第18話
数時間後。ジャンプして一撃、着地しては腰の痛みに悲鳴をあげる……そんな泥臭い戦闘を、私たちは延々と繰り返していた。
――そして、ついに。ルーンバットが最後の力を振り絞るように羽ばたき、やがて床へと墜落してぴくりとも動かなくなった。
しかし、私たちは全員、ぜえぜえと荒く息が上がり、誰も喜ぶ余裕すらなかった。
「はぁ、はぁ……倒したのはいいけど、もう一歩も動きたくない……」
私は何とか杖を支えにして立っているものの、途中から無理を押して再び攻撃に加わったせいか腰の痛みが悪化し、もはや呼吸をするだけでも苦痛を伴う。ようやくクエスト達成とはいえ、今回も実にハードだった。
「あのぉ……ミレミさん。私、ぎっくり腰の回復魔法もありますよ? ……かけましょうか?」
ふと、ラミシーが申し訳なさそうに問いかける。
「――あるの!? そんな魔法があるなら早く使いなさいよぉ……!」
半ば泣きそうな顔になる。ラミシーはどこか恍惚とした顔で、ぽつりと呟いた。
「……だって……ミレミさんが苦しんでる姿を見ていたら、……もう少し見ていたいなって……思ってしまって……」
「あなたの性癖も、もはや状態異常でしょ!? 早く、自分で治しといて!」
冗談とも本気ともつかない狂気じみた発言に、背中を冷や汗がつたった。
◇◇◇
帰り道。夕暮れの光に照らされながら、私たちはそれぞれ無言で歩いていた。どこか重たい空気をまといながらも、三人の足音だけが淡々と続く。
誰も、先ほど見せたラミシーの圧倒的な回復魔法について触れようとしない。私も口を閉ざし、ひっそりと思いを巡らせていた。
黒魔術という攻撃手段がダメで、状態異常の回復があれだけできるなら、完全にヒーラー枠でしかない。私たち、全員がヒーラーって――壊滅的にバランス悪い。これ以上、うちのパーティに必要かと問われれば……正直、答えに詰まる。
……今後、一緒に組むことはないのかもしれない。
そう思うと、何故だか少しだけ胸の奥がチクリと痛む。
問題は山ほどあったけれど、ラミシーは根は悪い子じゃなかった。最近の冒険者ならすぐに音を上げるような場面でも、文句ひとつ言わずについてきた。それらを思い返すうちに、不思議と寂しさが込み上げてくる。
「……ん?」
ふと、道端の茂みががさりと揺れ、小さなスライムがぴょこん、と顔を出した。愛嬌のある水滴のような体がふるふる震えている。
「スライム……? 見るからに弱そうね。これくらいなら放っておいてもいいかしら」
「そーッスねぇ……もうクタクタッスよ。早く行きましょうッス」
「もう、誰のせいでこんなことになったと思ってるのよ……」
二人とも小さなスライムを無視して行こうとした――その時。
ラミシーのぼさぼさの髪の隙間から覗く瞳に、血走った赤が宿る。
「――す」
「え? 何か言った?」
「……す。殺す……スライムは殺す……!」
まさに狂気じみた執念で杖を振りかざし、ラミシーはスライムめがけて突進した。先ほどまでとは明らかに違う、尋常ではない殺気が噴き出しているのがわかる。
「ちょ、ラミシー!? 突然どうしたのよ! 落ち着いて、相手はただのスライムじゃない!」
私が慌てて止めようと駆け寄るも、彼女は全く聞く耳を持たない。そして――。
「――殺してやるッ!! ……ぎゃんっ!」
勢いよく振り下ろされた杖は、しかし空を切った。バランスを崩したラミシーは派手に転倒し、ゴロゴロと地面を転がりながら、周囲の小石を蹴散らした。大きな衝撃音に驚いたスライムは、ぴょんと跳ねて逃げていった。
転んだラミシーは、よほど悔しかったのか、土を握りしめたまま小さく震えている。
私は心配になって声をかけようとした――が、それより先に彼女は立ち上がり、何も言わずにその場を後にした。
「ラ、ラミシー!? 待って! ちょっと待ちなさいってば!」
必死に呼びかけるが、彼女は振り返ることなく、街のほうへ駆けていった。土埃を残し、あっという間にその姿は見えなくなってしまった。
「……一体、なんだってんスか……」
シドファがぽつりと呟き、残された私も、ただ呆然として立ち尽くす。
「ラミシー……?」
――その名前をつぶやいてみても、返事はない。どうして、彼女をあそこまで駆り立てたのか……全く理解できずにいる。胸に残る違和感を拭えぬまま、私はただ、小さく息を吐いた。