8.魔力の検証(前編)
翌朝、リーベル村の空は澄み渡っていた。
まだ朝の空気が冷たい。
レオンは村の入り口で腕を伸ばしていた。
「ふぁ……」
軽く欠伸をする。
昨日の戦いの疲れはまだ少し残っていたが、体は動く。
そこへ足音が近づく。
「おはようございます、レオン」
エリシアだった。
水色の髪が朝日にきらめく。
「おはよう」
レオンは軽く手を上げた。
だが次の瞬間、二人の間に微妙な沈黙が落ちる。
昨日のこと……キスを思い出す。
エリシアの頬がほんのり赤くなる。
レオンも視線を逸らした。
その沈黙を破る声が響く。
「朝から何してるのよ、二人とも」
リゼットだった。
赤いツインテールを揺らしながら近づいてくる。
「……何もしてない」
レオンが言う。
リゼットはニヤリと笑う。
「へぇ? でもエリシアの顔、赤いけど?」
「っ!」
エリシアが慌てて顔を隠す。
「ち、違います!」
レオンはため息をついた。
「ほら、行くぞ、森だろ」
リゼットは満足そうに頷く。
「そうそう、今日は実験よ」
⸻
三人は村外れの森へ入った。
朝の森は静かだった。
木漏れ日が地面に落ちている。
リゼットは周囲を見回す。
「ここならいいわね、魔物もいないし」
レオンは腕を組んだ。
「で? 何をするんだ?」
リゼットは人差し指を立てる。
「まず確認、アンタの魔力」
エリシアが少し不安そうに言う。
「昨日の……あれですよね」
「そう」
リゼットは頷く。
「アンタがキスしたあと、私たちの魔法が明らかに強くなってた」
レオンも思い出す。
確かにそうだった。
「偶然じゃないのか?」
リゼットは首を振る。
「魔法使いは魔力の流れに敏感なの、偶然じゃない」
そしてエリシアを見る。
「エリシアも感じたでしょ?」
エリシアは少し考えてから頷いた。
「……はい、体の中に急に大きな魔力が流れてきました」
レオンが驚く。
「そんなの分かるのか?」
「分かります」
エリシアは真面目に答えた。
「神聖魔法を使う者も、魔力の流れを感じ取ることができます」
リゼットが手を叩く。
「決まりね、じゃあ実験」
レオンは嫌な予感がした。
「……まさか」
リゼットは笑う。
「そのまさか、もう一回キス」
エリシアの顔が真っ赤になる。
「ええっ!? な、なんでですか!」
リゼットは肩をすくめた。
「検証よ、一回だけじゃ偶然かもしれないでしょ?」
レオンは頭をかいた。
「まぁ……そうだけど」
エリシアは小さく俯いた。
「そ、それなら……私で試しましょう」
レオンが目を見開く。
「いいのか?」
エリシアは頷いた。
顔は赤いままだった。
「はい……昨日は……戦いの最中でしたし、ちゃんと確認した方がいいと思います」
リゼットがニヤニヤしている。
「ほら、早く」
レオンは大きくため息をついた。
「分かったよ」
エリシアの前に立つ。
距離が近い。
エリシアの瞳が揺れる。
「……失礼します」
そして軽く、唇が触れた。
その瞬間だった。
エリシアの体に、温かい力が流れ込む。
「……!」
エリシアの目が見開かれる。
体の奥が震える。
魔力が溢れてくる。
レオンも感じていた。
自分の中の魔力が、外へ流れていく感覚。
やがて二人は離れた。
エリシアは胸に手を当てている。
「すごい……」
小さく呟く。
「昨日と同じです」
リゼットが腕を組む。
「やっぱりね、じゃあ次」
レオンが振り返る。
「次?」
リゼットは笑った。
「私」
レオンは固まる。
「お前もやるのか?」
リゼットは当然のように言う。
「当たり前でしょ? データは多い方がいいの」
そしてレオンに顔を近づける。
「ほら、早く」
エリシアが小さく声を上げる。
「リ、リゼット……!」
リゼットは悪戯っぽく笑った。
「何? 検証よ?」
レオンは再びため息をつく。
「……本当に実験なんだよな」
リゼットは笑う。
「もちろん」
そして小さく囁いた。
「でも……これ、面白い力よ」
レオンはリゼットに顔を近づけた。
その瞬間……リゼットの瞳が、わずかに鋭くなる。
魔法使いとしての感覚。
魔力の流れを読む。
そして――
唇が触れた……その瞬間。
リゼットの体に、爆発的な魔力が流れ込む。
「……!」
彼女の目が見開かれる。
レオンが離れる。
リゼットはその場に立ったまま、静かに呟いた。
「なるほどね……」
ゆっくりと笑う。
「分かった」
レオンが首を傾げる。
「何が?」
リゼットは言った。
「アンタの力、キスで魔力が流れてる」
少し考え……ニヤリと笑った。
「名前つけましょ」
エリシアが戸惑う。
「名前……?」
リゼットは頷く。
そして言った。
「――キスリンク」
森の静寂の中。
その言葉が、静かに響いた。




