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ヒーラーしかいないっ!  作者: ぺろりんがー
スイートステップ♡メルティヒール♡キミのハートをブレイク♪
29/57

第29話

 ソラソラのゆるやかなステップが刻まれると同時に、土舞演テラリールが発動した。ふわりと舞い上がる土色の煙が足元を包み、さらさらと肌を撫でるように流れていく。


 ――そして、膝に走っていたあのズキリと鈍い痛みが、嘘みたいに消えていた。


「これでしばらくは、痛くなくなると思うよっ☆」


 ソラソラが無邪気に笑う。


 私はそっと立ち上がり、恐る恐る体重をかけてみる。

 ……確かに、痛くない。何も感じないほどだ。驚いて何度か足踏みをしてみるが、膝は全く痛くない。


「……これはすごいわね」


 喜び半分、恐怖半分でしばらく歩いてみる。踵を踏みしめ、膝を曲げて前に一歩――がくん。


「うわっ!」


 膝がぐにゃりと沈みかけて、咄嗟に姿勢を低くしてバランスを取る。

 膝は動かせるけど、制御ができていない。まるで自分の足じゃないみたいな感覚だった。


「なるほど。これが、()()()()()()()()()()()ってことね。治ってはいないってことなのかしら……?」


 推測を口にすると、ソラソラが舌をぺろっと出して答えた。


「そーだよ♪ 土舞演テラリールはね、感覚をにぶらせるだけの効果がある舞なんだよっ!」


「……まさか、効果が切れた時に、まとめて反動の激痛が来る……なんてこと、ないわよね?」


「それが――バッチリ来ちゃうんだよね~♪ だからムチャはダメだよっ!」


 私はそれを聞いてゾッとした。もはや時限爆弾のような状態……ってこと!?

 けれど、ダンジョンの目前で立ち止まるわけにはいかない。


「――いいわ、行きましょう。多少のリスクは――"最高級の酒"のためなら……!」


「うふふーっ♪ さすっが、ミレちん☆ お酒のことになると目が違うね!」


 足元への不安は拭えない。それでも私は、一歩、また一歩と前へ進んだ。


 道は緩やかな傾斜が続いており、周囲は岩肌と疎らな草に覆われている。進むにつれて、古い石と苔の湿った臭気が強くなる。

 ――やがて、岩場を回り込むようにして、石で縁取られた開口部が見えてきた。彫り込みがびっしりと刻まれており、そこから微かに魔力の気配が滲んでいる――明らかに造られた構造物。


 ダンジョン入口のすぐ脇には、すでにラミシーとシドファの姿があった。


「おっ、ようやく来たッスね!」


 シドファがいつもの陽気な声を上げる。ラミシーはちらりと私の脚を見て、


「……膝、ちゃんと動いてるみたいですね」


「ソラソラの舞の効果よ。――そうね、言うならば感覚遮断ってとこかしら。無理はできないから、そこら辺は配慮しなさいよね」


「――ほお、()()()()ッスか」


 何やら悪巧みでも思いついたかのような顔つきで、シドファの口元が、にやりと歪んだ。何を考えてるのかは知らないが、ろくでもないことに決まっている。

 だけど、今はそんなことに付き合ってる暇はない。とりあえずは、黙って先を急ぐことにする。


「なるべく戦闘は避けて、慎重に進むわよ」


「了解ッス!」


 今回の依頼は、ダンジョン最奥部に潜むボスの討伐。そして、最高級の酒の発見である。

 ダンジョン攻略自体は何度も経験してきたが、今回は勝手が違う。タンクもアタッカーも不在だから、敵とまともに戦えばこちらが消耗するだけ。可能な限り、不要な敵との接触は避けたいところ。


 ダンジョンの内部は、じめっとした空気と、ひび割れた石壁。頭上にはぽつぽつと光苔が灯り、足元のタイルは長年の侵入者たちによって削られていた。

 想像以上に静まり返っていた。天井が低いためか、声が響きやすい。


 先頭は私。敵の気配を感じればすぐ下がれるようにと、通路の壁際に身を伏せつつ、視線を巡らせながら進んだ。


 ――しばらく進んだその先、通路がぐっと狭くなり、片側が崩れていて一列でしか進めないような幅になっていた。そこで、私は立ち止まる。


 その先にいたのは――複数体の小型モンスター。その体表には無数のトゲ状の突起がある。


「……あれは、"トゲクルル"ね」


 私はそれを、しばらくじっと観察する。

 ……これは通れなさそうにない。


 というのも、何匹も集まっているせいで、完全に通路を塞いでいた。


「これは……迂回するしかなさそうね」


 ぽつりと呟いた、その時──


「――シドファさん!? だ、だめですよ……!」


 突然、ラミシーの驚愕した声が後ろから響いた。私は反射的に振り向いたが――全員が、明後日の方向を見ていた。


「……え、なに? どうしたってのよ」


 私が声を潜めて尋ねると、ラミシーが真っ赤な顔で答えた。


「シドファさんが……その……感覚遮断されてることをいいことに……! ミレミさんに……く、()()()()()()()()()()()()()()()を……っ!!」


「――はぁ!? ちょっとシドファ! あなた、私に何してくれてんの!」


 私は思わず声を荒げた。

 ――その瞬間、通路の奥で、トゲクルルたちがピクンと反応した。


「しーっ! ミレミさん、声でかいッス!」


 シドファが慌てて小声でたしなめてくる。


 ……いやいや、あなたのせいでしょうが!

 心の中でツッコミを入れつつも、トゲクルルたちが警戒しているのを見て、私は口を噤んだ。改めて目を向けると、ぴくぴくと針を震わせながら、戦闘態勢に入っている。


 ――が。


「――えっ!? シ、シドファさん!! だめです! そんな破廉恥なことを……! ――やっ、どこに()()()()()()()のですか!? ソラソラさんは見ちゃダメです! あっ……! その距離で()()()しちゃ――はわわわわッ!?」


 ラミシーの実況に、私はついに限界を迎えた。


「――ねえっ! ちょっと!! 一体、後ろで何が起こってんのよ!?」


 思わず再度、後ろを振り返る。目に飛び込んできたのは、口笛を吹きながら目を泳がせるシドファと、ラミシーが顔を真っ赤にしながら、ソラソラの両目をがっちりと手で覆っている姿だった。


 私は無言でシドファに歩み寄り、その頬を容赦なく鷲掴みにした。


「……言いなさいよ。今すぐに」


「ふぉ、ふぉへんふぁふぁい……。 ――ファッ!? ひれひはん、うひろ! うひろぉ!」


「後ろ……?」


 私はゆっくりと首を回す。

 ――トゲクルルたちが、超接近していた。


「げぇッ!! 退散ッ!!」


 咄嗟に叫び、全力で踵を返した。


「シドファ! 俊敏強化、早くッ!」


「了解ッス! 【俊敏強化魔法クイック】!」


 私たちは一斉に駆け出した。シドファの俊敏強化魔法が全員に行き渡り、体が軽い。空気が巻き上がるほどのスピードで、狭い通路を駆け抜けていく。


 だが――


「――うわあっ!?」


 次の瞬間、私の膝がぐにゃりと沈んだ。

 感覚が麻痺しているせいで、自分の膝の限界に気づけなかったのだ。全力で駆けたこともあってか、前のめりに倒れ込む。


 やばいやばいやばいッ!!

 すぐ後ろから、トゲクルルたちの群れが迫ってきている!


「ミレミさん!?」


 シドファの声がした――その直後だった。


 ――ズブリ。


 群れの先頭にいたトゲクルルの一本が、私の――()に突き刺さった。

 しかも、よりにもよって、ピンポイントで()()()な場所に。


「あっ」


 ピキ……ッ。


 そして、次の瞬間。運悪く――感覚が戻った。

 土舞演テラリールの効果が切れたのだった。


「――ぎゃああああああああッッ!!!!」


「ミレミさぁーんッ!!」


 麻痺が解けた瞬間、封じ込められていた痛覚が一気に噴き出す。

 膝の激痛と、尻の刺痛が、同時に襲いかかってくる。


 その絶叫は、ダンジョン全体に反響した。

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