さようなら。元婚約者様
婚約破棄のあと、立て続けの不幸に見舞われた殿下は、王太子の地位を廃嫡される。
私が携わっていた公務や殿下のお仕事であった宮廷の運営管理に、少なからず影響があったのでしょう。
その後の彼の噂は、風の便りに聞きました。
王家を離れ、『元王太子』の肩書きが通用するところだけでのさばり、もはや過去の見栄だけの虚栄すら失くされたと。
けれど未だに、元王太子の豊かな暮らしだけは身に染みているそうです。
しかしながら、王家から追放された彼にとって、手元にある金貨だけではそう長くは持たないでしょう。
きっとこのままだと、破滅の道に進んでしまう。
彼自身、わかっていたことだと思います。
彼は国境を超え、隣国の貴族に取り入りました。
けれどいくら隣国とはいえ、王太子の廃嫡を貴族が知らないはずもなく、すぐに身元が判明して追い出されたようです。
もはや元王太子の肩書きはおろか、虚栄や、ないよりまし程度の品格すら失った彼には、嘘すらも纏うことができなくなっていました。
もう、彼に残された手段は一つでした。
「……久しぶり、だな」
目の前に立った彼は、随分と痩せていました。
血走った目の下の隈。
頬の痩けた輪郭。
薄い紫色に染まった唇。
あの頃の彼とは、似ても似つかないほどに。
「……やり直したい……」
一縷の望みとはまた違う、うわ言のような言葉にも聞こえた。
叶うはずもない。
けれど、言わなければ来た意味もない。
様々な葛藤があったのでしょう。私からの返事を待たずに俯いてしまいました。
「オルウェル様」
息を吐くよりもほんのわずかに強く発した彼の名前、彼は希望の光を見たような眼差しでこちらに顔を上げました。
けれど私は、その光にそっと蓋をするように、彼に背中を向けた。
「どうか、そのまま散ってください」
音がした。
ドサッというような崩れる音が。
私は振り返らない。
もうすべて過去のことであり、私はあの日から前を向くと決めて生きている。
さようなら、元婚約者様。




