第57話
「ソラソラちゃん! だめですよ、シドファさんを甘やかしちゃ!」
釘を刺すラミシーの声が、昼下がりの酒場に響いた。
ラミシーは椅子から身を乗り出し、テーブル越しにソラソラを指さしている。
ここは、ぷいち☆えんじぇるず御用達の、いつもの酒場。今日は珍しくミレミが朝から忙しくしているのをいいことに、シドファが二人を呼び出したのである。
「でもー、シドちん困ってるんでしょ? なら、貸してあげてもいいと思うなー」
ソラソラはストローをくわえたまま、いつもの調子でゆるく首をかしげる。
「そうッスよ! 頼むッスよラミシー! 今月あたし、あの"大賢者"とかいう害悪のせいでマジでピンチなんスよ! あのハゲのせいで、どれだけ出費がかさんだことか……!」
シドファがテーブルに突っ伏しながら、恨みがましくぼやいた。
頭を抱える彼女の様子を見て、ラミシーは「うーん」と眉間に皺を寄せる。
「んー……まあ、大量に消費した魔力玉も安くはなかったですもんね。わからなくはないですけど……」
今回のスザキア討伐はタイムアタック形式だった。
少しでもタイムを縮めるために、普段なら温存するはずの魔力玉や魔力回復用のアイテムを、序盤から惜しみなくつぎ込んだ。そのうえ、レノワールとの勝負によって召喚獣まわりの経費なども嵩み、必要以上に買い足す羽目になったのである。
報酬はあったが、経費を引けば実質大赤字である。
「でもでもっ! ソラソラは素直に謝ったほうがいいと思うなぁ~。ミレちんにさ、『ごめんなさい、割っちゃいました! てへっ☆』って。そしたら、案外ケロッとして許してくれるかもだよ?」
「まあ、それはそうなんスけど……」
シドファはもぞもぞと頭をかきむしった。
「時間が経てば経つほど、言い出しづらくなるっていうか……。今さら、どんな顔して言えばいいかわかんないッスよ……」
「うんうん、それもわかるけどねー☆」
にこにこしながらも、どこか鋭いソラソラの笑顔。
そこへ、ラミシーがふと思いついたようにぽつりと呟いた。
「というか……ミレミさんのことだから、別に中身が変わっててもバレないのでは?」
「……え?」
二人の視線が、同時にラミシーへと向く。
「た、確かに――。そういえばミレミさん、酔ったときはお水とお酒の区別もついてなかったッスね。なら、似た銘柄の……もう少しお手頃なものに差し替えておけば、気づかれない可能性もワンチャンあるッスね!」
思わずシドファは椅子から立ち上がった。
そして、慌てて腰のポーチをまさぐり、あのとき慌てて回収しておいた瓶のラベルを取り出す。シワだらけの紙片には、見覚えのない高級そうな銘柄名が、くるんとおしゃれな文字で記されていた。
「えっと……この銘柄の、一番安いやつ……」
彼女はそのままカウンターへ駆け寄る。
「マスター! この銘柄で一番安いのって、いくらくらいするッスか?」
ラベルを受け取ったマスターは、ひと目見て、
「……ああ、この銘柄か。どれだけ妥協しても、金貨二十枚はするだろうな」
「ひいぃ!? 一番安くてそれッスか!」
あまりの値段に、シドファはその場で膝をついた。
結局、安物に差し替えたところで、シドファの財布には致命傷である事実に変わりはない。
その様子に気づいたラミシーとソラソラが慌てて席を立ち、カウンターまで駆け寄ってくる。
「シ、シドファさん? 大丈夫ですか……?」
「っていうか……やっぱり、あのハゲのせいッスよ! 思い返したらだんだん腹立ってきたッス!」
半ばヤケになりながら、シドファはカウンターに拳を叩きつけた。
「あのハゲが解散だなんだ言い出さなきゃ、こんな無茶なタイムアタックに付き合う必要もなかったッス! あのハゲのせいで魔力玉はバカみたいに消し飛ぶし、アイテム代まで数倍に跳ね上がったッスよ! 完全にいらない経費ッスからね!?」
「ま、全くです……魔力回復アイテムなんて、需要の問題なんかもあって、最近は値段も上がってますし、ただでさえお財布に厳しいのに……」
ラミシーも、めずらしく同じ方向に怒りを向ける。
「ふたりとも、悪口はよくないよぉ~。ハゲとか言っちゃ、めっ!」
ソラソラが両手をふるふる振るが、
「ソラソラちゃん! でも、事実じゃないですかっ! あの人、髪が薄くなりかけてましたよ……! ハゲです、ハゲ!」
「――俺は、まだハゲてない」
渋い声が、すぐ背後から響いた。
びくり、と三人の肩が跳ねる。
おそるおそる振り向くと――そこには大賢者レノワールが、コーヒーカップを傾けていた。
「ぴえっ!?」
ラミシーの顔から、みるみる血の気が引いていく。
カウンターの向こうでは、マスターが苦笑いを浮かべていた。
「お前さんたち……さっきからずーっとそこに座ってコーヒーすすってる大賢者さまに、気づいてなかったのかい」
「す、すみませんすみませんっ! すみませんでしたぁーッ!!」
ラミシーが勢いよく、ほとんど土下座でもしそうな勢いでぺこぺこと頭を下げた。
しかし、その横でシドファは拳を握りしめ――
「あー! ちょうどいいとこに現れたッスね、このハゲ!」
「……お前な」
「あの勝負でかかった出費、ぜーんぶ払えッス! ついでに、酒の弁償も全部まとめて責任とってもらうッスよ、この大ハゲ賢者ッ!!」
彼女にぐいっと詰め寄られながらも、レノワールは眉ひとつ動かさなかった。
「まず一つ目。勝負の経費は自己負担。敗者側に支払い義務が生じる約束をした覚えはない」
レノワールはカップをソーサーに戻し、淡々と続ける。
「二つ目。酒に関しては……酒? 知らん、俺は一切関与していない。お前が勝手に紛失したのではないのか?」
「か、関与してないってことはないッスよ!? あの、精神的プレッシャーとか、焦りとか……いろいろ、なんやかんやが積み重なって、結果的にはぜーんぶあんたのせいッス!」
シドファは、苦し紛れに食い下がる。
「なんやかんや、とは? 具体的に述べてもらおうか」
「えーっと……その、なんやかんやッス! ――あーあ。ほらまた、なんやかんやになっちゃったッスねー!!」
堂々とした難癖に、レノワールは本気で呆れたようにため息を吐いた。
「……最近のシドファさん、段々とミレミさんに似てきましたね……。強引なこじつけで責任転嫁するところとか……」
ラミシーが、小さな声でソラソラに耳打ちする。
わいわいと騒がしくなるシドファを前に、レノワールは諦めたかのように肩をすくめると、ローブの内側に手を差し入れた。
じゃらり、と硬貨の詰まった袋の音が響く。
彼はそれを、ぽん、とシドファに向けて放り投げた。
「――っわ!?」
思った以上の重みがあり、シドファは慌てて両手で受け止める。
レノワールはそっぽを向いたまま、ぶっきらぼうに告げた。
「酒の分は――貸しだ。そのうち取り立てるからな」
それだけ言うと、まるで興味を失ったかのように視線をコーヒーカップへ戻し、再び静かにすすり始める。
「え、あ、えっと……」
シドファは、ぽかんと口を開けたまま、しばし固まっていたが――
「……あ、ありがとッス」
ようやくそれだけを絞り出すと、微妙な表情を浮かべた。




