見えない線(せん)の帰(かえ)り道(みち) 【童話版】
このシリーズは「線」「距離」「光」をテーマにした短い連作です。
童話版と詩小説版が対になっていて、同じ冬の帰り道を別の角度から描いています。
そっと読んでもらえたら嬉しいです。
【童話版】
放課後の学校は、しんとしていて、
まるで時間がゆっくり歩いているみたいだった。
廊下の窓からこぼれる夕方の光が、
床の上で細く揺れていた。
下駄箱を出ると、きみがいつものように
ちょっとだけうしろを歩いてくる。
冷たい風が制服のすそをそっと引っぱって、
その足音が、なんだか安心で、
わたしはわざと半歩だけ前を歩いた。
角の自販機の前で、
きみはいつもと同じココアを選ぶ。
ガタンって音がして、あったかい缶を抱えた
きみの手が、ほんのり赤くなる。
自販機の明りがその手に反射して、
冬の空気の中で、
小さな火が灯ったみたいだった。
「ふーっ」
きみが息をはくと、白いけむりがふわっと広がる。
風が少しだけそれを運んで、
わたしもまねして息をはいたら、
ふたりの白いけむりが、空の上で
まざった気がした。
空を見上げると、星がいっぱいだった。
キラキラしてるのに、さむそうで、
風に揺れる電線の影が、
星の光を少しだけ震わせていた。
でも、どれもちゃんと光っていた。
「あの星、いちばんひかってるね」
そう言ったら、きみはまじめな顔で空を見て、
どれかわからないのに、一生懸命探していた。
その横顔が、なんだかおかしくて、
でも、ちょっとだけ胸があたたかくなった。
きみはときどき、なにか言いかけてやめる。
その言葉のかけらが、空気の中に
ふわっと残って、
わたしはそれを拾うみたいにして歩いた。
知らない銀河のことなんて、ほんとは考えてない。
ただ、きみと同じ空を見て、
同じ寒さを感じて、
同じ道を歩いていることが、
それだけでうれしかった。
家の前につくと、きみが手をふる。
わたしも手をふる。
その一瞬だけ、きみの手が
星みたいに見えた。
冬の風がふたりのあいだを通り抜けて、
見えない線だけが、そっと残った。
明日になったら、またちがう空が広がるかもしれない。
でも、今日の帰り道にのびた
わたしときみの見えない線は、
きっと消えない。
星と星が、少しはなれていても、
ちゃんとつながって見えるみたいに。
わたしの胸の中で、
きみとの冬の帰り道が、
そっとまたたいている。
次話:見えない線の帰り道【詩小説版】
2026/2/05 20:00に更新します




