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ヒーラーしかいないっ!  作者: ぺろりんがー
ハイレベルにハイ論破!(ごり押し)
43/57

第43話

 ――私は、今日という日が大嫌いだ。


 朝、目を覚ました瞬間から不機嫌だった。窓の外の光が無神経なほど明るくて、ひどく腹立たしかった。


 そう……『()()()』という呪いは、毎年こうして私に襲いかかる。

 30代も後半に差しかかると、特に気が滅入るようになった。今や私にとって誕生日とは、老いの通知にしか思えなくなってしまっていた。


 そんなわけで、今日はふてくされて一日中寝ていようと思っていた。

 ――けれど、部屋でひとり塞ぎ込んでいても、気が滅入るばかり。

 結局、私は意地になって外へ出ることにした。目的なんてない。せめて気晴らしくらいにはなればいい、という程度の気持ちだった。


 向かったのは、街の東端で毎週開かれる朝市。普段なら混雑を嫌って近づかない場所だが、今日はなぜか人も少なく、思ったより静かだった。


「――あら、この花……」


 ふと、通りの花屋に目が留まった。

 店先に並ぶ花束の中に、妙に目を引く――紫がかった、不思議な花が咲いていたのだ。名前も知らない、けれどどこか惹かれる、美しい色の花。


 思わず足を止めて見入っていると、背後からふわりと声がかかった。振り返ると、店員が穏やかな笑みを浮かべて立っていた。


「その花、"老月草"って名前なんですよ。ちょっと珍しくて、今の季節だけ出回るんです」


「へえ、そうなのね。なんだか、親近感がわいてくるような花ね」


「見た目は落ち着いてますけど、しっかり深みと魅力があって、女性に大人気なんです! まさに、上品な大人の花といったところでしょうか」


 心地よい香りが、曇っていた気分が少しだけ晴らすように通り抜けていった。私はそっと手を伸ばす。


「……買って帰ろうかしら。たまには、花でも」


「ありがとうございます! ちなみにこの花、香りもまた個性的で……()()()()()ごとに変化していくんです」


「……年を重ねる……」


「はい! 今の時期はちょうど香りが深まって、()()()()()()()頃ですね。落ち着いた甘さが艶っぽいって評判なんですよ」


「……かなり熟れてる……」


 それらの言葉に胸のどこかがざわついて、私はそっと目をそらした。気づけば、手は花に届く前で止まっていた。


「特別な日にぴったりの一本ですよ! ぜひ、いかがでしょうか?」


「――いえ、ごめんなさい。また今度にするわ……」


 私は軽く会釈だけして、その場を後にした。


 そして、気を取り直すように別の通りへと足を向けると、威勢のいい呼び込みの声が耳に飛び込んできた。


『蔵で眠って百年、"古練味噌"! ()()が生んだ渋みが、癖になるよー!』


 ――年季。


『今日の目玉は"晩年ホウレンソウ"! ()()()ほど味が濃くなるって、不思議でしょ~』


 ――枯れる。


『"シワ皮柚子"入りましたー! 時間をかけた香りと、()()()()な皮が絶妙です! ()()()()! ()()()()ですよー! それはもう、驚くほどに()()()()してますよー!』


 ――シワシワ。


「…………もう帰ろうかしら」


 そう呟きながら、くるりと背を向けて歩き出した。そのとき――


「あっ……ミレミさんっ……!」


 少し離れた角から、小柄な人影がこちらに向かって手を振っていた。

 ――ラミシーだ。片手に紙袋を下げて、ぱたぱたと軽い足取りで駆け寄ってくる。


「偶然ですね……! こんな朝早くに外出されてるなんて、珍しいです」


 駆け寄ってきた彼女は、息を切らしながら紙袋を持ち直し、いつものように控えめな笑顔を見せる。


「……うん、ちょっとね。今日みたいな日は部屋にいると、ろくでもないことばかり考えちゃうから」


 ラミシーが小首をかしげる。


「どうしてですか……? 今日って――ミレミさんの誕生日ですよね?」


 まっすぐな目だった。曇りも悪意もない、ただ純粋な疑問。

 その当たり前のような問いかけが、かえって胸に突き刺さる。


 ――誕生日は祝うもの。若い子なら、そう信じて疑わないのだろう。


「そうよ。だからこそ、よ」


 私はため息まじりに空を仰いだ。


「……? よく分からないですけど、丁度よかったです……! 実は今日の夕方ごろ、ミレミさんの誕生日会を開こうって、みんなと話してたんです……」


「えっ……そ、そうなの? ありがとう、うれしいわ……」


 それだけを搾り出すように言うと、ラミシーの表情がぱっと緩んだ。


「……では、ミレミさん。来てくれるんですね?」


 心の奥がちくりと痛んだ。

 ……まったく。そんな風に無垢な目で見つめられたら、断れるわけないじゃない。


「え、ええ! もちろんよ!」


「よかったです! ――それで、私からのお誕生日プレゼントを、先にお渡ししようと思いまして……」


「あら、ありがとう。でも、今すぐに渡せるものなの?」


 ラミシーはどこか照れたように、こくんと頷いた。


「はい。……私のプレゼントは"物"ではなくて、"魔法"なので……」


 ――魔法。この言葉に、私は思わずゴクリと喉を鳴らす。


「ラミシー……あなた、まさか!」


「そうです! 今日は特別に……二日酔回復魔法ハングオーバーヒールを、ミレミさんのために何回でも使っちゃいますっ……! もちろん、翌日までばっちり効く強力なやつです! オマケに、腹痛回復魔法、満腹緩和魔法、胃もたれ軽減魔法、などなど。つまりですね――()()()()()()()()()しちゃって大丈夫なんです……!」


「お誕生日サイコーッ!!」


 さっきまでの憂鬱はどこへやら、私の顔には抑えきれない笑みが浮かんでいた。今、頭にあるのは、いくらでも酒を飲めるという高揚感と、いくら食べても胃もたれの心配がないという幸福感だけだった。

 

「なので、よかったら……このあと、一緒に食べ飲み放題のお店で、お昼ごはんでもどうかなと……」


「もちろんよ! 全メニュー、制覇でもしちゃおうかしらねぇ!?」


 テンションは最高潮、気づけばラミシーを引っ張って店に向かい始める。魔法という最強の味方を得た私は、もう何も恐れるものなどなかった。


 ◇◇◇


 食べた。飲んだ。


 とにかく、飲んで食べて飲んで飲んで。気づけば空き瓶の列と皿の塔がテーブルを占拠し、胃袋には満足と幸せだけがしっかりと残っていた。それもこれも、ラミシーの魔法が優秀すぎるのが悪い。


 ――しかし、流石に限界はある。


「……なんか、尋常じゃないほど()()()()してきたわね……」


 私は大きくなった腹をさすりながら通りに出た。ラミシーも隣でそっと歩いている。


「ねえ、ラミシー。これって……まさか、破裂したりしないわよね?」


「えっと……。多分、大丈夫……だと思います……」


「ほ、本当でしょうね……?」


 ラミシーはそれ以上何も言わなかった。その沈黙が、かえって怖かった。

 ……お腹と一緒に、不安までふくらんできた。


 そこへ。


「おーい、ミレミさーん! ラミシー!」


 向かいから賑やかな声が飛んできた。――シドファだ。


「いやぁ偶然ッスねぇ! あっ、ミレミさん、お誕生日おめでとうございまー……って、なんスかッ! そのお腹!?」


「ああ、これ? ちょっと食べすぎ――」


 と言いかけた瞬間、脳内にピコーンと浮かぶ()()()()()()


 私は思わせぶりに口をつぐみ、両手でそっと下腹を包み込むように撫でる。そして、視線を落とし、わずかに頬を染めながら――


「……できちゃった」


「…………は? でき……? え? なにが……ッスか?」


 シドファが凍りついたように固まる。その顔がみるみる青ざめていく。


「……で、できたって、もしかして……」


「――赤ちゃん♡」


「…………きゅ~っ……」


 バタリ。


 彼女は綺麗にそのまま崩れ落ちた。

 白目を剥き、口をパクパクさせながら、見事に気を失っている。

 

「あっ、ちょっとやりすぎたかしら」


「シドファさぁぁぁああんっ!!」


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