第33話
白々とした朝陽が広場を包み、行商人や冒険者たちが忙しなく行き交っている。露店の準備が始まったばかりの空気が、まだひんやりと肌を刺激していた。
そんな賑わいの中に突如として響いたのは、甲高い拒絶の声――。
「……いーやーでーすぅー……!」
ラミシーが泣きそうな声をあげ、その場から逃げ出そうとする。私はあわてて彼女の腕をつかんだ。
「お願い、今日だけ! 今日だけでいいから、助けて!」
背を丸めて懇願する私の前で、ラミシーは髪を揺らしながら視線をそらす。
……ならば、と。
私は勢いよく膝をつき、そのまま額を石畳に押しつける。朝の光が広場を染めているというのに、そんな人目もかまわず――本気の土下座を繰り出した。
「この通り! お願いだから、見捨てないで――!」
「……なッ!? えっ、ええっ……!?」
ラミシーはギョッと驚き、あたふたと後ずさる。戸惑いとおびえが入り交じり、身体をこわばらせた。
しばらくの沈黙のあと、ついにため息混じりに言葉をこぼした。
「……わ、わかりました……」
「ラミシー……!」
私はホッとして頭を上げる。けれど、ラミシーの顔はまだ浮かないままだった。
どこか恨めしそうに顔を伏せている。
「……そうやって……都合がいい時だけ求めて……、用が済んだら、どうせポイ……する気ですよね?」
「ラミシー……?」
「こ、この前も! 呼び出したと思ったら……すぐ、我慢できない……だなんて言って迫ってきて……!」
「――ちょッ!? へんな言い方しないで! 二日酔いの気持ち悪さが我慢できない、って意味でしょ!」
「そしたら、そのあと……き、気持ちよくさせろ……っなんて、命令までして……!」
「やめて!? 麻痺攻撃魔法で電気マッサージをお願いしただけよ!」
「……挙句の果てに、……そっ、その……汚らしいものをかけろ……だなんて……ッ!!」
「毒攻撃魔法のことね!? 前に、毒攻撃魔法のエフェクトが汚らしいって言ったの、まだ根に持ってたのね!? ――ねえ、ごめんって! 謝るから! もうやめてちょうだい!!」
ラミシーの抗議は止まらない。彼女の声はだんだん大きくなり、周囲の視線がどんどん集まってくる。
そして、堪えていたものがついに溢れ、彼女はそのまましゃくりあげるように泣き出してしまった。
――いや、ほんとやめて!
朝っぱらからこれは誤解を生みすぎる!
「私、一度やらせたら、何度も何度もさせるような……都合のいい女には――んむっ!?」
ラミシーの口を慌てて手で塞ぎ、そのまま腕を引いて強引に場を離れる。
「わかった! わかったから、一旦落ち着いて? このままじゃ"聖女"の名に取り返しのつかない傷が付いちゃうから!」
顔を赤くしながら、とっさに周囲を見渡した。
「……それは既に、傷だらけなのでは……?」
「……え? …………そんなことないもん」
喉の奥からしぼり出すような小さな声が漏れた。
◇◇◇
ひとしきり大騒ぎしたあと、私はラミシーをうまく連れ出すように人波を抜け、広場の片隅へと移動した。大通りは朝早くから、色とりどりの旗が通り沿いに飾られ、露店のテントがずらりと立ち並んでいた。
まるで祝祭の真っ只中にでも放り込まれたような雰囲気だった。
「……なんだか、やけに活気づいてるわね」
ラミシーは鼻先をすすりながら、小さく肩をすくめる。目元にはまだ涙の跡が残っているものの、少しだけ表情が和らいでいた。
「……今日は再生祭ですからね。……ふふ、街中がお祭り騒ぎです……」
「――再生祭……もう、そんな時期なのね。時間が経つのって、早いわ……」
街の大通りでは、親子連れが笑い合い、露店の屋台からは湯気や甘い香りが漂っている。旅芸人らしい集団が曲芸を披露しているらしく、時折歓声があがった。
……魔王がいた頃には、到底考えられなかった光景だ。
――再生祭。
魔王が討伐された日を記念して、毎年この時期に全国で行われる大きなお祭り。長かった戦乱のなか、多くの国や町、村が荒廃し、人々は苦しんだ。だからこそ『被害を受けた全てが再生し、復興できますように』という願いを込めて、この日を盛大に祝うのだ。
「……はい。なので、今日くらいはクエストも……お休みですよね?」
「そうね。――まあ、どちらにせよ今日、ちょっと病院に行かなくちゃいけなくて」
「……病院? どこか……悪いんですか?」
「あぁー……そんな大したことでもないわ。大丈夫、心配いらないわよ」
顔を曇らせる彼女の肩を、ぽんと軽く叩く。
「……もしかしたら、何か役に立つ魔法があるかもしれません。ですから……病名、教えてください……!」
「――い、いいわよ! 大丈夫! 本当に、気にしなくていいから!」
私は両手をぶんぶん振って、必死に否定した。
すると、ラミシーは食い下がることはせず、小さく息を吐いた。
「……わかりました、無理はしないでください。……こういうときこそ、本当は私を頼って欲しいのですけどね……」
「ええ、ありがと。じゃ、行ってくるわね」
祭りのざわめきに背中を押されるように、私はラミシーに背を向けて病院への道を急いだ。彼女が何か言いかけている気配を感じたけれど、これ以上踏み込ませるわけにはいかない。
――そう。
こんな深刻な病気……言えるはずもないからだ。




