表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
ヒーラーしかいないっ!  作者: ぺろりんがー
傷は癒えても因果と二日酔いは残る
2/44

第2話

「またその話か。いったい何回目だよ、ミレミさん」


 酒場のカウンター越しにマスターがうんざりした顔で言う。カウンターの上には、私が飲んだ空の酒瓶が大量に転がっていた。


 普段ならここはもっと騒がしい。けれど、今は深夜。残っているのは酒好きか酔いどれか、あるいは私のように日々を持て余してる連中ばかり。

 明日の予定は二日酔い。それが私の今の日常だ。


「だって、何年経ってもムカつくじゃない。私はまだまだあんたたちと冒険したかったっつーの! ……何よ、みんな勝手にいなくなったりして……」


「そんなに不満なら、冒険者にでも戻ればいいじゃないか」


 マスターがねっとりとした目線から言い放つ。恐らく、半分は本心かもしれない。しかし、鼻で笑ってやった。


「……それこそ何回目よ。言っておくけど、私、冒険者には戻る気はないから」


 そう、私はパーティ解散を機に冒険者を引退した。だからこそ今、毎日こんな生活を送ることができている。


「――ま。魔王討伐隊時代の貯金だけはたんまりあるの。こうやって毎晩飲んだくれてても、全然平気なくらいにはね」


「はあ。安酒で偉そうによく言うよ、まったく。毎晩付き合わされるこっちの身にもなってくれ」


 マスターは肩をすくめ、グラスを拭き終えると、それを棚に戻した。


「せいぜい飲みすぎるなよ」


 とだけ言って、新しいグラスを手に取る。私はむしゃくしゃした気持ちを晴らすように酒を流し込む。


「――ところで、王都のほうでちょいと噂を聞いたんだが……」


 ちらりとこちらを伺うマスターの目は、やや真剣さを帯びていた。


「若くして近衛騎士団の副団長補佐に就任した……天才ヒーラーとやらがいるらしいぞ。まだ二十代前半だって話だ。それに、階級も最上位のエンライトプリースト。――どうだ、同じヒーラーとして気にならないか?」


 私は思わず、酒を飲む手を止めた。――若き天才ヒーラー、ねぇ。もし私が今も冒険者だったら、ライバル心でも疼いてたんだろうか。

 でも、今の私はただの『飲んだくれのミレミ』。やりきれない気持ちが込み上げる。


「……だから何よ。それが私に何か関係あるわけ?」


 わざとらしく音を立てて酒瓶を置いて、苛立ちを隠さずに答える。するとマスターが声を潜めた。


「お前さん、本当にいいのか? 昔の誇りまで酒に沈めちまう気か」


 その言葉が胸を刺す。けれど、私はそれを無視して立ち上がる。少し強く椅子を引いたせいで、ギシッという嫌な音がした。


「マスター、今夜はもう帰るわ。酔いが回りすぎたみたい」


「……そうか。ほら、せめてこれを持っていけ。土産だ」


 マスターが酒瓶をひとつ手渡してくる。きっとご機嫌取りのサービスのつもりだろう。私はそれを受け取ると、顔をぷいっと背けながら呟いた。


「ふん、ありがとさん。……じゃあ」


 店内の喧騒を背に、私はヨロヨロと千鳥足のまま酒場を出た。夜の空気がひんやりとしてか、それとも何か思うことがあったのか、少しだけ酔いが覚めた気がする。


 ◇◇◇


 貰った酒瓶を小脇に抱えて夜道をふらふら歩いていると、足元が不安定なせいか街灯の光がゆらゆらと揺れて見える。

 ――ふと視線の先にスラリとした長身の人影が現れた。フードを深く被っていて顔は見えないが、どこか鋭い気配が伝わってくる。


「うわ、危なっ……」


 ぶつかりそうになって、私は慌てて体をひねる。ギリギリで踏みとどまったものの、よろけて相手に倒れかける。


「おっと、ごめんよー。酔っ払ってるもんでね……」


 私がへらへらと謝罪すると、そのフードの人物はじっとこちらを見据えてくる。闇の中でもわかる、容赦のない視線。怒っているのだろうか。よくわからなかったが、別に構う必要もないので立ち去ろうとする。

 しかし、聞き捨てならないような声が微かに耳に届いた。


「……はあ。こんなにも()()()()()しまったッスか」


 一瞬、耳を疑った。

 ――何? 私に向けたであろう言葉が微かに聞こえた。酔いも手伝ってか苛立ちが走る。

 ムッとして顔を上げ振り向き、相手の肩をぐいっとつかみ、絡むような口調で問い詰めた。


「はあ? あんた、今なんか言った?」


 言葉を続けようとしたところで、突如、込み上げてくる嫌な感覚に襲われる。


 ――やばっ、吐きそう……! 


「うっ……ぉろろろろ!!!」


 みぞおちを押さえ、私は我慢できず吐いてしまう。そして最悪なことに、そのフードの人物のコートに思い切りぶちまけてしまった。


「ちょっ! 大丈夫ッスか!?」


 目の前がグラグラする。フードの人物が慌てて私の肩を支える。


「……悪いわね、服を汚しちゃったわ。ちゃんと洗って返すから」


 流石に申し訳なく思ったため、気分の悪さで朦朧とする頭をなんとか働かせ、フード付きのコートをばさっと引き剝がす。

 すると、そこに現れたのは――黒いショートヘアで長いまつ毛を持つ可愛らしい顔立ちの女性。頬を赤らめながら、手で顔を少し覆っている。


 ……えっ、女の子……?

 高身長だしてっきり男だと思いこんでいた。私はしばらくボーッとその顔を見つめてしまう。


「――ちょ、返してくださいッス……」


 彼女は片手でコートを取り返そうとするが、汚してしまった手前こんな状態で返すわけにはいかないため、サッと引く。


「いや、ダメよ。そんなの申し訳なさすぎるわ。……っていうか、こんな夜遅くに女の子が一人歩きしてちゃダメじゃない!」


 警戒が一気に解けたせいか、私は彼女の背中をばしばしと叩く。さっきまでの緊迫した雰囲気はどこへやら、完全にお節介焼きの酔っ払いおばさんモードに入っていた。


「んじゃ。これ、洗って返すから!」


 そのまま私はコートを抱え込み、千鳥足で夜道をふらふらと去っていく。後ろから「待ってッス!」と慌てる声が聞こえた気もするけど、目眩がひどくて振り返る余裕はなかった。


 ◇◇◇


 翌日。昨夜と同じ酒場に、私は腕に抱えたコートを落とさないように支えながらやって来た。カウンターの奥からマスターが怪訝そうにこちらを見つめる。


「また来たのか。昨夜は帰ってすぐ寝たか?」


「マスター、ちょっと聞きたいんだけどさ。これ……どこで拾ったか、全然記憶にないのよね……」


 マスターは心底呆れた顔で、大きなため息をついた。

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ