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ヒーラーしかいないっ!  作者: ぺろりんがー
歴史が光れば影に黒歴史
39/57

第39話

 ギルはやがて、ゆっくりと口を開いた。


「……勇者パーティの、朝露あさつゆしろが名を上げたきっかけを、覚えているかい? 魔王軍の第六幹部、"ケイルヌス"。彼らはパーティを結成してわずか一週間で、あのケイルヌスを単独撃破した。そして、世界中が彼らを()()()()()として称賛した。――ここまでは、ミレミも知っているよね?」


「ええ、知ってるわ。……それで?」


 なぜそんなことを、今さら。


「――実は、そのケイルヌスが……()()()()()()()ことが判明した」


 言葉の意味が、頭に染み込むまでに数秒かかった。

 魔王幹部ケイルヌスが……生きている?


「……はあ? 冗談でしょ? 報告では、完全に消滅したって――」


「厳密には、ケイルヌスは()()()()()()()()だった。もともと二つの魂が一つの個体に宿っていて、それぞれを"ケイル"と"ヌス"と呼ぶ。勇者たちが倒したのは、あくまで――"ケイル"の方だけだったんだ。そして、各地に残る魔素の残滓や、封印痕の解析を進める中で、"ヌス"の痕跡と思しきものが浮かび上がってきた」


「双子のアンデッド――ッ!? そんな……」


 言葉を失った。


 "ケイルヌス"は、かつて幹部の中では()()と比喩されていた。

 しかし、幹部は幹部。その力は紛れもなく強大だった。


 戦いを終え、ようやく平和が訪れたこの世界に、まだそんな敵が潜んでいたなんて――。

 その事実を突きつけられた瞬間、酔いなんて一瞬で吹き飛んだ。


 ギルは私の沈黙を見届けるように、重い息をついた。


「この情報は、遅かれ早かれ世界中に知れ渡る。だから、そうなる前に、この話だけは俺の口から直接伝えておきたかった。……きっと、ミレミのことだ。ヌスの存在を知ったら、誰よりも早く動くだろうと思ってね」


 内心ぎくりとする。ギルの言うとおりだ。

 私は当たり前のように人々を守るために立ち上がるだろう。


 ――私たちの世代の負の遺産を、未来に残すわけにはいかないから。


「……お見通しってわけね」


 苦笑交じりに言うと、ギルもわずかに表情をやわらげた。


「長い付き合いだからね。……最近まで、情報が確定していない段階だったから、みんなに話すタイミングを考えていた。他の仲間にも順番に話してきたんだ。そして、おまえだけは()()にした」


「ふん、いらないお節介だわ」


 ギルは静かに頷くと、


「――最初に言っておくよ。"ヌス"はかなり力を失っている。魔王という巨大な後ろ盾を失い、しかも、勇者たちが単独で倒した双子の片割れだ。各国が協力し、本腰を入れれば、ミレミがわざわざ出るまでもない。――もっと言えば、灰燼アッシュダストのみんなを巻き込みたくないんだ」


「あのねぇ。だったら、あなたはどうなのよ? もし、ヌスが現れたら……あなたこそ戦いに行くつもりなんでしょう?」


 するとギルは、口許にかすかな微笑を浮かべた。いつもどおりの穏やかな、それでいてどこか寂しそうな笑み。


「今の俺の幸せは、灰燼アッシュダストのみんなが幸せに過ごしてくれること……ただ、それだけなんだ」


「あらそう。でも、私は冒険者に戻ったの。討伐に参加しても、問題はないはずよ?」


「だったら、この辺りでゆっくり冒険者稼業をすればいい。今のおまえには、大事な仲間がいるんだろ? おまえが前線に立てば、きっと、その仲間たちもついてくる……。巻き込むわけにはいかないんじゃないか?」


「おあいにく様。私一人で行くつもりよ。誰も巻き込ませないし、誰も傷つけさせない。私が全部背負って――私が一人で片をつける」


 ギルは小さくため息をつく。

 やれやれ、というような顔で、困ったように頭を掻く。


「うーん……やっぱり、こうなるか。本当に変わらないな。ミレミには、前線に戻ってほしくないんだよ。だからこそ……できれば、誰かと()()でもして、幸せになってくれたらいいのに――」


「はぁ? またその話? ……ていうか、なんで私が結婚してない前提なのよ」


「もう、してるのかい? いい相手が見つかった?」


 その瞬間、ふと脳裏に浮かぶ光景があった。


『わかったッス。結婚がしたいんスよね? だったら、――あたしが貰ってやるッス』


 頬がじんわり火照る。


 ――いやいや、そんなわけない!

 私は首を強く振って、無理やりその記憶を追い払った。


「結婚なんてしてないわよ! していたら、こんな飲んだくれた生活してないっての! ……だいたい、話をそらさないでちょうだい。まったく、あなたはいつもいつも都合が悪いことはそうやって……」


 結局のところ、私は彼の気持ちが分かってしまう。

 彼は、本気で願っているのだ。かつてのように、命を削って戦う時代を――もう繰り返したくはないと。


「じゃあ、最後に一つだけ。もし、"ヌス"が姿を現したら……ミレミはどうするつもり?」


「……教えないわよ。そんなの」


 きっぱりと返す。

 ギルはそれ以上、何も言わなかった。静かに頷き、ひとつ息を吐くと、背を向けて階段を下りていく。


「……そうか。なら、くれぐれも気をつけて。どんな選択をしても――俺は、おまえの幸せを願ってる」


 やがてギルは振り返らないまま、ゆっくりと去っていった。

 頬をなぶる夜風が、なんだか冷たく感じられる。


 ――それでも。

 魔王軍の亡霊が再びこの世界に牙を剥くのなら、私は――。

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