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ヒーラーしかいないっ!  作者: ぺろりんがー
ハイレベルにハイ論破!(ごり押し)
53/57

第53話

 レノワールは鼻血を伝わせながら、無言で仰向けに寝転がっていた。


 しばらくして、


「……っくぅ……」


 痛む頬を押さえながら、のろのろと体を起こす。


「今のは効いたんじゃない? 流石の大賢者様でも、老いで体力が落ちてきてるようね」


 私はにじり寄りながら、じっとレノワールの目を見据える。


「……ぐ……。あれは単なる物理的接触による感情の表現……つまり、"論破"などではなく……ただの"暴力"だろう……」


「そういうとこよ! いちいち理屈っぽいの、ほんっと腹立つ! どうでもいいでしょ、そんなこと!」


 胸の底から、ずっと溜め込んできた言葉が、堰を切ったみたいにあふれ出した。


「あんたは昔からそうだった。いつだって()()()ばかりを追って、人の気持ちなんて見もしない。命にだって勝手に価値を決めつけて、低いと判断したものから切り捨てていった」


「……当然だろう? 後に続く被害の規模まで考えれば、その根本を解決する方が総合的な損失は少なくなる。だからこそ、俺たち朝露あさつゆしろは、魔王を迅速に討伐することができた」


「ええ、確かに魔王を倒したわ。世界を救った英雄だって、私も思ってる。――でも、その裏で被害にあってた町や人々は? そこに生きる人たちの想いは? ……いつだって()()()だったじゃない!」


 私の声が、震える。


 ()()()()()()()()して戦う『灰燼アッシュダスト』と、()()()()()()()()()()()して戦う『朝露あさつゆしろ』――かつて魔王討伐隊だった二つのパーティは、理念そのものが真逆だった。


 もしあの頃、私たちが手を取り合っていたなら……もっと救えた命があったはずだ。


 けれど、"朝露の白"の名を掲げ、その思想を定めたのは、紛れもなく()()()()()である。その輝かしい功績の影で、犠牲になった命はあまりにも多く――あまりにも重すぎた。


 ――積年の不満、そして怒り。ずっと胸の内に渦巻いていたものが噴き出す。


「切り捨てた人々の痛み……今こそ思い知りなさい!」


 私の拳が、レノワールの顔面に吸い込まれる。


「――積年の恨みッ!」


「うぐっ……!?」


 押し殺すように声を漏らして、彼は大の字で再び倒れ込んだ。私はもう一発、馬乗りになりながら容赦なく拳をめり込ませた。


「待ッ――」


「積年の恨みッ!」


 そして、もう一発。


「わ、わかった。わかったから一度、落ち着――」


「積年の恨みッ!」


 私は叫びながら、躊躇なくレノワールを殴り続けた。


「おい、待て! まずは話し合――」


「積年の恨みッ!」


「痛ッ、おい……! 止まれ! やめ――」


「積年の恨みッ!」


 まるで聞こえていないかのように、容赦なく無視をする。

 拳を叩き込むたびに、胸の奥に溜まっていた澱が、少しずつ晴れていく気がする。


「はぁ……はぁ……すっきりした……」


 ぼろ雑巾のように地面に倒れ込むレノワールを見下ろしながら、私はふぅ、と息を吐いた。肩を上下させながらも、少しずつ熱を冷ましていく。


 地面に仰向けのまま沈んでいた彼は、しばらく黙っていた。

 だが――やがて虚空を見つめながら、弱々しくぽつりと口を開いた。


「……ときに、聖女ミレミ」


「――なによ」


 レノワールの瞳が、ようやくいつもの冷たい色を取り戻す。


「最近の冒険者たちは……お前にはどう映る? ――()()()()()()()()()()()()()()だろう。3年前と比較して、目に見えてな」


「はあ? いきなり何なの。何が言いたいのか、全くわからないのだけど」


 私は腕を組みながら鼻を鳴らす。


「……まあ、確かに。今の冒険者たちは、昔と比べてずいぶん甘いとは思うわよ。平和ボケして、たるんでるんでしょうね。――でも、あんたが責任者なんでしょ? 育成指導、もっとシャキッとさせなさいよね」


「ふむ、やはりそうか。俺も同感だ」


「……だから、それが何だっていうの」


「俺はその原因を調べていくうちに、いくつかの()()()()()に気づいた。どうやら――何者かが、()()()()()()()()()()()()している。上に正確な情報が届いていないのだ」


「妨害……?」


「冒険者の能力値を意図的に引き下げるなど、魔物側に利する行為と言わざるを得ない。――つまり、ギルド内部に()()()()()()()と見るべきだろう」


「はあっ!? 魔物に肩入れしてる、破滅願望主義者でもいるってワケ!?」


「協力者はいるかもしれない。……かつて、俺たちが戦った魔王幹部――"ケイルヌス"。奴は力は強大なのに、妙に戦い方が単調で、手応えがなさすぎた」


「……あんたたち、勇者パーティが仕留め損ねたからじゃないの?」


「いや、確かに討伐は完了した。だが、あれは完全ではなかった。近年の調査では、"ケイルヌス"は双子、あるいは分裂体であるという説が濃厚だが――俺の見立てでは、あれは"力"と"知"を明確に二分していた可能性が高い。我々が討伐したのは、肉体と魔力を担う"ケイル"……そして、知能と策謀を担う"ヌス"は、今もどこかで生き延びている」


「――要するに、今脅威となっている魔王幹部は、()()()()()の可能性が高いってこと?」


「ああ。そして、そいつが何らかの干渉を行って、冒険者の成長を阻害しているとしたら? 例えば、化けてギルド内部に潜入する……とかな」


 ゾクリと背筋が冷えた。


「……()()()()()()()()()()()()!? そんなの、どう考えたってあり得な――」


「まだ推測に過ぎん。だが、警戒はしておくべきだ」


 レノワールの声が、低くなる。


「……それに、()()()()()()()()()()()にも、()()()()()()()()()が――ふむ、そろそろ時間だな」


 レノワールが仰向けのまま腕だけを持ち上げて、杖を前に突き出した。


「……は? はぁ!? ちょ、ちょっと待って! 魔王の素質って、どういう――」


「さて、この戦いを終わりにしようか」


「終わりって、なにが――」


 私は空を見上げ、凍りついた。

 空一面に、()()()()()()()()()()()()が形成されていた。


「んな、いつの間に……ッ!?」


「いつ? お前がここに来た時、最初からだが?」


 彼はふらつく足取りで立ち上がりながらも、それが当然だと言わんばかりの表情を浮かべていた。


「無詠唱魔法は威力が落ちる。だが、相手に気づかれず発動することができる。そして、【不可視化魔法インビジブル】により、魔法陣を視認不能にしていた」


「ッ……くっ! 【魔法防御強化スペルガード】ッ!」


 私は咄嗟に魔法を詠唱する。だが――


「……もう遅い。戦場では常に気を抜かない――基礎を怠った敗因だ」


 レノワールが静かに言い放つ。


「――【多段電撃魔法ミリオン・ボルトレイン】」


 その瞬間、空から無数の雷が、ゲンビウスの体を襲った。


「グアアアァッッ!!」


 私は急いで詠唱に入る。


「【集中回復魔法ディープヒール】!」


 天が裂け、雷の槍が豪雨のように降り注ぐ。数十、数百――数えきれないほどの電撃が、ゲンビウスへ容赦なく突き刺さった。


「【集中回復魔法ディープヒール】! 【集中回復魔法ディープヒール】! 【広域回復魔法ワイドヒール】!! ――んもう! ふざけんじゃないわよ! いちばん大事なところで話を切るとか……ほんっっと性格悪いッ!! 大嫌い!」


「こうも一気に削られると、回復も追いつかないだろう。――とどめだ、【一閃雷撃魔法フルミナント・サンダーストローク】」


 レノワールが詠唱を終え、強力な一撃が迫った――そのとき。


 ひゅ~……ぱん!


 頭上で、大きな花火が打ち上がる音が響いた。

 彼の目が大きく見開かれる。


「……ば、馬鹿な……これは……ッ!?」


 ――それは、シドファたちが討伐を完了した合図だった。

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