第28話
ラミシーの放つ凄まじい威圧感のなか、私たちは黙々とスライムを叩き潰していった。
杖を振りかぶっては、ぽよんと跳ねる頭を殴りつけ――これを繰り返す。べちゃりと粘液が飛び散るたびに、靴もローブもぬるぬるになっていく。
「……ふぅ、これじゃキリがないわね……」
私は息を切らしながら、打ち倒した三体目のスライムの残骸を見下ろす。つるりとした青い液体が地面に広がり、じわりと靴の先へ染みてくる。
顔を上げれば、視界のあちこちで跳ね回るスライムたち。どこまで続くのよ……この地獄。
「流石にこれ、非効率じゃない……? なんかこう、もっとまとめてとか――」
ぼやきながらも、後ろを振り返ろうとした、そのとき。
「――えいっ☆」
『ほぎゃあああ!』
ソラソラの細腕がコンパクトに振り切られ、目の前のスライムが――跡形もなく蒸発した。
「…………ん?」
思わず目をこすった。もう一度ソラソラを凝視する。
けれど、そこにいるのは――いつも通りのソラソラだった。華奢な体格、そして、きゃぴきゃぴとした笑顔。
「……きっと、見間違いよね……?」
自分に言い聞かせるように首を振る。
そうよ。あんな細い少女が、そんな怪力なわけがない。
すると今度は、ゴスッ、ゴスッと響く鈍音。横を向けば、ラミシーがスライムの胴体に馬乗りになって何度も何度も拳を振り下ろしていた。その動きに一切のためらいはない。拳を振り下ろすたび、スライムの体がびくんと跳ねる。
数十発を重ねたところで……ぐしゃり。鈍い音と共に、スライムは液体を撒き散らしながら絶命した。
「暴走状態のラミシーでさえ、あれだけ殴らないと倒せないのに……。やっぱり、さっきのは気のせいね」
自分に言い聞かせるように、そう呟く。
するとラミシーは、自分の手に付いたスライムの体液を見下ろし、そして顔をしかめた。
「……汚らわしい……」
と、彼女は突如、べっとりと手の甲に付着したスライムの体液を――私のローブの裾へ拭い付けた。
「ちょ、やめ――! 私の服で拭わないでよっ!!」
返事代わりに、ヌルッとした感触が擦りつけられる。
「まったく……!」
私がぶつぶつ文句を言っていると、
「おーい! 二人とも何遊んでるんスか! 日が暮れるッスよー!」
シドファの声が飛んできた。
「遊んでるわけじゃないわよっ! ……はいはい、口を動かさないで、やりゃいんでしょ、やりゃあ!」
カッとした私は、思わずスライムめがけて杖を思いきり振り上げた。
――次の瞬間。
「――あ"ぁぁッ!? 脇腹つった! つったつったつったああーッ!!」
脇腹に鋭い痛みが走った。
私はその場で崩れ落ち、身をかがめて悶絶する。
「ミ、ミレミさん!? 大丈夫ッスか!?」
シドファが慌てて駆け寄ってくるが、返事する余裕などない。
痛みに顔をしかめたまま、私はごろごろと地面を転げ回る。
「っつ……く、苦しい……死ぬ……」
もはや体勢もなりふり構っていられない。私は仰向けになり、荒い呼吸のまま空を仰いだ。
全身の力が抜けていく。戦う気力も、文句を言う元気も、今のですべて吹き飛んでしまった。
――ふと、視界にソラソラが目に入る。
「えーいっ☆」
『ぎゅわああああッ!』
そこではまたしても、スライムが断末魔をあげて蒸発していた。
私は地面に倒れたまま、無言でソラソラを見上げた。
「ん~~~~??」
目をこすった。何度も、何度も。
「……やばい、幻覚まで見え始めたわ……」
「それ、重症ッスね!」
◇◇◇◇
スライム殲滅の疲れを引きずりながら、私たちは二日がかりで歩き続けた。
道中に目立った事件はなかったが、だからこそ体にじわじわと蓄積する疲れがえげつない。体は重く、足取りも鈍い。それでもなんとか前へ進むが――
「あ"ー……もう無理ぃ……動けない。膝痛い……吐きそう……歩きたくない……」
私は限界の声を漏らし、ついには近くの岩陰にぺたんと座り込む。
腰を落とした私を、シドファが困った顔で覗き込んだ。
「ミレミさん、もう少しでダンジョン入口ッスよ? 頑張りましょうッス!」
シドファが励ますように声をかけてくれるが、
「無理なもんは無理なのっ!」
シドファは頭を抱え、しばし考え込んだあと、諦めたようにため息をついた。
「しょうがないッスね……おぶってあげるッスよ。だから、早く行きましょう」
「え? 本当に? ――そういうことなら遠慮なく!」
私はにんまりと笑って、シドファの背に身を預けた。ひょいと持ち上げられ、ふわりと浮かぶ感覚。
ああ、若い子の体力って素晴らしい……!
そんな私たちのやりとりを見ていたソラソラが、いつもの無邪気な笑顔ではなく、珍しく苦笑いを浮かべていた。
「あはは……☆」
――あらあら。この子ってば、やっぱり私たちの中でもひときわ若いのね。きっと、こういう理不尽を目の当たりにするのは、まだ慣れていないんでしょう。
ならばひとつ。年長者として――この世の不条理というものを教えてあげましょうか!
そう思った私は、シドファの背中の上からソラソラに向かって講釈を始める。
「いい? ソラソラ。世の中にはね、私みたいな大人がたくさんいるわけ。だから、若い子はみんなね、この程度の理不尽には耐えなきゃいけないの!」
「――あの! おぶってもらって、偉そうに言わないでもらえるッスか!?」
ため息を重ねるシドファは、ラミシーに視線を送る。
「……ラミシー、状態異常回復お願いしてもいいッスか? もう、この人めんどくさいッスから……」
「……そ、そうですね……」
いつもなら魔法を使うことを渋るラミシーが、シドファのお願いに素直に承諾した。
……ふーん、気に入らないわね。二人とも、そういう態度を取るわけ。余計な手間は早めに片づけておこうって腹なのね?
――なら、こっちにも考えがあるわよ!
「あーあ! 最近の若い子はそうやって、すーぐ楽な方に行くのよね! ちょっと面倒があると、これだからもう! 私が魔王討伐隊の若い頃なんて、理不尽だらけの毎日が当たり前の日常だったのよ?」
説教に熱が入りすぎて、喉の渇きを感じた私は、ためらいもなく酒を取り出した。そして、周囲の視線などどこ吹く風で、堂々と一口――グビッと飲む。
前方を歩いていた二人の足が、ピタリと止まった。俯いたまま、身じろぎひとつしない。こちらを見ようともしないし、言葉もない。
「苦労を乗り越えなきゃ、人間なんて育たないのよ? あなたたち、ちょっとは根性ってもんを見せなさい! 大体ねえ、苦しいのが当然、ツラいのが基本! それに耐えてこそ、ようやく一人前で――」
しかし、私の声はまるで、誰にも聞こえなかったかのように、空気へと溶けて消えた。
そして――無言で背中から下ろされた。
「あだっ!」
尻もちをついた拍子に、そのまま背中から地面に倒れ込む。視界を仰ぐと、無表情のシドファとラミシーが、静かにこちらを見下ろしていた。その無慈悲な眼差しに、思わず息をのんだ。
まさしく……ゴミを見るような目だ。
「この人はもう、ダメッスね。救いようがないッス」
「ええ、そうですね」
二人はそれだけ言い残し、砂埃を上げながらスタスタと先へ行ってしまった。
「……え? 嘘でしょ?」
けれど、どうやら嘘でも冗談でもなかったらしい。二人とも、一切振り返る気配すらない。
「あのぉー……、シドファさん? ラミシーさん? ――あっ、ごめんなさい、ホント待ってください。ねぇ、お願いだから! 膝が痛いの! 歩けないの! 本当に――お願いしますぅ!」
必死の懇願も空しく、二人の背中が遠ざかっていくだけだった。
そんな中、歩みを止めてくれていたのはただ一人――ソラソラだった。
「ミレちん、大丈夫……?」
「ソラソラァ……!」
その声を聞いた瞬間、私は涙が出そうになった。
……この子は、天使だろうか? 私の肩にそっと手を添えてくれるその仕草は、まるで女神の慈悲。
「――いい? 私みたいな大人に……なっちゃダメだからね……」
「うんうん、ミレちんも大変だったんだよね? だから、辛かった経験があるなら、他の人には優しくしてあげるのがいいと思うな~☆」
「……うぅ……ごもっともですぅ……! すみませんでしたぁ……」
教える立場のつもりだったのに、逆にソラソラに諭されてしまう。
まさか、この年になって……ひと回りも年下の子に。
「とりあえず、痛みを感じさせなくする舞、しよっか?」
「……はい、お願いします……」
私は涙目で即答する。
情けなく、心の底から助けを乞うのであった。




