第50話
空が青く澄み渡る、まさに快晴の朝。
街の東門を抜けてしばらく歩いた丘の上には、石で組まれた簡易の見張り台と、テントが一張り設けられていた。
ここが、今回の討伐タイムアタックの出発地点――。
ギルドが立ち合いのもとで公平に記録するために設けられた、公式のスタートラインだ。
私たち『ぷいち☆えんじぇるず』は、いつもの装備に身を包み、各自の杖や補助道具の最終確認を行っていた。
視線の先……丘の向こうには、わずかに赤く煙るような岩肌が見える。そこが、討伐対象――"紅炎のスザキア"の根城だった。
「これより、十五分後に合図が出ます。それまでは待機でお願いします」
近くに控えるギルド職員がそう声をかけてくる。
同様の合図は、北西のもう一つの出発地点――レノワールのいる方にも送られるはずだ。
「――いい? 手筈通りにいくわよ。シドファ、改めて確認を」
「任されたッス!」
シドファが軽く手を上げ、資料片手に読み上げ始める。
「まず、うちが討伐するのは"紅炎のスザキア"。全身を灼熱の炎に包んだ、飛行型の巨大モンスターッスね。――対して、大賢者が討伐するのは"黒殻のゲンビウス"。分厚い甲殻を持つ極端な耐久型で、動きは鈍いッスが防御性能は規格外。どちらも二つ名持ちの超強敵で……まあ、普通に考えたらパーティ単独で挑むような相手じゃないッスけど――」
「条件は好きに決めていいって話だったわ。だから、あちらが黒殻のゲンビウス、こちらは紅炎のスザキアを選んだの」
説明にひと言添えると、ラミシーが深くうなずく。
「ゲンビウスを選ばなかったのは……時間がかかりすぎちゃうから、ですよね……?」
「うちの火力じゃマジで日が暮れるッスからね」
「でも、もう一つ理由があるわ。――とはいえ、このことはもうみんなに伝えてあるけど……今回の勝負、レノワールの討伐相手が耐久型のモンスターだからこそ、こちらにとっては"都合がいい"ってわけ」
ソラソラがパチパチと楽しげに手を叩きながら、
「うんうんっ♪ さっすが、ちゃーんと計算づくなんだよねっ!」
と、期待に満ちた瞳でこちらを見つめてくる。
「――あとは、この作戦がどこまで大賢者相手に通用するかッスね」
「ええ。だからこそ、本当は中級魔法までに抑えたかったのよ」
私は苦笑を浮かべる。頭の片隅では何度も交渉をシミュレーションしたが、あれが限界だった。
「魔法の階級は、『初級』『中級』『上級』『極級』『神級』の順に難度も性能も上がっていく。もちろん、レノワールは神級魔法をいくつも扱える実力者よ」
「おおう……」
シドファが思わずため息を漏らす。
「実は上級魔法までの制限だとしても、こちらにとってはかなりイイ条件だったりするッスか? ……なーんか怪しいッスけど、本当に公平に判定してくれるんスよね?」
「ええ。ギルドが公式に"討伐依頼"として承認してる案件だし、今回は特別査定として、厳格なルール設定のもとで進行するわ。判定はギルドの管理官が担当するから――」
「で、でも……レノワールさんって、ギルドのグランドマスターですよね? もし、内部に息のかかった人がいたら……」
「もちろん、それは否定できない。でも……彼は、理屈の通らないやり方を何より嫌うの。不正なんてしたら、結果にブレが生じて正しく測れない――そんな曖昧さを、彼は許さないと思うわ」
「へえ~、そうなんだ?」
ソラソラが目を丸くして私を見上げる。
「ミレちん、大賢者のレノちんのことをいーっぱい知ってるんだねっ!」
「……まあ、長い付き合いだから……」
軽く言ってはみたが、その一言の中には、言葉にできないほど多くの過去が詰まっていた。
「ま、まあまあ! その話はいいッスよ! ――で、そろそろ始まりそうッスよ!」
シドファが話題を切り替えるように、パンッと手を叩いた。
「……いよいよね。じゃあ――やるわよ、いつもの!」
ソラソラは声に応えるように、パッと花が咲くような勢いで両手を広げた。
「わーいっ☆ 杖合わせだ~♪」
彼女の瞳は嬉しさを映して、キラキラと輝いている。
一方で、隣のシドファはあからさまに眉間にしわを寄せた。
「うげええ、またアレやるんスか? ……やんなくてよくないッスか?」
「馬鹿ね。こういう時こそ気合い入れなきゃ、どうするってのよ。そんなことも分からないなんて、本当に馬鹿ね、シドファ。略してバドファね」
「馬鹿馬鹿うっさいんスけどっ!? ――あーもう! はいはい、わかったッスよ! やればいいんでしょ、やれば!」
シドファは、そう渋々ながらもポジションにつく。
「ちょっとシドファ! 手のひらのひらひらが足りてないわよ! もっと……こう!」
完全に表情を殺したシドファが、言われたとおりに手をひらひらさせる。
「――よし、じゃあいくわよ。ぷいち☆えんじぇるず、ファイッ!」
「「「おーっ!」」」
全員の杖の先端がカチンと交わる。
「よしよしっ」
ひとしきり満足したところで、改めてみんなの顔を見る。
――この作戦。少しでも綻びが出れば、みんなの命すら奪いかねない危険な賭けだ。今この瞬間だって、不安がないと言えばウソになる。
私は三人の肩をガバッと両腕で抱き寄せ、そのままゆっくりと口を開いた。
「今回は、全員の力がカギとなるわ。誰一人として欠けたら勝てないでしょうね。……でも、みんながいれば勝てるって信じてる。だから、みんなも――私を信じて」
すると、三人はすぐに応えてくれた。
「もちろんッスよ! ヒーラーの底力、見せてやりましょうッス!」
「わ、私も……全力で頑張ります……!」
「あはっ! ソラソラちゃんに、まっかせて~☆」
そして、一呼吸おいて、はっきりと宣言する。
「――絶対に、生きて勝ちましょう」
◇◇◇
レノワールは無言のまま一歩、また一歩と足を踏み出した。その歩みは静かで、一切の無駄がない。
小高い岩場を越えたその先――"黒殻のゲンビウス"は、すでに彼の視界の中にいた。
巨体。甲殻。重々しく鈍い動き。
それらの全てを、彼は一瞥で把握する。
「なるほど――」
深く息を吐き、ゆっくりと杖を構える。
その動きは、もはや洗練し尽くされていた。
一足遅れてレノワールの存在に気付いたゲンビウスが、大地が揺れるほどの咆哮をあげた。岩の破片がそこら中に飛び交う。
――しかし。
彼は詠唱を終えていた。
周囲の空気が高密度の魔力で震える。雷光がほとばしるように彼の杖先から伸び、空に向かって一条の光柱が放たれた。
「――【一閃雷撃魔法】」
宣言と同時に、天から降り注ぐ雷の一閃。避ける間も与えず、真上からゲンビウスを貫いた。
黒殻が焼け焦げ、煙が立ち上る。数秒後――轟音と共に巨体が崩れ落ち、大地が鈍く唸った。ゲンビウスはその場に沈み込み、動きを完全に止めた。
「……時間の無駄だったな」
レノワールはひとつ息をつき、手にした杖をゆっくりと下ろした。まるで当然の結果、と言わんばかりの落ち着きで振り返り、討伐完了の合図をギルド職員に送ろうとする。
――その時だった。
「【回復魔法】‼」
どこからか高らかに詠唱された呪文と同時に、ゲンビウスの巨体の上に、ふわりと柔らかな光が降り注いだ。淡く、しかし確かな力を感じさせる白金の輝きが、黒焦げとなった殻を包み込んでいく。
レノワールがピクリと眉を動かした。
即座に声のした方角に意識を向けながらも、再びゲンビウスへと目を戻す。
次の瞬間。ドゥンと鈍い音を響かせ……あれほどの一撃を受けて倒れていたゲンビウスが、ぐらりと体を起こしたのだ。
「……まさか」
レノワールは振り向き、ようやくその目を見開いた。
「――聖女ミレミ……!?」
回復魔法の声の主は――ミレミだった。
「あり得ん……否、理屈としては想定していた。だが、まさか本当にそれを実行するなど――馬鹿げているッ!」
ミレミは、にっこりと笑う。
「ええ、そうよ。これは、脳筋馬鹿から発想を得て思いついた――究極に馬鹿げた作戦」
彼女はくるりと杖を回し、軽やかに構えを取る。
「早く討伐する手段が無いのなら、相手の討伐対象を倒せなくすればいい。ずっとモンスターを回復し続けて、足止めする。これ以上に脳筋で、これ以上に馬鹿げた戦法――私たちの他に誰が真似できるっての?」
「……愚かな。高火力魔法陣、大量の魔道具による制圧、敵の弱点へ魔力を一点に放つ過負荷魔法……いくらでも方法はあったはず――」
「でも、あなたの圧倒的な火力には到底届かない。だから、この勝負を受けたのでしょう?」
レノワールの表情に、明確な歪みが走る。
「――さあ、根比べといこうじゃないの。あなたの"論理"と、私たちの"結束"……どちらか折れるまでね!」




