負け犬たちの初夜
ルイとデボラ。
これから、この二人の新婚初夜が始まる。
イム帝国とフィラルモザル王国。
千年以上もの戦争を続けた二国が、和平の道を選択したのが二年前のこと。
イム帝国の第三王子ルイ。
フィラルモザル王国の第二王女デボラ。
和平の象徴として二人の結婚式が盛大に執り行われ、初夜を迎えた。
ルイは十九才の青年で、デボラは十八才の少女。
年上の男性としてリードするべく、ルイは落ち着いたしぐさで花嫁の初夜用の白寝間着に手をかける。
軽くルイの手が身体の触れたとき、デボラの身体が震える。
上半身の紐が解かれ、デボラの胸をさらけ出そうと、ルイの手が花嫁の服を掴む。
そして、二人だけの部屋で悲鳴があがる。
デボラの悲鳴ではない。
ルイの悲鳴だった。
デボラが、隠していた刃物をとりだし、ルイの喉元に刃先を突きつけていた。
「やめるんだ。僕達の二つの国はさんざん殺し合った。君の大切な人達も大勢死んだのだろう。だから、君が恨むのも当然だ。でも、やめるんだ。そんなことをすれば、泥沼の戦争にまた逆戻りになってしまう。だから、憎しみをこらえてくれ」
ルイの説得に、デボラは唇の端を上げて笑う。
「さすが戦争を終わらせようと声をあげていたルイ王子様は、言うことが違うわね」
デボラは刃物を握っていた手を、大きく広げる。
刃物が無造作に床に転がっていく。
「あなたを刺すつもりはない。これは提案よ。私があなたを殺そうとしたとして、私を処刑しなさい。そうすれば、戦争に逆戻りできるわよ」
「君は何を言っているんだ?」
「あなたはこんな平和なんて望んでいないでしょう。気に入らない全てをぶち壊したいでしょう」
「そんなこと思ったこともない」
「あなただけなのよ。結婚式の間、不満そうな顔を隠せてなかったのは。和平を最後まで反対していた両国の軍事関係者達だって、平和になることを喜ぶ顔は作れていたわよ。そんなに悔しかった?この和平が自分で成し遂げられなくて」
「そんなこと考えたこともない!」
「あらら。図星をつかれて大声をあげちゃったわね。そりゃあ、そうよね。それまで戦争反対を言い続けて、誰にも相手にされず、馬鹿にされて疎まれて。それなのに、ぽっと出のうちの王国の聖女があっさりと戦争終結をしちゃったんだもの。ぶっ殺したくなるよね」
「黙れ!」
「周りのクソども全部ぶち壊したいよね。わかるよ、私もそうだから。だから、ぶち壊せるやり方をわざわざ丁寧に教えてあげたのよ。何をやらせても中途半端な第三王子様にね。これだけ手とり足取り教えてあげれば、さすがに無能の第三王子ちゃんでもできるでしょう」
「黙れと言っているんだ!」
ルイは拳を振り上げて、デボラの表情を見て、その拳を止める。
「俺がお前を殴って顔にあざでも作れば、和平決裂ってわけか」
舌打ちするデボラ。
殴りつけるかわりに、デボラを豪華なベットの上に投げ倒す。
初夜用の脱がせやすい構造になっているデボラの下の衣装を、そのまま乱暴に剥ぎ取る。
残った下着に手をかける前に、ルイの動きが止まる。
デボラのさらけ出された太ももの内側、脚の付け根の部分に、大きく黄色のあざがあった。
絶句するルイ。
嘲笑うデボラ。
「これ?これはお前の方がよく知っているだろう。てめえの国が使用した毒薬兵器の結果だよ。私は死ぬまでこの跡が残る」
「それは完全に解毒できる方法が解明されているはずだ」
「毒は完全になくなります、残るのは黄色い跡だけです。そんな話をされて、はい、そうですかってなる奴が一人でもいるか?一度でも毒に浸された女を抱けるか?こんなところに毒の跡が残っている女を抱いたら、毒がうつっちゃうだろ。子供が生まれたら、一生毒のハンデを背負った子供が生まれるんだぞ」
「そんな差別はしてはいけないことだ」
「だったら、おまえのちんぽを、私につっこんでみろよ!」
何も言えなくなるルイ。
「手始めにキスでもしてみるか?ほらっ」
突き出されるデボラの唇を、反射的に避けてしまうルイ。
「あっ」
自分がしでかしたことに、言い訳の言葉も出てこないルイ。
重い沈黙の後、ルイはまるで母親に叱られた六歳児のように謝罪する。
「ごめんなさい」
デボラは、歯が少し削れるほどの歯ぎしりをする。
「そうやって男に謝れられるたびに、私がどれだけみじめな気持ちになると思っているんだ!」
それでも、ルイの謝罪は止まらない。
「ごめんなさい。ごめんなさい。ごめんなさい。ごめんなさい」
「黙れって言ってるんだよ!あんたがキスを避けたのは単なる防衛反応だ。あたりまえの行動だよ。だけど、それで傷つかないでいられるほど、私は人間ができていないんだよ!」
ルイを黙らせようと、デボラはその身体を蹴りつける。
ルイはごめんなさいを繰り返す。
デボラは、ルイの身体を蹴り続ける。
無抵抗で蹴りを受け続けたルイは、床にぐったりと倒れていた。
デボラは、自分の落とした刃物を拾う。
「あんたを刺せば、私は処刑されるでしょう。それで、戦争に戻る。みんなを巻き込んで死ねるんだ」
ルイは動けない身体で、言葉で説得しようとする。
「そんなことをしたら、君の妹さんが悲しむ」
「お前もか?お前も聖女様かよ!」
ルイに向かって、怒鳴るデボラ。
「戦争で顔に大きな傷ができて、それでも、みんなのために奉仕活動をする聖女様。すごいよ。どうしたら、あんな心やさしい人間になれるんだよ?私はどうしたって思っちゃんだよ。私もわかりやすく顔に傷がついていたら、妹みたいにみんなからチヤホヤしてもらえるのになって」
デボラは、ルイの顔を見て、話を続ける。
「今、信じられないって顔をしたな。そうだよ、私は最低なことを言ったよ。私なんかより、妹の方がよっぽどつらい目にあっている。そんなことはわかっている。でも、思っちゃうだよ。妹がみんなから優しくされる部分だけ見て、私よりずっと苦労してきた部分を無視して、うらやましいって」
デボラは刃物をかまえる。
「それでも、君は妹さんが好きなんだろ。ここで君が問題を起こせば、確実に妹さんに迷惑がかかる」
「貴様、あれだけ戦争反対とか言っていたやつが、脅迫か?」
「そうだ、僕は君を脅迫する。僕はこんな手段しか使えないんだ」
デボラの刃物を持った手が、力なく下がる。
「いま私がどんなみじめな気持ちなのかわかるか?」
「平和のためなら、僕達の気持ちなんてどうでもいいことだ」
「劇や本に出てくる主人公がうらやましいな。運命に中指を立てて反逆していく主人公が」
「君もそうするのか?」
「私にはそんな勇気はない」
「僕もだ」
デボラは刃物をテーブルに置く。
「正しい者が勝つわけじゃない」
「なんですって?」
「今、世間で流行っている劇の台詞だよ。登場人物の小悪党が最後の方で言うんだ、最後に勝つのは正しい者でも悪い奴でも金持ちでも権力者でも愛する者をみつけた奴でも子供を作った奴でもない。最後に勝つのは生き残った奴だ」
「勝ち負けとか言っている時点でどうしようもないですね。でも、私達には相応しいかもしれません。私達はどちらかが死ぬまで離れられません。それならば、せめて勝ちましょう」
デボラは、床に動けないで転がっているルイに、三つ指をついて礼をする。
「ルイ様。ふつつかものですが、よろしくお願いします」
おわり




