第42話
そうか。
そうだったんだ。
私はずっと、あのときから――"聖女"として戦おうとしていた。あり続けようとしていた。
でも、違う……違った。
守るとか、背負うとか、そんな言葉に囚われていただけ。
シドファ。あなたのその声が、私を過去から引き戻してくれた。
灰燼のように、"最も軽い命"でもない。
私が勝手に決めつけていた、"守るべき存在"でもない。
私たちのパーティの形は――。
「――ええ、そうね。ようやく気がついたわ」
私はふっと力が抜けるのを感じた。
知らず知らずのうちに息を詰めていたらしい。ゆっくりと息を吐き出した。
「……正直、最初はこのパーティの構成、どうなの? って思ってたわよ。バランスが悪いなんてもんじゃない。でも……」
私は穏やかな気持ちで口を開く。
「誰かが傷ついたら、すぐに手を伸ばして癒やしてあげられる。混乱しても、苦しくても、その不調を払ってあげられる。失った活力も、再び湧かせて、また歩かせてあげられる。――そうやって対等に支え合えるのは、私たちだからこそ、よね」
そして、笑いながら続ける。
「だって、私たち――ヒーラーしかいないもの」
私はそう口にして、胸の奥が軽くなるのを感じる。
――大丈夫。もう、私は救うだけじゃない。
救われてもいいんだと、気づけたのだから。
ずっと真剣な面持ちだったシドファの表情が、ふいにゆるんだ。泣きそうに揺れる瞳の奥に、それでも確かな安堵が宿る。
微笑みとともに、そっと小さくうなずいた彼女は、ひとつ呼吸を詰め、視線を真っ直ぐ戻してから――深く頭を下げた。
「ミレミさん。あたし……生意気言ってごめんなさいッス」
「えっ、ちょっと! 謝るのは私の方よ! ごめんなさい、あなたの気持ちをないがしろにした。それに……ありがとう。仲間を信じるって、こういうことなんだって――やっとわかった気がするの。だからもし、大きな戦いになったら……一緒に来てくれる?」
その問いに、シドファは一瞬だけ目を丸くしたが、すぐにぱあっと明るい笑顔を弾けさせる。
「もちろんッスよ、ミレミさん! あたしにできることなら、なんだってやるッス!」
その無邪気な笑顔につられて、私もつい笑みをこぼしてしまった。
けれど、不意にシドファの視線が私に留まっていることに気づいて、首をかしげる。
「……何? 私、変な顔でもしてた?」
シドファはくすりと笑い、少しだけ照れたように、
「いーえ。あたしは確かに、昔のミレミさんの笑顔に救われたッス。――でも、今みたいに嬉しそうに笑うミレミさんが……あたしは一番好きッス」
と、あまりにもまっすぐに言うものだから、私はびっくりしてぽかんとしてしまう。そんな私の様子を見た彼女は、「もう!」と小さく声を上げ、頬を赤らめてぷいっとそっぽを向いた。
「――それよりも! 遅くなっちゃったスけど、今から"ワタボコリーヌ"を助けに行くッスよ! まだ召喚が切れるまで、時間はあるはずッスから!」
勢いよく話題を切り替えるシドファに、私は一拍遅れて聞き返す。
「ワタボコリーヌ……って?」
するとシドファは大げさなほどに肩を落とし、呆れ果てた声をあげた。
「はぁ……あんたが名前をつけた召喚獣でしょうが! 屋台で呼び出した、フワフワのやつッスよ。すっかり忘れてるじゃないッスか! 今ごろそいつが、ラミシーにあれやこれやとされてるはずッス」
「え? ……ああ! あの子ね! 中々いいセンスの名前だと思ったら、私が名付けたんだったわね」
「いや……センスどこッスか。まぁいいッス。思い出したなら、さっさと行くッスよ!」
と、シドファは勢いのまま走り出してしまう。軽快な足音が遠ざかり、私は慌ててその背を追いかける。
「ちょ、ちょっと待ちなさい! 私はあなたと違ってアラフォーの飲んだくれなのよ! 言わせんじゃないわよ! ――そんな早く走るなって言ってんのー!」
息が上がりそうになりながら、私は声を張り上げて叫んだ。
ふらつく足取りで、その背中を追って必死に駆けるのだった。
――私は、ようやく"仲間"の意味を知った。
この絆なら、どんな困難だって乗り越えられる。
……はずだったのに、まさかあんなことになるなんて――!
◇◇◇◇
――厄災の訪れは、突然だった。
「マスター、もう一杯! もっと度数の強いのちょうだい!」
隣の席からは、カップがテーブルに置かれる音がまた響く。
「こちらも、ブラックコーヒーを頼む」
「あんたねえ! 一体それ、何杯目よ!? コーヒーコーヒーコーヒーコーヒーって、どんだけ目ぇ覚ましたいのよっ!! こちとら見てるだけで酔いが醒めるっつーの!」
「これは十二杯目のコーヒーだ。そして、俺がコーヒーを繰り返し飲む理由は、カフェインによって思考を加速させ、認知機能を維持するため。……一方で、お前が飲んでいるそれは、アルコールによって判断力を鈍らせ、行動の最適性を著しく損ねている。非常に、非効率的で、非合理的で、非生産的だとは思わないか?」
「うるッさいわねッ!! あんたの顔を忘れるために飲んでんだっての!」
……そう、魔王討伐後。
もう二度と会いたくなかった男。
もう二度と顔も思い出したくなかった男。
勇者パーティの大賢者――レノワールとの再会だった。
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