第26話
市街地の喧騒を外れ、蔦の絡まる裏路地に入ったときだった。
視界の端を、ひゅっと細い小さな影が横切った。控えめな身なり、猫背気味の後ろ姿――あれは、ラミシーだ。
「……あら、奇遇ね」
声をかけると、彼女の肩がびくりと跳ねた。しかし、こちらを見ようともせず、そのまま歩調を速め、やがて小走りになった。
「あっ、どうもです……」
――その一言だけを残して。
私はそっと袖を掴んで、彼女を立ち止まらせた。
「ちょっと、ちょっと! どこ行くのよ! 何よ、急ぎの用事でもあるわけ?」
その声に、ようやくラミシーはこちらを振り向いた。
しかし彼女は、ちらりとソラソラの方に目を向けた瞬間――視線が合いそうになったのか、「ひっ」と小さく息を呑むと、私の背後に逃げ込むように隠れた。
「……何してんの? どうしてソラソラを避けるのよ。喧嘩でもしたの?」
私の問いかけに対し、すぐに返事はなかった。ラミシーの視線は足元に釘付けのまま、しばらく沈黙ののち、ようやく絞り出すように口を開く。
「……ご、ごめんなさい。本当にごめんなさい……! でも、ソラソラさんのオーラが強すぎて……陽の光みたいにまぶしくて、私みたいな陰キャが近づくと、灰になってしまいそうなんです……うぅ」
ラミシーの必死な訴えに、ソラソラは少し困ったように笑って、そっと一歩前に出た。
「ラミちん。ほら、おいで? 怖くない、怖くない……」
まるで、小動物に語りかけるように、やさしく手を差し伸べながら、さらに半歩近づいた、そのとき――。
「ひゃっ、あばばばばばっ!?」
ラミシーは変な悲鳴を上げると、ひゅっと身を引き、私の背中にさらに深く隠れた。
その過剰な反応に、流石のソラソラも思わず立ち止まってしまい、眉を八の字にして、申し訳なさそうに手を合わせた。
「わっ、ごめんごめん! 近づいただけでそんな全力で逃げられるなんて……そっかぁ、ソラソラ、間違えちゃったね。……ごめんね? ラミちん……」
「い、いえいえいえ! 違うんです! 本当に違いますからっ!」
ラミシーは慌てて両手をぶんぶん振りながら、ようやく私の背後から顔を出す。
「ソラソラさんが悪いんじゃなくて……! むしろ、良すぎるんです! 天使みたいにまばゆくて、直視できないだけで……! ……うぅ、だからこんな純粋な子に距離とるなんて、私……罪悪感でいっぱいで……」
口走りながらも涙ぐみそうな顔で訴えるラミシーに、私は半眼で彼女を見やった。
……普段なら、じわじわ追い詰められるのを横で楽しむような子が、こんなにも取り乱してるなんて……。
「あなたにも、そんな感情があったのね……」
そしてついに、ラミシーは顔を両手で覆い、泣き崩れてしまった。
「……わああああん……!」
そんな彼女の肩に、ふわりと優しい手がそっと触れる。
「よしよーし……ラミちん、大丈夫だからね~」
ソラソラがやさしく頭を撫でると、まるで春の陽だまりのような温もりが、ラミシーの全身をやわらかく包み込んだ。
それは、私から見てもキラキラとした、まばゆいオーラがあふれているように感じられた。
「あ……あぁ……」
涙に濡れた頬を光がなぞり、黒ずんだ気配が音もなく消えていく。
ラミシーは、すっかり溶けていきましたとさ。
――しばしの沈黙のあと。
夢から覚めたような顔で、ラミシーが小さくつぶやく。
「お、お恥ずかしいところを……お見せしました……」
しおしおと立ち上がったラミシーは、まだ赤みの残る頬を手で覆いながら、
「ところで……その、お二人は何をされていたんですか?」
「えへへ! ミレちんと、ちょっぴり遠くの冒険に行くのっ☆ ラミちんも一緒に行こ行こー♪」
「――はぁ!? ちょっと! なんで、行く前提になってるわけ? 私は行かないって言ってるでしょ! ……あのね、今は省エネの時代なの。必要なとき以外は、クエストになんて行かないわよ!」
すると、ソラソラは思い出したかのようにポンッと手を打つと、折りたたまれた紙を取り出した。
「でも、見て見て! このダンジョン攻略クエスト、なんと今なら報酬が通常の3倍なんだって! ゴールド、山盛り! メガ盛り! てんこ盛り~っ☆」
「……それ、よっぽど人が集まってないってことじゃない。どう考えても怪しいわよ……」
「それにね? ダンジョン内で、すっごくレアなアイテムが出るって書いてあるの~! 超絶品って噂だよっ☆」
「珍しいアイテムぅ? そんなのいらないわよ! ……とにかく、何をどう言われたって、私は行かないって言ったら行かないからね!」
だが、ソラソラはその否定をまるで聞いていなかったかのように、紙をひらひらと振りながら続けた。
「超絶品って、何が出るか気になるでしょ? ふふ~ん、それがね……知る人ぞ知る、最高級の――さけが見つかるんだって!」
「……最高級の……酒ですって?」
「そーそー! 口に入れた瞬間、天に昇るほどおいしいらしーよ♪」
「――さあ、何してるの? みんな、早く遠征準備しなさい! 行くわよッ!!」
カチリ、と心の中で何かが切り替わる音がした。
膝の痛み? 省エネ? 知ったことじゃない。今、この肉体は、ただひたすらに――酒を欲しているッ!!
ソラソラは満面のガッツポーズ。ラミシーはジト目でこちらを見ながら、呆れ果てて息を漏らす。
「……えぇ……」
私は二人の方をくるりと振り向き、勢いよく親指で商店街を指し示した。
「誰かシドファ呼んできて!」
「――呼んだッスか?」
掛け声と重なるように、路地の突き当たりにあった物置の帆布の影から――まるで待っていたかのように、シドファがひょいと現れる。そして、何食わぬ顔で敬礼を決めた。
「あら、いるじゃない。――って、なんでいるのよっ!」
私は思わず頭を抱え、まずソラソラを見て、次にシドファに目をやる。
「……どうしてあなたたちは、こう……当然のように"いる"わけ?」
シドファは胸に手を当て、必死に弁解した。
「ち、違いますッス! ソラソラと一緒にしないでくださいッス! あたしは不法侵入なんてしてないッスよ! ただ、ミレミさんの後をずっとついてきただけッス!」
「いや、それもストーカーだから! ……ってか、そのくだり知ってるってことは、大分前からつけてきてたわね……!」
私は腰に手を当て、空中に向けて投げやりに手をひらひらと振った。
もう、お手上げ……好きにして。
――こうして、"最高級の酒"につられた私は、パーティメンバーを伴って新たなダンジョンへ向かう準備を整えるのであった。




