インド版算法少女
ラマヌジャン(1887-1920)はインドの数学者で、独学で高度な数学を発見した。彼が西洋数学に及ぼした影響は計り知れない。しかし、その数世紀前に、アーナンダという少女がインド南部で古来の数学を発展させていたことはあまり知られていない。
アーナンダの生み出した数々の公式は、まるでラマヌジャンの直感を彷彿させるものであった。いや、それ以上のものだったかもしれない。現代の数学は西洋のアルファベットやギリシャ語をベースにして論議を進めることになるが、アーナンダのそれは、古代インド語によって記述されていた難解なものであった。
たとえば、天文学の分野のひとつの公式がある。
今で言えば、ケプラーの第3法則(惑星の公転周期と軌道半径の関係)である。
T^2 ∝ a^3
- T:惑星の公転周期
- a:軌道長半径(楕円の半長軸)
現代でいえば、アルファベットやギリシャ文字を使うところだが、アーナンダは古代インド語の神の名前を使う。インドの神々は多神教であり、多くの神々が存在する。アーナンダは、惑星の公転周期を「ヴィシュヌ神」、軌道長半径を「シヴァ神」と呼んだ。つまり、彼女の公式は次のようになる。
ヴィシュヌ神が右と左に触れる未来を見るときに、
シヴァ神は過去と現代と未来のみっつの預言を民に伝える
未だ、地動説が広まっていない頃に、アーナンダはこのようにして惑星の運行を説明した。世界には天動説があり、太陽が地球のまわりを巡っている。いや、地球が宇宙に浮かんでいることすら知らない時代に、アーナンダは惑星を神に例えて、その動きを説明したのである。果たして、当時のインドの数学者が彼女の意図がわかったかどうか。しかし、的確に数学と物理学の動きをアーナンダは捉えていたのである。
フリードマン方程式
- a :宇宙のスケール因子
- ρ :物質の密度
- k :曲率項
- Λ :宇宙定数
ブラフマー神の呼吸が膨張と収縮を繰り返すときには、プラクリティ
(自然の力)の充満度が関係する。宇宙の形を定める因果の糸とアディティ
(無限母)の静寂がくわわる。因果の糸はブラフマー神の呼気にも呼応して
いるのだ。しかし、アディティの静寂、つまりは無音と無関心と無心が宇宙の
運命を決めるのである。
宇宙の膨張速度を決める基本方程式であるフリードマン方程式は、そもそもが宇宙が膨張し続けているという前提に議論が進められる。地動説以前の世界にいるアーナンダにとって、宇宙とは夜間に広がる星々に過ぎない。その星々が天球に張り付いている神からの覗き穴に見えるのか。それとも、天球の外に広がる神の世界がより広がる空間として捉えるのか。アーナンダには見えていたのは後者と言える。
もしアーナンダが現代に生きていたならば、江戸の頃の算法少女と仲良くなったかもしれない。アーナンダは古代のインド神話を駆使してインドでの数学を発展させ、江戸の算法少女おあきの和算に興味を抱いたであろう。どちらも、西洋とは違う発想のもとに数学を発展させる。基準は様々である。比較はできない。しかし、本質は同じであり歴史的には枝葉と見えようとも、過去に生きた人の息遣いが今に響くのである。
「算法少女」遠藤實子著、ちくま学芸文庫




