第54話
灼けた大地を踏みしめる、かすれた足音が一歩、また一歩と近づいてくる。風が吹き抜け、巻き上がった土埃の向こうに、三つの影がゆっくりと揺れていた。
「はぁ~……もう、くたくたッスよぉ」
全身ぼろぼろの姿で現れたのは、シドファを先頭にしたパーティメンバー。服も髪も砂と煤で汚れていた。まるで、炭鉱の底から這い上がってきたような有様だった。
足元はふらつき、ついさっきまで命を懸けた戦闘に身を置いていたことが、全身からにじみ出ている。
「――よかった。ちゃんとみんな、無事に戻ってきたのね……!」
私は思わず微笑み、駆け寄って三人を順に見やる。ラミシーもソラソラも、疲れ切っていた。だが、その瞳には確かな達成感が宿っていた。
「……みんな、えらいわよ! 本当に……よく、やったわ!」
堪えきれず、私は三人をまとめて抱きしめた。今ここに戻ってきてくれたこと――それだけが何よりも嬉しかった。
「うわっ! ミレミさん、そんなに強く抱きしめられると痛いッスよぉ……! もう回復する魔力なんて残ってないんスから、ちょっとは労ってくださいッス」
そう言いながらも、どこか嬉しそうに目を細めるシドファ。
そして、すかさずソラソラが無邪気に叫んだ。
「わーい! ソラソラもーっ!」
彼女は両手を広げて飛び込んできて、勢いのまま私たちをぎゅううっと深く抱きしめ返した。
「うふふ。まったくもう、ソラソラったら……って、ぁだだだだだ!」
「痛い痛い痛い! 潰れるッス! 中身出ちゃうッスよッ!!」
私とシドファが苦悶の声を漏らす横で、ただ一人……ラミシーだけが、にやけきった顔で頬を緩ませていた。
「ふへぇ……ぐふっ……」
ミシミシと、してはいけない音を立てながらも、ご満悦な表情で笑みを浮かべている。推しの怪力に全身を抱きしめられている状況は、彼女にとってはご褒美のようだ。
……笑い声と苦痛の悲鳴が入り混じる中、私は胸いっぱいの安堵をかみしめる。全員が生きている上に、戦いにも勝利した――十分すぎるほどだ。
さて、と。
「さぁ、レノワール。これでパーティ解散はナシ、でしょ? これほどの結果が出ておいて、まさか認めないとは言わないわよね?」
私は腕を組み、睨むようにして言った。
レノワールはやや離れた位置で、静かにこちらを見つめていた。陽の光が彼の瞳をかすかに反射し、表情の半分だけ照らし出す。
彼はしばらく黙っていたが、ゆっくりと頷いた。
「……ああ、認めよう。お前たちパーティの存続は、俺が保証する」
「――っしゃああああ!!」
私は拳を高く突き上げ、思わず声を上げた。三人も「やったー!」と歓声をあげながら飛び跳ね、子どものようにはしゃぎ出す。
張り詰めていたものが、ようやくふっとほどけていくのを感じた。ようやく……ようやく終わったんだ。
「ふぅ、私ももう疲れたわ。さ、帰って酒でも飲みましょ。みんな、今日は本当によく――」
私がそう言いながら、帰路へ向かおうと一歩を踏み出した――まさにその時だった。
「【広域回復魔法】」
背後から聞こえたレノワールの声に、足が止まった。
彼の杖の先から淡い光がほとばしり、地面に倒れていたゲンビウスの全身を包み込んだ。見る見るうちに血が止まり、肌が再生し、壊れた骨までもが元に戻っていく。
「……は? ちょっと、なにしてんの。もう勝負は終わったんだから、とどめ刺しても文句言わないわよ? どうして回復なんて……」
「お前の実力を確かめてみたくなった」
レノワールが静かに返す。落ち着き払った声だった。
「いやいや、ちょっと待って。さっき『認める』って言ったばっかじゃない! なにを今さら……!」
「ああ。認めたのは、お前たちパーティの話だ。そして今、俺が問うているのは――」
彼の目が、真っ直ぐに私を射抜く。
「――聖女ミレミ。お前の本気の実力だ」
「…………はあ?」
唐突な言葉に、私は目を細めた。
「ここはひとつ、制限なしの……すべての魔法を解禁して、再戦といこうではないか。――決着条件はこうだ。日没までにモンスターを討伐完了したら俺の勝ち。だが、モンスターが生き残っていたら……お前の勝ちだ」
「……はああああああ!?」
私は思わず絶叫した。あまりにも馬鹿げていて、信じられなかった。
「ふっざけんじゃないわよ!! あんだけ戦ったのに、またやるわけないじゃないのッ!!」
私は腰に手を当て、レノワールを睨みつける。
「大体、あんた……こんなにボロボロに苦しめたモンスターを、まだ苦しませる気!? モンスターとはいえど、さすがに可哀想でしょ!」
「……? えっ、なんでですか? より長く苦しめた方が、お得じゃないですか……?」
ラミシーが小首をかしげながら、純粋そのものの目で問い返してきた。
「あなたは一度、倫理観に回復魔法でもかけてきなさい! ……ったく、いいから帰るわよ。こんな老いぼれに付き合う必要もなくなったもの」
私は踵を返しかけたが――
「……ほう。やはり逃げるのか。お前の実力が、その程度だったとは……実に残念だ」
私はピタリと足を止めた。
「"聖女ミレミ"の名も、ずいぶんと安くなったものだな。自ら老いぼれと呼んだ相手ひとりに恐れをなして、尻尾を巻いて退散とは――まさに"逃レミ"とでも呼ぶべきか」
「…………」
「うーわ、あからさまな挑発ッスねアレ。あんな安い挑発に乗る馬鹿、いるわけ――」
「……ああん!? 上等だ、コラァ! やってやろうじゃないのッ!!」
頭の血が一瞬で沸騰し、私はくるりと振り返った。額の血管がピクピクしているのが、自分でも分かる。
シドファが、ぐったりした声で言った。
「えぇ……まだやるんスか? ミレミさん、こっちはもう本っ当にへとへとッスよ……」
「あなたたちは先に帰ってて。ていうか、ここら辺は危ないから――」
そう告げた、その時だった。
「――神級魔法【崩壊呪毒闇付与魔法】」




