第36話
はぁ、とため息をひとつ吐く。
ついに、私の番だ。
まったく。なんでこんなくだらない祭りのくじで、命懸けみたいな緊張感を味わわされなきゃいけないのよ。
ただ、逃げ道はもうない。腹をくくるしかない。
「……じゃあ、いくわよ」
そう呟いて、私は取っ手にそっと手をかけた。手のひらはじんわり汗ばんでいた。
ゆっくりと、ぐるりと回す。
カラカラ……ガチャン。
転がり出た玉を、店主が無言で拾い上げた。
さて、どうなるっ!?
「えーっと、結果は……おぉ! 2等の"モコモコプルー"だ!」
「――2等!? や、やったぁ……!」
「すごいッスよ、ミレミさん!」
私は全身から力が抜けて、その場にへたり込む。
シドファも目を輝かせて拍手を送っていた。
「ぷるぷるした丸い体に、綿毛が生えたようなモンスターだな。癒やされそうな見た目をしているが……不思議な魔法を使う実力者でもある。滅多に出ない、アタリだぜ!」
「よかったぁ……誰もハズレなくて……」
「じゃあ、契約の巻物に名前を書いてくれな。そしたら召喚が始まるぜ」
「……はいはい。さっさと片づけて、こんなインチキ屋とはおさらばよ」
言われるままに巻物へサインする。すると、足元に魔法陣が浮かび、淡い光が舞い始めた。
空気がゆらりと歪み、光の中から――
「ぷるる……? ぷわぁ……」
ふんわり浮かび上がってきたのは、丸くて、綿毛のようなモフモフがついた……ぷるんぷるんの謎の生命体。
「……え、なにこれ。可愛い……」
"モコモコプルー"なんて、聞いたことのないモンスターだった。恐らく、召喚用の人工モンスターなのだろう。
私はそっと触れてみる。ふわふわ、ぷるぷる、温かくて柔らかい。でも、なんとなく……この手触りに覚えがある。
「……あれ? これ、なんかちょっと……スライムっぽくないッスか……?」
シドファがぽつりとつぶやいた。
私は手を止め、じっとその丸い生き物を見つめる。
……うん。色合いも違うし、形もちょっと違うけど――でも、言われてみれば確かに、スライムの親戚みたいな見た目をしてる。
そして、案の定――ラミシーが黙って、目を細めていた。じと……っと、鋭くこちらを睨んでいる。
「……それ、スライム……なんですか……?」
「――じゃないわよ! 似てるけど、たぶん違うわ! だって見なさいよ、この可愛らしい見た目を!」
丸い体はスライム特有のヌメッとした質感があるけれど――スライムとは言い切れない絶妙なライン。
ラミシーの視線が刺さる。やっぱり、どこか不満げな顔をしている。
「とりあえず、それ……こっちに渡してもらえませんか……? それとも、ミレミさんが身代わりになります……? ふふふっ」
「なによ、その不穏な選択肢は! ……ねぇ、落ち着いて? この子はスライムなんかじゃないわ」
「それはこちらでじっくりと確認してから決めますので……。場合によっては……中身の構造とか、詳しく調べなきゃいけないですけどね?」
「ちょっと待って! "中身"って、どうやって調べるつもり!? ねえ! まさか、解体する気なの!?」
そのとき。
飛んで火に入る夏の虫とは、このこと。モコモコプルーが、ふわりと浮かび上がり――ラミシーのほうへ、ぽよんと飛びついた。
彼女の顔に……ヌチャリ、と音を立てながら。
「――やっぱり、処分対象ですね。これは完全に――スライムです」
顔に張りついたモコモコプルーを、ラミシーはガシッと鷲づかみにした。
「違うっつってんでしょおおッ!」
私も反射的にモコモコプルーの綿毛をつかみ、引き戻す。
「ぷぎぃっ!?」
――結果、モコモコプルーは、無残にも両者に引き伸ばされていた。
「いやあっ! 私の――"ワタボコリーヌ"を取らないで!」
「……名前とか勝手に付けないでもらえます? あとで泣くのは、ミレミさんの方ですよ……?」
「泣くようなことする気、マンマンじゃないの!」
私は必死で引き戻した。すると、ぷるぷると震える体が、みしり……と、妙な軋みをあげた。
「ぷぎゅぅぅっ……!」
モコモコプルーが、明らかに苦悶の声をあげて、体をゆがませる。
その様子を見てラミシーが、うっすらと頬を染めて呟いた。
「……ああ……いいですね、その歪み……」
「あなた、人の心ってものが無いのっ!?」
両側から引っ張られ続け、モコモコプルーの身体はますますゆがみ、目に見えてぷるぷると震えている。
私はその様子に胸が締めつけられた。
「――ワタボコリーヌッ! ごめんなさい……! あなたを引きちぎってまで手元に留めようだなんて――私、そんなこと、できないわっ……!」
言い終えると同時に、私は手を離した。
「きゃあっ!?」
ラミシーは勢いに引っ張られ、そのままモコモコプルーと共に一回転する。
バランスを崩しながらも、体勢を立て直すと――
「……では、少しばかりお借りしますね。責任もって……ふふ」
静かにそう告げ、モコモコプルーを胸に抱いて一目散に駆け出した。
「ワタボコリーヌゥゥー!」
私が呆然と見送る中、彼女は人混みをすり抜け、モコモコプルーをしっかりと抱えたまま、風のように遠ざかっていった。
「――あの子、あんなに速く走れるの!?」
そして、一連の流れを無言で見ていたシドファが一言。
「ワタボコリーヌって名前、めっちゃダサいッスね」
◇◇◇
そんなこんなで、やがて日は傾き、空がオレンジ色に染まり始める。そろそろメインイベントが近い時間かなと思っていた――その時。
ピンポンパンポーン!
場内に軽快なチャイムが響き、人々がちらほらと足を止め、耳をそばだてる。
どうやら毎年恒例の再生祭ラジオ放送の時間らしい。スピーカーのほうに自然と視線が集まる。
『皆さーん、再生祭を楽しんでますかー? 今年も余興として、ギルド提供の特別放送をお送りしますよ~! このあと、夜から始まるメインイベントの前に、ちょっとしたサプライズをご用意しました!』
ざわ……っと辺りがざわめいた。さらに放送が続く。
『なんと今年は――あの、魔王討伐に大きく貢献した灰燼のヒーラー、"聖女"ことミレミさんへのインタビューを収録してきました! このあと録音を再生いたしますので、お聴き逃しなく!』
「――へ?」
思わず素っ頓狂な声を上げてしまった。"聖女"ことミレミさんって――それ私じゃん。
「……ああ。そういえばこの前、インタビュー受けたんだったわね。まさか録音されてたとは思わなかったけど……」
「マ、マジッスか!? やっぱすごいッスね、ミレミさん!」
周囲を見回すと、チラホラと視線を感じる。小声で
『ねえ、あの人がそうじゃない?』
『初めて見た! いつも酒場に入り浸ってるっぽいし』
『あぁ、飲んだくれ行き遅れの?』
などと囁かれているのがわかる。
――不名誉な噂立ってない?
「――はーい! 皆さん、注目ッス! こちらが本日主役の聖女様、ミレミさんッスよ!! 本日は奇跡的にシラフッス!」
「シドファ!? うそでしょ!? 何やってんのッ!!」
突如として大声で紹介するシドファ。
案の定、それを聞いた周りの人たちが「おお!」と沸き立ち、さらに注目が増してしまう。
「せっかく本人がここにいるんスよ? こんなありがたいこと、皆に知らせないともったいないッスから!」
「いらないわよ、そんな気遣いッ! ありがた迷惑なんだけど!?」
私は人混みにまぎれて隠れたくなるが、もう遅い。こうなると逆に堂々としてたほうがマシまである。
「あ、あは……ど、どうも~」
ほんのり恥ずかしさをこらえつつ、一応会釈しておく。すると拍手が巻き起こったり、ちょっとした歓声まで聞こえてくる。私は汗がにじむのを感じつつ、周りに小さく手を振る。
そんな中、拡声機の放送は進行を続けていた。
『それではお待たせしましたー! 聖女ミレミさんのインタビュー、どうぞお聴きください!』
ごくり、と息を呑む。私の声が、大勢の人々の前で流されようとしている。
――けれど、正直、何を話したのかほとんど覚えていない。今さら取り消せるわけもなく、耳を塞ぐわけにもいかず、ただスピーカーから流れてくる自分の声を待つしかない。
頼むから、変なこと言ってませんように……!




