第41話
どうにも口調が重くなってしまったせいか、シドファは戸惑ったように私を見つめていた。普段の私なら、もっと違う言い方をしたはずなのに――そんな表情だった。
「……なんだか、いい話じゃなさそうッスね」
低めの声でそう洩らすシドファに、私は情報の核心を簡潔に伝える。
「魔王幹部が――生きているかもしれないの」
「……マジッスか……ッ!? あの魔王幹部が……まだ……?」
驚くのは無理もない。全人類が、その恐ろしさを知っているのだから。
魔王幹部は、かつて六体存在していた。私が生まれた頃には、そのうち二つがすでに欠番となっていたが、それはかつての英雄たちが、多大な犠牲を払ってようやく討ち取ったからだ。
そして、私たちの代で討たれた魔王幹部も同じだった。ケイルヌスこそ勇者たちが単独で葬ったものの、それ以外の幹部たちの討伐には、各地で血を流し、幾千もの命が失われ、その果てにやっとのことで葬られた。
それほどの存在が、まだ生きているなんて――とても信じられる話じゃない。
「もし本当にそいつが動き出したら、見過ごすわけにはいかない。多分……私も戦いに行くことになると思う」
するとシドファは、ここぞとばかりに身を乗り出す。
しっかりと拳を握りしめ、その瞳には鋭い光が宿る。
「もちろん、あたしも行くッスよ! パーティッスからね! あたしだって――」
私は手を軽く上げて、その言葉を遮った。
わざと軽い笑い声を混ぜようとしたが、声は震えてしまう。
「……わかってる。あなたは絶対『一緒に行く』と言うと思った。でも、言っておくわ。私は……一人で行くつもりよ」
「え……?」
短い沈黙が落ちる。シドファの表情がみるみる内に固まっていく。驚きと困惑に満ちたまま、言葉を探すように唇を震わせる。けれど、その場で何かを返す気力は、まだ湧いてこないらしい。
……自分で言っておいて、思わず情けなくなってくる。私がやっていることも、結局は――ギルと同じだ。
危険な場面ほど、仲間を遠ざける。無責任だと感じていたその行動を、今の私はそっくりそのままなぞっている。
「ミレミさん……」
信じたくない気持ちと、受け止めきれない現実が入り混じった声だった。
私はそれ以上言葉を継げずに、思わずシドファから目を逸らした。……彼女の反応を見る勇気がなかった。
「……あんた、それ、本気で言ってんスか?」
私は奥歯を噛みしめながら、うなずいた。
「本気よ。あなたのこと、いえ、パーティみんなのことを失いたくはない。だから、私――」
シドファは黙ったまま私を見つめていた。その視線が、続きを促してくる。
「"連合指令"が発動して、パーティみんなが前線に送られるかもって話をしたでしょ? ……今のパーティ構成じゃ、戦場であなたたちを守りきれる保証がないの。だったら、せめて私だけで済ませるべきなのよ」
「……何、言ってんスか? あのとき、みんなで一緒に進むって決めたじゃないッスか。あたし、信じてたッスよ? なのに今さら、"一人で行く"って……あたしらの決意って、そんなに軽いものだったんスか?」
「違う。ただ……こんな形になるなんて、私も想像してなかったの」
そう、あの時は本気だった。だけど、こんな展開になるなんて――思ってもいなかった。
「ミレミさんが、あたしを守る相手だと思ってるなら……それ、いちばん聞きたくなかった言葉ッスよ」
彼女の声にこらえていた感情があふれ出す。
怒りと悲しみをはらんだ……熱のこもった響きだった。
「……あたしが今まで、何のために頑張ってきたと――分かってて言ってんスか!? あたしがどれだけ、あんたの隣に立ちたくてここまでやってきたと思ってんスか! ……じゃあ、何ッスか? 実力不足だって言いたいんスか!?」
怒りのまま飛び出したシドファの叫び。その眼差しは、まるで刃を突きつけるかのように鋭い痛みを伴う。
「そうじゃない! あなたが、それにみんなも、実力不足だなんて思ってない! ……でも、魔王幹部を相手にして、どれだけの命が失われてきたか、あなたも知ってるはずよ? 敵の強さも、リスクの大きさも、身をもって知ってるから……誰も失いたくないの」
「だからって、一人で行くことが正しいって、本気で思ってるんスか? あたしが今まで必死で積み上げた力も使わず、あんたが傷つくかもしれないのにそばで戦いもしないで、ただ見送ることを……あたしが望むとでも思ってるんスか!?」
「分かってる。――でも、これ以上、あなたたちを巻き込みたくないの! あれは、本来なら私たち魔王討伐隊が片づけるべきもの。それを、未来ある若者たちに背負わせたくなんてない!」
「馬鹿なこと言わないでくださいッスよ……そんなの、関係ないじゃないッスか。何のためにパーティ組んだッスか? ――仲間じゃないんスか!?」
激しい火花のように言葉が散り、互いの声がぶつかり合う。限界に達しそうな空気を感じて、私は話の核心へと立ち返った。
「――聞いて。今まで私が魔王幹部と戦ったとき、ただの一度も犠牲なしで済んだことなんてなかったわ。私はたくさんの名前を、二度と戻らない存在として心に焼き付けてきたの。そして、今回は素性も知らない相手。リスクがあまりにも高すぎるのよ……」
シドファはまた反論しかけたが、私の瞳が本気を宿しているのを見たのか、一旦言葉を飲み込む。
「……お願い。あなたたちを死んだ者の名として心に留めたくないの。そんなの……辛すぎるから。ようやく平和な時代を迎えられたのに……やっと、大切だと思える人たちができたのに。もし、それすらも失ったら……私は……もう…………」
言葉を吐き出したあと、私は息を整える。
「だから……私が全部、終わらせる。あなたたちの未来を守るために」
こみ上げるものを押し隠すように、私はそっと笑みを浮かべた。
――しかし、それを見たシドファは、それに胸を締めつけられたような表情を浮かべ、ほんの一瞬だけ呼吸を止めた。
「……ミレミさん。だったら、なんで……あんたは、まだ――そんな笑顔をしてるんスか?」
……何を言われたのか、わからなかった。
彼女にはどう見えているのだろうか?
「――あんたが聖女って呼ばれる本当の理由。あたしを含め、救われた人間はみんな、感じてても誰も口に出さなかったッス。けど、あんたがそんなふうに笑い続けるなら……今、言わせてもらうッス。あんたがいつも――今にも泣きそうな笑顔を浮かべて、誰一人見捨てず、諦めないで助けようとしてたからッスよ。相手を安心させるために、あんなにも……辛そうな顔をしてッ! だからみんな、あんたのことを"聖女"って呼ぶんスよ……」
聖女――何故そう呼ばれているのか、意識して考えたことはなかった。
私はただ、必死だった。誰かが痛みに苦しむ姿を見るたびに、自分が代わって痛みを背負えたらと思った。
だからせめて、笑顔を崩さずにいられれば、相手を少しは安心させられるかもしれない――と、ただそれだけで。
「……ミレミさんは本当に優しいッス。救えなかった人たちの名前だって、その一人ひとりを想って……全部覚えてるんスよね」
彼女は未来を見据える色へと――迷いのない、まっすぐなものへと変わる。
「――でも、そんなふうにミレミさんが苦しむなら……そんな名前、忘れちまえッス! あんたが救えなかった過去じゃなくて、あんたが作った未来を見てくださいッス!! ――あたしは、シドファ。あんたの中で死んだ人間の名前になんてならない!! あんたの隣で一緒に戦って――あんたと一緒に生きる人間の名前ッス!」




