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ヒーラーしかいないっ!  作者: ぺろりんがー
スイートステップ♡メルティヒール♡キミのハートをブレイク♪
30/57

第30話

「ごめんなさい……ごめんなさい……」


 漆黒の扉がそびえ立つ最奥部。私は、ラミシーに膝を治療してもらっていた。回復魔法の淡い光がじわりと広がり、ミシミシと軋んでいた関節が嘘みたいに軽くなる。


 しかし、施術している本人はうっすら涙を浮かべ、肩を震わせている。


「私が……もっと早く治療していれば……ミレミさんのお尻の――()()を失わずに済んだのにっ……!」


「貞操言うな!」


 膝の痛みはやわらいだはずなのに、今度は羞恥の熱が全身を襲ってくる。


「――いい!? お尻に受けた傷は、()()()()()()()()()()()になったんだから! ……だからもう、その話はやめてちょうだい!」


 顔を真っ赤にして叫ぶ私を、ソラソラが「?」を浮かべたように見つめていた。


「ねえねえ、ミレちん! お尻の傷が治るなら、さっきの膝の痛みも自分の回復魔法で治せないの?」


 ふいにそんな疑問を口にした彼女の声は、ただ純粋な好奇心そのものに聞こえた。

 私はぴしゃりと人差し指を立てて説明を始める。


「回復魔法って、基本的には戦闘向きなのよ。パッとできたケガは得意だけど、古傷とかクセになった痛みは苦手なの。だから、私の老化でできた膝の痛みは、自分じゃ治せないのよ。――って、老化とか言わせんじゃないわよ!」


「へぇ~♪ そうなんだー! じゃあ、そんな膝の傷を、ラミちんが癒せるってことは……もしかしてラミちんって、スーパー状態異常回復魔法てんこ盛りガール……ってこと!?」


「……うん、まあ……合ってるんじゃない? 知らないけど」


 私は深く考えるのはやめて、そういうことにしておいた。


 そんな私をよそに、ソラソラがきらきらとした目でラミシーを見つめていた。その真っ直ぐすぎる視線に気圧されたのか、ラミシーはわずかに目をそらした。


 ――ラミシーは、戦闘中に使われる状態異常回復魔法をこなす一方で、通常のヒーラーが扱わない領域の状態異常までカバーしてる。それでいて、ヒーラーになったのはごく最近なのだから、とんでもないポテンシャルを秘めているだろう。


「……ふう、これで治療は完了です」


 ラミシーが息をつきながら手を引く。魔力の残り香の中、私はそっと膝を曲げてみた。驚くほど軽い。さっきまでの鈍い痛みが、跡形もなく消えている。


「ありがとう、ラミシー。流石ね」


 私は立ち上がり、周囲を見渡す。言葉は交わしていないが、皆の表情と動きが示していた。


 ――もう、準備は整ってる。


「じゃあ、パーティの人数も増えてきたことだし……()()、やりましょうか」


 私の言葉に、シドファが片眉を上げた。


()()って、なんスか?」


「アレよ、アレ。――()()()()!」


 ソラソラがぴくっと反応し、体を前のめりに傾けた。


「おー! いいねー☆ ソラソラちゃんも、杖合わせやりたーいっ!!」


 彼女はパッと跳ねるように手を上げ、ノリノリで賛成を表明する。


「じゃあ、ソラソラには私の予備の杖を貸すわね」


 ……しかし、その横で、シドファが訝しげに首を傾げていた。


「杖合わせ……? ()()()()()()()()がクエストの出発前にやる――あの杖合わせッスか?」


「そうよ。一度やってみたかったのよね」


「……えぇ、普通に嫌ッスけど! 昔はよくやってたらしいッスけど、今どき、そんなのやる人いないッスよ……? ()()()()()ッスし……」


 まあ、シドファの言うことももっともだ。

 杖合わせは昔、見習いプリーストたちがやってた気合い入れの儀式。今ではすっかり廃れて、誰もやらなくなった。


 でも――。


「……いいじゃない。私が見習いだった頃、住んでた地域は魔王の侵攻が激しくてね。見習いですら前線に出されてたの。生きて帰ってこれない冒険者も少なくなかったわ。そんな状況で、杖合わせなんて――やる余裕なかったのよ」


 私は、少しだけ笑ってごまかすように言った。

 すると、シドファは言葉を探すように少し口ごもり、ようやく声を出した。


「ああ、もう――わかったッス、やりましょ!」


「……いいの?」


「それを言われちゃあ、ずるいッスよ」


 彼女が立ち上がると、他のメンバーもつられるように動き出す。


「ありがとう、みんな……!」


 抑えきれない嬉しさと、少しくすぐったいような気持ちが胸に広がる。

 私はひと呼吸おいて、口を開いた。


「じゃあ……全員、構えて。杖を前に突き出して――」


 私たちは静かに歩み寄り、円を囲むようにして立ち位置を整えた。

 片足を前に出し、フェンシングの構えのように前膝を曲げて、背筋をぴんと伸ばす。そして、握っていた杖を中央に向かってそっと差し出す。

 後ろに引いた足はまっすぐに伸ばし、空いた手はパーにして、ヒラヒラと後方で舞わせるように構える。


「シドファ! もっと手ぇヒラヒラさせなさいよ! ほら、蝶のようにヒラヒラ~っと!」


「うう……屈辱ッス……」


「――よし、いくわよ! ぷいち☆えんじぇるず――ファイッ!」


「「「おーっ!」」」


 声が重なった瞬間、私たちの間に何かが生まれた気がした。


 そして、私たちはダンジョンの最奥部に続く――漆黒の扉へと向き直る。私は一歩前に出て、その表面にそっと手を伸ばした。


 ギィィィィ……


 重々しい音を立てて、その扉がゆっくりと開いていく。同時に、ひんやりとした冷気が流れ込んできた。


 中は大聖堂のような構造になっていて、壁面にはびっしりと苔と結晶が張り付いている。光源のない暗がりのなか、魔力の粒子がかすかに漂っていた。


 その中心に――()はいた。


 ぼんやりとした光のなか、視界の奥に浮かぶ巨大な影。その体格は並の魔物の比ではない。毛並みの荒い、全身漆黒の()()()。その鋭い瞳が、扉の開放に反応するように、ぴくりと動いた。


 次の瞬間――ブチッ!

 不快な肉音が響いた。ぐにゃりと胴体がうねるように歪み、その両脇からさらに二本の腕が肉を裂いて生えてきた。


「あれは――"ダルクベア"! しかも……()()()ってことは、上位種ッ!?」


 疑う余地なく、ダンジョンのボスであると確信した。

 ダルクベアは、こちらにゆっくりと向き直る。その動きすらも、静かで不気味だった。


「みんな、構えて! 手筈通りにいくわよ! 攻撃手段は各自、ぬかりないわね?」


 私の声に、全員が頷く。


 ――そう、今回の目標は、()()()()()()()()()

 クエスト出発前に、みんなに新しい攻撃手段を講じるよう指示していた。


「じゃあ、あたしからいくッスよ!」


 シドファが前へ一歩進み、懐から棒状のアイテムを取り出した。


「ふっふーん、あたしはこれを用意したッス!」


 彼女の魔力が棒に流れ込むと、光が瞬時に弓状に広がり、たわんだ形を成した。


「それって――もしかして、魔導弓?」


 具現化された形のそれを見て、問いかけた。シドファは嬉しそうに頷いた。


「そうッス! 魔力で弓矢を生み出し、そして撃つ! 魔力さえあれば、ヒーラーでも扱える武器なんで、スキルがなくても問題ないッス!」


 想像以上の発想と工夫に、私は感心してしまう。


「……成長したのね、シドファ!」


 ついこの前まで、杖を振り回して突っ込んでいくことしか知らなかったこの子が、こんな風に立ち回れるなんて……。思わず、顔がほころびそうになった。


 魔力を込め、シドファは魔導弓を引き絞る。照準の先には、ダルクベアの巨大な体。

 光の矢が、きらめきを放ちながら――空気を裂いて放たれた!


「くらえッス!!」


 スコーンッ!


 ――だが、矢は彼女の足元に突き刺さった。


「…………え?」


「おっかしいッスね!? もう一発!」


 スコーンッ!


 放たれた矢は――再び、真下に突き刺さった。


「――いや、なんでよッ!! なんで()()に撃ってるのに、()()に突き刺さるわけ!?」


「あれっ? あれれっ!? おかしいッスね~!?」


 彼女は混乱しきった表情であたふたしていた。矢は全て横に向かって放たれているはずなのに、全て足元へ垂直に突き刺さっていく。


 ……返して! さっきまでの感心、今すぐ返してちょうだい!


「――わ、私が何とかします……!」


 ラミシーがスッと前へ出た。手には紫色に濁った球体――水晶玉のような魔導具を持っている。


「これは……"魔力玉"です。この中に、私が一ヶ月かけて……()()()()()()()()()()()


「魔力玉……なるほど! ラミシー、考えたわね!」


 魔力球とは――魔力を時間をかけて蓄え、任意のタイミングで一度きり放出できる魔導具。時間さえかければ、未熟な魔法使いでも、熟練者並みの威力にすることができる、溜め撃ち式の攻撃アイテム。


「これを敵にぶつければ、強力な毒攻撃魔法ヴェノムのダメージが見込めるはずです……!」


「よくやったわ、ラミシー!」


 シドファに続き、ラミシーの周到な準備にも舌を巻いた。


 ――が、次の瞬間。


「よーし、ラミシー! あとはあたしに任せるッスよ!」


 そう叫ぶや否や、シドファが横からラミシーの魔力玉を掴み取った。


「は? あなたまさか、待ッ――」


 私は止めようと声を出したが、シドファはもう構えていた。


「おりゃああああ!」


 振りかぶって――ガッシャーン!!

 シドファが投げた魔力玉は、真横に投げたはずなのに、そのまま――真下にストンと落ち、爆散。


「この馬鹿!! 何やってんの!?」


 直後、爆発的な煙と毒気が、シドファの近くにいた私もろとも全身を包み――


「ぐ、ぐるじいっ……! おろろろろろ……ッ!」


 毒の効果が直に来た。全身がしびれ、内臓がよじれるような苦しさが走る。

 一方で――投げたシドファ本人にも、毒霧の余波が襲いかかった。


「ご、ごめんなさいッス……うぅ……。ラミシーの折角の一ヶ月間の努力を……無駄にして……」


 彼女も顔面蒼白でその場にうずくまる。ラミシーとソラソラは運よく毒霧の範囲外にいたので、ダメージは一切受けていないようだった。


「……あのぉ……」


 どこか陶酔したような声色で、ラミシーが呟いた。口元に手を当て、頬を紅潮させ、うっとりと恍惚の表情を浮かべていた。


「別に、構いませんよぉ……? ふふふ、むしろ……ええ、とっても……いいものを見せてもらってますので……!」


 その視線の先には――痙攣しながら悶え苦しんでいる、私とシドファがいるのだった。

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