第46話
「ふー、すっきりさっぱりッスー!」
台所で簡単な朝食を整えテーブルに並べていると、浴室の扉が開き、湯気とともにシドファが現れた。髪をタオルで拭きながら、香ばしいにおいに鼻をひくつかせる。
「あっ! ご飯まで用意してもらって、悪いッスねぇ」
「気にしないで。迷惑かけたのは私なんだから、これくらいはさせてちょうだい」
「じゃあ……お言葉に甘えて、いただきまース!」
そうして、ふたり並んで朝食をとる。どれも保存のきく食材や手近なもので賄った、即席の献立だ。
「簡単なものばかりだから、文句は受け付けないわよ?」
「いやいや、とんでもないッスよ! ……んっ、おいしいッス……!」
もぐもぐと嬉しそうに食べるシドファの様子を見て、胸のあたりがふっと和らぐ。喜んでもらえたなら作った甲斐がある。
「ところでなんだけど。あの薄くて小さい布袋……『お守り』って書いてあったけど、あれは何かしら?」
「――ぶっ! ごふっ、ごほっ!!」
「ちょっと大丈夫!? お水、お水!」
突如として、シドファが喉を詰まらせた。私は慌ててコップを差し出す。彼女はむせながら水を飲み、なんとか呼吸を整えた。
「……なんで、知ってるんスか……?」
「あなたが浴室に向かうとき、革袋が落ちて中身が散らばったの。片づけるついでに、ちらっと見えただけよ。珍しいし手作りっぽかったから、ちょっと気になったの」
彼女は口を開いたものの言葉に詰まり、視線を泳がせて作り笑いを浮かべた。
「いやぁ、あれはッスね……べ、別に大した物ではないッスよ! ……ほら! 最近ちょっと手芸でもやってみようかなーって、お試しに作ったッス! 使い道はないけど捨てるのもなーって、持ち歩いてただけで……」
「ふーん?」
あからさまに取り繕ったその説明は、隠したいことがあると白状しているようなものだった。隠す理由もおおよそ察しがつく。
私は口元をニヤリと歪め、次の瞬間――バッと立ち上がった。
「いらないなら、私がもらっちゃおーっと♪」
「……へ? ――だ、だめッスよ!」
慌てるシドファをよそに、私は革袋に手を伸ばし、例の小袋を取り出す。すぐさま彼女が飛び込んできて――視界がぐるりと回った。
気がつけば私は床に仰向けになり、その上にシドファが覆いかぶさっていた。
「ご、ごめんなさいッス! でも、それだけは……!」
「――これ、私に作ってくれたんでしょ?」
問いかけると、彼女の体がぴくりと強ばった。やがて、ふぅ……と小さく息を吐き、ぽつりと呟く。
「……お誕生日プレゼントで、これを渡すつもりだったッス。贈る人への無事を祈るための、東の島国に伝わる『お守り』ってやつらしいッス。けど、裁縫とか超苦手で、うまくできなくて……」
「別に、不格好でも気にしないわよ? 私の性格、あなたはよく知ってるでしょ」
「あたしが気にするッスよ。それに――大きな戦いが来るから、ミレミさんに生きてて欲しいと願いを込めて作ったッス。なのに……こんな出来じゃあ、逆に悪いこと引き寄せるんじゃないかって、それが不安で……」
「シドファ……」
彼女の髪をくしゃくしゃと撫でた。
「あなた、そういうの気にするとこあったのね。かわいいやつめ!」
「うわっぷ! や、やめてくださいッスー!」
その反応がさらに愛おしくて、私は思わず微笑んだ。
「心を込めて作ってくれたんでしょ? なら、悪いことなんて起きるはずないわよ」
「――――」
そして、彼女の頬にそっと手を添える。
「ありがとう。こんなにも素敵なものをくれて。あなたと……それに、みんなのおかげで、私は私の誕生日が好きになれそうだわ」
私は小袋を胸に抱き寄せた。
そこに込められた不器用ながらも温かな想いが、じんわりと伝わってくる。
「ミレミさん……」
シドファは照れくさそうに、ふっと小さく笑った。
「まだ、あげるって言ってないッスけどね?」
「……くれないの?」
「あは、しょうがないッスねぇ。じゃあ、プレゼントを二個あげたぶん、あたしの誕生日……期待してもいいッスか?」
「もう、調子のいいこと言って……」
二人で顔を見合わせ、くすくすと笑い合っていた。
◇◇◇◇
――数日後。
私はいつもの酒場に入るなり、ため息をつきながらカウンターに腰を下ろした。
「はぁ〜……今日もくたびれたわ。マスター、いつものお願い」
そう言うと、マスターは歯切れの悪い顔でこっちを見る。
「……あぁ、ミレミさんか」
「なに? どうかしたの?」
問いかけても、マスターは肩をすくめるだけ。
――その直後、酒場の床がガタガタッと小刻みに揺れた。
「うわっ……地震?」
マスターは顔をしかめ、ぐしゃっと頭を抱えるように手を当てた。
「……今日は運が悪かったと思って、さっさと帰りな」
「何よ! 私に出す酒がないっていうの?」
私はわざとらしく指先でカウンターをトントンと叩き、肘をついてマスターを睨む。
「いや、そういうわけじゃ――」
マスターが言いかけたところで、ガタガタガタッ……と、揺れが更に大きくなる。
「なになに! さっきから、何なのよ……」
揺れの出所を探すように周囲を見渡し――そして、ようやく気づく。なんと隣に座っていた男が、貧乏ゆすりを遠慮なくガタガタ続けていたのだ。
まるで周囲が見えていないかのような無神経さに、カチンとくる。
「ちょっと、あなた! さっきからその足、ガタガタガタガタって、うるさ――」
言いながらその顔を見て、私は言葉を失った。
「久しぶりだな、聖女ミレミ」
そこにいたのは、見覚えのある顔。いや、最も見たくない憎き顔。
「お前に用があってここに来た。単刀直入に結論から言う。お前のパーティを――今すぐ解散させろ」
私が世界で最も嫌いな人物。
勇者パーティの大賢者――レノワールだった。




