表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
ヒーラーしかいないっ!  作者: ぺろりんがー
回復ぷるぷる報復どろどろ
19/52

第19話

 夜の広場には、小さな街灯の明かりがぽつんと降り注いでいる。私は木製のベンチに腰を下ろし、ひとり酒をすすっていた。

 遠くで虫の声がかすかに聞こえている。その音に耳を澄ませていると、不意に足音が近づいてくる。街灯の下に現れたのは、見覚えのある人影だった。


「――いつから、待っていたんですか……?」


 ラミシーだった。ぼさぼさの髪を揺らし、どこかいたたまれない表情をしている。私は乾いた笑いを漏らした。


「さあね。あいにく、時間だけならいくらでもあるのよ」


 ラミシーは沈黙したまま、私の隣へ腰を下ろした。古いベンチが小さくきしむ。しばらく言葉のない時間が過ぎる中、彼女は微かに唇を震わせながら、ぽつりと呟いた。


「……昔の話を……してもいいでしょうか……?」


 か細い声が風に溶ける。私はただ黙ってうなずいた。


 ◇◇◇


 世界がまだ魔王に支配されていた頃。魔王の配下となったモンスターは、その支配に応じることで、かつてないほどの力と凶暴さを手に入れていた。


 モンスターは、従う存在が強力であればあるほど、その恩恵を受けて強くなる。よって、魔王の名のもとに進化を遂げたモンスターは、まさに悪夢のような脅威だった。

 それは、最弱とされる()()()()でさえ例外ではなく、巨大化や凶暴化を起こして大きな被害をもたらした。


 その猛威に巻き込まれたのが、ラミシーの村だった。

 遠くで火の手が上がり、幼い彼女は家族に連れられて馬車で逃げ出した。

 しかし、それも束の間。森の道を急いでいる最中に、どこからか巨大なスライムが何匹も現れ、馬車を覆うように襲いかかってきた。


 彼女の両親はとっさに子供たちを馬車の外へ放り出して、兄とともに隠れるよう促した。スライムは人間を軽々と覆い尽くすほど大きく、あっという間に両親に絡みつき、取り込んでいった。


 彼女は怯えながらも兄と身を寄せ、草むらに息を潜める。恐怖のあまり小さく震えていた。そして、その震えが音となって漏れた瞬間――一匹のスライムが草むらへとゆっくり迫ってくる。


 兄はとっさに身を乗り出し、彼女をかばうように立ちふさがる。だが、スライムの動きは止まらず、ぬるりと兄の身体を包み込みはじめた。


 ラミシーは思わず目を閉じた。粘液がじわじわと広がっていくような音が聞こえてくる。息の詰まった苦しそうな声が、草の隙間を伝って耳を突き刺す。怖くて声を上げることも、逃げ出すこともできず、ただその場で身を縮めるしかない。


 どれほどの時間が過ぎたのか、彼女には分からない。ようやく助けの足音が近づいた時には、既にスライムたちは姿を消していた。そして、どんな治療も到底間に合わないほど衰弱しきった家族の姿だけが、そこに残されていた。


 ◇◇◇


「……私は、何もできなかったんです。ただ、怖くて、怖くて……。自分の無力さが情けなくて……でも、あとになってから、怒りと憎しみが止まらなくなって……」


 彼女の声は震え、涙で濡れながら、叫ぶように言葉を吐き出した。


「同じ目にあわせてやりたいと思ったんです、あのスライムたちを。……いいえ、それ以上に苦しめて、痛めつけて……もがかせて……。それでも足りないくらい、地獄を味わわせてやりたいって……ッ!」


 彼女の感情があふれ、涙と一緒に言葉がこぼれていく。きっと失ったものへの想いが、復讐という形で未だ心の中を燃やし続けているのだろう。


「なので、()()()()()()()()()。じわじわと殺すには、それが最適だと思いましたから。……でも、現実は違いました。才能がなくて、何度試験を受けても落ちて、結局まともな魔法一つ満足に使えなくて……。残ったのは、空っぽの怒りと、積もった年月だけでした」


 ラミシーはうなだれたまま、微動だにしない。街灯の明かりが、不健康そうな彼女の肌をさらに青白く照らし出した。


「……今回のクエストで痛感しました。ろくに敵を苦しめることすらできませんでした……。ですので、もう……やり直しなんて、できるはずがないんです……」


 それ以上は何も言わず、膝の上で指先を絡め続けた。私は彼女の横顔にそっと視線を向ける。

 夜風がふたりの間を通り抜けていく。しんと静まり返った空間に、やがて、彼女はこちらを向き直し、最後の力を振り絞るように息を吐く。


「――教えてください、ミレミさん。……わ、私は……これからどうすればいいのでしょうか……?」

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ