第45話
どどどど、どうしよう――ッ!!
目の前の現実に、ただ私は固まっていた。意識がはっきりするにつれ、脳内は不穏な仮説で埋め尽くされていく。
体中の血の気が引いていくのを感じながら、昨夜の記憶を巻き戻そうとするも、途中から映像がぷつりと切れている。
そうこうしているうちに、隣で寝ていたシドファが、むにゃむにゃと唇を動かしながら、もぞりと身じろぎし――
「……ぅぅん……ん……?」
彼女はゆっくりとまぶたを持ち上げ、むくりと起き上がる。私と視線がぶつかった。
やがて彼女の視線はするすると下へ滑り……お互いのあられもない姿をとらえた。
「…………」
「…………」
「――ッッ!!」
シドファは声にならない悲鳴を上げ、顔から火が出る勢いで真っ赤になる。布団をガバッと掴み、慌てて口元まで引き上げて顔を隠した。
「……ミ、ミレミさん……」
――冷や汗が背を伝う。
この反応……いやな確信が喉元までせり上がる。まさか、これは本当に……っ!?
一瞬の沈黙ののち、私は意を決して問いかけた。
「……シドファ。昨夜のこと、ちゃんと覚えてる?」
恐る恐るうかがうと、布団の中からぐぐっと頭を出した彼女が、吊り上がった目でこちらを睨む。
「当たり前ッスよ! あんなことをしておいて、忘れるわけないじゃないッスか!」
「マ゜ッ!」
赤ら顔のまま、むすっとした様子でぷいと視線を逸らすシドファ。
次の瞬間、私は咄嗟にベッドから飛び出し、その勢いのまま床にひざをついて……土下座した。
額が床に触れそうなほど深く頭を下げ、
「――すみませんでしたぁッ!! 正直、あなたに何をしたかは覚えてないけど、もし私が手を出してたなら……ちゃんと責任はとるからッ!!」
「……え? えっ?」
シドファが目をぱちくりさせて固まった。
「責任……って何スか?」
……質問の意味が、よく分からなかった。頭の中に疑問符が一斉に浮かぶ。
思わず顔を上げると、シドファは布団を胸元で握りしめたまま、じっとこちらを見返していた。
「……何か、勘違いしてないッスか?」
その一言に、私はようやく昨夜の真相を聞くことになるのだった――。
◇◇◇
話を聞けば、どうやら昨夜の誕生日会で私は調子に乗って、飲み食いを重ねて羽目を外しすぎたらしい。
その結果、満腹を感じない腹は大きく膨れ上がり、酔いも最高潮。帰ることすら困難な泥酔状態となった私を、シドファが自宅まで運んでくれたのだという。
「――で、部屋に入った瞬間に。ミレミさんが突然、盛大にリバースしたッス」
「…………」
魔法で吐き気は抑えられても、胃に入った物が消えるわけではない。物理的に吐くこと自体は防ぎようがなかったようだ。
「量が量だけに、片づけに4時間くらいかかったスよ。家中を掃除して、汚れた服は全部洗濯して……で、そのまま力尽きて、ミレミさんのベッドで寝落ち――ってわけッス」
「……ほんっっっとうに、すみませんでした……」
もう一度、深々と頭を下げる。頭上から、少し呆れたシドファのため息が落ちてきた。
「まあ……いいッスけど。とにかく、これに懲りたら調子に乗って飲みすぎないようにしてくださいッスよ?」
「はい……肝に銘じます……」
とりあえず、シドファとの間にやましいことは何もなかったらしい――そこに関してだけは、心底ほっとした。
私はようやく息をつく。とはいえ、下着姿で並んで寝ていたという状況は、やけに気恥ずかしい。
きっと、シドファも同じだったのだろう。視線を合わせないようにしながら、気まずさを振り払うように、シドファが唐突に言った。
「お、お風呂借りるッスね!」
勢いよく立ち上がり、そそくさと脱衣所へ消えていく。
そのとき――カシャッ、と軽い音を立てて、何かが床に落ちた。
「あら?」
目をやると、ベッド横のサイドチェストから落ちたのか、手のひらほどの革袋が床に転がり、中身が散らばっていた。周りには手鏡や小さな魔導具なども散乱しており、恐らくシドファの私物だろう。
「ちょっと、落ちたわよー!」
声をかけるが、浴室のドアはすでに閉まり、水音が始まっていた。
「……聞こえてないわね」
私は床にしゃがみ、散らばった物を拾い集める。革袋に小物を戻していく最中、ふと、ひとつの小さく平たい布袋が目に留まった。
真ん中には刺繍で『お守り』の文字。ぎこちない針目から不器用さを感じ、手作り感があふれている。
「これは……?」
指先が一瞬止まる。けれど、勝手に人の物を探るのはやっぱり気が引けた。私は布袋をそっと革袋に戻し、口紐をきゅっと結び直す。




