、村にたどり着いた。道は土がむき出しで、生えた草もそのままになっている。その草を踏み、光一は大きく伸びをして呟いた。

「……畑ばっかりだな」

 健一は辺りを見回している。

「ここは農業が盛んな村ですから。今朝食べたサラダも、ここで採れた野菜が使われているはずですよ」

 シェルファの説明に相づちを打つ健一や光一とは別に、雪はさっさと歩きを再開した。

「ではまずは宿を……雪?」

「勝手にして。私、その辺うろついてるから」

「一度宿に行きましょうよ」

「一人になりたいのよ」

 シェルファの誘いを雪はきっぱりと断った。その様子に申し訳なさなど全く見られない。

「川原……」

「あんな奴放っておけよ。それより宿行こう」

 引き止めようとする光一を健一は制止する。しかし彼は聞かない。

「おい、川原!」

「何、ついてこないで」

「いや、ついてく」

 シェルファと健一は追ってこないものの、よりにもよって一番面倒な奴がついてきた……雪は不快な感情を隠そうとはしない。

「私たちは宿をとってきますね!」

 シェルファは後ろから大声で告げると、健一とともに別の方向に歩いていってしまった。

「あなたも行ったら?」

「お前は行かないんだろ? なら行かねえよ」

 光一は雪と同じ速さで歩く。雪の足は徐々に速くなる、それに伴い彼も早足になる。

 この村特有の畑仕事の土の匂い、それから側で働く男の汗の匂いが混ざり合う中を、雪は口と鼻を押さえて歩く。

「何処行くんだ?」

「どこでもいいでしょ?」

 虫が近くに飛んでくるのを払いながら、雪は顔をしかめる。手で払っても払っても、虫は周囲を飛び交い、時には雪の制服にとまることもあった。虫の飛ぶ音も、非常に耳障りだ。

 雪は早足で進み、それに光一はしつこくついてくる。ついてくるだけでも迷惑なのに、色々と声をかけてくるからさらに邪魔だった。

「なあ、川原っていつも一人で何かしようとするよな。たまには素直に頼ればいいのに。どうしてそんなに一人にこだわるんだ?」

「誰かに頼るなんて、弱い人間のすることよ」

 雪はきっぱりと冷たく言い切る。

「……頼らなければ強いのか?」

「……ついてこないで」

 多少の間をおいて発せられた雪の言葉を無視して、光一は彼女の後を追いかけ続けていた。

 さらに適当に歩いていると、子供三人が、ベンチに座る老人の前に立ち、談笑しているのが見えた。

「おじいちゃん、それで? その伝説の道具って何だったの?」

 その前を通り過ぎようとする雪と光一。

「ああ。それはな……文房具じゃよ」

「ええ! 嘘! 文房具って伝説なの?」

 しかし老人の言葉に、雪はぴたりと足を止めた。後ろを歩いていた光一が雪の背にぶつかり、彼女はきっと彼をにらみつけた。

「そうだ。驚きだろう?」

「うん!」

 雪は横目で老人達を見て、耳を傾ける。

「おい、川原……今、伝説の道具って。文房具って!」

 光一が隣から囁く。

「私だって聞いたわよ」

「……伝説の道具って、これのことか?」

 光一は指にはめられた指輪ーー必要な時に念じれば文房具へと姿を変えるーーに指で触れた。

「文房具を伝説になんて、そんなある話じゃないでしょ。でもおかしいわよ」

「何がだ?」

「シェルファが言ってたじゃない。伝説の道具はこの世界の人に存在を知られる訳にはいかないから、使えるのは私たちみたいな異世界の人だけだって。もし知ってるなら……なぜあの人は知ってるの?」

 その話がなされたのは、初めての魔物との戦闘を終えた後だった。どうして自分たちという別世界の人間が呼ばれたのかを質問した際、シェルファはそのように答えていたはずだ。だがあの老人は、伝説の道具の事を知っている可能性がある。

「そういやそんなことも言ってたような……じゃあ聞いてみるか。すいません!」

 光一は決断するや否や、老人達に声をかけた。

「お兄ちゃん誰?」

「どこから来たの?」

 子供達が光一に群がる。よそ者が珍しいのだろうか。

「あ、お姉ちゃんもいる!」

 一人の女の子が近づいて来て、雪は一歩後ろへ下がった。

「二人は旅人かい?」

「ああ」

「……そこの娘さんは知り合いなのか?」

「ああ。友人だ」

「ちょっと、変な事言わないでよ!」

 雪は声を荒らげる。

 老人は穏やかな表情をしている。

「それで何か用かな?」

「ああ。さっきの話って」

「ちょっと、井上!」

 雪は光一の横に立ち、彼を少し離れた場所へと連れて行った。光一は雪の行動が理解できないらしく、きょとんとしている。

「どうした? 聞くんだろ?」

「まだ状況が分からないんだから、下手な事言わない方がいいわ」

「じゃあ聞かないのか?」

「私が聞くから、勝手な事言わないでよ」

「分かった」

 光一は不満な顔をすることなく、頷いた。雪と光一は再び老人の元へ戻る。

「えっと……さっきの話がどうしたのかな?」

 老人は相変わらず穏やかな顔で雪達をみている。

「いえ……伝説が文房具とか聞こえたから聞き間違いかと思って。普通に考えて、伝説が文房具なんておかしいもの。本当は何だったのかと思って」

 雪は不自然でない言い回しを考えながら言うと、老人は小さく笑った。

「耳を疑うのも無理はない。だけどそれは聞き間違いじゃない。私は確かに、伝説の道具は文房具だと言った」

 雪はどきりとする。

「それ、何の話なの?」

「伝説じゃよ」

「伝説?」

 光一が口を挟む。雪は横目で彼を睨みつける。

「ああ。よくあるだろう。その地に伝わる話が。これもそうだ。この国に何百年も前からある伝説なんだ。君たちは聞いた事ないのかい?」

「ない。……俺たちも聞いてみたいな。な、川原」

「そうね。話してくれる?」

「ああ。子供達と一緒だからうるさいかもしれないが、それでよければ聞いてくれ」

 老人は快く受け入れ、子供達に話を再開すると告げていた。すると子供達は待ってましたとばかりに飛び跳ねたり続きを急かしたりする。もう少し静かにできないのかしら、雪は顔をひきつらせつつ話を待った。

「まずは二人のためにあらすじを簡単に話そう。昔、男がいて、黄金の消しゴムを見つけた所から話は始まった」

「黄金の消しゴムって……」

「輝くすごいものを想像するだろう? だけどそれは恐ろしいんだ。それは消滅の力があり、あらゆるものを消してしまう。それがあるだけで災いが起きるとも言われてる」

「災いって消滅?」

「それもあるし、自然災害や伝染病なんてのも黄金の消しゴムが原因となるものがあると聞くよ」

(シェルファは言ってなかったことね……伝説だから、話がおおげさになってるのかしら。それとも……)

 記憶にない内容を頭にいれていると、老人はさらに話を続ける。

「それをある男が手にいれた。男はそれに消滅の力があることを知ると、悪事を働き始めた」

「悪事?」

 今度は光一が聞く。

「例えば店で代金を払わなかったりしたんだ。店の人が何かを言ったら店の看板かなにかを消しゴムの力で消し、文句があるならお前達も消してやると脅してな。殺すと言われてるようなものだ。だから誰も逆らえなくなった」

「おじいちゃん、続きは?」

「この人たちに話すから、もう少しだけ待ちなさい」

「はあい……」

 恨めしげな顔で雪達を見上げる子供達。光一はごめんなと謝っているが、雪は無視する。

「そしてやがては王までも脅し、国を支配した……独裁政治。その男が王となり、皆を苦しめたという。逆らう者は黄金の消しゴムによって処刑された。そんなある日、このままではいけないと感じた二人の魔法使いが立ち上がる。男の暴走を食い止めるために、二人は黄金の消しゴムに関するあらゆる情報を集めた。そしてある伝説の道具の存在を知ったんだ。それが銀色の文房具だった……」

「おじいちゃん、それでどうなったの?」

 子供達が話の続きを催促する。

「銀色の文房具は当時この世に存在しなかった。自分の力で作るしかなかったんだ。だから彼らは魔法を駆使し、それらを作り出した。そして黄金の消しゴムを封印したらしい」

「どうやって?」 

 子供が興味津々といった風に聞くと、老人は顔を横に振った。

「方法は語られていないから、分からない。だけどその文房具の力なんだろう」

「何も分かってないの?」

 雪が口を挟む。老人は思い出しながら続ける。

「確か……そうだ、その伝説の道具はこの世界の人には扱えないということを、作ってから知ったそうだ」

「え? じゃあ文房具は使ってないんじゃないの?」

 一人の子供が不思議そうな顔をしている。

「いや、黄金の消しゴムを封印したのは、文房具で間違いないだろう」

「どういうこと?」

「意味わかんない」

 子供たちが互いに口を開き、騒がしくなる。

「別の世界の人間を呼ぶんだよな!」

 光一が突然自信満々に言ったので、雪はぎょっとして彼を振り向く。老人は目を丸くし、光一に目を向けた。

「……知ってたのか? この話」

「あ、えっと……」

(馬鹿……)

 雪は顔を歪めたが、老人が自分にも目を向けてくるので表情を戻そうと努めた。

 光一は雪を見ながら苦笑している。雪は彼を憎く思いつつ、淡々と話す。

「知ってたわけじゃないわよ。この人は単純だから、この世界の人間じゃなら別世界の人間だろうって考えただけよ。犬とか猫とか、人間以外の生き物という可能性を全く思いつかなかった。魔物でもいいわね」

「……しかしさっきの口ぶりは知っているようにしか……」

「おじいちゃん、そんなのどうでもいいからお話して」

 老人は子供たちに話の続きを急かされている。そのせいか納得できないという顔をしつつ話を再開した。その目は何度も雪と光一に向けられる。

「そして……」

「お前ら、何してんだ?」

 老人が話し始めたのと、後ろから声をかけられたのはほぼ同時だった。振り向けば、健一が一人で立っていた。その様子は機嫌が悪いようにも見える。

「健一じゃないか。このじいさんの話聞いてんだよ」

 光一は意外な顔をしていたが、すぐに当たり前のような顔で言った。

「あなたこそ何をしてるの? シェルファと宿をとりにいったんじゃないの?」

 続いて雪も健一に話しかける。

「どこにいるか分からないと心配だからって、捜してこいって言われたんだ」

「……君たちの知り合いかい?」

 健一が現れてから黙っていた老人は、彼をちらりと見て聞いた。子供たちは「また知らない人だ」と言い合っている。

「ああ。一緒に旅してるんだ」

「なあ、何の話聞いてたんだ?」

 光一は人のいい笑みで老人の疑問に答えると、健一が不思議そうに聞いてきた。

「ちょっとした伝説だ。知ってるかい? 伝説の道具についての話だ」

「伝説の道具?」

「銀色の文房具っていうんだって。文房具なんだって!」

 子供たちがはしゃぐ中、老人の言葉に健一は驚きの表情を浮かべた。すぐさま雪と光一の顔を凝視する。

「ただの伝説としか思ってないみたいだから、下手な事は言わないで。分かった?」

 すぐさま雪が小声で命令する。健一はまだ事情が飲み込めていないようだったが、口答えをしないのを見ると了承したようだ。


この話は何度も内容を確認しました (汗)間違いや矛盾がないようにしなきゃと思うと、大変ですね。だけど、それもまた楽しいです。

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