第19話
夜の広場には、小さな街灯の明かりがぽつんと降り注いでいる。私は木製のベンチに腰を下ろし、ひとり酒をすすっていた。
遠くで虫の声がかすかに聞こえている。その音に耳を澄ませていると、不意に足音が近づいてくる。街灯の下に現れたのは、見覚えのある人影だった。
「――いつから、待っていたんですか……?」
ラミシーだった。ぼさぼさの髪を揺らし、どこかいたたまれない表情をしている。私は乾いた笑いを漏らした。
「さあね。あいにく、時間だけならいくらでもあるのよ」
ラミシーは沈黙したまま、私の隣へ腰を下ろした。古いベンチが小さくきしむ。しばらく言葉のない時間が過ぎる中、彼女は微かに唇を震わせながら、ぽつりと呟いた。
「……昔の話を……してもいいでしょうか……?」
か細い声が風に溶ける。私はただ黙ってうなずいた。
◇◇◇
世界がまだ魔王に支配されていた頃。魔王の配下となったモンスターは、その支配に応じることで、かつてないほどの力と凶暴さを手に入れていた。
モンスターは、従う存在が強力であればあるほど、その恩恵を受けて強くなる。よって、魔王の名のもとに進化を遂げたモンスターは、まさに悪夢のような脅威だった。
それは、最弱とされるスライムでさえ例外ではなく、巨大化や凶暴化を起こして大きな被害をもたらした。
その猛威に巻き込まれたのが、ラミシーの村だった。
遠くで火の手が上がり、幼い彼女は家族に連れられて馬車で逃げ出した。
しかし、それも束の間。森の道を急いでいる最中に、どこからか巨大なスライムが何匹も現れ、馬車を覆うように襲いかかってきた。
彼女の両親はとっさに子供たちを馬車の外へ放り出して、兄とともに隠れるよう促した。スライムは人間を軽々と覆い尽くすほど大きく、あっという間に両親に絡みつき、取り込んでいった。
彼女は怯えながらも兄と身を寄せ、草むらに息を潜める。恐怖のあまり小さく震えていた。そして、その震えが音となって漏れた瞬間――一匹のスライムが草むらへとゆっくり迫ってくる。
兄はとっさに身を乗り出し、彼女をかばうように立ちふさがる。だが、スライムの動きは止まらず、ぬるりと兄の身体を包み込みはじめた。
ラミシーは思わず目を閉じた。粘液がじわじわと広がっていくような音が聞こえてくる。息の詰まった苦しそうな声が、草の隙間を伝って耳を突き刺す。怖くて声を上げることも、逃げ出すこともできず、ただその場で身を縮めるしかない。
どれほどの時間が過ぎたのか、彼女には分からない。ようやく助けの足音が近づいた時には、既にスライムたちは姿を消していた。そして、どんな治療も到底間に合わないほど衰弱しきった家族の姿だけが、そこに残されていた。
◇◇◇
「……私は、何もできなかったんです。ただ、怖くて、怖くて……。自分の無力さが情けなくて……でも、あとになってから、怒りと憎しみが止まらなくなって……」
彼女の声は震え、涙で濡れながら、叫ぶように言葉を吐き出した。
「同じ目にあわせてやりたいと思ったんです、あのスライムたちを。……いいえ、それ以上に苦しめて、痛めつけて……もがかせて……。それでも足りないくらい、地獄を味わわせてやりたいって……ッ!」
彼女の感情があふれ、涙と一緒に言葉がこぼれていく。きっと失ったものへの想いが、復讐という形で未だ心の中を燃やし続けているのだろう。
「なので、黒魔術を選びました。じわじわと殺すには、それが最適だと思いましたから。……でも、現実は違いました。才能がなくて、何度試験を受けても落ちて、結局まともな魔法一つ満足に使えなくて……。残ったのは、空っぽの怒りと、積もった年月だけでした」
ラミシーはうなだれたまま、微動だにしない。街灯の明かりが、不健康そうな彼女の肌をさらに青白く照らし出した。
「……今回のクエストで痛感しました。ろくに敵を苦しめることすらできませんでした……。ですので、もう……やり直しなんて、できるはずがないんです……」
それ以上は何も言わず、膝の上で指先を絡め続けた。私は彼女の横顔にそっと視線を向ける。
夜風がふたりの間を通り抜けていく。しんと静まり返った空間に、やがて、彼女はこちらを向き直し、最後の力を振り絞るように息を吐く。
「――教えてください、ミレミさん。……わ、私は……これからどうすればいいのでしょうか……?」