第24話
ソラソラの冒険者登録を済ませるため、私たちはギルドを訪れていた。
ついでに、宙ぶらりんになっていたパーティ名も決めてしまおう、というのが今回のもう一つの目的だ。
カウンターの近くにある待合用の長椅子に腰かけ、ソラソラが必要書類を記入しているのを尻目に、私はひとまず"ヒーラー"について軽くおさらいをしてみせる。
「一般的にヒーラーって言うと、まずプリーストを思い浮かべるでしょ? でも、実はプリースト以外にも、踊り子とか吟遊詩人なんかも、役割はヒーラーに含まれるのよ」
ラミシーがメモ帳を膝の上に広げ、熱心にうなずく。彼女はまだヒーラーとして日が浅いからか、学ぶ姿勢は真剣そのものだ。
「彼らは戦闘能力自体は控えめで、単純な回復力で言えばプリーストに及ばないわ。だから、メインでパーティに入ることは少ないんだけど、大人数パーティならサブヒーラーとして加わることもあるし、魔王がいた頃は人手不足でそういう構成も珍しくなかったの。踊り子なんかは、舞で味方を癒したり、潜在能力を呼び起こしてバフをかけたりすることができる。ただ、外側から魔力を注ぐプリーストとは違って、踊り子は相手の内側から心を奮い立たせて回復や強化を促すイメージね」
「なるほど……だから、ソラソラさんは自らをヒーラーとおっしゃってたんですね……」
うんうんとうなずくラミシーに微笑を返すと、私は話題を切り替えた。
「――さて、あの子を今後どうするかは置いといて。せっかくだから、パーティ名を決めちゃいたいと思うの」
「パーティ名ッスか。別にテキトーでいいじゃないッスか?」
シドファが腕を組みながら、無気力そうにつぶやく。だけど、私としてはここでハッキリさせておきたい。
「まあ、無かったら無かったでいいんだけど……あるならあるで、ちゃんとした名前をつけないとダメでしょう。というのもね――」
◇◇◇
「――王都騎士団第一部隊の隊長を務めております、ホニャララ・ホニャラ。見合いの場というのは久方ぶりで、少々緊張しておりますが……お手柔らかに願います、ミレミ殿」
貴族的なしゃれた空間、上品なテーブルが一枚。そして向かいに座るのは、凛々しい騎士姿の美青年。恰幅がいいわけではなく、どちらかといえばスマートな体型。けれど、その所作には剣士独特のきびきびとした力強さが見え隠れする。
「改めまして、私はミレミです。ヒーラーを少々嗜んでおりまして、【パーティ名】を率いております」
「――ほう、【パーティ名】、ですか。まさか実在したとは……」
その言葉に、私はぐっと胸を張ってきらびやかに笑う。
「覚えていただけて光栄です。おほほほほ」
それはもう、まるで大貴族の令嬢のような気品とともに――。
◇◇◇
……という妄想。そこで、はたと現実に引き戻される。
自分が頬を緩めていたのに気づき、あわてて咳払いをした。
「……だから、こんな感じでお見合いの場でパーティ名を言う日が来るかもしれないじゃない? ちゃんとした名前じゃないと困るのよ」
まあ、実際にお見合いの話なんて、今は具体的に進んではいない。けれど、いつ何があるかわからない。もしそういうシーンでヘンテコな名前なら体裁が悪い。
しかし、この話を聞いたシドファは眉を寄せ、むすっとした声を漏らした。
「ふぅーん。なら、別に【うんこうんこ】とかでいいんじゃないッスか?」
「はあああ――っ!?」
あまりに下品な提案に、私は変に裏返った声を出してしまう。
な、なに? その投げやりなパーティ名は……?
「……えっ? え、うんこ……?」
シドファがそっぽを向いて返事をした。
「べっつにー。お見合いするっていうなら、台無しにしてやるために、うんこでも何でもなってやろうって言ってんスよ」
「そんな汚い名前、絶対イヤに決まってるじゃない! パーティ名って一度登録しちゃったら、簡単には変えられないのよ? ……わかってんの!?」
まさかの展開に、私も思わず声を荒らげる。
「【うんこうんこ】で台無しになる程度の縁なら、最初からご縁なんてないッスよ!」
「うんこうんこ言うな! 五歳児でも、もうちょいマシなの考えるわよ!」
お互いヒートアップしてきたタイミングで、横にいたラミシーが「あわわ……」とうろたえているが、止める隙すらなさそうだ。
「――ったく、シドファ、あなた何を拗ねてんの」
「拗ねてないッスよ。開き直ってるだけッスぅー!」
声を張り上げかけたその時、カウンターの方からソラソラが大きく手を振りながら戻ってきた。
「おまたせー! はい、冒険者登録ばっちり完了っ☆ ……って、なにしてるの?」
彼女の目に飛び込んできたのは、私とシドファが眉間に皺を寄せて互いに睨み合い、ラミシーが「ええと、ええと……」とおろおろしている光景。
険悪な空気が漂う私たちを見て、ソラソラは首をかしげる。彼女は全く気まずそうな様子もなく、どうやら介入しようと笑顔で近づいてくるが……。
「――ちょっと待ってて! 今、大事な話をしてるの!」
私は片手をかざし、ソラソラの進入を制止した。ここで余計な口を挟まれても混乱が増すだけ。
ところが彼女は、私たちの険悪な雰囲気などどこ吹く風で、きらきらした瞳を向けて言い出す。
「なんかパッションすごいね、パッパッパラリラパッショーン☆ ――あっ、そうだ! ついでにパーティ名も提出してきちゃったよ!」
はあ? こんな最中だというのに、何をまた意味の分からないことを……私は思わず額に手を当てた。
……って、あれ?
「――今、なんて?」
一瞬、頭が追いつかない。シドファとの言い合いに夢中だったせいで、彼女の言葉の重大さを理解するのに数秒かかる。
「パッパッパラリラパッショーン☆」
「違うわよ!! その後よ、後! 今、なんて言ったの!?」
私は思わず前のめりになりながら、ソラソラの両肩を掴みそうになる。すると彼女は「わぁっ」と目を丸くした後、にこりと微笑んでウインクする。
「あー! パーティ名のこと? とーっても可愛いのにしておいたから☆ みんなが喜びそうなやつね!」
「何よ、何にしたっていうの!?」
気づけば私は声を荒らげ、ソラソラに詰め寄っていた。ラミシーは横で完全にオロオロしているし、シドファも言い合いの途中だったのを忘れて呆然と見つめている。
周りの視線が刺さるなか、ソラソラは「ふふーん」と鼻歌でも漏らしそうなノリで答えた。
「【ぷいち☆えんじぇるず】って言うんだよ! 可愛いでしょっ?」
――瞬間、私の脳内にはパリーンというガラスの割れる音が響いた。頭が白く染まっていく。
◇◇◇
「――王都騎士団第一部隊の隊長を務めております、ホニャララ・ホニャラ。見合いの場というのは久方ぶりで、少々緊張しておりますが……お手柔らかに願います、ミレミ殿」
「改めまして、私はミレミです。ヒーラーを少々嗜んでおりまして――【ぷいち☆えんじぇるず】のリーダーですっ☆」
「…………ぷいち……えんじぇるず……?」
「……ぷいち☆えんじぇるず……」
「……【ぷいち☆えんじぇるず】……」
――ざわっ、ざわっ、ざわっ。
◇◇◇
「ちょっと待ったああああぁぁ!!!!!!」
悲鳴ともつかない声を上げたのと同時に、私はギルドのカウンターへ全力疾走していた。思わず若い頃の運動神経が甦ったのか、想定外の素早さで駆け抜け、カウンター越しに身を乗り出す。
「今のパーティ名、無し! 無効にして! 今すぐ取り消してぇぇぇ!!」
顔を真っ赤にしながら迫る私だったが、受付嬢は苦笑いを浮かべる。そして、申し訳なさそうに言葉を続けた。
「……あのぉー、大変申し訳ございませんが……たった今、受理されちゃいました。規約上、すぐに再変更はかなり難しくて……」
自分の両腕から、すうっと力が抜けていくのがわかる。そのまま失意のまなざしを床に落とし、ぼんやりと視線を彷徨わせる。
背後で「わーい、これで決まりだね!」とソラソラの朗らかな声が聞こえた気がする。ひどく遠い世界の出来事のように思える。
こうして、『ぷいち☆えんじぇるず』は、晴れて冒険者ギルドに正式登録されるに至ったのである。




