1.森の中の小さな奇跡
森は、いつもよりずっと暗かった。
昼なのに、ちょっと夕方みたいだ。
上を見ても、葉っぱがいっぱいで空が見えない。
木も、なんだか大きく見える。
「……ねぇ」
後ろから声。
エリシアだった。
レオンの服のすそを、ぎゅっとつかんでいる。
「……そろそろ帰ろ?」
声が小さい。
いつもより、ずっと。
レオンは足を止めた。
振り返る。
エリシアの目が、少しだけうるんでいた。
(……なんでだ?)
さっきまで普通だったのに。
そう思って、まわりを見る。
木ばっかりだ。
どっちを見ても、同じ。
道も、よく分からない。
(……あれ)
胸の中が、なんか変になる。
さっきまでなかった感じ。
「……まだ大丈夫だよ」
とりあえず言った。
ちゃんとした理由はない。
でも、そう言わないといけない気がした。
エリシアはすぐにうなずかなかった。
そのかわり、服をつかむ手が強くなる。
リゼットが前に出てきた。
ちょっとだけ背が高くて、いつもえらそうにしてる。
「ねぇ」
じっとレオンを見る。
「ここ、分かる?」
レオンは口を開く。
でも、言葉が出ない。
分かるって言えばいいのか。
分からないって言えばいいのか。
どっちもこわい。
「……たぶん」
出てきたのは、それだった。
リゼットの顔がしかめられる。
「たぶんってなによ」
レオンは目をそらす。
「……分かんない」
言ったあとで、ちょっとだけ後悔した。
エリシアの手が、ぎゅっと強くなる。
「え……」
小さな声。
「迷ったの……?」
レオンは、すぐに答えられなかった。
リゼットが息を吐く。
「はぁ……」
でも、そのままどこかに行ったりはしない。
少しだけ、近くに寄ってくる。
「だから言ったでしょ、奥まで行くなって」
レオンはうつむく。
「……ごめん」
リゼットは少しだけ黙る。
それから、顔をそむけた。
「別に」
でも、声はいつもより弱かった。
⸻
風が吹く。
葉っぱがざわざわ鳴る。
その音が、なんだか大きい。
静かだからだ。
鳥も鳴いてない。
虫もいない。
「……ねぇ」
エリシアが、さらに近づく。
くっつくくらい。
「……こわい」
その言葉で、はっきり分かる。
(ああ、こわいんだ)
レオンの胸がどくんと鳴る。
自分も、同じだった。
でも、言えない。
言ったら、本当に怖くなりそうだから。
「……大丈夫」
さっきより少しだけ強く言った。
「帰れるよ」
本当かどうかは分からない。
でも、言った。
エリシアは小さくうなずく。
でも、手は離さない。
⸻
そのとき。
リゼットが止まった。
「……待って」
声が変わる。
さっきと違う。
少し低くて、真剣な声。
「なんかいる」
その言葉で、空気が変わる。
レオンの背中がぞわっとする。
草が揺れる。
ガサッ――
出てきたのは、小さいのに変なやつ。
人みたいなのに、人じゃない。
目が、変だった。
黒くて、にごってて。
笑ってるみたいで。
気持ち悪い。
「……ゴブリン」
リゼットが言う。
エリシアが震える。
「やだ……」
レオンの足が動かない。
逃げたいのに。
体が固まる。
ゴブリンが走ってくる。
「っ!」
レオンはとっさに動いた。
エリシアの腕をつかむ。
強く引く。
守らなきゃ、と思った。
でも。
近すぎた。
顔が近づく。
(離さないと)
そう思うのに。
体がうまく動かない。
――触れた。
ほんのちょっと。
唇がぶつかっただけ。
それだけなのに。
そのあと。
エリシアが光った。
「……え?」
エリシアが自分の手を見る。
光がある。
あったかい。
こわいのに、ちょっと安心する。
胸の中が、あったかい。
「なに……これ……」
ゴブリンが近い。
こわい。
でも。
「来ないで!」
叫ぶ。
光が飛ぶ。
ゴブリンを包む。
消えた。
ほんとに、消えた。
⸻
「……え?」
だれも動かない。
レオンの頭が、ぐるぐるする。
(なんで)
さっきのこと。
触れたあと。
光。
つながってるのか。
分からない。
でも。
また一体、来る。
「危ない!」
リゼットがぶつかってくる。
レオンがよろける。
顔が近づく。
また避けられない。
触れる。
一瞬。
リゼットの目が変わる。
「……分かった」
ぽつりと言う。
手を出す。
「燃えろ!」
火が出る。
さっきまでなかったのに。
ゴブリンに当たる。
倒れる。
⸻
しずかになる。
三人とも、動けない。
息だけ聞こえる。
レオンが言う。
「……今の」
言葉が出ない。
エリシアとリゼットを見る。
二人も同じ顔をしている。
分からない、って顔。
さっき、触れた。
そのあとに、力が出た。
偶然かもしれない。
でも。
なんか、ちがう気がする。
森の中で。
小さな子どもたちに起きた、本当にあったのかわからない事。
でもそれは――
きっと、ただの偶然じゃなかった。
改稿26/3/20




